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遊びの真実と一瞬の道化〜よねぴぃの心にうつりゆくよしなし事〜
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書庫中島みゆき頌

現代の歌姫は中島みゆきをおいて他にいない、と断言しよう。すぐ「歌姫」と呼びたがる風潮に敢えて異を唱える意味でも…
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人は、“自ら変わることへの期待と不安”を、得るものと失うものとのはざまで天秤にかけてみるとき、恐らくはリスクの少ない方を選び取るのではないだろうか。
そんなとき、敢えてリスクを承知で、自らの求めるものを得ようとする時、他人はそれを無謀と呼ぶことがあるかもしれない。
周りが求めている期待通りの答えではなく、周囲の予想を上回ることを常に求められる言わば「外からのプレッシャー」と、それによって多くの聴き手を失うかもしれないという「内なるプレッシャー」との中で闘わなければいけないところにアーティストの宿命があるのだとしたら、中島みゆきにもそれは避け難いものとして眼前に待ち受けるのだろう。

中島みゆきは、自身が“御乱心”と呼ぶ時代の中で、「“形あるもの”を残そうとする人が必ず一度は通らなければならない関門、乗り越えなければならない壁をどのように克服していくのか」についての一つの示唆を与えてくれているように思える。

アルバム『寒水魚』以降、彼女自身がいろいろ模索しているということは語っていたし、『予感』以降から何かが変わってるなという「予感」はあった。
当時、“自分の声を一から鍛え直したい”といった主旨のことも言っていたと記憶している。
それで声が出なくなってもいいから、という決意で。

もしかすると『予感』あたりから、どこかに限界を感じていたのかもしれないと思う。
『寒水魚』が当時のある意味頂点で、“やりきった感”が出ているのと、ひとつ殻を破りたいと思い始めていると感じるからだ。
デビューから『寒水魚』までは違和感なく一本のラインで結べるのに対し、『予感』はそれとは違う志向が見え隠れする。
良いアルバムには違いないが、何か新しいことをやろうとしているのは、当時からなんとなく感じていたところでもある。

ここに僕は、多くの芸術家や作家が経験する重圧の一端を垣間見る思いがする。常に新しいものを生み出さなければいけない、常に前作を上回るものを作らなければいけないという見えない重圧の中で、いかにそれを乗り越えていくかが、彼らには否応なく突きつけられるわけで、その重圧に直面したように思える。

変わらないで居れば安定は得られる。
しかし現状維持は後退と一緒だ。
変わることを恐れていてはいけない。
しかしそこにはリスクを伴う。

それに押しつぶされて、その世界から身を引く人もいれば、残念なことに薬に手を出してしまう人もいれば、自らの命を絶ってしまう人もいる。
その苦しみは、常人、あるいは第三者にはわからないものだ。
“産みの苦しみ”と言ってしまえばそれまでだが、そんな一言で言い表せるものではなかろう。
作品を生み出すことに真摯であればあるほど、その苦しみは大きくなるはずだ。
ファンの期待とは勝手なもので、アーティストがどれだけ苦悩してるかなど気にも留めずに、好き勝手に評論家よろしく薀蓄を傾けたがるし、能天気に次回作はどんなかを語りたがる。

例えば、ユーミンのように時代の先頭を常に走ることでその「答え」を出す人もいる。
でも、それはある意味自分に嘘をつくことでもあるのかもしれないと思う。
ユーミン自身もそんなつもりはないと思うし、本当のところは定かではないけれど、結果的にそういう危険性は孕んでいるのではないかと思う。
あるいは、岡村孝子のように、ただ素朴に歌いたい歌だけを歌い続けている人もいる。
彼女の歌にはイイ歌もいくつかあるし、嫌いではないのだが、どういうわけか僕の耳にはどれも同じように聴こえる。
生意気な言い方だが、そこが彼女の限界なのかなと思う。
一時期、OL達の教祖みたいなところあったけれど、最近ではコンサートのお客さんも少ないらしい。
でも彼女は歌いたい歌を歌えて、幸せなんだと思う。
それはそれで一つの生き方だ。

「誰を」相手にするかは、そのアーティスト次第。
売れるか売れないか、認められるか認められないか、自分の歌いたい歌を歌い続けつつ、しかしそれでいてファンを置き去りにすることなく彼らの共感を得るだけでなく、彼らのワガママをも併せ呑んでいくことは言葉でいうほど易しいことではない。
ファンは大抵、極端な変化を嫌うもの。
一人ひとりが作り上げてきた「自分なりのみゆき像」を壊したくないから。
でも、それをある意味壊していったり、ファンの予想を超えていく、ときには裏切ってでも前に進まなければならないのも事実。
たとえ“私は自分のために歌う”と喝破する人がいたとしても、その人とて聴き手を意識しない歌作りはしないだろうし、やはり聴いて欲しいもの。
そして出来ることなら、共感を得たいと願うだろう。
流行に乗っかるわけでもなく、それでいて歌いたい歌を歌い続けながらファンを裏切らない、という二律背反とも言うべき状況を、中島みゆきは♪上手くすり抜けて、すり抜けて、触れ合わず流れ行く♪(『南三条』)かのようにして、もがき苦しんだ数年間だったのかもしれないと思う。

それが「成功」だったのかどうかは、聴き手がそれぞれに判断すること。
それまでに一人ひとりが作り上げてきた、“中島みゆき観”にさらなる味付けを施し、新たな1ページを加えるファンもいるだろうし、それまでの中島みゆきこそが本当の中島みゆきであると拘るファンがいてもおかしくない。
どちらがどうという問題ではない。
歌はその人の聴き方と生き方の問題なのだから。
アルバム『はじめまして』が出た時の雑誌のコメントに、“ファンを裏切るかもしれない”という件を語っているのもそんな文脈でこそ理解されるべきだろう。

