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■東京室内歌劇場42期第127回定期公演――青島広志:オペラ「火の鳥[ヤマト編]」
2010年9月11日(土)18時開演 東京芸術劇場中ホール
手塚治虫原作の壮大な長編漫画「火の鳥」のうち「ヤマト編」を、1985年に作曲家の青島広志がオペラ団体「東京室内歌劇場」の委嘱をうけてつくった作品。今回は四半世紀ぶりの再演にあたる。管理人は、手塚治虫は偉い漫画家だとは思うが、あまりこの人の作品に思い入れがなく、学生時代に「ブラックジャック」と「アドルフに告ぐ」を読んだ程度で、まともに「火の鳥」は読んでいない。作品の紹介は以下のとおり。
●手塚治虫のライフワーク『火の鳥』を原作とする悠久の古代日本のロマン
漫画界の巨星、手塚治虫。そのライフワークである『火の鳥』は、不死の血による生命を持つ火の鳥を軸に、神話の時代から地球滅亡の未来までを描いた人間の愛と生と死をめぐる壮大な物語です。[ヤマト編]は主人公ヤマト・オグナの愛と苦悩をテーマに、「生きること」とは何かを問う、まさにオペラにふさわしい題材です。
●東京室内歌劇場委嘱による人気作曲家 青島広志の若き日の代表作
オペラ《火の鳥》[ヤマト編]は1985年に東京室内歌劇場が委嘱・初演した作品です。作曲にあたって青島氏は原作に「魔笛」との類似点を見出しました。超越的な火の鳥、美丈夫なオグナ、精悍なタケル、男勝りのカジカなどの登場人物たちに、「魔笛」の声の構成を融合させることで、奥行きあるオペラの様式美を作り上げています。初演後、《火の鳥》[ヤマト編]は、各地でたびたび再演され、彼の代表作となりました。本公演では自ら指揮をつとめます。(以下略)(東京室内歌劇場のホームページから)
あまり辛いことを書くのは控えておくが、この作品は、物語としても、音楽的にも、さほど面白くなかった。ヤマトの大君は、クマソを滅ぼし彼らの書いている「歴史」を抹殺しようとして、3人の兄ではなく、四男のオグナを向かわせるが、クマソに捕えられてしまい、そこで火の鳥と出会う。やがてオグナは、クマソ・タケルの妹カジカと愛し合うようになるが、オグナはタケルを殺し、逆にカジカに追われる身となる。オグナは火の鳥に救われ、それを飲めば「不老不死」になるという火の鳥の血をもらう。ヤマトでは大君が逝去し、捕えられたオグナとカジカはその古墳に生き埋めにされ「殉死」という結末を迎える。ストーリー全体は、征服者ヤマトがつくりあげる「歴史の物語」にたいして、被侵略者の側からの「正しい歴史」を描こうとしたクマソという対抗関係の中で、両者の攻防を縦軸におき、その両者の男女の間に芽生える恋愛関係を横軸においている。その構図自体は面白い。オペラの先行作品との関係では、上記のように「魔笛」との類似点が指摘されるが、敵対する勢力の男女が愛し合い、最後に死ぬという設定は「アイーダ」などとの類似性も見いだせよう。
同時に、原作の書かれた1969年は学園紛争やベトナム反戦運動が広がった時代であり、また、オペラの初演された1985年当時は、歴史教科書問題や靖国問題などをめぐってアジア近隣諸国との摩擦が大きく浮上していたときだから、そうした社会状況も視野に入っていたかもしれない。
しかし、これは原作自体に起因しつつも、それを加藤直の台本が増幅させているようにも思われるが、クマソ(=巨人)の「王」と子分の「長嶋」という人物設定をはじめ、ベタなギャグで笑いをとる姿勢が、作品のあちこちに見えてしまう(同様の理由で実相寺昭雄演出の「魔笛」は苦手)。そのため、逆に物語の世界観に没入できないまま、休憩をはさんで2時間50分を過ごすことになった。
青島広志の音楽は、全体は軽快なタッチで聴きやすく、R.シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」やオルフの「カルミナ・ブラーナ」、ロッシーニの「ウィリアム・テル序曲」、ウィンナワルツを引用したり、突然バロックオペラ風のコロスが出てきたりするなど、コラージュ的な手法も駆使している。しかし、これは管理人の理解力不足によるものかもしれないが、それらの作品の引用が物語の展開とどう結びついているのか、必ずしも判然としない。
演奏面では、ヤマト・オグナの行天祥晃と、カジカの赤星啓子の二人が、伸びやかで生きいきとした歌唱と演技を見せていたことは評価しておきたい。
【データ】
原作:手塚治虫
台本:加藤直
作曲:青島広志
指揮:青島広志
演出:恵川智美
ヤマト・オグナ:行天祥晃
けらい鼻彦:吉田伸昭
けらい耳彦:鶴川勝也
兄1:青地英幸
兄2:根岸一郎
兄3:堀野浩史
クマソ・タケル:今尾滋
カジカ:赤星啓子
老人(おじい):大澤恒夫
歌姫:大島洋子
火の鳥:森川栄子
ヤマトの大君:鹿野由之
サルと呼ばれる道化:山本光洋
小ザル:松原佐紀子
合唱:東京室内歌劇場合唱団
管弦楽:シアターオーケストラトーキョー(コンサートマスター:浜野考史)
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