へなちょこ内科医の臨床留学記

たとえ優秀でなくても、年を食っていても、自分を信じ努力を続ければいつか道は開けてくる!

日記

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ふるさと日本へ

 ご無沙汰していました、本当に久しぶりの更新です。


 6月30日にNYを後にして、その後長年の夢だったカナディアンロッキーを
 家族旅行した後に7月初旬、ふるさと日本へと完全帰国しました。


 日本を出国する前はアメリカへの強い思いで一杯でしたが、7年ぶりに日本へ
 完全帰国すると、仕事帰りで自宅の風呂にどっぷりつかったようなほっとした
 気分に包まれました。

 
 その後、2か月は日本での新生活のためのセットアップ、積もり積もった借金を
 返済すべくアルバイト生活で北は北海道から南は九州まで奔走し、その後9月
 からは現在の職場に落ち着きました。


 現在、大学病院の集中治療部に所属して4か月半が経とうとしていますが、
 ある程度予測はしていたもののとてつもなく忙しい毎日を送っています。

 
 正直ブログの更新どころから下着の更新もままならないような忙しさで
 今日までズルズル来てしまいました。


 しかし、たまにこのブログの読者であることを伝えられるとこれまで続けてきて
 良かったと思うと同時に更新をしようと思い直したのです。


 おかげさまで、先日の感染症専門医試験結果をもって臨床留学の目的
 だった米国内科・感染症・集中治療専門医をいずれも取得できました。


 ということで、臨床留学のブログは今回をもって最終回とさせていただき
 今後は以下にご紹介する新しいブログで日本での奮闘記を続けていきたい
 と思います。


 長い間、お付き合いいただき本当にありがとうございました、と同時に今後
 ともよろしくお願いいたします。

 米国集中治療医の自転車操業日記
 

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 内科レジデンシー3年間、集中治療フェローシップ2年間、そして感染症
 フェローシップ2年間、トータルで7年間にも及ぶアメリカでの臨床研修も
 これでフィナーレ。


 今回で3回目となった卒業セレモニーはLower Manhattanにあるイタリアン
 レストラン。


 昨年までは卒業セレモニーはランチだったのだが、前述したように感染症
 部長が変った今回からはディナーへ。


 なぜ?、それは昼間だと勤務中でアルコールが飲めないけれど、ディナー
 ならみな心置きなく飲めるからと言うアテンディングたちからの要望に
 応えたもの。


 しかし、アルコール費用は各自自腹でお願いしますという事前の通知が
 来たから同僚と爆笑、、みんな根っからの酒好きなのだ


 当日は、我が家も家族総出のマキ民族大移動で出席。


 ケニア出身の同僚も、当日は腹を減らしている地元ケニアの村の住民を
 総出で連れてくるなどといっていたが、結局は家族でやってきた。


 悲喜こもごも、いろいろあった2年間の研修だったが、最後にプログラム
 ディレクターから言われた自分の印象は、


 彼はいつも働き続けて、休暇で日本へ帰省しているときにも働いているん
 だ、こんなに働くやつは今まで見たことがないと。


 そう、、、これこそ貧乏暇なしってやつですね。


 家族連れで、しかもアテンディングとの会話が弾んでしまったために
 記念写真撮影はすっかり忘れてしまった。


 しかし、後日同僚とプログラムディレクターと改めて記念撮影会。
イメージ 2

 
イメージ 1

  各学年2名、計4名という小所帯のプログラムだったが、最後の1年はみな
 仲良く和気あいあいと過ごすことができたのは幸せでした。

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 感染症フェローシップも大詰めを迎えた5月下旬のこと、兼ねてからうわさに
 なっていた病院閉鎖の話題が急に持ち上がってきた。


 きっかけは、地元の小新聞紙が病院閉鎖というショッキングなニュースを
 リークしたこと。


 前回書いたように、どケチ病院で数年前には新たに身売りをしていたこと
 から経営状態が悪いことは我々も承知していたのだが、新たな経営母体の
 もと何とかやりくりしているものとさほど深刻にはとらえていなかった。


 ところが、昨年末から職員住宅を取り壊し売りに出すというあたりから
 雲行きが怪しくなり、病院上層部から話が全くないまま外部からまさに
 寝耳に水状態で病院閉鎖の話が舞い込んできたのである。


 研修医だけでなく、アテンディング、看護師、その他スタッフ誰に聞いても
 情報は得られず、いつ病院が潰れてしまうのかという不安から職員達は
 パニック状態に陥った。


