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毎週、土か日に「大正百年」について書いてきましたが、
実は、今週は、火曜日に大阪市内に出張ということがわかっていたので、
今日、実際に自分の目で見てから書こうと思ってました
大阪には「大正」という地名があります
(環状線の大正駅あたりが「大正区」です)
で、なぜ、あのあたりが「大正区」と呼ばれるようになったかを調べてみると
大正四年(1915年)に、木津川に架けられた、
当時、日本最大のアーチ橋を「大正橋」と名付けたことから、
昭和七年、住民の投票で「大正区」になったそうです
大正時代の先代の「大正橋」です
そして、大正七年から、木材の集散基地であったこの地に
「大正運河」の建設が始まります
この大工事は、大正十二年に完成しました
今は大正橋も架け替えられ、
大正運河も当時の面影をわずかに残すだけですが、
写真からは、当時の大阪の活気が感じられます
そして、今日のお目当ては、
大正四年に架けられた「難波(なにわ)橋」です
(京阪電車の駅は「なにわ橋」になっています)
この橋は、別名「ライオン橋」と言われています
この写真を見たら、おわかりでしょう
橋のたもと、四カ所にライオンの石像があります
東大寺の南大門の金剛力士像と同じように「阿形・吽形」となっています
当時の写真です。ちゃんとライオンもいますね
実際に、目の前でこの橋、このライオン像を見ていると
戦前の日本の気品と風格、石の厚みや安定感を感じます
大正四年からずっとこの地で、世の移り変わりや大阪大空襲、
そして戦後の復興を見てきたライオンを見ていると、
何か感慨深いものがありました 大正時代に興味のある方は、ぜひ、大正村へどうぞ
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いつも紹介をしていただいて
ありがとうございます。
確か、今年100年を迎えた
東京の日本橋も
獅子が守り神になっていた様な
記憶があります。
2011/5/25(水) 午後 9:48 [ 大正村 ]