迂回路

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病気にならない生き方

著者:新谷弘実
出版社:サンマーク出版
読了日:2007/5/7

 最初に書いておきますが、私は医者としてこの本を人にはお薦めできません。私が最も嫌うインチキ医学書です。しかも、健康グッズを売る会社と巧妙にリンクした、売ることだけを目的とした商業本です。
 次に、この本の著者は大腸内視鏡治療の先駆けであり、それは20年以上も前のことですが、その功績は確かに優れたものです。

 この2点をしっかり区別しておかないと、本書に対する評価はできません。というのは、著者の業績が優れているからといって本に書いてあることを盲信する人や、逆に本が胡散臭いからといって著者のことをよく知らないまま無闇にこき下ろす人が、ネット上にたくさん見受けられたからです。



 本書の内容は、健康であるためには病気を治すのではなく病気にならないことがまず重要であり、そのために食生活を主とする生活習慣をできるだけ改善するべきだ、というものです。これだけなら、ごく当たり前のことを言っているに過ぎません。

名医は死亡診断書を書かない?

 しかし冒頭から、自分は医者として死亡診断書を書いたことがないといいます。そして、それは自分の患者がみな健康だからだといいます。このように書けば、死亡診断書をたくさん書いている医者ほど腕が悪いような印象を与えてしまうでしょう。
 すべての人間は必ず一度は死に、その死が異状なもの(事故死や不審死など)でない限り、その際には必ず死亡診断書が発行されます。要するに、一人の人間を亡くなるまで診ていれば、医者は死亡診断書を書かなくてはならないのが普通なのです。加えて、救急やホスピスに勤める医者ならば、腕の差に関係なく死亡診断書を書かなくてはならない状況が必ず生じます。それなのに、40年以上も外科医をやって本当に死亡診断書を書いたことがなければ、それは死にそうな患者を他の医者に任せてきただけで、名医どころか無責任です。

お茶は体に悪い?

 続いて、お茶の胃に対する害の話になります。「お茶の先生など仕事で大量のお茶を飲んでいる人には、胃ガンの前駆症状ともいえる萎縮性胃炎を起こしている人が少なくありません」とあります。
 萎縮性胃炎という病気を知らなければ、この文章はもっともらしく聞こえるかもしれません。萎縮性胃炎とは慢性胃炎の進行状態で、別にお茶の先生でなくても、日本人の高齢者には非常に多く見られます。そして、慢性胃炎の原因はお茶ではなくピロリ菌であり、このことは本書が書かれる2年以上前から、医者の間ではとっくに常識となっています。著者は、自分の専門分野である消化器の新しい知識をほとんど持っていないのです。
 ついでにお茶について言えば、むしろ反対にお茶を飲む量が多いほど萎縮性胃炎になりにくいという日本人による研究結果があります(Shibata K et al., Green tea consumption and chronic atrophic gastritis: a cross-sectional study in a green tea production village. J Epidemiol. 10(5): 310-6, 2000)。

肉を食べても大きくなれない?

 肉食の害にも触れます。肉食は確かに悪い面がありますが、著者は何と肉食動物のライオンや虎と草食動物の象やキリンを引き合いに出してきて、ライオンは持久力でも体の大きさでも草食動物に劣るから、肉食はよくないなどと言います。
 しかし種が違うのですから、食事の影響を比べられるわけがありません。自説に都合のいいものを勝手に比べているだけです。それが許されるなら、私は肉食動物にクジラやサメを、草食動物にはアユやカタツムリを持ち出すでしょう。地球上で最大の生物、シロナガスクジラは肉食なんですよ。
 肉食が体によくない点は、同時に脂肪を多く含むためコレステロールが高くなりやすいことと、プリン体を多く含み痛風の原因となることなどです。さらに胃の中で、亜硝酸とアミノ酸が反応してニトロソアミンという発癌物質ができることも理由の一つです。亜硝酸は漬物や質の悪い有機栽培の野菜、アミノ酸は肉や魚に含まれており、かつて日本人に胃癌が多かったのは、漬物と魚を同時に食べていたからだと考えられています。著者の言うような、胃薬の乱用のせいでは決してありません。もし薬のせいなら胃癌は増えていなくてはならないはずですが、戦後の日本人の胃癌患者数はじわじわと減り続けているのです。嘘だと思う方は国立がんセンターの統計を御覧下さい。海外生活が長いせいか、著者は日本人の癌の統計さえ知らないのです。本当に消化器が専門なのかと疑わしくなってきます。

ミラクル・エンザイムは真実か?

