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■新国立劇場演劇公演「ゴドーを待ちながら」
2011年4月26日(火)18時30分開演 新国立劇場小劇場

 アップする順番が変わってしまったが、4月末に1本演劇を見ている。新国立劇場小劇場で上演されたサミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」だ。あまりにも有名な作品だが、それを今回は新訳で上演するというので、見に出かけた。あらすじは以下のとおり。

田舎道、一本の木がある。
夕方。
エストラゴンが道端に座っている。靴を脱ごうとするのだが、なかなか脱げない。そこへヴラジミールがやってきて他愛のない会話が始まる。やがて、エストラゴンが立ち去ろうとするのをヴラジミールが留める。
エストラゴン     どうして。
ヴラジミール     ゴドーを待ってる。
エストラゴン     そうだね。
二人はゴドーに会ったことはなく、いつまでも待ち続ける。そこにポッゾとラッキーがやってくる。やがてラッキーは哲学的な演説を始める。
二人が去った後、少年が現れゴドーの伝言を伝える。今夜は来られないが、明日は必ず来ると。
そして翌日、同じ時刻、同じ場所。
エストラゴンとヴラジミールはまたゴドーを待ち続ける。
(新国立劇場ホームページより)

 新国立劇場のピットの中央につくられた、ほとんど装置のない舞台のうえに、たった1本だけ木が立っている。それも最初は葉っぱも何もない木。3.11の後、映像でくり返し見ている光景――瓦礫の山と化した街に1本だけ残った「希望の松」を想起せずにはおれず、胸を突かれた。現れないゴドーを待ち続ける2人の男たちの会話という「不条理」が、東日本大震災をへて、なんともリアルな光景に見えてくるというのが、今回の上演を見ての最も強烈な印象だった。そして、ポッゾとラッキーの関係に端的に表れている支配・被支配の関係性も、リアルな触感をもって立ち現われてくる。実は、これは記事のアップが遅れた言いわけに過ぎないが、そうした「不条理のリアリズム」とでもいうべき空気をどう受けとめるのか、いまだに整理がついていない。

 橋爪功と石倉三郎のコンビは、いかにも男くさいがどこかすっとぼけた味があって面白い。青年座の山野史人と、東京ヴォードビルショーの石井愃一の2人は「怪演」というほかないだろう。

 なお、岩切正一郎訳による戯曲そのものは『悲劇喜劇』2011年5月号に掲載されている。国内で上演された外国作品の戯曲の翻訳を入手するのは意外に苦労することが多いので、著作権問題をクリアして活字媒体で読めることはありがたい。新国立劇場がこういう役割を担うことは大いに歓迎したい。

【データ】
 作:サミュエル・ベケット
 翻訳:岩切正一郎
 演出:森新太郎

 ヴラジミール:橋爪功
 エストラゴン:石倉三郎
 ポッゾ:山野史人
 ラッキー:石井愃一
 少年:柄本時生

■文学座公演「思い出のブライトン・ビーチ」
2011年5月8日(日)14時開演 全労済ホール・スペースゼロ

 米国の劇作家ニール・サイモン(1927〜)の芝居は、これまで「第二章」「おかしな二人」「サンシャイン・ボーイズ」くらいしか見ていないのだが、文学座によるストレートプレイ「思い出のブライトン・ビーチ」東京公演の楽日のチケットが取れたので、新宿まで出かけた。あらすじは以下のとおり。

 舞台は1937年のニューヨーク、ブルックリン地区の南端にある下層中流階級の住宅地ブライトン・ビーチ。その一角に暮らすユダヤ系アメリカ人家族の物語。4人家族のジェローム家に、母ケート(金沢映子)の妹であるブランチ(八十川真由野)と二人の娘ノーラ(渋谷はるか)とロリー(福田絵里)が同居し、一つ屋根の下に7人が暮らしている。折しもアメリカは大不況の真只中。世の中はヨーロッパからの戦争の波が押し寄せつつあり、暗い雰囲気ばかりが渦巻いている。しかし、ジェローム家の次男坊、ユジーン少年(宮内克也)にはそんな事などお構いなし。野球や小説、そして一つ屋根の下で暮らしている従姉妹のノーラに夢中になっている。このユジーンが解説役となり、兄スタンリー(細貝光司)の職場で起こる給料消失事件やノーラのミュージカル出演騒動、働き者の父ジャック(大滝寛)が過労で倒れるといった事件が巻き起こる。「世界も家族があってこそ」が口癖のケートはこの騒動を治めることが出来るのか?(文学座ホームページより)

