楽興の時・音の絵

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ムンク展

■ムンク展――Edvard Munch:The Decorative Projects
2007年10月6日〜2008年1月6日 国立西洋美術館(12月24日所見)

 エドヴァルド・ムンク(1863〜1944)といえば、「叫び」などの作品で知られるノルウェーの画家。表現主義の影響を受け、また、キルケゴールやニーチェなどの実存主義の世界観とも通じる作風の印象が強い。今回の展示は「叫び」(1893年)や「思春期」(1894〜95年)といった作品こそないものの、「絶望」(1893年頃)や「不安」(1894年)、「マドンナ」(1895年)といった30歳前後の代表作から、晩年にかけてのムンクの作品をまとまって見ることができる格好の機会だった。

 今回の「ムンク展」は、以下の7つの柱からなっている。
  第1章 <生命のフリーズ>:装飾への道
  第2章 人魚:アクセル・ハイベルク邸の装飾
  第3章 <リンデ・フリーズ>:マックス・リンデ邸の装飾
  第4章 <ラインハルト・フリーズ>:ベルリン小劇場の装飾
  第5章 オーラ:オスロ大学講堂の壁画
  第6章 <フレイア・フリーズ>:フレイア・チョコレート工場の装飾
  第7章 <労働者フリーズ>:オスロ市庁舎のための壁画プロジェクト

 このなかでも今回の展示で特に興味深かったのは<労働者フリーズ>とよばれる作品群だった。1910年前後からムンクは、ノルウェーでも資本主義が発展しつつあったもとで、芸術上の主題として労働者に関心を抱きはじめる。そして「雪の中の労働者たち」と題される作品をつくる。さらに、1931年から建設が始まるオスロ市庁舎の装飾として、壁画プロジェクトの計画を練りはじめた。公式の注文があったのかどうかは判然としていないようだが、1929年頃から、装飾プランを作製しはじめている。もっとも実際には、ムンクの構想と市庁舎側との間には意見の相違があったようで、さらに画家の年齢上の制約から、このプランは実現に至らないまま終わった。それにしても、歴史絵巻のような形で、オスロにおける近代労働者の役割を伝えようとしていたことは、ムンクの思想のあまり知られていない一面を伝えるものだ。「ムンク展」図録の解説(171頁)によれば、ムンクは左翼思想やロシア革命に関心を抱いており、そのことはマティアス・アルノルト著(真野宏子訳)『エドヴァルト・ムンク』(PARCO出版、1994年)で論及されているそうだ。ちなみに、ノルウェーでは1928年、短命ではあったが、社会民主主義政党の労働党による政権ができており、そうした時代思潮の反映もあったのだろう。

 なお、「雪の中の労働者たち」の一つは、松方正義首相の子息であり、川崎造船所初代社長で元衆議院議員の松方幸次郎(1866〜1950)のコレクション(いわゆる「松方コレクション」)に含まれ、現在は国立西洋美術館が管理し、今回出品されている。このことに関して、図録に収録されたゲルド・ヴォル・オスロ市立ムンク美術館シニア・キュレーターの解説では「ほとんど憶測の域を出るものではないが、それでも松方がこの作品に特別の関心を――それがムンクによる記念碑的な大作であるということとは別に――払っていたと推察することには心がそそられる。松方は1880年代にアメリカ合衆国に留学していたときからすでに、学友で後に日本共産党の指導者となる片山潜(1859-1933年)から強い影響を受けていた。片山との交友や社会的不公平に対する洞察の深化は、松方幸次郎の人生観に決定的な意義をもつようになり、産業界の指導者としての活動にも影響を及ぼした」(28〜29頁)とのべている。これも興味深いエピソードである。

■鳥獣戯画がやってきた――国宝『鳥獣人物戯画絵巻』の全貌
2007年11月3日〜12月16日 サントリー美術館(12月9日所見)

 「日本最古のアニメーション」とも言われる「鳥獣戯画」。その甲乙丙丁全4巻を一挙に公開する企画を見に、六本木の東京ミッドタウンに開館したサントリー美術館に出かけた。

 「鳥獣戯画」といえば「鳥羽僧正作」として伝えられてきた。だが、会場の説明によると「鳥羽僧正が生きたのは12世紀前半まで、『鳥獣戯画』は12世紀後半以降の作と考えられるので、鳥羽僧正を筆者と考えるのはどうも難しいようだ」という。では、いったいだれが描いたのか。これまでの研究では、「密教の絵仏師が描いたという説」と「宮廷絵師が描いたという説」とがあるそうだ。その4巻セットも、当初からセットだったのではなく、さまざまな改変を経て現在の姿になったと考えられているらしい。「鳥獣戯画」の主題についても諸説あって、「平安末の退廃した貴族や僧侶、あるいは新興の武士を風刺したという説」「仏教の六道思想に基づき人畜界や畜生界を描いたとする説」などが唱えられている。

 今回はじめて実物を見る機会を得るなかで、こうした研究の成果を知り、また、残された数多くの断簡や摸本類もあわせてみることができた。絵としていきいきして楽しいのは、動物が擬人的に描かれている「甲巻」だろう。しかし、当時の風俗を知るには「丙巻」の盤上ゲームや「首引き」などに興じる人間たちの姿が興味深い。

 平安時代の鳥羽僧正の絵を模したと推定されている、室町時代の絵画のなかに描かれた「放屁合戦」などの絵は、ばかばかしくも面白かった。

 「鳥獣戯画」は狩野探幽が「縮図」を残しているように、狩野派など後世の画家に大きな影響を及ぼしていることも、今回の展示はわかりやすく紹介している。それはさらに、明治画壇へも受け継がれ、河鍋暁斎の「暁斎画談」にもその影響の跡を見ることができる。

 図録(2300円)を買って帰ったが、蛙や兎、猿の絵柄の入ったエコバッグをくれたのはよいサービスだ。

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