 さらに著者は、「ミラクル・エンザイム」なる概念を持ち出します。エンザイムとはenzyme、日本語では酵素のことです。しかし、本書ではどうもタンパク質全般、ことによると生理活性物質全般を指してエンザイムと呼んでいるようです。このような、既にある言葉の勝手な拡大解釈はいただけません。そして、体内にはどのようなエンザイムにもなれるエンザイムの原型があり、これをミラクル・エンザイムと名づけると書いてあります。最大限に好意的に解釈すれば、酵素の材料であるアミノ酸ないしオリゴペプチドを指すのかもしれませんが、それならそう書くべきです。
 そして、ここで著者は大変ずるい書き方をしています。このミラクル・エンザイムの説明をする時に、彼は「ここからは私の仮説です」と一言だけ断っています。この断りがあるために、専門家に反論されても「あくまでも仮説です」と言って逃げることができるわけですね。
 そしてそれ以後は、あたかもこのような物質があるかのように筆を進めています。仮説というのは、立てた人はまずそれが正しいことを証明しなくてはならないのが常識なのですが、そんなことにはお構いなしです。ミラクル・エンザイムをなるべく消費しない生活をし、エンザイムを多く含む食物を食べようと繰り返します。ただの仮説だったはずのものが、いつの間にか当然の事実として扱われてしまっています

牛乳は体に悪い?

 これは著者が言い出す前から、同様の説を唱えていた人が何人かいます。確かに、日本の紙パック牛乳にはまったく問題がないとはいえないと思いますし、牛乳だけ飲んでいても生きていくことはできません。
 牛乳の害についてはまだ調べているところですが、1点だけ。著者は、牛乳を飲みすぎると骨粗鬆症になると主張しています。「牛乳を飲む習慣のない人や牛乳の嫌いな人に骨粗鬆症が多いという話は聞いたことがありません」とあります。著者はわざわざ、インターネットで論文を参照することを推奨してくれています。で、私もPubmedで調べてみましたが、見つかりません。牛乳は骨密度を上昇させる、つまり骨粗鬆症を防ぐという論文ならいくつか見つかるのですが、反対のものは今のところ見つかっていません。どなたか、見つけたら教えてくださいね。

食事で遺伝子が書き換えられる?

 そして驚くべきことに、よい生活習慣は癌になりやすい遺伝子をも書き換えることができる、などと言い始めます。個体の問題と遺伝の問題をあっさりとすりかえてしまい、私もしばし唖然としました。生活習慣などの、生まれてからその人が得た特徴は遺伝子には書き込まれない、というのは分子生物学の常識です。常識を無視した内容はたとえ仮説であっても許されるものではありません。ちなみに、この部分には「仮説」とは書かれていません。
 およそ半世紀前、スターリン政権下のソ連でルイセンコという科学者が、まったく同じ説を唱えていました。この説はマルクス主義と相性がよかったらしく、スターリンはルイセンコを擁護し、そのためルイセンコはソ連の学会で強権を奮い、自説に反対する学者を徹底的に弾圧しました。日本にもその論争は飛び火しましたが、スターリンの失脚と科学的な裏づけのなさによって、ルイセンコもまた失脚しました。本書の著者くらいの年齢の方であれば、ちょうどそのくらいの時期に高等教育を受けているはずですから、ルイセンコの名を知らないとも思えないのですが…。

水を飲むと健康になれる?