 この作品は、ニール・サイモン(1927〜)の自伝的要素が強い作品とも言われている。思春期を迎え、年上の従妹ノーラにあこがれるユジーン少年が、自画像ということになるのだろう。ニューヨーク市のブライトン・ビーチは当時、ユダヤ系、アイルランド系、ドイツ系などの豊かとは言い難い移民が多く住む住宅街だった。そこに2人の息子とともに住むジャック・ジェロームとケートの夫妻の一家に、夫に6年前先立たれてしまったケートの妹ブランチが2人の娘とともに間借りしている。一つ屋根の下でいろいろと助け合って暮らしている2つの家族だが、そこに次々と起こる「事件」によってきしみが生じてくる。そうしたなかで、ブランチが向かいの家に住むアイルランド系の男から食事に誘われた件をきっかけに、ケートとブランチの姉妹がそれまでお互いに胸の内に抱えていた相手への不満をぶつけだす。他方、ノーラがミュージカル出演騒動をきっかけに、ブランチとノーラという母娘の複雑な思いも露わになってくる。家族という存在のどうしようもない鬱陶しさと、にもかかわらずそれなしには生きていけない関係の中で育まれる愛おしさの両面だ、テンポのよい会話の中から浮かび上がってきて、笑いながらも、ほろりとさせられるところの多い好舞台だった。

 同時に、この作品の巧さは、1929年の大恐慌をへて、ニューディール政策はとられていたが停滞状況が色濃い1930年代のアメリカの経済社会動向や、ナチスがドイツからヨーロッパ一円に支配の手を広げつつあり、ユダヤ系の人々の置かれた状況が日々厳しさを増していた国際的な時代状況が、説明的でなく、さらりと、しかし印象深く描き込まれていることだ。しかし、ニール・サイモンの筆は、ユダヤ人の境遇についても単に民族差別の被害者として描いているだけではない。向かいに住むアイルランド人親子にたいして差別的な偏見を抱き続けているケートのあり方を見せることによって、ある種の相対化をおこなっている。それが逆に、ヨーロッパからアメリカに渡ってきた移民たちの実情について、陰影に富んだリアリティを与えている。そして、それは「アメリカ合州国」の歴史のもつ平等と差別の表裏一体性への鋭い批評ともなっているのだ。

 さらには、思春期男子の「性」への関心など、おとなの観客も昔を思い出して笑えるようなエピソードも巧みに盛り込まれているが、これも単に喜劇の材料というにとどまらず、ニール・サイモンの「人間通」を示すものと言ってよいのではないだろうか。

 文学座の7人の面々のアンサンブルはよくまとまっており、なによりテンポ感がいい。とくに、金沢映子の演じるケートと、八十川真由野の演じるブランチの口論の場面、そしてそこに大滝寛のジャックが割って入ろうとする場面で、3人の役者が見せるパワーに引き込まれた。

【データ】
 作:ニール・サイモン
 訳:鳴海四郎
 演出:望月純吉

 父ジャック・ジェローム:大滝寛
 母ケート:金沢映子
 兄スタンリー:細貝光司
 僕(弟)ユジーン:宮内克也
 叔母ブランチ・モートン:八十川真由野
 従姉ノーラ:渋谷はるか
 従妹ロリー:福田絵里

