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野球のようなものを始めた時に面白いと感じるのはやはり打撃ですね。
どのように当てるか、どこまで飛ばすか、どうやると強い当たりになるか。
技術は別として、最初は当てることに夢中です。
ところが、当時は今のように道具はなかなか手に入りません。
小学校の校庭で軟式ボールでやり始めた時などのバットは、折れた硬式バットを釘で打ち直したものを使用していました。
ひ弱で小柄な私などには重くてどうしてもうまく振れませんでした。
重いバットを抱え込むようにして振り回すのですが、バットを振り回すと言うより振り回されていたと言う方が正しい表現でしょうか。
普通に投げてもらっても全くかする気配もないわけです。
ゆっくりソフトボールのように投げてもらって当たらないわけです。
5球10球と投げてもらってもなかなか当たらない。
そのうち交代です。
それでも嬉しいんですね。バットを持って軟式ボールを打たせてもらえることが。
毎日毎日そんなこんなで野球めいたものをやっていると少しずつですが要領を得てくるんですね。
そのうちボールも捕れるようになるし、バットにも当たるようになるんです。
フォームとかは別問題ですが。
そして仲間が出来るとどこかと試合がしたくなるわけです。
ルールなども殆ど分らないで人数併せに参加していて。グローブやバットなどは相手チームとのもちあいです。
グローブなどは1チームで揃うことはなかったような気がします。
交代のときはグローブをその場所に置いて交代です。
グローブが良いの悪いのという次元の話ではないんですね。あるだけましです。
ひどいときはグローブがない場合もあったような気がします。
最初は当然ながらベンチか人数が足りない時はライト(右翼手)で9番です。
それでも野球がやれるんですから、嬉しいやら怖いやら守っていてもドキドキするし、打順で自分の番が近づくとそれは緊張感も頂点に達するわけです。
仲間から見れば何の期待感もない存在なんですが、本人はやはり主人公なんですね。ヒーローにはなれなくても主人公であることは間違いないんです。
ボールを打ちに行けば当たるか否かは別として、バットを振った段階で一塁に走り出している始末です。
打って走ってセーフになりたい。その一心です。
ところがバットに当たる確率は殆ど皆無ですから、四球か死球以外は塁に出ることはない存在なんですね。
チャンスの時にバッターになると仲間から「振るな!振るな!」と指令が来るんです。
それでも本人は打ちたいのが山々(打てるわけがないのに)。
捕手がタイミングよく「いい球!」とかいって打ち気にさせたりすると、つい気持ちが気持ちだけに言葉につられて振ったりするんですね。そして三振。
仲間のいるベンチに帰るときの心の重さと足の重さ。
心の中で「何か言われるな。」と覚悟をしながらとぼとぼと戻るわけです。
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