楽興の時・音の絵

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■加藤健一事務所公演Vol.77「コラボレーション」
2011年2月19日(土)18時開演 紀伊国屋ホール

 ドイツの作曲家リヒャルト・シュトラウス(1864〜1949)は、オペラ「エレクトラ」以来共同作業を続けた作家・詩人のフーゴー・フォン・ホーフマンスタール(1874〜1929)に先立たれた後、「ジョセフ・フーシェ」「マリー・アントワネット」など数々の評伝作品で知られるオーストリア出身の作家・評論家のシュテファン・ツヴァイク(1881〜1942)との「コラボレーション」を開始した。こうして完成されたオペラ「無口な女」は、1935年、ドレスデンでカール・ベームの指揮により初演され、続いてグラーツ、ミラノ、チューリヒ、プラハ、ローマで初演されたが、その後はドイツ国内での上演を禁じられる。このことに題材をとった英国在住の劇作家ロナルド・ハーウッド(1934〜)の2008年初演作「コラボレーション」の日本初演。その初日を観た。あらすじは以下のとおり。

 「俺は死ぬ。」――1931年ドイツ。作曲家リヒャルト・シュトラウスは、長年オペラ作りを共にしてきた台本作家ホーフマンスタールの突然の死に絶望していた。そんな夫を見兼ねた妻パウリーネに後押しされ、ある日、作家シュテファン・ツヴァイクと会う事になる。ツヴァイクのオペラの構想を聞いたシュトラウスは、たちまちその才能の虜になり、早速オペラ『無口な女』の制作に取り掛かる。順風満帆の船出に見えた2人のコラボレーションだったが、ツヴァイクはユダヤ人だった…。ナチスの脅威は2人の芸術家にも例外なく黒い影を落とす。シュトラウスは、ある日突然、ナチスドイツ宣伝省のハンス・ヒンケルに「ユダヤ人が関わった『無口な女』は上演できない。」と宣告される。しかし、それで納得できるシュトラウスではなかった。『無口な女』を上演する為、作曲活動を続ける為、そしてユダヤ人である息子の妻と孫達を守る為に、第三帝国音楽局総裁の職を引き受け、ナチスに協力姿勢を見せる。一方ツヴァイクは、猛威を増してきたナチスの動向に、シュトラウスとのコラボレーションは危険だと察し、秘密裏に次のオペラを作ろうと迫るシュトラウスをよそに、秘書のロッテ・アルトマンと身を隠してしまう。1935年。シュトラウスの尽力の甲斐あって、ヒトラー総統の許可を得、ようやく上演までこぎつけた『無口な女』の初日。ドレスデン・オペラ・ハウスの支配人パウル・アドルフは、突然ヒトラー総統の出席がなくなったとの知らせを受ける。その頃、シュトラウスが亡命中のツヴァイクに宛てた手紙がゲシュタポの手に渡っていた――。オペラ『無口な女』は無事に初日の幕を開ける事ができるのか…。そして、二人のコラボレーションの運命は――。(劇団ホームページより)

 この作品に描かれているテーマは、最近、山田由美子著『第三帝国のR.シュトラウス―音楽家の“喜劇的”闘争』(世界思想社、2004年)や、広瀬大介著『リヒャルト・シュトラウス「自画像」としてのオペラ―「無口な女」の成立史と音楽』(アルテスパブリッシング、2009年)などの研究で、日本の音楽愛好家にも知られるようになってきている。それを「ドレッサー」などの舞台作品で知られ、映画「戦場のピアニスト」「潜水服は蝶の夢を見る」などの脚本家でもあるロナルド・ハーウッドが劇化したのだから、観ないわけにはいかない。そして、加藤健一事務所では以前、やはりシューマンの歌曲を巧みに織り交ぜながら、ナチスのオーストリア支配の精神的傷跡を浮き彫りにしたジョン・マランス作「詩人の恋」に圧倒されたこともあり、否が応でも期待が高まる。そして初日から、期待に違わぬ舞台となっていた。

 舞台は、ホーフマンスタールの死によって、オペラの創作意欲の枯渇をおそれるR.シュトラウスのいささか大げさなふるまいから始まる。前半は、大作曲家とその妻パウリーネとの「喜劇的」なやりとりが随所に描かれる。R.シュトラウス愛好家にはよく知られているように、彼は「恐妻家」だったようだ。この夫婦の対話は、彼のオペラ「影のない女」(1919年初演)や「インテルメッツォ」(1924年初演)からヒントを得たのだろう。