 著者は水を飲むことを推奨し、高齢者でも1日最低1000ccの水を飲むようにすすめます。そして自分自身、朝昼晩と500ccの水を毎日飲んでいるといいます。
 読者が若くて確実に病気を持っていない人であれば、別にそれで構いません。特に心臓や腎臓に問題がなければ、少しくらい飲みすぎても尿として排泄されていきます。問題は高齢者です。
 数年前、例のみのもんたの番組か何かで大量の飲水を視聴者にすすめたことがあるらしく、私は一度その番組にしたがって水をガブガブ飲み、すさまじい足のむくみで来院した60台の男性を診たことがあります。その人は別に持病があったわけではありませんし、むくみ以外の自覚症状もありませんでした。血液検査では腎機能は正常、しかしレントゲンでは心臓が拡大していました。つまり軽度のうっ血性心不全です。夜でしたので詳しい検査はできませんでしたが、おそらく自覚症状のない加齢による心機能の低下があったのでしょう。
 つまり、高齢者というのは自覚症状がなく検診で指摘されていなくても、何がしかの内臓の機能低下が起こっている可能性が高いのです。心臓だけでなく腎臓も、別に病気がなくても年を取るだけで徐々に機能が落ちていくことが知られています。加えて高齢者は、何らかの病気が知らないうちに新しく現れている可能性もあります。症状がないから健康だと思うのは大間違いです。
 心不全の患者では1日最高1000cc、体格や重症度によってはもっと厳しく水を制限します。腎臓が悪くて透析をしている人に1000ccもの水を飲ませれば、命に関わることさえあります。水の飲みすぎは心臓や腎臓の悪い人には致命的となりうるのです。高齢者にも飲水をすすめるなら、このようなことをきちんと書き、飲む量の上限もきちんと書くべきでしょう。



 一般向け医学書の役割は、小難しい医学知識をわかりやすく伝えることにあります。しかしその内容は、あくまでも多くの医者が広く認めるものでなくてはなりません。学会や論文で十分に議論され、多くの医者がどうやら正しいようだと認めるようになって、初めて一般にも広められるべきです。「仮説」の段階なのに、さも事実のように流布されては、知識のない人は翻弄されるだけです。

 ただし、本書の趣旨である予防医学や生活習慣の改善の重要性などは、決して間違ったものではありません。だからこそ、かえって信じやすいのかもしれません。Amazonで本書のページを見ると、すごい数のレビューが書かれていて、しかも半分以上がこの本に感銘を受けたと書かれており、正直言ってちょっと慌てました。

 このような本を書くということからして、著者は医者でない一般の人々を完全にバカにしています。このページをお読みになった人は、早くこのことに気づいてください。今後も本書におかしな点を見つけたら、その都度アップしていきます。

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自分は、この本に疑問を持ってる一人ですが 専門的な知識がなく困ってます。 一番困っているのが、牛乳です。 自分の経験内では骨は丈夫なほうですから大丈夫だとは思いますが 牛乳飲むと骨粗鬆症になるとか言われて、不安になります。 とりあえず、この辺りの情報があれば 次回ブログに書くときにでもおねがいしたいです。 削除

2007/5/14(月) 午後 7:00 [ 夏樹 ] 返信する

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牛乳についても調べてみているところなんですが、実は研究そのものがあまり多くないんですよ。医学的な結論は出ていないと考えた方がいいでしょう。ブログなどでよく見かけるのは、牛乳を飲むと腹を壊す→牛乳は体に悪い、という短絡的な結論ですが……それは「乳糖不耐症」、あくまで体質の問題です。何かわかればまた追記しますね。

2007/5/14(月) 午後 9:12 [ Johnny ] 返信する

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コーヒー・エネマについて別に書きました。 http://blogs.yahoo.co.jp/drjohnny0626/6606127.html

2007/5/19(土) 午前 2:22 [ Johnny ] 返信する

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遅くなりましたが、こちらからもTBしておきました。

牛乳、論文ないですか。
うーん、とりあえずは問題ないし
好きなので飲んどきます。

いま「人は何故エセ科学に騙されるのか」とかいう
本を読もうとしてます。
できれば、エセ科学本チェックリストとか作りたいですね。

本自体がレアなので県内の図書館にも蔵書が少なく
別の市の図書館から取り寄せ中です。
(2週間もかかるらしい) 削除

2007/5/28(月) 午後 10:13 [ 夏樹 ] 返信する

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牛乳について別に書いた記事にリンクするの忘れてました。http://blogs.yahoo.co.jp/drjohnny0626/6351386.html

