楽興の時・音の絵

相変わらず猛烈に忙しくて、なかなか更新できません。orz

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▼ブログ「楽興の時・音の絵」を開設して、11月3日でちょうど1周年となりました。慣れない作業ですが、どうにか200本余の記事を投稿し、2万アクセス近くに達しました。日ごろご訪問・ご愛読いただいている皆様に、心からお礼申し上げます。

▼11月3日は「文化の日」です。祝日法(国民の祝日に関する法律)がこの日を「文化の日」と定めたのは1948年のことでしたから、ちょうど60年になります。祝日法によれば「自由と平和を愛し、文化をすすめる」というのが、その趣旨とされています。その2年前の同じ日には、日本国憲法が公布されています。文化の自由を圧殺し、他民族の文化を蹂躙した過去への反省と、平和憲法の精神にたった「文化国家」の建設という理想が刻印された日と言えるでしょう。

▼2001年に制定された文化芸術振興基本法は「文化芸術を創造し、享受し、文化的な環境の中で生きる喜びを見出すことは、人々の変わらない願いである。また、文化芸術は、人々の創造性をはぐくみ、その表現力を高めるとともに、人々の心のつながりや相互に理解し尊重し合う土壌を提供し、多様性を受け入れることができる心豊かな社会を形成するものであり、世界の平和に寄与するものである」とのべ、「文化芸術を創造し、享受することが人々の生まれながらの権利」としています。

▼拙ブログは2年目に突入しますが、これからもよろしくお願い申し上げます。

■映画「クララ・シューマンの愛」
2008年11月3日 新宿・バルト9

 今では死語だが、その昔「よろめきドラマ」なる言葉があった。三島由紀夫の小説「美徳のよろめき」(1957年)が語源で、60年代以降、テレビで人妻の不倫を題材とした一連のドラマがそう呼ばれた。管理人が子どもの頃、学校から帰った時間に放映されているドラマは、たいていこのパターンだった。音楽の世界で、最も有名な「よろめきドラマ」と言えば、人妻クララ・シューマンと、14歳年下の男の子ヨハネス・ブラームスとの関係だろう。それを素材にした映画を、ドイツの女性映画監督ヘルマ・ザンダース=ブラームスがつくった。かつて「ドイツ・青ざめた母」(80年)や「林檎の木」(92年)といったフェミニズムの視点が色濃い作品を観た記憶があるが、久々のメガホンのようだ。この監督が「よろめき」をテーマに選んだのは、名前から察せられるように、彼女自身が大作曲家ブラームスの末裔にあたることも働いていたという。その作品が10月31日〜11月3日、新宿・バルト9で「ドイツ映画祭2008」の一環として上映された。あらすじは以下のとおり。(以下ネタバレ注意)

 音楽的才能に恵まれ、ベートーヴェンの後継者として名声を手にしながらも、指揮者・演奏者としての資質にやや問題のあるロベルト・シューマン。その夫を理解し、支えていたのは妻のクララであった。彼女自身もピアニストとして活躍をしていたが、多くの子どもを抱え、なかなか思うようにその才能を発揮する機会に恵まれずにいた。ロベルトが楽団の音楽監督に就任することが決まり、シューマン一家はデュッセルドルフに移住することになる。その途上、コンサートを成功のうちに終えた夫妻の前に、1人の若者が現れる。彼は自作のスコアを渡し、ヨハネス・ブラームスと名を告げた。その若者の才能にすっかり魅了された2人は、デュッセルドルフでブラームスを迎え入れ、個々の共同生活が始まった。3人は互いの才能に惹かれつつも、それだけには納まらない微妙な関係へと、次第に進んでゆく。だがそんな生活も、ロベルトの精神状態の悪化のために、大きな変化に見舞われる。一定の成果を上げつつも、やはり指揮者としての役割を果たすことができなかったロベルトは、クララの努力もむなしく、楽団から解雇されてしまう。やがて追い詰められたロベルトは、ライン川に飛び込み、自殺未遂騒ぎを起こすのだった。ついには病院に収容され、そこで廃人同様の生活を送るロベルト。その間、苦しいシューマン一家を支えたのはブラームスであった。そしてついにロベルトが最期を迎える…。(「ドイツ映画祭2008」パンフレットより)

