「ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み・・」渡辺隆司ブログ

旧ゴルフブログ「アゲンストウィンドばっかり」 イラストレーター、仕事で描いた以外の「本当に描きたかったこと」を描きます。

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ついにG5が...

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参った。
最近起動時の挙動が不安定だったから、薄々危機を感じてはいた。
もうすっかり時代遅れであり、ネット環境にはついていけず(動画なんかはほとんど見られず、見ることのできない記事も多くなっていた)、仕事のメールのやり取りもかなり危ういと感じていた。
その仕事(イラストを描くこと)で絵の具や絵筆がわりに使っていた、古いマックのG5がG起動しなくなった。
なんどやっても起動の途中でプツンと切れて落ちてしまう。
内部の起動ディスクにしているハードディスクがイカれたらしい。
予備のG5は起動するが、こちらは今まで使っていたものよりOSが古く、ネット環境にはもっと厳しい。

昼間中、ハードディスクを入れ替えて見たり、起動ディスクを変えようと色々試して見たが、今までのハードディスクはどうしても途中で落ちてしまい、アウト。
ある程度不安があったので大部分のデータはバックアップを取っていたが、直近のイラストのいくつかは虚空へと消えてしまった。
 
こうなれば、これに備えて買って置いたわりと新しいiMacを仕事用に使うのが一番いいんだろうけれど...実は最近のフォトショップが使いづらい。
ずっと使っていたフォトショップ7からCS2くらいまでのものとは、新しいCS6は使い勝手が全く違い、なかなか自分のイメージ通りの画材として使えない。

とはいえ、締め切りはほとんど毎日あるのでネット上の手引きを見ながらの作業となって時間がかかる。

今日は何度も2台のG5をあげたり降ろしたりしていたので、少し腰を痛めたようだ。
久しぶりの腰痛に唸っている。


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ゴルフスタイルと人生

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「ゴルフ=人生」なんて、世間ではよく言うけれど...

ゴルフ場で起きる出来事は、それも「えっ?」という様なアンラッキーな出来事は、自分のこれ迄の人生に照らし合わせると笑っちまうくらいに思い当たる出来事が、確かにある。
そして、その人のプレー振りもやはりその人の人生の生き方と似ている、とも言われている。
しかし、前はそう思っていた「ゴルフ場で出るその人のプレー振りは、その人の本当の姿である」と言うのはちょっと違うのではないか、と最近思う様になった。

昔から言われていたのが、以前このブログでも書いた「バーディーパットをショートする様な人とは友達になるな」なんて、「実は(見かけと違って)本当は小心者です」的なギャップ笑いの笑い話みたいなもの。
確かにいつもは豪快な行動ばかりとか、肩で風切って威張ってるみたいな奴が1mのパットを50センチもショートする姿は、「あらあ、この人ホントは臆病者だわ」なんて感じさせてしまうけど...臆病なのではなく、腹の底から本気でゴルフを楽しんでいるからって事もあると、今頃になって気がついた。
いつもショートパットをビビってショートさせてる人が、実生活では自分の人生の命運を分ける岐路での判断を明快に即断するし、会社の業績を左右する様な判断を迷わず決断する。
逆にいつも男前のパットをガンガン打って来る奴が、実生活ではガサツで鈍感、大事な事には優柔不断だったり...ゴルフのプレー態度は、実はその人の本当の生き方とは大して関係ないと最近は思っている。

ゴルフなんてたかが球遊びで、多くの人は一打一打に一喜一憂し、ほんの30センチのパットにも本気でビビり、失った一打に愚痴も泣き言も際限なく出るし、ラウンド後には人生に負けた様な敗北感をしみじみ味わう。
...本気で全身全霊で楽しんでいるからだ。
本気で遊ぶって事は、子供の様に出会いの度に表れる喜怒哀楽の感情を素直に認めて態度に出す事だし、見栄や外聞をそれほど気にしなくなるって事。

それと、「普段の自分とは違う自分になるのを楽しむ」って事も、誰もがやりたい「本気の遊び」の魅力の一つ。
普段気合い十分に攻めの人生を荒々しく生きている人は、ゴルフの時には計算され抑制した緻密な「自分らしからぬゴルフ」をしたいと欲するかもしれないし、逆に普段抑圧され我慢し耐え続ける人生を生きている人は、ゴルフの時には何もかも忘れて無謀とも言える攻めを繰り返し「一か八か」のゴルフをしたいと願っているのかもしれない。