 こうした状況から、病院経営陣が急遽会見を開きそこで判明した
 のが今後4年をめどに現病院を完全閉鎖し他の施設へ機能移転を
 するというショッキングな内容だった。


 以前、自分が内科レジデントをしていた時にも、勤務していた病院が
 経営悪化から病院閉鎖という寸前まで追い込まれたことがあった。


 ところが、その地区で唯一の公的病院だったこと、貧困層が多く住む地域
 でその病院が閉鎖になった場合多くの病院難民が出てしまうことから
 当時の市長が肝いりで病院バックアップを公約し存続が実現した。


 病院が潰れてしまう、これは職員にとってはとてつもなく大きなストレス
 である。


 自分のような研修医の場合、今後果たして研修が続けられるのかどうか
 という不安、また職員の場合無職になり今後生活していけなくなるという
 不安にかられる。


 しかし、これもお金こそが全てのアメリカ、例え患者が困っていたとしても、
 職員が困ったとしても、また病院にいくら歴史があったとしても経営が
 悪ければ容赦なく切り捨てる究極の資本主義社会なのだ。


 病院へやってくる患者の数は年々減っているとはとても思えないにも
 かかわらず、こうしてNYCでは毎年のように市内の病院が次から次へと
 潰れていっている。


 病院が潰れた後、病院難民となった患者はどうなるのだろう?こんな状況
 に接するたびに、つくづく自分が日本人に生まれたことを感謝する。


 同僚達からは臨床研修後もアメリカに残ることを勧められたが、いつ自分
 の職場が潰れるかもしれない、また老後を迎えていつ病院難民になるかも
 しれない恐怖を考えたら、アメリカに残る選択肢は自分の中に全くなかった。


 今後4年間をめどに潰れてしまう我々の病院、これまでの病院経営陣や
 病院スタッフの対応を見ている限り、病院閉鎖もやむを得ないだろうという
 気持ちが一方であるのも事実だ。


 時代に応じて病院機能やスタッフは柔軟に対応・変化していかなければ
 ならなかったのにも関わらず、そうした努力を怠っていたがために今回の
 事態を招く結果となった。


 40年余り感染症科部長を務めてきた我々の上司も、病院経営トップに対し
 変革を拒んだためについ最近解雇された。


 70歳を過ぎての勇退ではなく、解雇、、あまりに悲しすぎる結末といわざる
 をえない。


 



 



 

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 その4.リトルリーグの野球で活躍する長男、貴重な左腕ピッチャーとして
 またシャープな中距離ヒッターとして毎回活躍しているにも関わらず、
 なぜか毎回途中交代。


 チームには控えを含め11名在籍し、毎回全員出場させなければいけない
 というリトルリーグの取り決めがあるため交代は仕方がないのだが、長男
 ではなくほかにも変える選手はいるはず。


 どうやら、父兄がお手伝いしている子供は交代させづらいということのよう
 で、仕事柄なかなか試合や練習にかけつけづらい自分としてはしのびない。


 その5.日本人補習校へ通う長女、運動会で行われるリレーの選手決めで
 なんと4年ぶりにリレー選手に選出された。


 これは有終の美が飾れるね!と我が家をあげて喜んでいたのだが、翌週に
 なって状況は一転。


 近くで見ていた同級生が、選手決めのレースで結果判定ミスがあったと
 クレームをつけ出したのだ。


 一度決まったことだからひっくり返ることはないとたかをくくっていたのだが、
 どうやら担任の先生が同級生の言い分をそのまま聞き入れてしまい、
 長女ではなく違う子供をリレー選手にしてしまったらしい。


 長女はその結果に大きなショックを受け、運動会にも行かないし補習校にも
 行かないと言い出した。


 それは当然の反応であり、自分も家内も大きな憤りを感じ、学校の対応への
 不満もありその日で補習校へ退学届を願い出た。


 しかし、、、しょっぱい→→→感激のニューヨークへ事態が好転しだしたのは
 その日からである。


 家内が、補習校の父兄にお別れのメールを送信したところ、予想外に多くの
 反響があり、我々に賛同した父兄が校長までリレー選手決めの再レースを
 行うことを上申し、長女の補習校への慰留を必死に説得し始めたのだ。


 長女は補習校へ戻ることにかなり抵抗したが、必死の説得の末に再レース
 は実現、結果は前回と全く異なる児童が勝利し、長女は補欠へ


 全力で頑張ったことだし父兄のおかげで再レースもしてもらえたし、これで
 悔いも無いと思っていたのだが、神様のいたずらとはわからないもの。


 運動会当日にリレー選手で長女の結果に異議を唱えていた児童がまさか
 の負傷、急遽長女がリレーに出場することになったのだ。


 結果は一位でたすきをうけて一位でたすきをつないだ、、
 なんだかウソのような夢のような結果だった。


 そして、毎回交代の憂き目に会っていた長男、チームもリーグ戦では最下位
 に沈んでいたが、ポストシーズンの一発勝負ではなんと連戦連勝で気がつく
  と決勝までこまを進めていた。