 映画祭のチラシには「精密な時代考証をもとに華麗な演奏場面が展開される、美しい音楽映画に仕上げられている」とあるが、実はかなりの部分、フィクションを織り交ぜており、史実からは自由なドラマとなっている。映画としては2時間近く決して退屈させないが、野暮なことを言えば、どこまでが史実で、どこからがフィクションか、腑分けして観る必要があるように思われる(以下の記述は、藤本一子著『シューマン』、西原稔著『ブラームス』=いずれも音楽之友社=を参考にしている)。

 冒頭、汽車旅行を続けるシューマン夫妻が描かれる。ドイツで初めて鉄道が開業したのは1835年のことであり、産業革命が進むなかで1840年代以降は鉄道建設ラッシュが起きたようだから、夫妻が演奏ツアーに鉄道を使ったのは史実だろう。このことはモーツァルトやベートーヴェンの時代との違いとして、記憶されてよい。この画期的な交通手段に乗りながら、夫が「魂が壊される」と言い、妻が「速いって素敵だわ」と言う場面は、創作としても印象的だ。夫婦のあいだの微妙なすきま風を、説明的でなく表現している。

 そして、到着した街の演奏会でクララはシューマンのピアノ協奏曲を弾き、その演奏会を聴きに来て夫妻に近づいてきた青年ブラームスの才能を、場末の移民向け酒場での演奏から聴きとるという設定になっている。酒場のシーンはフィクションだろうが、1850年3月にブラームスがハンブルクに来たシューマンに自分の作品を見てもらおうとして、封も切らずに送り返されるという経験があったのは事実だ。ロベルトは1850年5月にはデュッセルドルフの音楽監督に就任する。その後、ブラームスが1853年、デュッセルドルフのシューマンの家を、青年がヨアヒムの紹介状を手に訪ねてきて以来親交ができた、というのは実際の経過だ。だが、シューマンがデュッセルドルフの街で交響曲第3番「ライン」の創作過程で、精神の変調からブラームスの助力を得る場面についていえば、「ライン」はすでに1850年12月に完成しており、明白なフィクションだ。「ライン」の初演の際、心身の変調でまともに指揮ができないロベルトとともに、クララが指揮台に立ってタクトを振ったという場面もフィクションだ。これは勝手な推測だが、ブラームス監督は、ベートーヴェン「第九」を題材にした映画「敬愛なるベートーヴェン」から、この場面のヒントを得たのではなかろうか。

 もっとも、ロベルト・シューマンが「ライン」の初演指揮の頃には、オーケストラ(合唱団も)との関係が微妙だったのは事実だ。むしろ、心身の不調が進行したのは、1852年のことだろう。この年の後半には、指揮活動に支障をきたし、映画にも登場するユーリウス・タウシュに交代をよぎなくされる局面が増えてくる。ただし、映画では、オケからボイコットされてタウシュに交代したように描かれ、その際の上演作はオラトリオ「楽園とペリ」となっているが、実際はオケよりも合唱団に拒否されたということだったのであり、また、演奏する作品は「小姓と王女」(初演)だった。「クラーラが伝えるところによれば、騒動の背景では、どうやらタウシュが後任ポストを狙って策略をめぐらしていたらしい」(藤本・前掲書)とされるが、これは映画と違って、ブラームスがシューマン家にやってくる9カ月前のことである。ブラームスと会ったロベルトが彼の才能を高く評価し、「音楽新報」紙上(1853年10月28日付)に大絶賛の論評記事を書いたのは事実で、「この記事はドイツ全土で読まれ、非常な反響をまき起こした」(藤本・前掲書)という。だが、映画でブラームスの言葉として描かれている「自由にしかし孤独に」は、もともとはヨアヒムのモットーだった。このあたりは時空を超越し、虚実をないまぜにした描写が続く。

