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大正時代は、当然のことながらテレビはありませんし、
新聞が最大の広告媒体でした
お菓子の広告
あの有名な「グリコのマーク」になるのは、昭和になってからです
森永の広告、「嗜好は人格の片鱗なり」・・って
まじめに言ってるのが面白いです(笑)
ライオン歯磨き。
英字表記もあり、当時は斬新なデザインだったと思います
この時代は普通に買えたんですね!!
「弾丸500発進呈」って…
どんな人が買ったんでしょうw?
マツダランプ、、今の東芝です
何で研究者の名前が並んでるのでしょうか?
「世にありふれたイカサマものとは大いに違ふ…」
「理学応用の忍術研究」って、思い切りイカサマの臭いがしますが(笑)
時代を感じますが、本質は今も変わってないっていうことかもしれません
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歴史
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今は、多くの都市で地下鉄やモノレールが走っていますが、
戦前の都市交通の花形は「市電」即ち、路面電車でした
日本初の路面電車は、京都で明治28年に開通しました(京都電気鉄道)。
しかし、市営となったり、多くの都市で市電が開通するのは、
大正年間なのです
下は、主な都市の市電(私営も含む)が開通した年です
東京 明治44年に市営化
大阪 明治36年に市営化
名古屋 大正11年に市営化
横浜 大正10年に市営化
仙台 大正15年開通
金沢 大正8年開通
神戸 大正6年に市営化
札幌 大正7年開通
熊本 大正13年開通
鹿児島 大正元年開通
東京や大阪は明治期に開通していますが、他の都市を含め
路線が飛躍的に伸びたのは、大正時代です
大正9年の札幌市電。雪の中を走っています
仙台市電が開通した時の絵はがき。大正15年。
大正時代の金沢市片町。奥に電車が見えます
大正時代の東京の銀座通り。新旧の電車が見えます
市電発祥の地、京都市電(大正末期の写真)
大正13年の、熊本駅と、市電
こうしてみると、やはり大正時代というのは
近代化が進み、人々の暮らしが格段に良くなった
平和で豊かな時代だということがわかります
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大正天皇は、健康が優れず、裕仁皇太子殿下(昭和天皇)が
摂政として公務を行っておられましたが、
その裕仁皇太子が大正十二年(1923年)に、台湾を行啓されました。
(天皇の場合は行幸、皇太子なので行啓)
その時の記念切手です
裕仁皇太子は、基隆港から台湾に入られました
そして、台北に向かわれます
その時の町の様子です
大正時代の街並みがよくわかります
総督府前での、少年少女たちによる歓迎の様子です
台北では、台湾神社にも参拝され、
勅使街道(現 中山北路)という道路が作られました。
この時に、郊外の北投温泉にも立ち寄られました
上の写真は、現在、温泉博物館になっている、当時の公衆浴場です
僕が台湾に行った時、この北投温泉博物館を見学していたら、
鄭さんというおじいさんが話しかけて下さり、
日本語でいろいろ説明してくれました
「昭和天皇が皇太子の時にここに来られてね、
僕も日の丸振って歓迎しましたよ」
と、懐かしそうに話しておられました
台北以外にも、当時は交通の便が悪かった東部の一部以外、
多くの地方を回られました
新竹駅の様子です
新竹だけでなく、台南駅や高雄駅は、戦後もずっと現役でした
同じ大正時代に建てられた東京駅とよく似た雰囲気がありますね
台湾には、大正や昭和初期の頃の写真や建物も多く残っており、
大正時代の様子を知るには、非常に重宝します
ここでこの行啓の時の写真がたくさん見れます。是非、ご覧下さい
大正時代に興味のある方は、ぜひ、大正村へどうぞ |
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毎週、土か日に「大正百年」について書いてきましたが、
実は、今週は、火曜日に大阪市内に出張ということがわかっていたので、
今日、実際に自分の目で見てから書こうと思ってました
大阪には「大正」という地名があります
(環状線の大正駅あたりが「大正区」です)
で、なぜ、あのあたりが「大正区」と呼ばれるようになったかを調べてみると
大正四年(1915年)に、木津川に架けられた、
当時、日本最大のアーチ橋を「大正橋」と名付けたことから、
昭和七年、住民の投票で「大正区」になったそうです
大正時代の先代の「大正橋」です
そして、大正七年から、木材の集散基地であったこの地に
「大正運河」の建設が始まります
この大工事は、大正十二年に完成しました
今は大正橋も架け替えられ、
大正運河も当時の面影をわずかに残すだけですが、
写真からは、当時の大阪の活気が感じられます
そして、今日のお目当ては、
大正四年に架けられた「難波(なにわ)橋」です
(京阪電車の駅は「なにわ橋」になっています)
この橋は、別名「ライオン橋」と言われています
この写真を見たら、おわかりでしょう
橋のたもと、四カ所にライオンの石像があります
東大寺の南大門の金剛力士像と同じように「阿形・吽形」となっています
当時の写真です。ちゃんとライオンもいますね
実際に、目の前でこの橋、このライオン像を見ていると
戦前の日本の気品と風格、石の厚みや安定感を感じます
大正四年からずっとこの地で、世の移り変わりや大阪大空襲、
そして戦後の復興を見てきたライオンを見ていると、
何か感慨深いものがありました 大正時代に興味のある方は、ぜひ、大正村へどうぞ
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少し調べものをしていて、大阪市立図書館のページを偶然見て、
興味深い画像などがあったので、
今日は大正時代の娯楽について少し触れたいです
テレビもビデオもない時代、大衆の娯楽の中心は芝居や寄席でした
大阪で言えば、その中心は道頓堀界隈でした
この写真は大正八年の、道頓堀中座前の風景です
にぎわっている様子が伝わってきますね
その道頓堀の夜景です
この写真は大正十二年の道頓堀の夜景です
すごく風情がありますね
そして、大正時代に一世を風靡したのが「カフェ」です
時代を象徴するモダンガールや、モダンボーイの活躍の場?になりました
絵はがきの左の建物が「カフヱー」ですw
店内の様子です
女給さん。今のウエイトレスさんです
近頃は、大正時代のカフェを再現したものも現れているようで
一度行ってみたいなと思っています
大正時代に興味のある方は、ぜひ、大正村へどうぞ
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