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ハリセンボン・箕輪はるかが肺結核で入院 感染拡大のおそれも
4月6日16時46分配信 産経新聞

 女性お笑いコンビ「ハリセンボン」の箕輪はるかさん(29)が肺結核のため入院したことが6日、わかった。所属事務所のよしもとクリエイティブ・エージェンシーがホームページを通じて明らかにした。箕輪さんは現在入院中で約2カ月休養するという。

肺結核って絶滅した病気だと思っていました。
年間数万人が未だにかかっているようですね?
思い出したのが
赤い靴のモデルとされた少女は、赤坂の結核病棟でなくなっています。
昔は多くの子供が治療もままならずに隔離されなくなっています。


赤い靴伝説の最終章を書かないで終わっていました。
結論を書かないといけないですね!
このモデルの少女は実在したのは事実ですが、童謡の赤い靴のモデルではありません。
数年前にNHK教育テレビで野口雨情館の館長が話をされています。
赤い靴は社会主義者の野口雨情がロシアの社会主義的ユートピア運動の挫折を嘆いて書いたとされています。
この少女の母親も野口雨情と接点が(北海道の新聞社で同じ長屋に住んでいた)あったことから、赤い靴の少女は自分の娘だと思い込み新聞に投稿し、その投稿をきっかけに北海道テレビがあたかもモデルがいたかのようにドキュメントを作り、またこの少女の数奇な運命が童謡を聞く人に深い感動を与えて、あたかも真実かのように広まってしまったのです。

しかし、野口雨情と北海道で接触した岩崎かよの娘が、赤い靴の動揺にうたわれるような短い人生を送ったのは事実であり、多くの子供が結核で寂しく隔離されながらなくなっていったのでしょう?
そして今でも世界中で多くの子供は飢えや難病で苦しんでいることを思い。
もう一度赤い靴の像に思いを寄せてみてください。
赤い靴の像は、静岡、北海道、東京赤坂、横浜にあります。それぞれ少女のゆかりの地です

簡単にお話すると
佐野きみとして葬られている少女の母親は岩崎かよ(静岡県出身)、農村で夫を亡くし、食べていくためには愛人になるしかなかったかよの母親、そのかよの母親の愛人の佐野安吉と言うやくざものの子供を身ごもり北海道へ旅立つ(村には当然いられません)。そこで結婚し、夫が新聞社で勤めていたことから野口雨情と接触、やがて開拓村へ行くことになり、娘のきみを佐野安吉に託す、そして宣教師に預けたと聞かされていたのでしょう。しかし結核をわずらっていたために赤坂の結核病棟で短い一生を終えたのです。
墓標には佐野きみと書かれています。


4年前に書いた赤い靴伝説
フォルダー赤い靴伝説をご覧ください。





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