 1854年2月27日、ロベルト・シューマンはライン川に架かる橋の上から投身する。それがちょうど謝肉祭の日であったこと、橋を渡る際にハンカチを渡したこと、その後シューマン本人の意思でリヒャルツ博士のボン郊外の療養所(エンデニヒ療養所)に収容されるようになったこと、等々はおおむね史実をふまえているのだろう。なお、56年7月27日、クララはシューマン危篤の報をうけとり、2年半ぶりに夫に再開するが、29日にロベルトが息を引き取った瞬間に彼女は立ち会っていない。

 映画は、ロベルト・シューマンの死を契機に、二人が関係を深めていくさまを描いている。ヘルマ・サンダース=ブラームス監督の解釈は、この男女は互いに深い愛情を抱きあい、絡みもあったが、最後の一線だけは超えなかったということだろうか? 「時が来たんだ」「許されないわ!」というあたりの科白と描写は思わせぶり、かつ微妙で、観客の見方によってどうにでも取れるだろう。その後、ブラームスのピアノ協奏曲第1番を、クララが弾く場面が出てくる。この曲は、作曲者自身のピアノによる1859年ハノーファーでの初演の際、いまひとつ好評が得られなかったようだが、1861年12月のハンブルクの演奏会では、ブラームスの指揮、クララの独奏で成功をおさめたという。やがて、クララが1896年5月20日に亡くなり、その翌年の4月3日、後を追うようにブラームスが亡くなるのは事実だ。だが、その間、シューマンの交響曲第4番初稿出版をめぐり、クララとブラームスが一時緊張関係になたことは、映画の中には出てこない。以上、こまごまと映画の描写と史実との関係をメモランダム的に記してきたのは、事実の部分と虚構の部分をわきまえておいたほうが、かえって混乱せずに楽しめるだろうと思うから。

 映画全体を通じての監督の視点は、基本的に、夫からは妻であり母であることを第一義的に求められ、作曲者としての才能を抑えこまざるをえなかった女性の境遇を描きだすことにあるのだろう。

 配役は、クララに「善き人のためのソナタ」のマルティナ・ゲデック。知的で聡明、かつ美貌を備えた人妻の魅力を表現する。昔のジュリー風にいえば「年上の女、うつくしすぎるぅ〜」というところか。ブラームスのマリック・ジディは「のだめ」の千秋くんこと玉木宏に似ているのが笑えるが、ナイーブさと野心とを兼ね備えた二枚目の雰囲気。若いころのブラームスは、晩年のヒゲ爺さんの写真と違って、結構イケメンだから、それなりに雰囲気をだしていたのではないか。特筆すべきは、ロベルト・シューマンに扮したパスカル・グレゴリーだろう。これまでも「王妃マルゴ」「ジャンヌ・ダルク」など重厚な作品で観ることの多い俳優だが、今回は「怪演」ともいうべき迫真の演技で、ロベルトの狂気をみごとに表現していた。

 余談を一つ。バルト9のなかの300人以上入る劇場は満席で、お隣は両方とも60代くらいのご夫婦。クララとブラームスが絡む場面で、右隣に座っていたご夫婦の夫さんが、思い切り唾を呑みこむ音をたてた。お父さん、そこで生唾ゴックンはいけません!

【データ】
 監督・脚本:ヘルマ・ザンダース・ブラームス
 製作:アルフレート・ヒュルマー、ヘルマ・ザンダース=ブラームス

 クララ・シューマン:マルティナ・ゲデック
 ロベルト・シューマン:パスカル・グレゴリー
 ヨハネス・ブラームス:マリック・ジディ

 ドイツ映画・2007年・104分
 原題:Geliebte Clara

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