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■東京室内歌劇場40期第120回定期公演「夜長姫と耳男」
2008年7月27日(日)15時開演 第一生命ホール
間宮芳生(1929〜)といえば、日本の民謡やわらべうた、平曲や義太夫などを素材にした民俗的な作風で知られるが、オペラも4作つくっており、4年前に新国立劇場でも上演された3作目の「鳴神」が代表作だろう。今回上演されたのは、大岡信の詩をテキストにして1985年に作曲されたモノオペラ風の作品「おいぼれ神様」と、坂口安吾の小説をもとに1990年に作曲された「夜長姫と耳男」の2作品だった。
第1部の昔噺「おいぼれ神様」は、この世をつくった神様がおいぼれてしまい、居眠りしながら煙草を吸っていて、火事を起こして地上に落ちてきて、ただのスケベ爺になってしまい、男たちに殴られて死んでしまう、という珍妙な筋書き。義太夫節のような太棹三味線の導入が印象的で、祭囃子のような展開になるかと思えば、ジャジーなブルース風の音楽も登場するなど、千変万化のユニークな作品だ。キャラクター・バリトンのベテラン竹澤嘉明がユーモラスに表現し、ところどころ歌詞の分かりにくいところはあったが、楽しく聴けた。
第2部のオペラ「夜長姫と耳男」のあらすじは以下のとおり。
夜長長者の娘・夜長姫のために、飛騨の仏像彫りの匠である耳男は弥勒菩薩の制作を依頼される。耳男の目に映る姫は、冷たく残酷。耳男は持ち前の大きな耳の片方を、戯れから切り取られてしまう。果たして、姫の無垢なる残酷の持つ意味は何なのか? 蛇の生き血をすすりながら、耳男が三年かけて彫り上げた弥勒菩薩のおぞましき姿の意味するものは? そして、耳男にとって姫とは結局何者であったのか? グロテスクな現実と夢幻的な世界のなかで、死を賭した愛と創造の姿が明らかになってゆく。(公演チラシ掲載の長木誠司氏の一文より)
第1部とはうって変わって、こちらは狂気の世界だ。7つの場面からなるが、第7場に原作にはない「かけ踊り」の場面がつけくわえられているのと若干のカットがあるのを除けば、原作の坂口安吾の同名小説(講談社文芸文庫『桜の森の満開の下』所収)を比較的忠実にオペラ化している。音楽的には、バスクラリネットのソロと拍子木による開始が印象深く、室内楽編成の小楽団による緊迫感ある音楽が展開され、尺八のようなフルートソロ、激しいパーカッションのリズムなどが耳に残る、シャープな作風の音楽といえるだろう。
演出は中村敬一。舞台装置は簡素だが、彼岸花が咲き乱れ、中央に半透明で反射性の高いアクリル板で奥と仕切るしかけがつくられている。彼岸花は「死人花」といわれたりもするから、やはり坂口安吾の「桜の森の満開の下」と同じく「死」のイメージを強調するものだろう。彼岸花や夜長姫の赤い着物と一体のように、赤い照明を効果的に使い、血のイメージを一貫して見せるところは秀逸だ。照明の当て方によって、アクリル板に耳男の姿が鏡のように映し出される時もあれば、その奥に夜長姫やエナコの姿が映し出されるという趣向も、作品の狂気の世界、耳男の想念と彼の運命を掌る女たちの情念を表現しているようで、なかなか巧みだ。ただし、耳男が蛇をつかまえてはその生き血をすするという狂気性の表現は、所作だけで表現されるので、いささかわかりにくい。もっとも、蛇のリアルなゴムの複製などがでてくるグロテスクな演出よりははるかにマシなのだが。
演奏では、夜長姫の大貫裕子は、初めて実演に接する歌手だったが、跳躍の多い難しい歌唱を巧みにこなして好演。チャーミングな童顔も、無邪気な中に狂気をたたえた夜長姫の役柄に合っている。エナコの松本薫も出番は多くないが、鮮烈な声で夜長姫の化身のような印象を与える。耳男の太田直樹は声がよく出ているし音程も正確だが、とくに前半では歌詞がいささか聴きとりづらかった。夜長の長者の吉田伸昭も、一部高音に難があったが、芸達者ぶりを示した。初演の時にピアニストとして参加した寺嶋陸也は、今回は指揮者として室内楽的なアンサンブルを手堅く、かつシャープにまとめあげた。
ともあれ、こういう珍しい日本の作品をきちんと上演する「東京室内歌劇場」の努力は、大いに注目したい。プレトークには長木誠司氏を聴き手に、作曲者の間宮氏本人がお出ましになった。来年で80歳にはとても見えない、明晰で軽やかな語り口に脱帽する。
【データ】
第1部=間宮芳生:昔噺「おいぼれ神様」(21')
詩:大岡信
バリトン:竹澤嘉明
演奏:東京室内歌劇場アンサンブル
太棹三味線:田中悠美子
笛:中川昌巳
打楽器:山口恭範
ピアノ:ゆう間郁子
第2部=間宮芳生:オペラ「夜長姫と耳男」(69')
原作:坂口安吾
台本:友竹正則
指揮:寺嶋陸也
演出:中村敬一
夜長姫:大貫裕子
耳男:太田直樹
夜長の長者:吉田伸昭
アナマロ:多田康芳
エナコ:松本薫
助演:志子田憲一/丸山亮
太棹三味線:田中悠美子
ヴァイオリン/ヴィオラ:手嶋志保
チェロ:松岡陽平
フルート1st:中川昌巳
フルート2nd:西村いづみ
クラリネット/バスクラリネット:伊藤紀江
パーカッション:山口恭範
ピアノ/チェンバロ:藤原弥生
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