楽興の時・音の絵

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映画「キャタピラー」

■映画「キャタピラー」
2010年8月22日(日)テアトル新宿

 若松孝二監督がメガホンをとり、寺島しのぶが第60回ベルリン国際映画祭で最優秀女優賞を受賞したことで話題をよんだ映画「キャタピラー」を観た。若松孝二という人物には共感をもたないし、以前「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」については辛めの感想を書いたことがある。
 http://blogs.yahoo.co.jp/dsch1963/18724330.html
 今回の「キャタピラー」は、戦争の問題に正面から向き合った硬派の作品であり、今夏上映されている映画の中では注目作と言ってよいだろう。あらすじは以下のとおり。

 一銭五厘の赤紙1枚で召集される男たち。シゲ子の夫・久蔵も盛大に見送られ、勇ましく戦場へと出征していった。しかしシゲ子の元に帰ってきた久蔵は、顔面が焼けただれ、四肢を失った無残な姿であった。村中から奇異の眼を向けられながらも、多くの勲章を胸に、“生ける軍神”と祀り上げられる久蔵。四肢を失っても衰えることの無い久蔵の旺盛な食欲と性欲に、シゲ子は戸惑いつつも軍神の妻として自らを奮い立たせ、久蔵に尽くしていく。四肢を失い、言葉を失ってもなお、自らを讃えた新聞記事や、勲章を誇りにしている久蔵の姿に、やがてシゲ子は空虚なものを感じ始める。敗戦が色濃くなっていく中、久蔵の脳裏に忘れかけていた戦場での風景が蘇り始め、久蔵の中で何かが崩れ始めていく。そして、久蔵とシゲ子、それぞれに敗戦の日が訪れる……。(goo映画より)

 「手と足をもいで丸太にしてかへし」――治安維持法で獄につながれ病死した川柳作家・鶴彬(1909〜38)の代表作にこういうものがあった。米国の映画では、ベトナム戦争で同じような状態になった兵士を描いた「ジョニーは戦場へ行った」という問題作もあった。今回の「キャタピラー」のタイトルは、まさしく「芋虫」という意味だ。映画のクレジットからは外されているが、江戸川乱歩の怪奇小説「芋虫」をヒントにした作品であることは間違いない。

 緊迫感の高い作品だ。久蔵が四肢を失って戻ってきたところで、久蔵の弟の妻が吐く科白にドキリとさせられる。ネタバレになるので引用は控えておくが、そこに当時の家制度の中で「嫁」の置かれた位置が鮮やかに示される。それ以後のシゲ子は、ひたすら久蔵に奉仕することを要求される。国防婦人会など地域の人々からは「軍神の妻」としてそれにふさわしい行動をとることを求められる。戦時下の軍人の妻が、家制度と地域共同体のなかで、何重にも抑圧された存在となっていることが浮かび上がってくる。

 もう一つ、この作品で印象深いのは、久蔵が中国戦線で女性に対しておこなった「性暴力」の記憶がPTSDのような状況をもたらし、彼を苦しめるという逆説的な事態をひきおこすという設定だ。そのことによって、シゲ子と久蔵の関係には逆転現象が生じる。1945年8月15日の「敗戦」――この言い方に議論があることは承知しているが、本作の内容に合わせてこう呼んでおく――を迎えて、シゲ子は「軍神の妻」という重荷から「解放」されることになる一方で、ラストの久蔵の境遇はあまりにも悲劇的だ。

 妻シゲ子を演じる寺島しのぶは、体当たりの演技で圧倒的。これにたいして、目と口しか使えず(但し、しゃべれない)、食べて、寝て、性欲のはけ口を妻に見いだすことしかできない「軍神」の夫・久蔵を演じる大西信満も凄まじい。そういえば、この二人は「赤目四十八滝心中未遂」でも共演している。そして、戦争が引き起こす重層的な暴力と抑圧の構造を、ドライな筆致で凝縮して描きだした映像には見ごたえがある。評判を聞いてか、映画館はほぼ満席になっており、団塊の世代くらいが多いが、若い世代から年配まで幅広い年齢層が観に来ていた(R-15指定)。ただ、この作品は、交際中の若いカップルで観に行くと、きっと気まずい空気になるだろう。

【データ】
 監督、企画・製作:若松孝二
 プロデューサー:尾崎宗子
 脚本:黒沢久子、出口出

 黒川シゲ子:寺島しのぶ
 黒川久蔵:大西信満
 河原さぶ、石川真希、小倉一郎、地曳豪(友情出演)、ARATA(同)、篠原勝之、吉澤健、ほか

 若松プロダクション、2010年、84分

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