楽興の時・音の絵

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■東京二期会オペラ劇場公演――R.シュトラウス「サロメ」
2011年2月22日(火)19時開演 東京文化会館大ホール

 ドイツ出身のペーター・コンヴィチュニーは、いつも大胆な読み替え演出をおこなうことで知られる。管理人は、この人の演出作品についていえば、これまで「魔笛」「タンホイザー」「アイーダ」、それに東京二期会で上演された「皇帝ティトの慈悲」「エフゲニー・オネーギン」を観ている。権力観や家族観への問いかけ、退廃・混迷した現代世界への風刺に独特の鋭さがあり、大いに得心のいった場合もあれば、必ずしも納得いかなかった場合もあるが、この人の演出なら観てみたいと思わせる磁力をもっていることは間違いない。それだけに、社会の混乱や倒錯した家族関係を題材にした「サロメ」のような作品は、コンヴィチュニーにとって最もふさわしいのかもしれない。

 今回の演出では、第3次世界大戦後の核シェルターをイメージしたような閉塞した空間のなかに、テーブルがいくつも並んで置かれており、その周りで人々は酒と麻薬におぼれ、変態的なプレイにはまっている状況が描かれる。ヘロデはヘッドホンをつけて音楽を聴きながら自分だけにノリノリになっているし、ヘロディアスはテーブルの下に隠れて男とセックスに興じている。ユダヤ人やナザレ人らはいずれも黒のスーツに身を包んでおり、どことなく「マトリックス」風でもある。ヨカナーンは地下の獄中ではなく、テーブルの中央に布の袋を頭に被せられて座っている。そうしたなかで、享楽から身を措いて一人ソファに寝転んで本を読んでいるサロメ。途中の間奏曲では、サロメが男たちに切り裂かれて食べられるカニバリズムが出てきたり、死んだナラボートの遺体に男たちが死姦したりといった、醜怪な場面がこれでもかといわんばかりに登場する。他方、男たちの享楽に対して、サロメとヨカナーンと小姓の3人が舞台の幕の外(手前)に放り出されているという状況も描かれる。

 「7つのヴェールの踊り」では、世の男性客の期待(?)に反して、サロメは踊るけれども脱がない。テーブルの中央にヨカナーンが座っており、その両側に男たちが座っているが、この図柄が想起させるのは「最後の晩餐」にほかならない。そして、サロメが周囲の壁に出口のドアの絵を描き、そこに身体をぶつけて脱出を図ろうとし、他の人物たちもそれを真似ようとする姿も表される。だが、それは果たされず、大方の男たちは最後に倒れてしまう。他方、ヘロディアスはヨカナーンを椅子に縛りつけ、性行為に及んでいる。次第に浮かび上がってくるのは、閉塞状況で刹那的な享楽に陥り、混迷を深めている大人たちに対して、唯一そこからの脱出を理性的に模索しているのが少女サロメだという構図だ。そして、ヨカナーンに恐らくは尊敬の念も含む深い愛情を抱くに到ったサロメは、この閉塞した空間からヨカナーンを救い出すことを決意する。イエスを裏切ったユダとの好対照の構図が浮き彫りになる。少女が決然とした意思をもち、困難な状況を自ら打開していく姿は、コンヴィチュニーが演出した「魔笛」でのパミーナ像とも通じるところがある。「7つのヴェールの踊り」が終わり、男たちが倒れてしまい、ヘロデとヘロディアスが舞台の奥でよりを戻している(?)なかで、サロメとヨカナーンは手で幕を引き、さらに舞台袖に脱出していくのだ。そして最後は父ヘロデではなく、客席の男が「あの女を殺せ」と叫ぶという、相当サプライズの幕切れを用意した。

 こういう演出だから、それぞれの登場人物のキャラクターがくっきりと浮かび上がる。サロメ役の林正子は、立ち姿の美しい方なので筆者はファンなのだが、決して強い歌唱ではないけれども、この動きの多い演出のなかで、理知的かつ意志の強い女性像を表現している。ヨカナーンの大沼徹も、やや声が控えめな印象はあったが、作品本来の性格からいっても、またこの演出のコンセプトからいっても、若々しくたくましい純朴な青年の雰囲気が出ている。ヘロデの高橋淳は、こういうクセのある演出の場合、その設定を照れずに演じきれる力量が発揮され、コミカルな演技といやらしい歌い方が巧い。板波利加のヘロディアスのキャラクターも強烈で、どことなくマツコ・デラックスみたいに見えるのが笑える。

 シュテファン・ゾルテスは、管理人は初めて聴く指揮者だが、1997年以来、ドイツ・アールト音楽劇場(エッセン歌劇場)音楽監督をつとめ、オペラ指揮では定評のある人だそうだ。かなり快速系のテンポ設定で、あまりテンポを揺らすことはしない。歌手の声をかき消さないように、全体としては表現を抑え目にした印象があるが、かっちりと手堅くまとめている。今回の公演のオーケストラは、ピットに入る機会が珍しい東京都交響楽団。この楽団らしいクリアーで引き締まった響きをつくりだし、なかなかの好演だった。

 カーテンコールでペーター・コンヴィチュニーが登場すると、客席からはブーイングとブラヴォーが飛び交ったが、演出家は当然多くのブーが飛ぶことは織り込みずみだったろう。してやったりという感じの笑顔で受け流していた。

【データ】
 指揮:シュテファン・ゾルテス
 演出:ペーター・コンヴィチュニー

 サロメ:林正子
 ヘロデ:高橋淳
 ヘロディアス:板波利加
 ヨカナーン:大沼徹
 ナラボート:水船桂太郎
 ヘロディアスの小姓:栗林朋子
 ユダヤ人1:大野光彦
 ユダヤ人2:岡本泰寛
 ユダヤ人3:与儀巧
 ユダヤ人4:松永国和
 ユダヤ人5:境信博
 ナザレ人1:小田川哲也
 ナザレ人2:西岡慎介
 兵士1:吉川健一
 兵士2:福山出
 カッパドキア人:須山智文
 子役:山中真希
 助演:菅原源
 管弦楽:東京都交響楽団

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