■加藤健一事務所公演Vol.77「コラボレーション」
2011年2月19日(土)18時開演 紀伊国屋ホール

 ドイツの作曲家リヒャルト・シュトラウス(1864〜1949)は、オペラ「エレクトラ」以来共同作業を続けた作家・詩人のフーゴー・フォン・ホーフマンスタール(1874〜1929)に先立たれた後、「ジョセフ・フーシェ」「マリー・アントワネット」など数々の評伝作品で知られるオーストリア出身の作家・評論家のシュテファン・ツヴァイク(1881〜1942)との「コラボレーション」を開始した。こうして完成されたオペラ「無口な女」は、1935年、ドレスデンでカール・ベームの指揮により初演され、続いてグラーツ、ミラノ、チューリヒ、プラハ、ローマで初演されたが、その後はドイツ国内での上演を禁じられる。このことに題材をとった英国在住の劇作家ロナルド・ハーウッド(1934〜)の2008年初演作「コラボレーション」の日本初演。その初日を観た。あらすじは以下のとおり。

 「俺は死ぬ。」――1931年ドイツ。作曲家リヒャルト・シュトラウスは、長年オペラ作りを共にしてきた台本作家ホーフマンスタールの突然の死に絶望していた。そんな夫を見兼ねた妻パウリーネに後押しされ、ある日、作家シュテファン・ツヴァイクと会う事になる。ツヴァイクのオペラの構想を聞いたシュトラウスは、たちまちその才能の虜になり、早速オペラ『無口な女』の制作に取り掛かる。順風満帆の船出に見えた2人のコラボレーションだったが、ツヴァイクはユダヤ人だった…。ナチスの脅威は2人の芸術家にも例外なく黒い影を落とす。シュトラウスは、ある日突然、ナチスドイツ宣伝省のハンス・ヒンケルに「ユダヤ人が関わった『無口な女』は上演できない。」と宣告される。しかし、それで納得できるシュトラウスではなかった。『無口な女』を上演する為、作曲活動を続ける為、そしてユダヤ人である息子の妻と孫達を守る為に、第三帝国音楽局総裁の職を引き受け、ナチスに協力姿勢を見せる。一方ツヴァイクは、猛威を増してきたナチスの動向に、シュトラウスとのコラボレーションは危険だと察し、秘密裏に次のオペラを作ろうと迫るシュトラウスをよそに、秘書のロッテ・アルトマンと身を隠してしまう。1935年。シュトラウスの尽力の甲斐あって、ヒトラー総統の許可を得、ようやく上演までこぎつけた『無口な女』の初日。ドレスデン・オペラ・ハウスの支配人パウル・アドルフは、突然ヒトラー総統の出席がなくなったとの知らせを受ける。その頃、シュトラウスが亡命中のツヴァイクに宛てた手紙がゲシュタポの手に渡っていた――。オペラ『無口な女』は無事に初日の幕を開ける事ができるのか…。そして、二人のコラボレーションの運命は――。(劇団ホームページより)

 この作品に描かれているテーマは、最近、山田由美子著『第三帝国のR.シュトラウス―音楽家の“喜劇的”闘争』(世界思想社、2004年)や、広瀬大介著『リヒャルト・シュトラウス「自画像」としてのオペラ―「無口な女」の成立史と音楽』(アルテスパブリッシング、2009年)などの研究で、日本の音楽愛好家にも知られるようになってきている。それを「ドレッサー」などの舞台作品で知られ、映画「戦場のピアニスト」「潜水服は蝶の夢を見る」などの脚本家でもあるロナルド・ハーウッドが劇化したのだから、観ないわけにはいかない。そして、加藤健一事務所では以前、やはりシューマンの歌曲を巧みに織り交ぜながら、ナチスのオーストリア支配の精神的傷跡を浮き彫りにしたジョン・マランス作「詩人の恋」に圧倒されたこともあり、否が応でも期待が高まる。そして初日から、期待に違わぬ舞台となっていた。

 舞台は、ホーフマンスタールの死によって、オペラの創作意欲の枯渇をおそれるR.シュトラウスのいささか大げさなふるまいから始まる。前半は、大作曲家とその妻パウリーネとの「喜劇的」なやりとりが随所に描かれる。R.シュトラウス愛好家にはよく知られているように、彼は「恐妻家」だったようだ。この夫婦の対話は、彼のオペラ「影のない女」(1919年初演)や「インテルメッツォ」(1924年初演)からヒントを得たのだろう。

