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震災後、原発処理や復興の不手際を見て、どうしても政府批判の記事が多くなってしまいました。
前から、大阪、東京の次は京都だ、いうことで取り上げるつもりだったのが延び延びになってました
京都は、794年に都となり、平安京というくらいですから、
イメージ的には平安時代の神社仏閣が多いような印象を受けますが、
実は平安時代からのものは少ないのです。
それは、室町時代後半の「応仁の乱」によって
その多くが焼失してしまったからです。
むしろ、明治以降、大きな地震もなく空襲も免れたということで、
東京や大阪よりも近代建築が多く残されています。
これは、旧京都中央電話局上分局で、大正12年の築。
現在もレストラン等に活用されています。
伝統ある大学も多い京都には、明治〜昭和前期までの建物も多いです。 これは大正2年に建築された大谷大学尋源館。
赤煉瓦に白い御影石のラインが入っています。
同志社女子大のジェームス館。大正2年築。
隣の同志社大学には明治期の建築物も多く残されています
聖ヨゼフ修道院門の家旧住友家衣笠邸の門衛所。
大正9年に建てられました。
日本生命京都三条ビル。円錘形の塔屋が特徴です
電線が多すぎて、せっかくの景観を損ねています
観光都市京都ですから、もう少し考えてほしいですね
このような近代建築が、市内の中央部には多く残っています
〜京都に残る大正時代(2)〜 に続く
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