 R.シュトラウスは、やがてツヴァイクと知己を得て共同作業を始める。お互いの芸術観なども、劇中でさらりと披歴される。しかし、ツヴァイクの若い助手であるロッテ・アルトマン(彼女はやがて2番目の妻となる)が、外出時にドイツ人の子どもに「ユダヤの淫売」となじられ襲撃されるという事件あたりから、ドラマは一気に深刻さを増していく。そして、1933年のドイツ・ナチス政権の成立により、宣伝相にヨーゼフ・ゲッベルスが就任すると「文化統制」がどんどん強まっていく。作品のなかでは、R.シュトラウスが、息子の妻アリーチェがユダヤ人であり、そのことに目をつけた当局からの脅しをうけながら、第三帝国音楽局総裁を引き受けさせられるという経過が、印象深く描かれる。

 そうした状況のもと、R.シュトラウスは、ぎりぎりの抵抗を試み、ユダヤ人でもあるツヴァイクとの共同作業を続け、ついに1935年、R.シュトラウスはオペラ「無口な女」の完成にこぎつけ、上演を許可させる。ポスターやパンフレットからはツヴァイクの名前が外されているが、それを明記するよう劇場支配人に要求する。だが、その結果、劇場支配人は更迭されるという状況に追い込まれ、その後、R.シュトラウスは、1936年のベルリン・オリンピックの讃歌をつくらされたり、1940年の日本の「紀元2600年」を祝うための祝典音楽を委嘱されたりすることになる。このあたりの「抵抗」と「協力」との線引きの難しさを痛感されられる。観る側は、ある時はR.シュトラウスの苦悩に共感しつつ、ある時は彼の対応に苛立ちを隠さないツヴァイクと思いを共有することになる。言うまでもなく、日本とドイツ・イタリアとは、1940年に「日独伊三国軍事同盟」を結んでいるのであり、このあたりの描写は日本人にとっても鋭い問いを投げかける。舞台は、1942年のブラジルに亡命していたシュテファン・ツヴァイクとロッテ・アルトマンの二人の自殺や、45年のドイツ敗退の過程で空襲に逃げ惑うR.シュトラウス夫妻、さらに48年の非ナチ化委員会に出席し自らの思いを語るR.シュトラウスを、事実と想像とを織り交ぜながら、それぞれ丹念に描いている。

 鵜山仁の演出は、途中に休憩をはさまず、手際の良い舞台装置の出し入れで緊張感を途切れされない。全編にR.シュトラウスの音楽を織り交ぜて、たとえば「ツァラトゥストラはかく語りき」「ドン・キホーテ」「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」などが、その場面ごとに効果的に使われるし、管理人はよく知らないのだが、哀調を帯びた静かなピアノ作品も彼の作品なのだろう。幕切れの「4つの最後の歌」が胸にしみる。

 演技陣もそれぞれ素晴らしい。R.シュトラウス役の加藤健一は、芸術家肌と家族思いの父、ある種の野心家といった側面をあわせもちつつ、いささか能天気な面も含む性格を全身で表現。これに対する妻パウリーネに扮する文学座・塩田朋子が、歯に衣着せず夫をこき下ろす一方で、ナチス政権の圧力から家庭を守ろうとするきっぱりとした人物像をつくりだし、実に巧い。ヒンケルの福井貴一は、R.シュトラウスとは逆に、冷静に社会状況の悪化を見通す悲劇的な知識人像を抑制のきいた演技で表現。ロッテ・アルトマンの加藤忍も瑞々しさも印象的。ハンス・ヒンケルに扮したカトケンJr=加藤義宗は、冷徹なナチスの能吏の雰囲気をよく出していた。登場場面は少ないが、パウル・アドルフ役の河内喜一朗もいい味がでている。

 なお、演出の鵜山仁さんが公演パンフレット収録のインタビューで述べていることだが、「コラボレーション」という言葉は、普通は「協力」という意味だが、ヨーロッパ現代史のなかでは、例えばフランス語の「コラボ」のように「対独協力者」「裏切り者」といった「毒を持った言葉」でもあるらしい。その言葉が標題になっている意味を、しっかりと噛みしめたいと思う。

 公演は2月27日まで。上演期間は長くないが、R.シュトラウス・ファンや、第三帝国と音楽家との関係に関心のある方には、ハナマル印でオススメしたい。

【データ】
 作:ロナルド・ハーウッド
 訳:小田島恒志、小田島則子
 演出:鵜山仁

 リヒャルト・シュトラウス:加藤健一
 シュテファン・ツヴァイク:福井貴一
 ロッテ・アルトマン:加藤忍
 パウリーネ・シュトラウス:塩田朋子
 ハンス・ヒンケル:加藤義宗
 パウル・アドルフ:河内喜一朗


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