それが人生と言うゲームに近いと感じるだけ、ゴルフと言うゲームには自分の現実と違う何かを求めるのも...「あり」だと思うし、気持ちも判る。
我慢し、耐えて、決めた通りの攻め方を歯を食いしばって貫くのも、美しいゲームプランだし...狂気の様に、失敗しても失敗して諦めずに繰り返し、目を血走らして攻めまくってボロボロになるのも、また美しいゲームプランだと思う...それぞれの人にとって。
遊びだもの、その日だけの本気の遊びだもの。

また日常に戻る前に、自分の狂気を発散させろ!
普段いい人で居る為に。
「伝統」と言う名の、マナーもしきたりもスタイルも忘れてしまえ...他人に迷惑をかけない限り、自分の別な人生...「かくあるべきはずの..」「かくありたかったはずの...」生き方のゲームをゴルフで体現させればいい。

ゴルフをもっと楽しめよ、御同輩。

そんな事を感じる様になった、今日この頃。

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スケッチブックが無くなった。
古いマックG5が起動し難くなった。

しょうがないな。
俺が使いたいスケッチブックは、銀座の伊東屋でずっと買っていたし、マックを治すにはとりあえず電池交換でもして具合をみる為に秋葉原のマック専門店に行ってみるか。
急に思いついた、昨日の午後。
昨年暮れ以来の銀座と秋葉。

急だったので別に誰と会う予定も無く、行く所も二つだけ。
銀座は、すれ違う東洋人の言葉は殆ど日本語ではなく、銀座通りに面した「元」画材屋は、表通りの店舗に画材は無く画材は全て裏の店に。
ずっと個展をやっていた越後屋画廊も今は無く、クロッキーを続けていた読広も引っ越して、うちの奥さんが居た京橋の会社も今は無い...我が青春の銀座1丁目は、すっかり違う街になっている。
...それはしょうがない。
秋葉原は、ほぼ10メートルおきにメイドコスプレの少女がチラシを配り(ただし、俺を避けてチラシを渡す(笑))、表通りのパソコン専門店は殆どゲームとメイドの店に様変わり。
かってはビル丸ごとマック専門店として名が知れていた店が、どうしても見つからない。
ケータイのマップで店を探すと、自分はその店の前に居る!
驚いて周りを見渡すと、小さなビルの遥か上の方の看板に...1フロアだけのその店の看板が。
一応目的のものを手に入れて...「さて...」と思うと、自分の立場は浦島太郎。
かってのいつもの飲み仲間は...もう誰もいない事に改めて愕然とする。
山溪もゴルフダイジェストもアサヒゴルフも、あるいは小さな広告代理店も小さな編集プロダクションも、俺が一緒に飲んだ「仲間」はもうずっと以前に定年になってこの街を去っている。
そうか、時間は過ぎたんだ。
一番多く一緒に飲んだ修三だって、去年あの世に行っちまった。

かと言って、いつも独りで気楽に飲んでいた店も、もう一軒も無いんだっけ。
新橋の洒落たマスターのビアホールは、高齢になったからと随分前に店を閉め、ある店は立ち退いて店を閉め、ある店は親父が親の介護をするからと店を閉め、ある店は親父が癌で代が替わり、ある店のマスターは親会社の定年だからと店を閉め...

そうだよ、時間は過ぎたんだ。
右を向いても左を向いても、空を仰いでもしょうがない。
ならば最後の手段だと、浅草の神谷バーで独り飲み。
ビール中ジョッキとデンキブラン、串カツと焼き鳥で淋しく飲むと、見渡す周りは俺とおんなじようなジジーの一人飲みばかり(笑)。
みんな独りで、みんな黙って、みんな文庫本の本を読み。
敢えて顔は合わせないけど、たまたま視線があってしまえば、ふっと自嘲する同じ笑いで目を伏せてちょっと苦そうに酒を飲む。
小一時間、普段はおかわりしないデンキブランをもう一杯。
煮こごりとアンキモを追加して。

殆どジジーの一人飲みの中、女性連れで飲める奴は多分勝ち組なんだろね。
ジジーの苦笑いが、そんな二人を見る時に、ちょっと羨ましそうに歪む。

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冬の間は...

