楽興の時・音の絵

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■新国立劇場オペラ公演――リヒャルト・ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」
2010年12月28日(火)17時開演 新国立劇場オペラパレス

 管理人にとって2010年最後の舞台芸術鑑賞は、新国立劇場の「トリスタンとイゾルデ」になった。モネ劇場音楽監督を経て、リヨン歌劇場首席指揮者として活躍し、文化功労者に選出されたばかりの大野和士の指揮ということで、チケットは発売早々に売り切れていた。国内では、今年10月の沼尻竜典指揮大阪センチュリー響(びわ湖ホール)、来年7月のアルミンク指揮新日本フィル定期(すみだトリフォニーホール)と「トリスタンとイゾルデ」の公演が3つ続くことも、注目を集めていた。

 指揮の大野和士と演出のデイヴィッド・マクヴィカーとのコンビといえば、モネ劇場を引き連れての凱旋公演で上演された「ドン・ジョヴァンニ」がそうだった。マクヴィカーは、あの時もそうだったが、今回の「トリスタンとイゾルデ」でも、全体として暗い舞台をつくっている。今回の場合、それは昼の虚飾にたいする「夜の国」――死への憧憬ともつながる――を具体化したということなのだろう。ショーペンハウアーの厭世哲学の書『意志と表象としての世界』の世界観を可視化したものということもできようか。もう一つの特徴は、3つの幕ともに、舞台に水を張った舞台にしたことだ。第1幕では、暗い闇の中に、ぽっかりと丸い光が浮かんでいて、周囲が暗いので最初は月なのかと思っていたが、次第に赤くなってくるので、太陽だと分かる。そういう形で、虚飾の昼の光を強調している。そして、舞台奥から難破船のような舟が水の中を動いてきて、手前の岸壁に接岸するという動きをする。第2幕では、やはり水を張った暗い舞台のなかに、舞台の上手奥から下手の手前に向かって花道のような通路がつくられている。第3幕は、舞台の手前がカレオールの城で、舞台奥に水が張られている。

 ただ、演出家は水にこだわっているが、第1幕と第3幕はともかく、マルケ王やメロートらが森の中に狩りに出かけていく第2幕の場合、たしかに「せせらぎの流れ」のような歌詞は出てくるものの、舞台に水を張る意味は分かりにくい。また、助演の家来たちが「アイーダ」のエジプト兵士のような衣裳をつけていたのと、第1幕最後の「てっぱん踊り」のような妙ちくりんな所作をはじめ、動きがいかにもチョコマカとうるさいのは、視覚的に違和感が残った。さらに、第3幕の幕切れで太陽が沈んでいくのだが、それが下手側に落ちるというのは、シドニーのオペラハウスならともかく、日本の新国立劇場では具合が悪いのではないだろうか(「♪西から上ったお日様が東に沈む〜」という感じがしてしまう)。こうしたいくつかの疑問は残るが、演出全体は割にオーソドックスで、分かりやすいものといえるだろう。

 演奏は、全体として充実した公演だった。大野和士の指揮についていえば、もっと淡々と進むのかと予想していたら、意外にもテンポを遅めにとって、かなり濃厚な音楽づくりをしていた。同時に、ここぞというところは思い切ってテンポをあげるというように、緩急の振り幅を大きくするとともに、聴かせどころはかなりオケを煽り、メリハリを効かせている。たとえば、第1幕では、トリスタンとイゾルデが媚薬を飲んで以降はテンポを一気に上げて、二人の愛と官能の高揚をドラマティックに印象づける。第2幕も「愛の二重唱」はたっぷり聴かせ、マルケ王一行が登場してくるところは速めのテンポにして畳みかける。さらに「マルケ王の嘆き」は相当遅いテンポ設定にして、マルケ王の苦悩をこれでもかというくらいに纏綿と聴かせる。第3幕の「愛の死」でのオケの高揚も印象的だ。このあたりは、オペラ指揮者としてキャリアを積んできた大野和士の鋭い感覚が発揮されたものと言えるだろう。きびきびとキューを出す様子も見られ、おそらく歌手は歌いやすい指揮だったのではなかろうか。ただし、合唱について、完全にPAだのみにしていたのは、音楽的な処理としてはいかがなものか。カーテンコールでも合唱団と合唱指揮者は一切出てこなかったので、なおさらそのあたりの事情が気になってしまった。

 東フィルは大野の指示に応えようとしており、第1幕ではアンサンブルの悪さ、響きの薄さが多少気になったが、第2幕以降は、弦の厚みと艶のある響きが聴かれ、「マルケ王の嘆き」のクラリネットなど木管も充実していた。ただ、金管楽器陣にはイライラさせられた。第1幕でも、二人が「トリスタン」「イゾルデ」と言って抱き合う直前のところでホルンがずっこけたし、第2幕冒頭の狩りの角笛や、幕切れ近くのトランペットなど、肝心のところがきちんと決まらないのは困る。ジャンプの着地に失敗したフィギュアスケートみたいで、これでは減点対象とされても致し方あるまい。

 歌手は全体として充実。イゾルデ役のイレーネ・テオリンは、第1幕ではいささか叫ぶ感じの歌唱だったし、「愛の死」はもっと情感が表現された方がよいと思ったが、第2幕はとりわけ素晴らしかった。それにこの人はなかなか細やかな演技力があって、とくに目力が凄い。トリスタン役のステファン・グールドは、第1幕の「イゾルデ!」がかすれ気味で一瞬ヒヤッとしたが、全体としては安定感のある力強い歌唱で、さすがと思わせた。この二人による第2幕の二重唱は、抜群の聴きごたえがあった。クルヴェナール役のユッカ・ラジライネンは、第1幕は酔っ払った感じで登場するなど不思議な役づくりだったが、渋ごのみの歌唱で要所を締めた。ブランゲーネ役のエレナ・ツィトコーワは、声はよく飛んでくるし、今回は常にイゾルデの行く末を案じている若い侍女という感じを演技面でも巧く表現しており、意外に良かった。マルケ王のギド・イェンティンスは、杖をついて相当年配のおじいさんという役づくりをさせられていた(管理人は「マグマ大使」のアースを思い出した)のは疑問だが、深々とした歌唱で、第2幕の「マルケ王の嘆き」でも、第3幕でもひきつけるものがあった。

 演出・演奏とも若干の注文的な感想をのべたが、それでも客席の集中力を途切れさせず、密度の高い公演だったことは間違いない。ただ、幕切れの拍手は、まだイゾルデに照明が当たっていた間だったので、明らかにフライングである。45分の休憩を2回はさんで、5時間40分以上の長丁場。終演後、カーテンコールまで終わると、22時50分になっていた。急ぎ足で帰宅したが、日付変更線を超えていた。

【データ】
 指揮:大野和士
 演出:デイヴィッド・マクヴィカー
 美術・衣裳:ロバート・ジョーンズ
 照明:ポール・コンスタブル
 振付:アンドリュー・ジョージ

 トリスタン:ステファン・グールド
 マルケ王:ギド・イェンティンス
 イゾルデ:イレーネ・テオリン
 クルヴェナール:ユッカ・ラジライネン
 メロート:星野淳
 ブランゲーネ:エレナ・ツィトコーワ
 牧童:望月哲也
 舵取り:成田博之
 若い船乗りの声:吉田浩之

 合唱:新国立劇場合唱団
 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

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