楽興の時・音の絵

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■びわ湖ホール公演――ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」
2010年10月10日(日)14時開演 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール・大ホール

 今年から来年にかけて、日本のオペラ界はなぜか「トリスタンとイゾルデ」イヤーとなる。そのことは「日経」9月27日付夕刊で瀬崎久見子記者も書いていた。その最初がこの10月のびわ湖ホール公演(ミヒャエル・ハイニケ演出、沼尻竜典指揮大阪センチュリー交響楽団)、続いて12月から1月にかけての新国立劇場公演(デイヴィッド・マクヴィカー演出、大野和士指揮東京フィル)、そして来年7月の新日本フィル定期(コンサート・オペラ形式=演出未定、クリスティアン・アルミンク指揮)の「三連荘」だ。時あたかも、ノーベル化学賞の鈴木章・北大名誉教授と根岸英一・パデュー大学特別教授の受賞で「クロスカップリング反応」が話題だが、媚薬でトリスタンとイゾルデをくっつけたブランゲーネはノーベル賞級の功績かもしれない。だからトリスタン・イヤーというわけはないのだが…。

 びわ湖ホールに足を運ぶのは初めてだ。前日の夕方、東京駅からJR「のぞみ」に乗り、大阪の実家を宿舎にすることにした。ところが、この半月余り仕事が猛烈に忙しく、休日出勤が続いてお疲れ気味だったためか、列車に乗ったら貧血を起こした。幸い2人掛けの隣りが空席だったので、後ろの方に断ってリクライニングシートを最大に倒し、斜めになってだらしなく眠る。名古屋からは通路の反対側の3人掛けが空になったので、そこを寝台代わりにして横になる。みっともない話だが、車掌さんが見逃してくれたのはありがたい。

 その夜はどうにか熟睡できたため、翌日はまずまず快調。関西出身なのに、半世紀近い人生で、大津駅で降りたのは初めて。彦根や近江八幡は行ったことがあるのだが…。街はちょうど「大津祭」の真っ最中で、旧東海道を中心に、大津から浜大津の間は山車が出るなどして賑やか。たまたま入った「旬遊あゆら」は、旧東海道の古い町屋を生かした風情あるお店。ざるそばと加薬ごはん、それに茄子と里芋の煮付の小鉢がつく「ざるそば定食」を注文。つるりとノドごしのよいお蕎麦だった。そこからぼちぼちと歩きながら、湖畔にある「びわ湖ホール」へ。ホワイエから琵琶湖が一望できるので、ロケーションは素晴らしい。会場に着くと、東京でお目にかかる業界関係の方々と何人も会う。座席数は1800余で、新国立より少し小さめだが、場内の印象は新国立劇場や東京文化会館に比べてこぢんまりとした感じ。管理人は2階席(といっても1階席と地続き)だったが、この会場ならどこでも見やすいだろう。

 今回のプロダクションは、ドイツのケムニッツ歌劇場との共同制作。ケムニッツ市はザクセン州にあって、旧東独時代は「カール・マルクス・シュタット」と呼ばれていたそうだが、当のマルクスとは何のゆかりもない土地らしい。旧ソ連・東欧圏のこういうネーミングのセンスを、当のマルクスが知ったら何と言うだろうか、およそ理解の域を超える。それはさておき、演出をつとめたミヒャエル・ハイニケは、1950年東独のドレスデン生まれで、90年よりケムニッツ歌劇場の演出家となっている。

 幕が開くと、どこかで観た建物の景色だと思ったら、ワーグナー家のシンボル的な建物であるヴァンフリート家だ。それが第1幕になると釣りあげられてしまい、舞台奥の方が高くなったやや弧状の装置が登場。その前と奥とをガラスのはまった扉が仕切っていて、手前の室内にイゾルデとブランゲーネが居り、扉の向こうにトリスタンと思われる男が背を向けて立っている。話が進むにつれてこの舞台は回転し、船の船室と舳先であることが分かってくる。第2幕でも冒頭のマルケ王の城はヴァンフリート荘の形をとっており、その窓からイゾルデがトリスタンの来訪を待っている。これは再び釣りあげられ、あとは抽象的な弧状の舞台が、二人の逢引の場面となる屋外を象徴する。第3幕のカレオールの城の室内も、一説によるとヴァンフリート荘を模したものらしいが、イゾルデの到着以後、建物は奈落に沈んでしまい、やはり弧状の装置があらわれる。最後の「愛の死」では、最前面のイゾルデとトリスタンの亡骸の乗った部分だけがせり上がり、後の4人(マルケ王、ブランゲーネ、クルヴェナールとメロートの亡骸)の乗った奥の部分は沈んでゆく。

 こうして舞台装置には独特の工夫が凝らされているが、演出自体これといった読み替えはない。これは最近のドイツのオペラハウスの演出としては珍しいかもしれないが、適度に具体的、適度に抽象的、基本的にはオーソドックスで奇をてらわないものだった。第1幕はわりと具体的でリアルな演出だが、2幕以降は抽象度が増すと言えようか。第2幕の最後で6人が登場し、トリスタンが殺される場面では、上手でイゾルデの両手をマルケ王が後ろからつかんで離さないようにしているとか、第3幕のメロートとクルヴェナールが死んでしまい、イゾルデが「愛の死」を歌い出す直前のところでは、中央にいるイゾルデを、後ろでマルケ王とブランゲーネが見守っていて、この3人が三角形をなす配置にしているなど、抽象的な舞台の上で人間の立ち位置によって相互関係を分かりやすく可視化している点が印象に残った。初心者にも分かりやすい舞台だったろう。