 決勝はさすがにミラクルとはいかず、自力の差で負けてしまったが、個人と
 してはポストシーズンも5割超えの高打率、アメリカで最後のシーズンを
 有終の美で終えることができた。


 そして最後は自分、アテンディングの一人から研究のけちをつけられて
 へこんでいたが、それとは別に症例報告を2編まとめていてそのうちの
 1編が早速採用された。


 こうして、嫌なことも多くあったけれども、最後はそれを相殺してくれるような
 いいことも続いたりしてなんとなく穏やかにニューヨークを後にすることが
 できたのでした。


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 アメリカ臨床留学の7年間、幸か不幸か一度も引越しをすることなく
 ニューヨークで過ごしてきた。


 幸の点から言えば、引越し費用がかからなかったこと、アメリカの他の都市
 と比べ日本人や日本文化に多く接することができたこと、交通の便がよく車を
 運転せずにすんだこと、世界中から集まる様々な人々と接することができた
 こと、などがあげられるだろう。


 一方で不幸な点をいえば、アメリカのニューヨーク以外の都市を知らずに
 すごしたため、アメリカ=ニューヨークのイメージが出来上がってしまい
 アメリカの本来の良さを見逃してしまった可能性があること、自分の本当に
 行きたかったプログラムを断念せざるを得なかったこと、などだろう。


 しかし、自分の場合家族同伴で渡米をしており、家内や子供たちの希望も
 汲むときっと最善の選択をしてきたのだと思う。


 それでも、ニューヨークは世界中から自分の夢を求めてやってくる人々の
 集まり、その世知辛さは日本の首都東京をもしのぐ過酷な世界だった。


 7年間の有終の美を飾り、最後はいい思いを持ってニューヨークを後に
 したいと思ったものの、現実はそれほど甘くはなかった。


 その1.フェローシップ中に行った研究結果を最後のカンファレンスで
 アテンディング達を前に発表、反応は上々でその研究結果は10月の
 全米感染症学会へ応募することになった。


 ところが、その際にあるアテンディングの名前が研究協同者のリストから
 漏れていたことが判明。


 そのアテンディングが激怒してしまい、自分に対する苦情を感染症科職員
 へ一斉メール、後日事情説明のためにアテンディングに頭を下げる羽目
 となった。


 元々、研究協同者に加えてほしいと言い出したのはそのアテンディング、
 しかしその後研究に関与することが一度もなかったためすっかり忘れて
 いたのだった。


 この対応って大人気なくないっすか??


 その2.2週間ごとに自動振込みされていた給与、6月中旬に突然自動振込
 が停止され、手渡しのPaycheckをもらわなければ入金されないことが判明。


 おそらく、6月末になると手を抜いて出勤しなくなる職員が多くなるために
 それを未然に防ぐべく病院が講じた一手のよう。


 せこい!!


 ただでさえ安月給でボーナスも出さなければ教科書代や昼食補助でさえ
 出さないどケチ病院のくせに、最後までせこいところをみせつけられた。


 おかげで、卒業パーティーが終わってから一週間もした6月30日
 (アメリカにおける年度末の最終日)まで病院に来ざるを得なかった。


 その3.学校でサッカーをしていた際に、友人から誤って小指を蹴られて
 骨折した長男、痛がり方がひどいため近医整形外科を受診させレントゲン
 を撮ったところ骨折が判明。


 幸い手術の必要はなかったものの創外固定で全治1ヶ月、その後病院
 からは整形外科に1回かかっただけにもかかわらずなんと700ドルの請求!


 毎月200ドル以上の保険料を払っていてこの医療費っていったい何???


 早速事故が起こった学校へ相談すると、自分達は一切責任は持てないし
 加害者の情報も一切教えられないと。


 たまたま長男の知っている子供が加害者だったため、家内が請求書を
 その子供の親に渡したが、こちらへ謝るどころかその後はなしのつぶて。


 こちらも700ドルはぼったくりすぎだろうということで病院に掛け合ったところ、
 200ドルでOKということに。


 しかし、いったい誰がこのお金を払うのでしょうねえ?未解決のまま
 我が家は帰国。

 
 しょっぱいエピソードはつづく。


 
 

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