 R.シュトラウスは、やがてツヴァイクと知己を得て共同作業を始める。お互いの芸術観なども、劇中でさらりと披歴される。しかし、ツヴァイクの若い助手であるロッテ・アルトマン(彼女はやがて2番目の妻となる)が、外出時にドイツ人の子どもに「ユダヤの淫売」となじられ襲撃されるという事件あたりから、ドラマは一気に深刻さを増していく。そして、1933年のドイツ・ナチス政権の成立により、宣伝相にヨーゼフ・ゲッベルスが就任すると「文化統制」がどんどん強まっていく。作品のなかでは、R.シュトラウスが、息子の妻アリーチェがユダヤ人であり、そのことに目をつけた当局からの脅しをうけながら、第三帝国音楽局総裁を引き受けさせられるという経過が、印象深く描かれる。

 そうした状況のもと、R.シュトラウスは、ぎりぎりの抵抗を試み、ユダヤ人でもあるツヴァイクとの共同作業を続け、ついに1935年、R.シュトラウスはオペラ「無口な女」の完成にこぎつけ、上演を許可させる。ポスターやパンフレットからはツヴァイクの名前が外されているが、それを明記するよう劇場支配人に要求する。だが、その結果、劇場支配人は更迭されるという状況に追い込まれ、その後、R.シュトラウスは、1936年のベルリン・オリンピックの讃歌をつくらされたり、1940年の日本の「紀元2600年」を祝うための祝典音楽を委嘱されたりすることになる。このあたりの「抵抗」と「協力」との線引きの難しさを痛感されられる。観る側は、ある時はR.シュトラウスの苦悩に共感しつつ、ある時は彼の対応に苛立ちを隠さないツヴァイクと思いを共有することになる。言うまでもなく、日本とドイツ・イタリアとは、1940年に「日独伊三国軍事同盟」を結んでいるのであり、このあたりの描写は日本人にとっても鋭い問いを投げかける。舞台は、1942年のブラジルに亡命していたシュテファン・ツヴァイクとロッテ・アルトマンの二人の自殺や、45年のドイツ敗退の過程で空襲に逃げ惑うR.シュトラウス夫妻、さらに48年の非ナチ化委員会に出席し自らの思いを語るR.シュトラウスを、事実と想像とを織り交ぜながら、それぞれ丹念に描いている。

 鵜山仁の演出は、途中に休憩をはさまず、手際の良い舞台装置の出し入れで緊張感を途切れされない。全編にR.シュトラウスの音楽を織り交ぜて、たとえば「ツァラトゥストラはかく語りき」「ドン・キホーテ」「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」などが、その場面ごとに効果的に使われるし、管理人はよく知らないのだが、哀調を帯びた静かなピアノ作品も彼の作品なのだろう。幕切れの「4つの最後の歌」が胸にしみる。

 演技陣もそれぞれ素晴らしい。R.シュトラウス役の加藤健一は、芸術家肌と家族思いの父、ある種の野心家といった側面をあわせもちつつ、いささか能天気な面も含む性格を全身で表現。これに対する妻パウリーネに扮する文学座・塩田朋子が、歯に衣着せず夫をこき下ろす一方で、ナチス政権の圧力から家庭を守ろうとするきっぱりとした人物像をつくりだし、実に巧い。ヒンケルの福井貴一は、R.シュトラウスとは逆に、冷静に社会状況の悪化を見通す悲劇的な知識人像を抑制のきいた演技で表現。ロッテ・アルトマンの加藤忍も瑞々しさも印象的。ハンス・ヒンケルに扮したカトケンJr=加藤義宗は、冷徹なナチスの能吏の雰囲気をよく出していた。登場場面は少ないが、パウル・アドルフ役の河内喜一朗もいい味がでている。

 なお、演出の鵜山仁さんが公演パンフレット収録のインタビューで述べていることだが、「コラボレーション」という言葉は、普通は「協力」という意味だが、ヨーロッパ現代史のなかでは、例えばフランス語の「コラボ」のように「対独協力者」「裏切り者」といった「毒を持った言葉」でもあるらしい。その言葉が標題になっている意味を、しっかりと噛みしめたいと思う。

