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■日本フィルハーモニー交響楽団第624回東京定期演奏会
2010年10月22日(金)19時開演 サントリーホール
新国立劇場オペラ部門の芸術監督に就任した尾高忠明氏が、日本フィルの定期に登場した。前半はフランス物、後半はイギリス物という、日本フィルにしては珍しい演目が並んだ。
1曲目のアルテュール・オネゲル(1892〜1958)の「夏の牧歌」は、1920年夏に作曲された作品。曲名はアルテュール・ランボーの詩集『イリュミナシオン』の一節「私は夏の曙を抱いた」から採られたそうだ。12型の弦楽5部の奥に、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、それにホルンが一人ずつ並ぶという面白い編成。まさしく牧歌的・夢幻的で、穏やかな光景が浮かび上がってくるような作品。冒頭のホルンの弱音を日フィル首席の福川伸陽が落ち着いた響きで奏で、後の木管の受け渡しも美しく、さらに弦楽陣の透明感が印象的だ。
2曲目のモーリス・ラヴェルの「マ・メール・ロワ」は、英国の伝承童話「マザー・グース」を題材にした作品。そのオーケストラ版は、1911年に編曲されている(ついでながら、当日の公演プログラムの國土潤一氏の解説は「管弦楽組曲版」と「バレエ版」とを混同した記述になっている)。この作品では、編成が14型に少し大きくなった。もう少し山谷があってもよいように思われたが、日フィルが繊細な弱音を奏で、クリアーな響きをつくりだしていたのには感心した。ラザレフの首席指揮者就任あたりを機に、日フィルは響きが美しくなり、アンサンブルの精度がよくなってきていることを、この演奏でも印象づけられた。
後半は、英国の作曲家ウィリアム・ターナー・ウォルトン(1902〜1983)のオラトリオ「ベルシャザールの饗宴」。1931年に発表されたというから、29歳の時に完成した作品ということになる。この作品自体、日本のオーケストラではほとんど取り上げられない。一昨年に九州交響楽団、昨年には大フィルが、いずれも秋山和慶指揮で演奏したが、在京オケでは、それこそ秋山氏が2000年に東京交響楽団で演奏したくらいではなかろうか。それは、8声の混声合唱、2隊のバンダ、オルガン等々、大がかりな編成が必要だという事情もあろうが、「旧約聖書」のバビロン崩壊という題材がキリスト教徒以外には分かりにくいということもあるだろう。他方、カラヤンが「20世紀で最も優れた合唱作品」と呼んで、1948年には演奏会で取り上げたこともあったそうだ。しかし、栄華をきわめたバビロン王ベルシャザール(ヴェルディの歌劇「ナブッコ」で知られるネブカドネザル王の息子)の滅亡を寿ぎ、「われらの力なる神に向かって高らかに歌え。ヤコブの神に向かってよろこびの声をあげよ。バビロンの栄華は地に墜ちたからである。ハレルヤ!」と高らかに歌って結ばれる作品は、イラク戦争を知るわれわれには複雑な思いを抱かされるのも否定できない。ともあれ、こういう作品を聴く機会はめったにないので、英国音楽に定評のある尾高氏が取り上げたことをまず歓迎したい。
P席に女声80余人、男声70余人の晋友会合唱団が並ぶ。冒頭、音程がやや不安定な印象があって心配したが、尾高の熱のこもったタクトにこたえ、よく練り上げられてドラマティックな歌唱を聴かせる。日フィルも集中力の高さを発揮し、実にダイナミック、ドラマティックで、しかし爆演にならず、切れ味のいい演奏を聴かせた。2階の両サイドに陣取ったバンダも効果的だ。三原剛の独唱も、格調の高さと劇的な表現とが適度にミックスされている。
かなり渋いプログラムだったせいか、客席がいささか寂しかったのは残念だが、終演後の熱い拍手は、演奏の充実の度合いを物語っていよう。
【データ】
指揮:尾高忠明
バリトン:三原剛
合唱:晋友会合唱団
コンサートマスター:扇谷泰朋
ソロ・チェロ:菊地知也
<曲目>
オネゲル:交響詩《夏の牧歌》(8'10")
ラヴェル:組曲《マ・メール・ロワ》(17'00")
ウォルトン:オラトリオ《ベルシャザールの饗宴》(35'20")
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