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遊びの真実と一瞬の道化〜よねぴぃの心にうつりゆくよしなし事〜
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“のだめ”を観てきた

この前、テレビでやっていた映画“のだめ”前編が割りと良かったので、後編を映画館で観てきました。
聴いてきましたと言ったほうが良いかな(笑)。
以下に感想をちょこっと。
ネタバレっぽいですけど、いいですよね?

前編もそうだったけど、テレビ版に比べてグッとシリアスになっていて、選曲にも節操が出てきたのが良かったですね。

前・後編通じて感じるのは、「芸術家とは、かくも大変なものなのか」ということ。
前編はどちらかというと、“千秋の苦悩”に重点が置かれ、後編は“のだめの苦悩”に重点が置かれていた。
オーケストラとは、指揮者の存在一人で良くも悪くも変わってしまうこと、指揮者とオケマンとの“適度な”緊張関係と“十分な”信頼関係、好かれるばかりが良いとは限らず、時には嫌われながらも「アイツのためなら…」と思わせるだけの音楽に対する圧倒的な知識とカリスマ性。
自ら選んだ道を迷わず突き進むことで、自然と師シュトレーゼマンからも巣立っていく千秋。
洋の東西を問わず、指揮者とはこうして師を越えていくものなのだろう。

オケマンの方だって大変だ。弱小のオケなら副業しながらの音楽稼業、ちょっと誇張し過ぎとはいえ、当たらずとも遠からずではないか。
それでもみんな音楽が好きなのだ。好きだからやっていける。それは生活のためではない。
そうやって一緒に音楽を作っていこうとするベクトルが一致すると、1足す1が2以上のものになることを前編は如実に語っていた。
チャイコフスキーの序曲「1812年」が始まる前に、コンマスが舞台袖で千秋と交わす会話が感動的だった。
“あぁ、きっとどこのオケも多かれ少なかれ、こうした紆余曲折を経て成長してくのだ”と。

プロとしてやっていくことは、かくも大変なことであることを千秋は覚悟してヨーロッパに来るわけだが、”一緒についてきた”のだめにとっては、ライバルや千秋の存在が気になって仕方がない。
嫉妬、やっかみ、羨望、絶望…あらゆる“負の感情”が、のだめを苦しめる。
お気に入りのラヴェルのピアノ協奏曲を“自分以外の”奏者によって“自分以上に上手く”演奏されるのを見るのは誰だって面白うはずがない。
しかし、そんなこといくらでも起こりうること。“その程度”のことでくじけてる場合ではない。
負の感情を背負いつつ、一方で“自分が一番”との傲慢ともいえる自信を持ち続けること。
おそらくプロを目指す者なら、この感情に苦しめられずにプロになった人などいないのではないか。
逆に言えば、こうした感情を乗り越えるだけの精神力と技術力(才能)がなければプロにはなれないということだろう。
“プロとして千秋と協演する”ことを夢見るのだめと、“自分の好きな音楽を好きなように演奏する”ことで十分じゃないかと折り合いをつけようとするのだめ。
シュトレーゼマンとの最初で最後の協演(このあたりの展開はあまりにも「出来過ぎ」だけれど)を成功裏に終えることで、あとは幼稚園の先生をして好きなピアノを好きなように弾くことで、のだめなりの答えを出す。
しかし、これは本当の答えになっていないことを千秋が見抜いているし、のだめも本当はわかっていたのではないか。
だから、“もう、これ以上は上手くは弾けない”というのだめのセリフは、本音でも“逃げ”でもある。
千秋と協演することで得られる満足は自己満足以外の何物でもなく、そこから脱却しなければ本当の意味で独り立ちはできず、本当の意味でプロにはなれないことをのだめに気付かせるところで映画は終わる。

音楽家に限らず、古今東西の芸術家は、主に恋愛と中心とする“個人的な経験”をもとに“普遍的な作品”を作り上げてきたが、演奏家達も同じことだろう。
これはのだめの世界に限ったことではなく、現実の演奏家達にも日々起こっていること。
そうした“日常”を生きながらも、常人には真似の出来ない“非日常”を届け続けなければいけない演奏家達。
しかもそれは、“前よりももっと美しく”なければならないのだから大変な生業だ。

小難しく言うとこういうことなんだけれど、映画はそれを、恋愛という“日常”でやわらかく包んでくれた。

番外編 その1
前編、後編を通じてBGMの選曲もグッド。
なかでも一番のヒットは、オーボエ奏者の娘がのだめの家で千秋に語りかけるところから、セーヌ河畔で千秋とのだめが語り合うところで流れる曲。
ここで語られる千秋の「ムジクスとカントル」についてのセリフも秀逸。
曲は、エルガーの変奏曲「謎」から第9変奏「ニムロッド」…これは曲自体も最高ながら、ストーリーにも絶妙に合っていた。拍手!!

番外編 その2
のだめのピアノを“実際に”弾いていたのは、中国のラン・ランという若手ピアニスト。
このピアニスト、上手いことは上手いのだけど、それ以上に弾いている時の表情が何とも面白い。
You Tubeやニコニコ動画で見られるので興味のある方は是非。
笑わずにはいられないことをお約束します(笑)。

お知らせ

お近くにお住まいの方、ぜひいらしてください。

大垣市室内管弦楽団 第28回 演奏会

ヨゼフ・シュトラウス ワルツ「天体の音楽」
ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死  ソプラノ:基村昌代
ブラームス 交響曲第3番

指揮 濱津 清仁
    
平成21年12月6日(日) 午後3時開演 大垣市スイトピアセンター文化ホール

コンサートのお知らせ

市制90周年記念演奏会 大垣第九

  近くにお住まいの方は、ぜひお越しください。

  平成20年12月7日(日) 午後3時 大垣市民会館
  指揮 海老原光
  《 曲目 》
   ベートーヴェン 交響曲第9番ニ短調《合唱付》
   ベートーヴェン ロマンス第1番、第2番 Vn 朝枝信彦

         詳しくはこちら http://www.geocities.jp/choroemon/dai9/da9_index.htm

オザワと文化勲章

小澤征爾に文化勲章

このニュース、おめでたいことは確か。
オザワが世界的な指揮者であることも間違いない。
おそらく望み得る最高の地位、ポストをその手に収めたと言ってもいいだろう。
日本人音楽家として最高のサクセスストーリーがここにある。

しかし……

地位も権力も名誉も手に入れたであろうオザワにとってオハコと呼べるレパートリーはいったいいくつあるだろう。
この曲の指揮ならオザワの右に出るものはいないと言わしめる曲がいったいいくつあるだろう。

残念ながら思い当たらない。寂しい話ではあるが。

オザワにとって決定的だったのは、その類い稀な音楽性が本来それをも凌駕すべき芸術性にとって代わられることがなかったことではないだろうか。

音楽家として器用すぎた。

そうは言えまいか。

コンサートのお知らせ

大垣市室内管弦楽団 第26回演奏会

  近くにお住まいの方は、ぜひお越しください。

  平成20年6月1日(日) 午後3時 大垣市スイトピアセンター 音楽堂
  指揮 河合尚市
  《 曲目 》
   バルトーク ルーマニア民族舞曲
   ベートーヴェン ピアノ協奏曲第1番 Pf エドモンド・アーカス
   ドヴォルザーク 交響曲第7番ニ短調

         詳しくはこちら http://orchestra.musicinfo.co.jp/~ogaki/

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