 演奏について。トリスタン役のジョン・チャールズ・ピアーズが米国人である以外は、オール日本人キャストの舞台だったが、いずれもドイツのオペラハウスで活躍した経験のある実力派ぞろいで、その成果のあらわれた良い舞台だった。イゾルデ役の小山由美さんは、これまでブランゲーネ歌いの印象が強かったが(2006年の飯守泰次郎指揮新交響楽団の演奏でも同役を歌っている)、イゾルデは初挑戦らしい。ヴァルトラウト・マイヤーとかクリスタ・ルートヴィヒとか、メゾ・ソプラノでイゾルデに挑戦する人は時々いるが、下手をすると声を潰しかねないだけに、大胆な挑戦だ。なるほどドラマティック・ソプラノのぐいぐい押すような歌唱ではない。第1幕は丁寧過ぎるくらいの印象もあったし、第2幕の最高音はやや厳しかったようだ。しかし、逆に中音域の豊かさが発揮され、歌詞の一語一語を大切にして、情感を込めて歌っていることが伝わってくる。そこから、実に高潔で気品にあふれるイゾルデ像が浮かび上がってくる。こんなにしっとりと、しみじみと歌われた「愛の死」を聴いたのは初めてのことだ(ベルリン州立歌劇場公演のヴァルトラウト・マイヤーも絶品だったが)。小山さんは以前から素晴らしい歌手だと思っているが、さらに新しい境地を開いたことに心から拍手。

 ブランゲーネ役の加納悦子さんは、ケルン歌劇場で経歴を積んだ人だが、安定した歌唱で、イゾルデを甲斐甲斐しく支える働きを、演技面でもしっかりと見せていた。媚薬を入れるところなど、なかなか細やかな演技をしていた。小山のイゾルデとはメゾ・ソプラノ同士ということで、この二人が合わせ鏡のように見えてくるという効果も面白い。

 マルケ王役の松位浩さんと、クルヴェナール役の石野繁生さんの二人も、それぞれドイツの歌劇場で現に活躍している人だ(松位はザールラント州立劇場、石野はシュトゥットガルト州立歌劇場)。以前、松位は新国立「オランダ人」のダーラント役で、石野は新日本フィル「ローエングリン」の伝令役で、日本人にもこんなに素晴らしいワーグナー歌手が現れたかと驚いたことがある。今回の出演も大いに期待していたが、両者ともその期待に違わない出来だった。松位の深々とした格調の高い歌唱は、マルケ王の威厳と奥行きを見事に表現する。石野のクルヴェナールは、今回の演出ではいささか短気で軽い人物に設定されたのが気の毒だが、声に張りがあってよく飛んでくる。また、びわこホール声楽アンサンブルのメンバーである迎肇聡さんという若手がメロート役で登場したが、本場で鍛え上げた実力派の面々に引けをとることなく、なかなか健闘していた。

 このように、日本人歌手がいずれも世界標準からみても遜色ない出来だったのに対して、トリスタン役のジョン・チャールズ・ピアーズがあまり奮わない。第2幕ではちょっと声がなくなってきたのではないかと思うほどだったが、第3幕では辛うじて持ち直した。唯一の外国人キャストがこの程度の出来とは残念だが、ではこれに代わる日本人のヘルデンテノールがいるかというと建設的対案はだせないので、なかなか難しいところかもしれない。

 沼尻竜典指揮の大阪センチュリー交響楽団は、全体としてちょっと速めのテンポ設定。タメをきかせず、全体にサクサクとすすんでいくのは、沼尻さんらしいアプローチ。オケは、ワーグナー作品としては弦にもう少しコクと艶がほしいし、第3幕のトランペット(イゾルデの到来を告げるところ)がちょっと怪しかったけれども、目立った傷はほとんどなく、全体としては大健闘。センチュリー響は、某「行列のできる三百代言」政治屋のせいで、来年度からは大阪府の補助金が全面カットという困難に直面しているが、そうした暗雲を吹き飛ばすようなパワフルな演奏だった。これを自信にして「三百代言」を大いに見返してやってほしい。この公演が2回だけの上演とはもったいない。NHKのクルーが撮影に来ていたので、いずれテレビで放映されるだろうから、10月16日の公演に行けない方もお楽しみに――。

【データ】
 指揮:沼尻竜典
 演出:ミヒャエル・ハイニケ

 トリスタン:ジョン・チャールズ・ピアーズ
 イゾルデ:小山由美
 マルケ王:松位浩
 クルヴェナール:石野繁生
 ブランゲーネ:加納悦子
 メロート:迎肇聡(※)
 牧童:清水徹太郎(※)
 舵手:松森治(※)
 若い水夫の声:二塚直紀(※)※印はびわ湖ホール声楽アンサンブル

 管弦楽:大阪センチュリー交響楽団
 合唱:びわ湖ホール声楽アンサンブル、東京オペラシンガーズ


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