2007/6/3(日) 午前 8:52 [ Johnny ] 返信する

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この記事と,その要約といえるAmazonのカスタマーレビュー『唖然としています』を拝読いたしました.教えて頂けることが多く厚くお礼を申し上げると同時に,主張しておられる内容には全面的に賛同いたします.
『病気にならない生き方』については,私もCHAOSというニックネームで,Amazonにカスタマーレビュー『二つの顔を持った新谷弘実』を,kikulog
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/
の「牛乳有害説」の57に『「ニセ科学」に惑わされないために』を投稿いたしました.私は農芸化学の出身なので,食品学や栄養学の見地からの発言は可能ても,医者の立場からの発言はできません.先生のご発言に,我が意を得た思いです.

2007/8/20(月) 午後 8:29 [ nak*zat**hiros*i ] 返信する

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ありがとうございます。こちらも上記記事を読ませて頂きました。Amazonの方、よく私だとわかりましたねぇ。
私はもともと化学のバックグラウンドを持つ医者でして、医者の手によるインチキ医学書には、化学者くずれとしても、また同じ医者としても、とても憤慨しています。
最近忙しくてなかなかこの問題に触れる時間がないのですが、また機会があればアップしますので、今後もよろしくお願いします。

2007/8/20(月) 午後 9:44 [ Johnny ] 返信する

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新谷弘実著「病気にならない生き方」に記述されている牛乳有害説の科学的根拠を,牛乳乳製品健康科学会議が著者に問いただした「公開質問状(平成19年3月28日発信)」の「回答書」が,10月2日に提出されていました.
この「回答書」に対して牛乳乳製品健康科学会議は,折茂肇会長のコメントと会議としての見解をまとめ,12月18日に記者発表しました.その概要は,朝日新聞では当日の夕刊16面最下段に掲載されています.
関係資料はすべて,日本酪農乳業協会のホームページに公表されています.
http://www.j-milk.jp/topics/8d863s000007j0p1.html
これらについて,私の意見はこれからまとめたいと考えております.
まずはお知らせまで.

2007/12/19(水) 午前 11:19 [ nak*zat**hiros*i ] 返信する

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新谷医師の「回答書」を読んでみて,私の意見は以下の通りです.
1.著書のなかで自分の主張を記述することは言論の自由ですが,記述の内容について著者は責任を持たなければなりません.記述の根拠を問いただされたらすみやかに回答すべきなのに6ヶ月もかかったのは,指摘された「病気にならない生き方」の問題箇所が,科学的根拠を持たない恣意的な記述であったからでしょう.
2.回答を遅らせていたのは,時間を経過させることによって一般市民が忘れてしまうのを待ち,批判をかわす策略であったとも考えられます.12月18日の記者発表を記事にしたのは,Googleで検索したところでは朝日新聞と夕刊フジだけだったようで,マスコミの話題にはなりませんでした.
3.「回答書」の内容についての批判は,折茂会長の「コメント」と牛乳乳製品健康科学会議の「見解」に言い尽くされていると思います.
4.節度のある「公開質問状」の表現に対して,「回答書」の表現は傲慢無礼の極みです.これは新谷医師の人柄によるのでしょうが,自分の「回答書」が「公開質問状」にまともに答えていないことを承知している証拠のような気もします.

2007/12/21(金) 午後 5:07 [ nak*zat**hiros*i ] 返信する

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インチキ本の特長はある食材については良い面ばかり強調し、ある食材については悪い面ばかり強調する事ですね。

粗食の本を出版している某著者もその傾向が見られます。

これらの本を読んで、危うく鵜呑みにするところでしたよ。

一番体に良くないのは肉食や牛乳ではなく、インチキ本を鵜呑みにする事ではないでしょうか? 削除

2012/2/16(木) 午前 11:09 [ かん ] 返信する

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