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遊びの真実と一瞬の道化〜よねぴぃの心にうつりゆくよしなし事〜
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書庫C.クライバー

現代のカリスマも鬼籍に入られてしまいました。カルロスよ永遠に――「カルロス応援書庫」です。
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 カルロス・クライバーが亡くなって一昨日で3年。
 この間カルロスの演奏を聴くことは少なかった。
 オルフェオから出たベートーヴェンの7番くらいなものだろうか、熱心に聴いたのは。
 どの演奏も一通り聴いてしまっていたから改めて聴くことはなかったといえばそれまでのこと。
 何せレパートリーの少ない指揮者だから三日もあればすべて聴くことが出来るくらい。

 そんなカルロスだが、父エーリッヒから音楽的に多くのものを受け継いでいることはよく知られているところ。父から受け継いだ自前のパート譜を持ち、ボウイングなどはその自前の楽譜に従わせていたらしい。これは往年の巨匠と呼ばれる指揮者たちのやり方で、今の指揮者はあまりそういうことをしない。ここらあたりが、カルロスの伝統的、保守的な一面といわれる所以だ。とはいっても出てくる音楽は父とは似て非なるもので20世紀の現代そのもの。そこが素晴らしいところ。
 
 父エーリッヒから多くを受け継いでいるとはいえ、ひとつだけ父から受け継いでいないものがある。それがイタリアオペラへの傾倒だ。

 カルロスは数は少ないとはいえ、イタリアオペラを好んで指揮した。といっても3つだけだが。ヴェルディの『椿姫』、『オテロ』、プッチーニの『ラ・ボエーム』。これらは彼の十八番であるだけでなく、他の指揮者と比べても彼の右に出る者はいないと言ってもいいくらいのものだ。それなのに正規盤の録音は『椿姫』しかないのは残念なことだ(『オテロ』、『ラ・ボエーム』は海賊盤のみ)。

 彼のイタリアオペラは、シンフォニーの指揮さながらに早めのテンポで直線的でさえある。遅めのテンポで朗々と歌わせるわけではない。それでも音楽の「ツボ」を押さえているからだろう、決して物足りなくはないし、詩情に溢れた魅力的な旋律を聴かせてくれる。

 筆者はこれらを録音でしか聴いたことがない。ライブで聴いたのは『薔薇の騎士』東京公演(1994年)一回のみ。

 彼のイタリアものを一度でいいからライブで聴きたかった。

クライバー没後 3年

 カルロス・クライバーが亡くなって3年になろうとしている。
 この3年を早いと感じるか、遅いと感じるか、なんとも判断しかねる不思議な時間感覚だ。

 この前雑誌を読んで知ったのだが、「カルロスを偲ぶ旅」が旅行会社から企画されているらしい。カルロスの命日に合わせて、彼ゆかりの場所を訪ね歩くというもの。それによると、カルロスのお墓があるところは、交通の便が悪く個人ではとても行けるところではない、だから是非この機会をお見逃しなくということらしい。確かに写真で見たり、HPで見ても山間のいかにも辺境という感じのところだ。
 そんなところに日本人が大挙して押しかけるというのも、傍から見たらなんとも奇異に映るかもしれない。しかしそれだけ日本人の「カルロス信者」の多い証でもある。
 正直言って、筆者も行けるものなら行ってみたい。出来れば個人で。

 昔ウィーンに行ったとき、マーラーの墓を訪れたことがある。ベートーヴェンやモーツァルトなどの墓はあまりに有名すぎて観光地化してしまっているけれど、マーラーのそれは筆者が行ったときは他に誰もおらず、しかも迷った末ようやく辿り着いたこともあって「今着きました」と墓に報告したくなるような気分だったのを今でも鮮明に覚えている。墓石に自分の名前しか書いていないシンプルなお墓。見たからってどうなるものでもないが、やはり感慨深いものがあった。
 カルロスのお墓ももし訪れることがあったら、そんな感慨に浸るのではないだろうか。「今帰ってきました」とでも言いたくなるのだろうか?

 もうすぐ、3日目の「その日」が来る。

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 クライバー本のバイブルと言ってもいいこの本。
 たまたま本屋で見つけたのだが、今から思えば買っておいてほんとによかったと思える1冊。
 クライバー関連の記事をこれほど集めたのは、後にも先にもこの1冊ではないかと思う。
 プレミア本とまではいかないまでも、そんなに流通していないと思われる貴重な本である。

 内容は、N響ホルン奏者松崎裕氏や音楽評論家の長木誠司氏をはじめとする多彩な顔ぶれ。
 クライバーの詳細なバイオグラフィーとディスコグラフィーに加えて、海賊盤についても触れられており、ファンには堪らない。
 デビュー当時は偽名を使っていたこと
 下積み時代や若い時は、彼にしてはいろんな曲を振っていたこと、など
 この本によって知ったことも多かった。

 購入したのは1991年12月5日。15年近く前のこと。
 当時と今とで、ディスコグラフィーに大差ないところがいかにもクライバーらしい。
 90年代以降、彼は極端に仕事をしなくなってしまった。
 愛妻家であり、妻との生活を優先したためらしいが、音楽への情熱が薄れてしまっていたのだろうか?

 久しぶりにページを紐解いてみると、あの流麗な指揮姿がよみがえってくる。

 カルロスが亡くなって、もうすぐ2年になろうとしている。

 「一番好きな指揮者は?」と聞かれれば、迷わず彼の名を挙げる。
 亡くなってからは2年だが、彼の演奏を聴けなくなってからは、もっと長い年月が経過している。
 そんなことも関係して、死去の知らせを聴いたとき、何とも不思議な感覚に襲われた。

 生きているうちから、幻の指揮者になってしまったカルロス。
 彼は何を思って天国へと旅立っていったのだろうか?

 指揮をしなくなったのには諸説あるようだが、さすがにもう少し舞台に上がって欲しかった。

 彼の実演に接したのは1回だけ。確か1994年のウィーン国立歌劇場との来日。お得意の『ばらの騎士』を引っさげての引越し公演だった。東京文化会館でしか行われなかったので、わざわざ東京まで出掛けていった。チケットが何万だったかは覚えていないけれど、舞台向かって左手の3階か4階くらいの席だった。オペラを生で見たのは後にも先にもこれ一回だけ。
 10年以上も前のことなので、細かいところは忘れてしまったけれど、第一幕でカルロスが登場して振り向きざまに始めるところはよく覚えている。中編成のオケで室内楽的な響きがなんとも繊細な、楽器一つ一つのテクスチャが目に見えるような『ばらの騎士』だった。

 実は1992年のVPOとの来日公演のチケットも買っていたのだが、カルロス肺炎のため急遽キャンセル。ピンチヒッターはシノーポリだった。「じゃあ、行かない」ってことで払い戻しに行った思い出がある。

 最近でこそ、カルロスの演奏を聴くことは少なくなったが、久しぶりに聴くとやはりあのしなやかな身のこなしから紡ぎだされる、迸るような音の洪水にはやはり血が騒ぐ。

 カルロスが存命中に、「カルロスを日本に呼ぼう!」などというページを作ったことがあった。
  http://homepage3.nifty.com/yonepy/musician/kleiber%201.html
  http://homepage3.nifty.com/yonepy/musician/kleiber%202.html
冗談9割、本気1割くらいのつもりで書いたのだけど、それから程なくしてカルロスは天国に旅立ってしまった。最愛の妻の後を追うように……

 あれから2年。彼の死を冷静に受け入れられるようになった今、彼の名盤とともに彼の魅力に今一度思いを馳せてみたい。

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