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■こまつ座&ホリプロ公演――井上ひさし追悼公演「黙阿彌オペラ」
2010年9月5日(日)13時開演 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
今年4月に亡くなった劇作家の井上ひさしさんは、沖縄戦を題材にした「木の上の軍隊」という新作を書く予定だったが、その志はついに果たせなかった。この新作のために、藤原竜也、吉田鋼太郎、北村有起哉という面々が結集する予定になっていたが、井上さんが新作の執筆を断念する代わりに、本人自ら強く上演を望んだのが、1995年にこまつ座で初演された「黙阿彌オペラ」だったという。なかでも五郎蔵役を藤原竜也くんにやってほしいというのは、作者自身の強い希望だったそうだ。あらすじは以下のとおり。
江戸末期、後の黙阿弥こと河竹新七(吉田鋼太郎)は、しがないざる売りの五郎蔵(藤原竜也)と互いに川に身投げしようとしたところを、引き止め合う。蕎麦屋で、お互いの境遇を語り合う。店主のとら(熊谷真実)に身の上話を聞いてもらったふたりは、翌年同日に同じ場所で会おうと約束する。
1年たった約束の日、蕎麦屋に、おせんという少女が置き去りにされていた。とらはお店の切り盛りと、おせんの世話に追われ、忙しくしている。売れない噺家の三遊亭円八(大鷹明良)が隙を見て食い逃げをしようとするが、ちょうどやってきた新七に止められる。新七は、最近書いた新作芝居が大当たりしていた。五郎蔵を待っていると、若旦那風の久次(松田洋治)がやってくる。五郎蔵から金を預かってきたという。そこに流れ込んできた怪しい貧乏浪人、及川孝之進(北村有起哉)は、久次が川に身投げして同情を誘い、人から金をせしめていた、と暴きだす。久次は、五郎蔵は島送りになり、弟分だったと語る。騙したのは五郎蔵に罪を着せた者で、つまり仇討なのだ…と明かす。全員の素性が明らかになったところで、とらは「おせん株仲間」の結成を言い出す。みんなで少しずつお金を出し合い、そのお金でおせんを育て、全員の子供として育てようという提案であった…。
時代が明治に変わり、おせん(内田慈)は成長しフランスに行くことになる。株仲間もそれぞれ成功をつかんでゆく。とらが亡くなり、出戻りの娘おみつ(熊谷真実)が、店をひきつぐ。株仲間は銀行を創め、新しい時勢に乗っかろうとする。しかし新七だけはその変化に違和感を感じ、ついていけない。そんな折、新七にオペラを書いてみないかという依頼が舞い込む。果たして新七はオペラを書くのか…。(ホリプロ・ホームページより)
この夏、どうしても観たかったのが「黙阿彌オペラ」の舞台だった。しかし、東京公演を応募したものの、抽選で外れてしまった。試しに大阪公演を応募してみたら当たったので、ついでに帰省の用事をつくり、前日の夜に青年劇場公演「島」を観た後、交通費を安くあげようとJRバスの「ドリーム号」で帰阪した。我ながら物好きなことだ。別に藤原竜也君の「追っかけ」ではないので念のため。
作品は、見事なまでのヒューマンドラマと言ってよいだろう。ここに登場する人物は、おそらくは天才的な劇作家である河竹黙阿彌を除いて、どこか1本抜けている市井の庶民たちだ。それが、幕末から維新にかけての時代の大激動のなかで翻弄され、もがいたり、壁に頭をぶつけたりしながら生きている。とりわけ、妻に先立たれ、残された娘を養女に出したが、奉公人同然の扱いで幼くして死んでしまったため、一旦は自殺を試み、さらに恐喝犯にでっちあげられて人足寄場送りにされる五郎蔵をはじめ、蕎麦屋に偶然集まってくる人々の結びつき、心の通いあいのネットワークが、実にハートフルだ。そのなかで、捨て子だったおせんの成長のために「株仲間」を結成して一肌脱ごうという、いわば「足長おじさん」的なエピソードも人間味にあふれている。そして、市井の人間の生きざまをリアルに描くことの発見を契機に、劇作家として飛翔していく存在として、河竹新七(のちの黙阿彌)の人物像をつくりあげているところも面白い。
ところが第2幕では、明治維新を境にして、金禄公債証書をもとにした国立銀行開設の話に、黙阿彌以外の人々が乗っていくところから、彼・彼女らのネットワークにはすきま風が吹き始める。そして、銀行のもくろみは脆くも崩れ去り、五郎蔵、円八、久次、孝之進の4人は世をはかなんで身投げを試みる。この作品の初演は1995年で、ちょうど80年代後半から90年代初頭にかけてのバブルが崩壊し、住専問題をはじめ金融界の不祥事がさまざまな形で噴出した時期だった。同時に、商店街の小さな商店は、阿漕なデベロッパーによる地上げや、大型ショッピングモール進出などのあおりで転廃業を余儀なくされ、共同体の崩壊に拍車がかかった時期でもあった。そして今日、グローバリゼーションへの対応に名を借りて、経済のしくみは、いっそうマネーゲーム中心に変容しつつある。作者は、明治維新期の激動にこと寄せて、現代日本の拝金主義が横行する状況に鋭い風刺をおこなったと見ることができよう。
「この作品には、大きくて力強くて深い根っこがいくつもあります」――演出家の栗山民也氏は、公演パンフレットに寄せた一文にこう書いている。栗山氏によれば、その「根っこ」はこうだ。
一、江戸から明治へという大きな時代の転換。一、黙阿彌が創作のモチーフとした金。一、株仲間という小さな共同体が銀行という大きな階級社会に変わってゆく経済のしくみ。一、日本独自の文化が西洋のオペラに強要されるという国家主義による残酷な切り捨て。
さらに、栗山氏は「それらが評伝劇という幹に沿っていくつもの枝葉をのばしてゆく。しかも黙阿彌は狂言役者ですから、他の作家の評伝以上に井上さん自身の自己投影が強い」と述べているが、きわめて的確な論評だろう。
栗山民也の演出は、全体としては速めのテンポの科白まわしで、気風のいい江戸の庶民の心意気を印象づける。ポンポンと威勢のいいやりとりが、黙阿彌流の七五調も時折交えながらくりひろげられる。しかし、登場人物の思いを語らせるところでは、ぐっとテンポを落とさせる。この緩急のつけ方が見事で、笑いあり、涙ありの井上ワールドに客席を引き込み、3時間半まったく退屈させない。
役者もそれぞれ堂にいっている。五郎蔵役の藤原竜也は、以前から単なる人気先行でない天才的なところを感じていた俳優だが、やや低めのトーンの声で、初めて演じたという時代劇の庶民の役をしっかりこなした。河竹新七役の吉田鋼太郎は、科白まわしに独特の「吉田節」が出る役者だが、それが歌舞伎台本作家の雰囲気を出すことに奏功している。祖母とらと孫娘おみつの二役を演じた熊谷真実が、実にいい味をだしていているが、ややノドを傷めていたように思われたのは気のせいか。後の出演者もそれぞれ個性を発揮し、東京公演以来1カ月ほどたって、科白の間合いも絶妙になっている。
【データ】
作:井上ひさし
演出:栗山民也
とら/おみつ:熊谷真実
河竹新七:吉田鋼太郎
五郎蔵:藤原竜也
円八:大鷹明良
久次:松田洋治
及川孝之進:北村有起哉
おせん:内田慈
陳青年:朴勝哲
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