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鉄道(国鉄時代)

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前回は、特急列車を中心にUPしましたが、
今日は関西発の急行列車を中心にしてUPしました
 
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大阪−名古屋間を走っていました
懐かしい東海型の旧バージョンです
 
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宇野行きの鷲羽。宇高連絡船に接続していた四国連絡列車でした
これは東海型の新バージョンですね
 
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新大阪−三原間の「とも」
列車名の由来は「鞆の浦」からきてるのですが、
小学生の僕には「とも」の意味がわかりませんでした
 
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博多行きの「玄海」は、九州まで直通のため
交流区間も走れる451系でした。
車体の色は北陸方面の「ゆのくに」「立山」と同じです
 
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特急「月光」博多行き。電車寝台の特急です
581,583系は「月光型」と言われてました
 
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当時は山陰線は電化されてなかったので
特急「まつかぜ」は「白鳥」と同じ82系ディーゼル特急でした
 
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全然興味なかった、いや、むしろ乗りたくなかった普通、72系
今なら喉から手が出るほど撮りたい写真ですが、当時はスルー、、、
1枚だけ残ってました
 
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そして最後に、いつ行っても大阪駅にいたEF14
構内入替用として、最後まで大阪駅でその使命を終えました
この電気機関車はなぜかすごいインパクトがありました
今でも大阪駅を利用するときは、
「あの辺りにいつもEF14がいたんだな…」と思ってしまいます
大きな会社に、門番のおじいさんがいるように、
大阪駅にはいつもEF14がいました
 
 
今年になって、よく大正時代の建築や歴史などを取り上げていますが、
その理由の一つが、
今年(2011年)は、「大正百年」なのです
明治百年の時は、世間でも大きく取り上げられ、
各地で記念式典も行われました
が、日本が「真の一流国」になった大正時代なのに
明治百年に比べたら、あまりにも知られてないと思います
これからも少しづつUPしていきたいので、お読みになった皆さんも広めて下さい   イメージ 1
 
 大正村公式HP     http://www.nihon-taishomura.or.jp/
 
 
このところ、鉄道記事もよく取り上げますが、今日はSL(蒸気機関車)の話です
 
明治39年(1906年)、政府は「鉄道国有法」を制定します
これによって、日本の鉄道は飛躍的な発展を遂げました
大正9年(1920年)には、鉄道省も設置され、さらなる充実期に入っていくのです
 
それを担った機関車の中心が、
大正2年生まれの「9600型」であり
大正3年生まれの「8620型」の機関車でした 
 
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主として、9600型は貨物用に、8620型は旅客用に活躍しました
後に、D51型(デゴイチ)やC62型(シロクニ)などの優秀な機関車が登場しますが、
その元になったのが、
この9600(キューロク)と8620(ハチロク)という
大正生まれの機関車だったのです
戦後、電化やディーゼル化が進む中、北海道や九州で活躍し
1975〜76年に全機が引退しました
非常に運転しやすい機関車で、評判もよかったそうです
日本が一流国としてスタートした大正時代の
貴重な遺産の一つですね
 
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この前、消えていく「昭和の名列車」っていう記事をUPしたのですが、
書きながら、小学校時代を思い出して、すごく懐かしかったので
その時用意した、写真をUPしようと思います
小学生なんで、画質が悪かったり、同じアングルが多いですが、
国鉄ファンの方は、哀愁や思い出にひたって下さい (^o^)/
 
前回は雷鳥の話題から関西から北陸方面の列車を中心に取り上げましたが
今回は関西から山陽、九州方面の列車が中心です
 
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181系のクロ181が先頭。
今なら貴重な画像ですが、
当時は「また"しおじ"か、また"うずしお"か」というほど本数も多く、
興味は他の列車にいってました。
 
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月光型(581系)の座席特急「はと」
「金星」は名古屋発の寝台特急でした
 
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20系の「あかつき」
僕が初めて乗ったブルートレインです。
大好きだった祖母と、九州に行く時に乗りました
 
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当時は、なは(鹿児島本線経由)、日向(日豊本線経由)西鹿児島行きが、
小倉まで併結でした
 
今日もUPしながら懐かしさがこみ上げてきます
特に、今は亡き祖母に無理にお願いして乗れた「あかつき」…
憧れのブルートレインに興奮したのか、
寝台特急なのにほとんど寝れなかったことは覚えています
【雷鳥、ドリームにちりん…姿消す「昭和の名列車」たち】
 夕刊フジ 2011/2/15 16:57
 
 来月12日に行われるJRのダイヤ改正では、九州新幹線の全線開通や東北新幹線「はやぶさ」のデビューなど、久々に華やかな話題が多い。だがその一方で、昭和の面影を今に伝える名列車が、今年も静かに表舞台から姿を消す。

 昼間の特急では、半世紀近くの歴史を持つJR西日本の「雷鳥」(大阪−金沢)が廃止される。東海道新幹線の開業と同じ1964年に誕生し、関西では「北陸へ行く特急なら雷鳥」と広く認識されてきた。しかし、95年に登場した新型特急「サンダーバード」へと徐々に置き換えられ、昨年春からは1日1往復のみになっていた。

 「雷鳥」編成の大阪側先頭車両は、正面がガラス張りの「パノラマグリーン車」。「サンダーバード」にはない展望席で運転士気分を味わえるのも、あと1カ月足らずだ。すでに北陸本線の停車駅では引退記念と称して記念グッズが販売されている。ちなみに、昨年春に廃止された夜行列車「北陸」「能登」の廃止記念グッズもまだ売っているのはご愛嬌。

 夜行列車でこの春消えるのは、JR九州の「ドリームにちりん」(博多−南宮崎・宮崎空港)。寝台車がない全国唯一の夜行列車だ。昭和40年代、バックパックを担いで旅する“カニ族”と呼ばれた若者たちは、宿代を節約するために、周遊券だけで乗れる北海道や九州内の夜行列車の自由席で一夜を明かした。「ドリームにちりん」は、その歴史を受け継ぐ最後の存在だった。

 そんな旅が、この春かぎりでできなくなる。それも時代の流れなのだろう。(小牟田哲彦)
 
 
僕は小さい頃から鉄道が大好きでした
中学校に入ってバスケットボールをやり出して、
土日が休めなくなったけど、小学校5,6年生の頃は
しょっちゅう、大阪駅や京都駅に鉄道写真を撮りに行ってました
山陽新幹線開通で、山陽・九州方面は特急や急行が減ったけど、
関西から北陸方面へは、まだまだたくさん走ってました
特急は、雷鳥、北越、白鳥、そして日本海 など
急行は、立山、ゆのくに、つるぎ、きたぐに など   
本当に、懐かしいです。
また一つ、昭和の足跡が消えていくのですね・・・
 
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 一度、入場券で新大阪から京都まで乗ってしまった時は、
見つかったらどうしようと、ドキドキでした
それでも乗りたいほど、ブルートレインは「夢の列車」でした

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