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やっぱり、冬の間はやめといた方がいいだろうなあ...
「ただ歩くよりずっと運動になって面白い」と思っている一本歯下駄だが、12月の初め以来履いて歩いていない。
しっかりと履く為には素足に下駄が一番良いのだが、流石に今の季節は足が冷たいし寒い。
それでなくてもこれを履いて歩くと目立つってのに、「真冬に裸足かよ!」なんて好奇の目で見られるのも、こっ恥ずかしいし照れくさい。
まあ、修行だと思えばいいんだろうけど、「修行です」なんて顔して歩くのも偽善者っぽくて...「おお、イヤだ(笑)」。

と、本当の所では真冬になると転倒が怖い。
一本歯下駄は基本的に不安定でバランスをとるのが難しい。
バランスを崩した場合は、ヘタに耐えようと思うと大きな怪我をする危険性がある...片方の一本歯をとられるともう片方の足の一本歯で踏ん張る事が難しく、そこで無理をすれば足首の酷い捻挫や骨折の可能性があるのがこの一本歯下駄。
もし、バランスを大きく崩したら無理をせずにスムーズに受け身をとって転ぶ...それが、怪我をしない一番の方法だと思っている。
(つまり、自分にとってはいつも転ぶ覚悟をして歩くのが一本歯下駄って事だ)

幸いそうした大転倒はまだ一度も無いが、初めての転倒がこの寒い冬ってのはマズい。
身体が寒さで固く、また地面も十分に冷たく固く、この年齢になった身体では判って転んでも骨折などの大きな怪我になる可能性が高い。
おまけに、木や土が凍っていたり、コンクリート上に流れた水が凍っていたり...あるいは固く凍っていると思った地面が解けて緩くなっていて、一本歯をズブッと沈めたり、夏場よりずっと道に危険な箇所が多くなっている。

一本歯下駄は、本当に滑りやすく、めり込みやすく、斜面の影響を受けやすい。
だからこそ一歩一歩神経を尖らせて、危険を避けて慎重にバランスを取り...普段使わない全身の筋肉を使う事になるから、「ああ運動した」と言う気持ちになり、心地良い疲労感を感じる事が出来る。

でも、怪我をするくらいなら、しばらくお休みもしょうがない。
裸足で下駄を履いてもおかしくない季節になったら、また一本歯下駄を楽しむ事にしよう。

春迄冬眠だ(ゴルフと一緒かな)。

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ここ数年、いや、もう十年以上か...すっかり日本ツアーのテレビ中継を見なくなった。
いや、それも違う...「日本のテレビ局」のゴルフの試合中継を見なくなった、と言うのが正しいだろう。

メジャーの試合も全てケーブルテレビのゴルフチャンネル・ゴルフネットワークで見る様になった(勿論日本の地上波独占のメジャーはそれを見るしか無いのだけれど)。

ともかく相変わらず酷いのが「日本で人気があると思われる」選手ばかりを繰り返し放送する事。
例えば、松山が出ていると試合の流れも他の出場ゴルファーも関係なく、録画の同じシーンをしつこく何回も繰り返し繰り返し見せつける。
優勝争いが終盤になったって関係なく、松山のお喋りしている姿とか練習場に居る姿を映し続ける。
本当に「メジャーの中継」と言う事をどう思っているのか、こんなテレビ放送をする責任者に聞いてみたいものだ。

こんな事を続けていると、松山には責任が無いのに「また松山ばかり映しやがって、ふざけんな! 俺は試合の方が見たいんだ!」なんて人が増えて、松山嫌いも増えるんじゃないだろうか。
現実に俺は松山の応援をする気はあるが、松山ばかりを映すこういうテレビ局の中継は大嫌いで、だんだん松山が映ると疎ましく感じる様になって来ちまった。

自分が、日本のゴルフツアーの結果に興味が無くなってしまったのも...プロゴルファーにさえ興味が無くなって来たのは、こうしたゴルファーを舐めたテレビ番組に愛想が尽きた所為もある。
(自分のゴルフスタイルが「スコアをつけず」「古い道具で遊ぶ」事が多くなり、ゴルフを純粋に「旅のゲーム」として楽しむ様に変化して来たのが、一番大きな原因だけど)

次にテレビ中継を見るのは、4月のマスターズ。
それ迄、ゴルフ番組は多分見る事はないだろう。



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