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■新国立劇場オペラ公演――R.シュトラウス「アラベッラ」
2010年10月11日(月・祝)14時開演
世の中は「体育の日」。もともと1964年の東京五輪開会式の日を記念して10月10日に設定された「体育の日」は、10年余り前の「三連休法案」(←管理人は誕生日が休みでなくなったという個人的事情から「稀代の悪法」と思っている)の施行以後、日程がずれてしまうことになり、今年は11日だが、前日までの荒天が嘘のような秋晴れで、見事な「運動会日和」だった。
そんな青空のなか、新国立劇場2010/2011シーズンのオープニング演目となる「アラベッラ」を観る。尾高忠明新芸術監督体制のもとでの最初の公演だ。「アラベッラ」は、リヒャルト・シュトラウスが作家のフーゴー・フォン・ホフマンスタールと組んだ最後の作品だが、細やかな言葉のやりとりが見られ、高い演技力と歌唱力の求められる作品だけに、国内では上演機会がけっして多くない。新国立劇場でも、8年近く前の2003年1〜2月、若杉弘指揮、鈴木敬介演出で上演されて以来となる。今回は新制作で、演出は新国立劇場で「ホフマン物語」「アンドレア・シェニエ」を担当してきたフィリップ・アルロー。衣裳を森英恵が担当することも話題となっている。
R.シュトラウスの数あるオペラのなかで「アラベッラ」は、いわゆる悪人が一人も出てこず、最後はハッピーエンドで、「サロメ」「エレクトラ」のようなおどろおどろしさや「ばらの騎士」のような苦さはないので、たぶんもっとも肩がこらずに楽しめる。こういう粋なオペラをシーズンのオープニングに取り上げたことは歓迎したい。尾高忠明さんはウィーンで勉強してきた人だから、ウィーンの雰囲気を伝え、ウィーンの人たちが愛してきた、この作品を取り上げることに、おそらく強いこだわりをもっていたのだろう。その気持ちは理解できる。
ただ、今回の上演についていえば、フィリップ・アルローの演出には不満が残った。彼の演出は、別にこれといった読み替えをするわけではなく、全体にブルーを基調にした照明を駆使して、すっきりとした美しい舞台ではある。第1幕のホテルの部屋にクリムトの絵を4枚飾っていて、ウィーンのイメージを強調するといった工夫もある。公演パンフレットでアルロー自身が説明しているように、これは本来の1860年頃という設定ではなく、1930年頃をイメージしているらしい。作品世界は現代人にも通じる感情が描かれているので、こういう時代設定の変化も決して無理はないだろう。
しかしながら、第1幕から幕を追うごとに、既視感がつきまとう舞台だったからだ。これから言うことは、評論家の先生方はあまり口にしないだろうし、他のブログでも今のところほとんど指摘されていないが、歯に衣着せず書いておこう。はっきり言えることは、2007年にチューリヒ歌劇場で上演されたゲッツ・フリードリヒ演出の舞台とよく似ているという事実だ。フリードリヒ演出は、ルネ・フレミングが標題役を歌い、DVDがデッカ(国内盤ユニバーサル・ミュージック)から出ているので、それと見比べれば一目瞭然だろう。白とブルーを基調にした装置や照明もそうだが、特にそっくりなのは、第2幕でアラベッラとマンドリカが舞踏会の雑踏を離れて語り合う場面で、舞台の手前にカーテン状の紗幕を引き、2人をその前に立たせるという形をとったことだ。この手法は、フリードリヒ演出のアイデアを真似したのでないか、と言われても仕方ないだろう。
それから、第2幕の舞踏会の場面で、会場に入ってくる女性たちが何やらふた昔くらい前のキャバクラっぽくてあまり品がないが、そもそも筆者はこういう設定に疑問がある。なぜなら、そういう舞踏会の主役にアラベッラがなるのだろうかと思わされるからだ。逆にいえば、アラベッラが顔を出す舞踏会の場合、もっと気品というか、格調の高さが求められるのではないのか。この点では、フィアッカミッリや彼女を取り巻く女性たちに、舞台全体の雰囲気とはおよそ異質な赤っぽい衣裳を提供した、ハナエ・モリ女史のセンスにも疑問が残った。
演奏について。アラベッラ役のミヒャエラ・カウネについては、結構辛い評価もあるようだが、強い声質ではないし、第1幕のモノローグなどはいま一つ魅力に欠けたけれども、ビジュアル的にも長身でボン・キュッ・ボン系の美人であることは、この役柄に適任だし、リリックで丁寧に歌う人で、とくに弱音が細やかなので、その点は評価しておきたい。相手役のマンドリカのトーマス・ヨハネス・マイヤーは、以前新国立「ヴォツェック」で標題役を演じた人だが、熊とも格闘するという一本気で粗野な田舎成金の雰囲気には、それなりに合っている。
これにたいして、マッテオ役のオリヴァー・リンゲルハーンは、イケメンだが、いかんせん高音の抜けが悪く、声が飛んでこないのが難点。ある知人も感想を語っていたが、ふられ役のエレメル伯爵役を演じた望月哲也のほうが、はるかに存在感があった。妹のズデンカ役のアグネーテ・ムック・ラスムッセンも悪くないが、声がイマイチとんでこないので、演出家がズデンカを作品の中心人物というにしては、そこまでの求心力はなかった。余談だが、遠目には山瀬まみに似ているので、第3幕では「お父さんのためのワイドショー講座」を思い出してしまった、ガッテン(←意味不明)。日本人では、ヴァルトナー伯爵とその妻アデライデを演じた妻屋秀和と竹本節子の両名が、表現に説得力もあり、舞台をうまく引き締めた。なかでも第3幕の妻屋の演技は、実に細かくて、よく行き届いていた。フィアッカミッリの天羽明恵も、アジリタがよく回って健闘していた。
ウルフ・シルマー指揮の東京フィルについて。シルマーは、何年か前に新国立で「エレクトラ」を指揮したのを聴いて感心したことがあるが、今回もR.シュトラウス作品らしい壮麗さを、よく引きだしてはいる。しかしながら、今回の「アラベッラ」のような作品の場合、もっと室内楽的な精妙さを出した方が良いのではないだろうか。第3幕の前奏曲などは、金管がバリバリと鳴らし過ぎだろう。第3幕の階段の場面は、さすがに細やかに美しく仕上げてはいたが…。
そういうわけで、そこそこにまとまった舞台だったとは思うが、全体の出来についてはあれこれの残念な思いが消えないことを、率直にのべておきたい。
【データ】
指揮:ウルフ・シルマー
演出・美術・照明:フィリップ・アルロー
衣裳:森英恵
ヴァルトナー伯爵:妻屋秀和
アデライデ:竹本節子
アラベッラ:ミヒャエラ・カウネ
ズデンカ:アグネーテ・ムンク・ラスムッセン
マンドリカ:トーマス・ヨハネス・マイヤー
マッテオ:オリヴァー・リンゲルハーン
エレメル伯爵:望月哲也
ドミニク伯爵:萩原潤
ラモラル伯爵:初鹿野剛
フィアッカミッリ:天羽明恵
カルタ占い:与田朝子
合唱:新国立劇場合唱団(合唱指揮:三澤洋史)
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
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