|
■劇団民藝公演「どろんどろん―裏版『四谷怪談』」
2010年10月26日(火)13時30分開演 紀伊国屋サザンシアター
「長谷川大道具」といえば、現在17代目になる歌舞伎の大道具方だ。その11代目(1781〜1841年)は長谷川家中興の祖と言われているそうだが、1825年(文政8)、彼が44歳の時に、鶴屋南北の「東海道四谷怪談」の初演にかかわっているらしい。まさしく日本演劇史を縁の下から支えてきた存在だ。この「裏方中の裏方」とも言うべき長谷川大道具にスポットをあてたユニークな作品が、今回の「どろんどろん」だ。アップする順番が逆になったが、あらすじは以下のとおり。
長谷川勘兵衛は芝居の大道具師。近頃怪談狂言を手掛け、身の回りに不吉なことが起こっていた。不安がる勘兵衛の家族たち。そんな折、当代の人気役者菊五郎が主演する鶴屋南北の新作『東海道四谷怪談』のための仕掛け「戸板返し」「提灯抜け」を作るという難題が舞い込む。長谷川の暖簾を賭けた大仕事に取り組む勘兵衛は、菊五郎の養子、松助との間に事件を起こした息子長吉を破門して、一番弟子の半次に職人衆を仕切らせるが……初日は刻々と迫ってくる。道具の仕掛けをめぐって作者南北、役者菊五郎、そして勘兵衛、三者の意地が激しくぶつかり合う。さて、新作狂言の初日は無事にあくのだろうか……。(公演パンフレットより)
千秋楽を終えているから、若干ネタバレ混じりで書くが、この作品は2つの物語が絡まりながら進んでいく。ひとつは、鶴屋南北の「東海道四谷怪談」の幕開けに向けた南北、菊五郎、そして勘兵衛という三者の意地のぶつかり合い。いわゆるバックステージ物という話だ。そしてもう一つは、主に第1幕で展開される一番弟子半次と、勘兵衛の出戻りの娘お粂、そして近くの鐘撞き堂の娘お露との「三角関係」だ。後者のほうの筋は、半次が12代目になろうという野心から、お粂と一緒になろうとして、邪魔になったお露との関係を清算するという形に展開していく。いわば「痴情のもつれ」から、お露の首を絞めて隠亡堀に投げ込んで殺すわけだが、そのお露が幽霊になって出てくるのだ。ここへきて、民谷伊右衛門が士族の娘との縁談が持ち上がったために、邪魔になったお岩を殺してしまうという「四谷怪談」の話が、もう一つのほうの話の流れの背景にあることが見てとれる。このアイデアはよく考えられていて、さすがに小幡欣治氏は巧い台本を書くと思った。ただ、こちらの話は基本的に第1部で終わってしまうので、やや拍子抜けの印象は否めない。それから、ラストで仕掛けを使った「四谷怪談」を見せるのかと思ったら、お露の死体の上がった場所に勘兵衛とお粂が花を手向けるところで終わるのも、いささか予想外だった。
民藝が小幡欣治作品をかけて、大滝秀治が出演すると、舞台の上には、まったりとした空気が漂うが、とぼけた味の南北で、それはそれとして面白い。一部の科白に怪しいところもあったが、歌舞伎役者の独特の雰囲気を表現した稲垣隆史もよい。しかし、何といっても、この二人を向こうにまわして、職人気質の11代目勘兵衛を演じきった鈴木智の達者な演技にひきつけられる。他方、このベテラン3人にたいして、若手、特に男優陣はいささか落差を感じないわけにはいかない。そうしたなかで気を吐いたのは、半次役の和田啓作と、ちゃきちゃきと気風のいい若い女職人を演じた桜井明美の2人だろうか。いわゆる舞台スタッフを表舞台に登場させたという意味では、興味深く楽しめる作品でもあった。
ラストで勘兵衛の吐く科白は、気が効いている。「因果なことに、揉めた芝居ほど評判が良い」と。この舞台は揉めたのだろうか。
【データ】
作:小幡欣治
演出:丹野郁弓
装置:勝野英雄
照明:前田照夫
衣裳:緒方規矩子
効果:岩田直行
舞台監督:武田弘一郎
長谷川勘兵衛(大道具師):鈴木智
長吉(勘兵衛の倅):齊藤尊史
お幸(女房):白石珠江
お粂(娘):吉田陽子
おとり(母):塩屋洋子
半次(職人):和田啓作
東六(職人):山梨光國
千松(職人):早川祐輔
熊吉(職人):行田旭
お米(女中):大黒谷まい
おせん(絵師見習):桜井明美
尾上菊五郎(三世・役者):稲垣隆史
松助(菊五郎の養子):天津民生
伝七(菊五郎の弟子):山本哲也
鶴屋南北(作者):大滝秀治
お露(鐘撞き堂の娘):前田真理衣
佐平(お露の父):松田史朗
お里(お露の母):別府康子
小針(稲荷社の禰宜):田口精一
治作(百姓):角谷栄次
お倉(仏壇屋の女房):船坂博子
金毘羅参りの男:本廣真吾
|