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【小島貞博調教師が死去】
netkeiba.com 1月24日(火)11時8分配信
JRAは24日、小島貞博調教師(60歳)が23日午後6時36分、滋賀県栗東市内の病院で死去したことを発表した。
小島貞博(こじま さだひろ)調教師は、1971年に栗東・戸山為夫厩舎から騎手としてデビュー。1982年にはキングスポイントで中山大障害を春秋連覇し、ミホノブルボンとのコンビでは1991年朝日杯3歳S(GI)や、1992年には皐月賞(GI)、日本ダービー(GI)の2冠を達成。1994年にはチョウカイキャロルでオークス(GI)、1995年にはタヤスツヨシで史上10人目となる日本ダービー(GI)2勝目を挙げ、騎手として通算4722戦495勝(重賞27勝)の記録を残した。 2001年に調教師免許を取得、2003年に厩舎を開業すると、2005年にテイエムドラゴンで中山大障害(JGI)を制するなど、調教師として1705戦137勝(重賞5勝)の記録を残した。1月15日の山科Sをシゲルソウウンで制し、今年初勝利を挙げたばかりの訃報となった。 今朝、ニュースを見てびっくりしました
僕は大学生の時に競馬を始めたのですが、
小島貞博騎手(当時)とは馬券の相性よく、よく稼がしてもらいました
あのころは、競馬界も古い時代から新しい時代の過渡期で
厩舎が騎手を育てる時代から、
少し勝ち出すと一流騎手に乗り替わらせるようになっていった頃です
その中で、師匠の戸山調教師は小島貞博騎手と小谷内秀夫騎手を
ずっと乗せていて、子弟の結びつきを大切にしていて好きでした
ミホノブルボンとタヤスツヨシも印象的ですが、
僕にとって小島貞博騎手といえば
障害の王者、キングスポイントでした
あのテンポイントの弟で、平地では芽が出ず「賢兄愚弟」と言われましたが
障害に転向して、中山大障害春秋連覇を達成するなど
頂点を極めました。
でも、お兄さん同様、レース中の事故で天国に召されてしまいました
僕の中では障害の最強馬はキングスポイント&小島貞博のコンビです
まだ60才と若いのに残念です
天国で戸山調教師やキングスポイントとの再会を
果たされていることと思います
合掌
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