光太郎戦記
全日本初参戦今年は、全日本第4戦
一番近い岡山の中山サーキットにスポットで参戦。
結果13位
得意のショートコースだったんで、勝つつもりで行ったのですが、まったく刃が立たなかった(泣)
あと少しの経験があればとそう思えなくもないが、それが大きな差なのかもしれない。
また、複雑なライン取りやマシンコントロールで悩むとは思わなかったです。
これについては、様々なコースの様々なコンディションを経験するしかないのか・・・
木曜日から2日練習し、土曜日の公式練習、そして本戦へ
猛暑であったため、体力的に少々心配ではあったものの、できるだけ多くの時間走りこむ必要があると思い、連投。
前日の練習では、たっくんトップタイムで、ポールポジションも可能な値だったし、光太郎、すなぴもそれにコンマ1程度のギャップでした。
問題だったのは、たっくん以外、タイムがばらついていたことだろうか。。。
かなり心配を抱えたまま当日入りすることに。
本番は、緊張や環境の変化でうまくいかないのかもね。
九州勢8台
山口勢だけど、コースは九州だからね。
毛利兄弟も頑張ってました。
公式練習もぱっとせず。
10番前後
タイムトライアル、光太郎数周目にトップタイム。
その直後続いてどんどん全体のタイムも上がっていく中、前の車両に詰まる。
一度ペースダウンして、再アタックすればいいのに、3周も無駄にしてしまった。
後ろは、がら空きだったため、思い切りスペースをとれたから、かなり勿体無かった。
全体のタイムが上がっている時に一緒に出しておかなくてはダメなんでしょうね。
タイムが出せる時間帯を失ってしまう。
なんて馬鹿なんだと(泣)
今までそういう体験が少ないのもあるけど、頼みますよ〜
まだタイムへの執着と集中力が足りていないですね。
予選は、2グループに分かれて7番手スタート。
少しでも上げていき、決勝に望みを繋げたいところ。
クラッシュ。
ステアリングがひん曲がるほどのものだったんですが、タイヤ以外は奇跡的にそこだけ。
他に問題はなく、若干からだの痛みを訴えるほど。
このあたりも、余裕がなくアクシデントに巻き込まれるのかもしれない。
運がいいのか悪いのか、
光太郎だけ、セカンドチャンスヒートへ。(敗者復活みたいなやつ)
決勝進出台数は決まっているので、このヒートに落っこちた選手のうち、5台が決勝グリッド24番手以降に配置されます。
順位を上げるよりも生き残ることが大事そうですよね〜
光太郎にとっては、予選での反省を実践するいい機会になりました。
どうせ、あのまま走っても10番手以下からのスタートだったんだろうから、ある意味ラッキー。
全てではないにしろ、改善した姿を見ることができました。
早めにリタイヤしたんで、7台中6番手からのスタートで、2番で帰ってきました。
これでとりあえず、決勝ヒートへ3人とも進出。
決勝グリッドは、光太郎25番手から。
絶望的なグリッドではあるものの、セカンドチャンスヒートを走って光太郎もテンションが上がります。
この時点で、肋が痛いと訴えていたから、氷で冷しつつグリッドへ。
公式練習、タイムトライアル、予選、セカチャンと、合計60周近く走っているため、体が傷んでいたかもしれません。
炎天下の中、グリップのあるタイヤでショートコースですから、いくらエーワンで鍛えている彼らでもかなり疲弊してましたね〜
更に、決勝は30周の長丁場。
死ぬんじゃないか?的な。
肋が傷んでいる状態での走行は過酷なのは私も経験してますが、体に力を入れておく必要があるから倍つかれるんです。
と言いつつも、しっかり抜いてこいと。
トップは遠い
いろんなところで接触があり、危ういレースではありましたが、光太郎、予選のとき感じたような危うさは影を潜め、なんとなく毎周帰ってくるような気がする展開でした。
これも少しレースを修正できた証かもしれません。
徐々にパスしていって、第二グループにもう少しで追いつくところでフィニッシュ。
帰ってきた光太郎は、今までに見たことがないほど疲弊しており、顔も青く、ちょっとやばそうな感じでした。
スーツも、雨の日に走ったんじゃないかというくらい汗でずぶ濡れ。
肋折れたんじゃないかと(大丈夫でしたが)
途中から抜いて走らな無理だったと言ってたんで、もしかしたら、どんどん攻め込めない感じが、安定しているように見えたのかもしれないな。
いや〜お疲れ様としか言えません。
決してうまく戦ったとは言えませんが、よく頑張った。
前日練習や準備、メカニックなど炎天下の中頑張って下さったフィオレの方々や、サポートに来て下さったイントレピッドジャパンさん、その他沢山の方にフォロー頂きました。
私たちが知らないところで、懸命に動いて下さった方が沢山いらっしゃったと思います。
心より感謝致します。
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