それでも、「中島みゆきは変わった」とは言わせても、「中島みゆきではなくなった」とは言わせないだけのものを彼女が出し続けたのも確か。
そこに彼女の凄さがあるのだと思う。

“御乱心時代”はその苦悩の歩みそのものではないかという気がする。
あるいは、“新たな自分探し”か?
“御乱心”という彼女ならではの言いまわしを自嘲気味(あるいは照れ隠し?)に語るその仕方をさらりと受け流してはいけない。
そこには我々の想像を超えるもがき苦しみがあったに違いないから。
さまざまな実験を繰り返しながらも、中島みゆきが中島みゆきであり続けたからこそ、“御乱心時代”が今では大文字で語られ、その作品が我々には受け入れらていれる理由もそこにある。
御乱心時代が好きなファン、結構いるようだし。
そう考えると、アルバム『中島みゆき』というタイトルがとても意味深な気がしてくる。

あれは確か、“御乱心時代”の最後の作品ではなかったか。

そして“御乱心時代”の始まりともされるアルバムが『はじめまして』であることも・・・

  *  *  *

とあることがきっかけで“御乱心時代”について考えてみたくなり、ちょっと書いてみました。
推測で語っているところも多くあります。間違いなどもあると思います。
“そんなこと常識だよ”というところもあると思います。
ぜひご指摘ください。ご批判も大歓迎です。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

五月の陽ざしの中で

台風一過と呼ぶには、いまいちスカッと晴れてはいないけど、それでも外の風に吹かれてみたくなる。

中島みゆきの歌に『五月の陽ざし』という曲がある。
五月という月のイメージには似つかわしくない切なさが残る曲である。

今年は春先に大地震と大津波が日本を襲い、被害に遭われた人はもちろん、そうでない人も明らかにこれまでとは違う日常を生きている。

春が春でないかのように……

『五月の陽ざし』という曲は、開けられないままになっていた遠い日の贈り物に過去の思い出を重ね合わせた歌なのだが、そんな思い出までも一瞬にして押し流してしまった今年の春。

陽ざしの眩しさとは裏腹に、切ないなどという言葉ではとても覆い尽くせない感情の大きな渦。

桜の開花が遅く、梅雨入りが異常に早い今年の日本。
今年はどんな夏になるのだろうか。

オフ会参加

超久しぶりのみゆきネタです。

先週、オフ会に参加してきました。
オフ会自体は初めてではないんですけど、中島みゆきのオフ会は初めてでした。
20名ほどの参加で、まずみんなでランチ。
そのあと2グループに別れての縛りカラオケ
当然、中島みゆきの歌しか歌わない。

みんな初対面なので、お会いする前は緊張しましたが、会ってみると思いのほか話が弾みます。
共通の趣味や話題があるっていいですね。
普通ならちょっと遠慮してしまうような、マニアックな話題でも遠慮なくどんどん話せます。
そして大抵それが通じてしまう(笑)。
その気持ちよさってイイです。

カラオケの方も、普通のカラオケなら引いてしまわれるような歌でもどんどんセットできます。
だから歌いたい歌が遠慮なく歌えます。
5時間近く歌ってもまだ歌い足りない感じでしたね。

第2回が今から楽しみです。

僕だけじゃないよね?

♪ やっぱり 俺は〜 菊正宗〜 ♪

このCMソング、皆さんご存知ですよね。
ずっと昔から思ってたのですが、中島みゆきにソックリじゃありません?
声質、歌い回し、メチャクチャ似てるんです。

ところが…

今日久しぶりにこのCMを見たら、

西田佐知子

と、ありました。

”やっぱりなぁ、ほんとに中島みゆきならとっくに大ニュースだよなぁ”
と思いながら、やっぱり何度聴いても、中島みゆきに聞こえます。

因みに、西田佐知子さんとは関口宏さんの奥様だそうです。

時代を共に戦う

 本日の朝日新聞、夕刊より
イメージ 1

 10月3日に発売されるニューアルバム『I Love You, 答えてくれ』に関する記事です。

前作が、お疲れさま、と寝かしつける子守歌のようなアルバムなら、今回は、起きて働け〜って鼓舞する感じかしらね。

とは彼女の言。
 確かに前作『ララバイSINGER』は一昔前の中島みゆきを彷彿とさせるような曲が多かったですね。それに比べると、今回は力強い調子の曲が多いとのこと。
 筆者はどちらかというと、前者のような”静かな”曲が好きなのだけれど、今回のアルバムもどんな仕上がりになっているのか楽しみではありますね。表面的な曲の調子は異なっても、結局彼女が伝えたいことの”根っこ”は変わりませんからね。

 そこには男も女もないのだ、と。
 ”語りかけ”は男であったり女であったりしても伝える対象は”人間”なのだ、とも。

 人間に対する切り口の有りようは様々でそれは時間とともに変化していくもの。その変化していくものの中に「ブーム」というやつがある。不思議なもので、ブームに乗っかることは簡単なのに、そこから降りることには大きな勇気が要る。けれど、そこから降りる潔さ。

 ブームに乗らなくても伝えることはある。

 彼女はそう言っているように聞こえる。
 そして、「時代が落としていったものを拾って歩くのもいいかな、と」

 落ちているものは?

 それは記事を読んでみてください。ってすぐわかると思いますが。

 

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