楽興の時・音の絵

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劇団民藝公演「巨匠」

■劇団民藝公演「巨匠」――ジスワフ・スコヴロンスキ作「巨匠」に拠る
2010年1月27日(水)19時開演 俳優座劇場

短剣か、そこに見えるのは?
柄をこちらに向けて。
よし、掴んでやる。
手にもさわらん。しかし、まさに見えている。
忌わしい幻め、眼に見えても手にはさわれんのか?
それともただ心に映る短剣、熱にうかされた頭が生み出す幻覚に過ぎんのか?
まだ見える、まざまざと手に触れんばかり、こうやって抜き放ったこれと同じだ。
おれを招いて行くな。おれの行こうとしておった方角へ。まさに貴様なのだ、おれが使おうとしていたのは。――
 (『マクベス』モノローグより、木下順二訳)

 『夕鶴』『子午線の祀り』をへて、劇作家・木下順二が、〈芸術家の運命〉について劇団民藝に書き下ろした衝撃の現代劇。1991年滝沢修主演で初演。1997年大滝秀治の巨匠役で上演し、絶賛のなかで再び2004年に東京および各地公演が実現。このたびは民藝創立60周年にあたって、新たに「第四次公演」の幕があける…。――劇団民藝のホームページには、こういうPR文が出ている。実をいえば、管理人は東京へ転勤になったその年に、たしか池袋のサンシャイン劇場で、滝沢修が「巨匠」を演じた初演を観ている。その前後の時期に「炎の人」のゴッホや「子午線の祀り」の民部など、こういう言い方はあまりよくないかもしれないが、滝沢修の生の舞台もそろそろ見納めだろうと思い、集中的に見に行ったのだった。大滝秀治が「巨匠」になってからは今回が3演目だが、あいにくこれまで観にいく機会をもてなかったので、今回が初体験となる。あらすじは以下のとおり。

 ナチス占領下のポーランド、田舎町の小学校でおきた或る出来事とは…。死を覚悟して演じた『マクベス』のモノローグ。老人は、なぜ命を賭けてまで「俳優」であることを証明しようとしたのか?その極限状況のなかで、老人は崇高な魂の“巨匠”だった。ナチス占領下のポーランド、田舎町の小学校でおきた或る出来事とは…。死を覚悟して演じた『マクベス』のモノローグ。老人は、なぜ命を賭けてまで「俳優」であることを証明しようとしたのか?その極限状況のなかで、老人は崇高な魂の“巨匠”だった。(劇団ホームページより)

 作品はもともと、ジスワフ・スコヴロンスキの台本による1960年代のポーランドのテレビドラマ「巨匠」にもとづいている。それを観た木下順二が、1967年に批評的なエッセイ「芸術家の運命について」を執筆していたが、90年に今回の演出家である内山鶉が木下を訪ねて「巨匠」の劇化を依頼し、作品化にこぎつけたものだ。中核となっている話は、1944年のワルシャワ蜂起が失敗し、ナチスがポーランド民衆への苛烈な支配を強めた時代が舞台である。廃校となった郊外の小学校に、女教師、前町長、医師、ピアニスト、それに「巨匠」とよばれる年老いた無名俳優の5人が身を寄せあって暮らしているという設定。ここもゲシュタポの監視下にある。とそこへある夜、俳優の卵だという若者がとびこんでくる。だが、同じ夜、近くでパルチザンによる鉄道爆破事件が起きたため、ゲシュタポは犯人摘発のため、彼らのところにやってくる。そして、彼らの中から4人の「インテリゲンツィア」を見せしめ的に処刑するという。「巨匠」は身分証から簿記係と見なされ、処刑リストから外されそうになるが、彼は自分が俳優であると言い張り、シェイクスピアの『マクベス』から短剣のモノローグを演じる。ぎりぎりの極限状況において、自らの誇りと信念を守り抜くことによって、結果的に死を選ぶという「不条理」が現出する。その「現場」に居合わせた「俳優の卵」が、20年ほど後になって自らマクベスを演じるときに、当時のことを演出家に対して回想するという場面が、作品のプロローグとエピローグになっており、いわば「入れ子の構造」のドラマになっている。

 極限状況での人間の誇り、矜持といったことを深く考えさせる、重い内容の作品だ。かつて観た滝沢修の重厚きわまる「引き算の演技」に対して、大滝の「巨匠」は独特のとぼけた味わいを伴った大滝自身の個性が前面に出てくる。管理人自身は、かつての滝沢の科白まわしがいまも鼓膜にこびりついているのだが、大滝のアプローチはそれとして興味深い。むしろ、二人の演技の違いが「芸術家の自らの存在証明」という作品のテーマともかかわってくるようにも思われた。いささか計算高いところのある前町長役の梅野泰靖、これにたいして女教師役の塩屋洋子、医師役の内藤安彦の抑制の効いた演技も印象に残る。ピアニスト役のみやざこ夏穂が稽古として弾く、少したどたどしいショパンの音楽が、作品のアクセントになっている。この作品の凄みは、演技者はこの作品と向きあうことによって、俳優という自らの存在意義と向きあわざるを得なくなっているところにあろう。そしてそれは、観客に対しても屹立し、自らのアイデンティテイに向きあうことを要求しているようにも思われるのだ。

【データ】
 作:木下順二
 演出:内山鶉

 A:水谷貞雄
 俳優:千葉茂則
 老人:大滝秀治
 女教師:塩屋洋子
 前町長:梅野泰靖
 ピアニスト:みやざこ夏穂
 医師:内藤安彦
 ゲシュタポ:鈴木智
 通訳:安田正利
 兵士たち:山本哲也、塩田泰久
 避難者たち:大場泉、梶野稔、児玉武彦、早川祐輔、本廣真吾、庄司まり、新澤泉、大黒谷まい

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