|
■新国立劇場演劇公演・日韓合同公演「焼肉ドラゴン」
2011年2月12日(土)18時30分開演 新国立劇場小劇場
2008年に初演され、その年の演劇界の賞を総なめにしていった「焼肉ドラゴン」の再演。初演当時チケットを入手できず観そびれたので、今回はどうしても観ておきたいと思っていた。舞台は「関西地方都市。I空港そばの朝鮮人集落N地区」となっており、1969年春から1971年春までの2年間という設定だ。あらすじは以下のとおり。
万国博覧会が催された1970年、関西地方都市。高度成長に浮かれる時代の片隅で、焼肉屋「焼肉ドラゴン」の赤提灯が今夜も灯る。店主・金龍吉は太平洋戦争で左腕を失ったが、それを苦にすることもなく淡々と生きている。家族は、先妻との間にもうけた2人の娘、後妻・英順とその連れ子、そして英順との間に授かった一人息子……ちょっとちぐはぐな家族と、滑稽な客たちで、今夜も「焼肉ドラゴン」は賑々しい。ささいなことで泣いたり、いがみあったり、笑ったり……。そんななか、「焼肉ドラゴン」にも、しだいに時代の波が押し寄せる……。(公演パンフレットより)
作品のモデルとなったのは、公演パンフレットの大笹吉雄氏の一文によると「大阪国際空港の北西に接し、滑走路と猪名川との間に挟まれた在日コリアン集落の伊丹市中村地区」ということだ。この集落自体は、高度成長期の立ち退きによって、今はなくなってしまっている。ただし、作品のなかでは、その具体的な場所を示す言葉は出てこず、大阪国際空港(伊丹空港)の間近にあることだけが示される。作中に唯一出てくる地名は、集落から歩いて(リヤカーで)2〜3時間かかるところにあるという「豊中」だけだ。空港をはさんだ反対側の豊中市で、ちょうど作品に描かれている時期に小学生時代を過ごした管理人としては、時代と地域の空気が皮膚感覚として伝わってくる。豊中市の東隣にある吹田市の丘陵地帯では1970年、大阪万博が開催される。三波春夫の「世界の国からこんにちは」がしじゅう聴こえ、岡本太郎の「太陽の塔」が燦然と聳え立つ。神崎川は工場排水と生活排水で臭い泡がぼこぼこと音を立てる。70年の日米安保条約自動延長の時期とも重なり、学生運動やベトナム反戦運動が盛り上がって騒然としている。他方、万博開催を機に、町の雰囲気が大きく変化していく。駅のまわりから闇市の名残のようなバラックが姿を消し、大阪駅前の地下街から傷痍軍人の乞食(鄭義信脚本の映画「愛を乞うひと」に印象深く描かれる)が一掃され、市バスの回数券をもぎってバラ売りするおばちゃんが姿を消したのも、大阪万博がきっかけだったろう。
作者の鄭義信は、そうした時代の大阪周辺の在日コリアン集落の2年間を、彼らの「喜怒哀楽」をこめて描き出している。そして、そこから在日コリアンのたどった戦前・戦中・戦後の歴史が、見事に浮かび上がってくる。太平洋戦争で日本軍に組み込まれたこと、戦後の1948年の済州島4・3事件での弾圧で多数の同胞を殺されたこと、50〜60年代には炭鉱労働者として働く者が少なくなかったこと、それが「エネルギー革命」による石炭産業の斜陽化で万博特需に湧く大阪周辺の建設現場に日雇い労働者として流入してきたこと。だが、一般の企業にはなかなか就職できず、ましてや公務員にもなれず、劇中のせりふでいえば「パチンコ、焼肉、ヘップ、屑鉄」で暮らしを立てるしかなかったこと(「ヘップ・サンダル」は死語だが…)。そうした境遇から抜け出すには、芸能界をめざすか、猛勉強し日本国籍をとってエリートコースをめざすという選択肢しかなかったこと(1998年に自殺した新井将敬衆議院議員は後者の典型例)、等々。
それだけではない。作品では、最後に「焼肉ドラゴン」の店主夫妻の3人の娘たちが、長女は夫と一緒に「帰国事業」で北朝鮮にわたり、次女は再婚相手の韓国人と一緒に夫の郷里の韓国に渡り、三女は日本人と結婚・出産して日本にとどまるというように、バラバラになっていく。それぞれのカップルの前途への希望を描いているが、言うまでもなく、北朝鮮は金日成政権独裁体制を確立し、帰国事業で戻った人々は困難な境遇におかれることになったし、韓国は朴正煕政権とそれに続く全斗煥政権下にあり、87年の民政移行までは厳しい軍事的支配がおこなわれた。「一生会えなくなるわけではない」という趣旨のせりふが出てくるが、少なくとも北朝鮮に渡った長女夫妻が、他の人々と会うことはかなわなくなるだろうことを、観客は想像せずにいられない。このように、21世紀の日本と東アジアの歴史までを見通した巧みな仕立てのドラマとなっている。
とはいえ、決して深刻な作品ではない。テンポの良い、軽快なタッチの作品で、全体はコメディータッチで描かれる。途中、吉本新喜劇・桑原和男の往年のギャグ「ごめんください、どなたですか、お入りください、ありがとう」まで引用される。当時の流行歌や「オー、モーレツ」「男は黙って…」などの流行語もふんだんに盛り込まれ、かなりドタバタ喜劇のようにも見える。だが、在日コリアンたちへの厳しい差別による悲劇、あるいは「総連」「民団」の対立のおとした影なども鋭く描きこまれる。出演者たちの練られたアンサンブルのもと、登場人物の悲喜こもごものやりとりに、観客もあちこちで笑いながら、あるいはホロリとさせられながら、日本と朝鮮半島の近現代史に思いをはせることになる。なかでも最後の「焼肉ドラゴン」の主人の抑制のきいたせりふに、集中して耳を傾けざるをえない。「喜怒哀楽」の縮図、作品の中のせりふを借りれば在日コリアンたちの「運命」「宿命」に、みずからを同化させずにはいられない。鄭義信の台本といえば、広く知られているのは、崔洋一監督の「月はどっちに出ている」「血と骨」など一連の映画だろうが、そうした作品にも通底する「歴史と現代への問い」で貫かれている。
個人的には、見終わって、近所に住んでいた在日1世のクズ屋のおばあさんの孫娘がべっぴんのスケ番だったことや、日本名を名乗っていた同級生の女の子がホームルームで突然「コリアン宣言」をしたことなど、小中学生時代のいろんなことが思い出された。同時に、「日帝36年」の植民地支配と戦争によって、その後の「南北分断」を経た今日の状況にも直接・間接の責任を負っているという事実に、一日本人としてどう向きあうのかを、あらためて問いかけられるような舞台でもあった。
【データ】
作・演出 鄭義信
翻訳:川原賢柱
美術:島次郎
照明:勝柴次朗
音楽:久米大作
金龍吉(「焼肉ドラゴン」店主):申哲振
高英順(龍吉の妻):高秀喜
金静花(長女):粟田麗
金梨花(次女):占部房子
金美花(三女):朱仁英
金時生(長男):若松力
清本(李)哲男(梨花の夫):千葉哲也
長谷川豊(クラブ支配人):笑福亭銀瓶
尹大樹(静花の婚約者):朴帥泳
呉信吉(常連客):佐藤誓
呉日白(呉信吉の親戚):金文植
高原美根子(長谷川の妻)、高原寿美子(美根子の妹・市役所職員):水野あや
阿部良樹(アコーディオン奏者):朴勝哲
佐々木健二(太鼓奏者):山田貴之
|