 公演は2月27日まで。上演期間は長くないが、R.シュトラウス・ファンや、第三帝国と音楽家との関係に関心のある方には、ハナマル印でオススメしたい。

【データ】
 作:ロナルド・ハーウッド
 訳:小田島恒志、小田島則子
 演出:鵜山仁

 リヒャルト・シュトラウス:加藤健一
 シュテファン・ツヴァイク:福井貴一
 ロッテ・アルトマン:加藤忍
 パウリーネ・シュトラウス:塩田朋子
 ハンス・ヒンケル:加藤義宗
 パウル・アドルフ:河内喜一朗

■文学座公演・紀伊国屋書店提携「美しきものの伝説」
2011年2月18日(金)19時開演 紀伊国屋サザンシアター

 劇作家・宮本研(1926〜1988)の作品といえば、以前、2007年に地人会の公演で「ブルーストッキングの女たち」を見ている。そのまんま東(東国原英夫)氏が2006年に宮崎県知事になってからあまり日が経っていない時に、元妻のかとうかずこさんが出演するというので、多少興味本位で観にいった記憶がある。今回観たのは、1968年に文学座のために書き下ろされた「美しきものの伝説」。あらすじは以下のとおり。

 物語は大正元年、伊藤野枝が社会主義活動家・堺俊彦の売文社を訪ね、大杉栄や平塚らいてうに出会う場面から始まる。〈売文社〉〈芸術座〉をめぐって、人々がいかに生き、ハイカラでモダン、モボ・モガが闊歩する美しき時代“ベル・エポック”と呼ばれた大正期は、実は明治史に一大汚点を残したと言われる明治43年の"大逆事件"以来、大いなる挫折のあとの「冬の時代」であった。しかし、そのような弾圧の中でなおすべてに対して挑戦的に、ひたむきに生き抜いた人々がいた。売文社を中心とする堺利彦、その売文社にあきたらず新たに近代思想社をつくった大杉栄、荒畑寒村、また芸術座を中心に活躍する島村抱月、松井須磨子、沢田正二郎、青鞜社を中心とする平塚らいてう、神近市子、伊藤野枝等がモデルとなっている登場人物たち。花を咲かそうとして死んでいったのか…。史実と虚構が入り交じった人物たちの物語が楽しくも哀しく展開していく…。(劇団ホームページより)

 「美しきものの伝説」を文学座が初演した1968年といえば、大学闘争やベトナム反戦運動などで世の中が騒然としていた時期にあたり、演劇分野では従来の「新劇」にたいして、小劇場運動などが新しく盛り上がっていた時期でもあった。その後、新国立劇場やシス・カンパニー、新劇合同公演、さらに直近では昨年暮れの「さいたまネクストシアター」の上演が話題になったばかり。管理人はようやく物心ついたころだが、あらためて今日見ると、そうした1968年という時代の雰囲気が伝わってくる。

 この作品が描いているのは、1910年の「大逆事件」と、その翌年に幸徳秋水ら12人の死刑が執行されてから、1923年の関東大震災による混乱のさなかに大杉栄・伊藤野枝の両名が憲兵隊によって虐殺されるまでの10余年だ。政治の世界では、ここに登場する堺利彦(1871〜1933)や荒畑寒村(1887〜1981)といった人物は、明治社会主義の流れをくみ、この作品の舞台となる「冬の時代」から「大正デモクラシー」の時期を経て、日本共産党の創立(1922年)に参加するが、その後共産主義から社会民主主義に転じていく。これにたいして、大杉栄(1885〜1923)は、この作品でも描かれるように、荒畑と「近代思想」「平民新聞」などを発刊、堺・荒畑とともに「売文社」(1910〜19)で活動したが、幸徳秋水の影響をうけてアナキストとなっていき、先述のように1923年には東京憲兵隊の甘粕正彦によって殺されてしまう(最近は別人の犯行という説もあるらしい)。また、1911年には平塚らいてう(1886〜1971)が女性解放運動の団体「青鞜社」を発足させ、神近市子(1888〜1971)が参加、さらに後には伊藤野枝(1895〜1923)がくわわる。1916年には、伊藤野枝に心を移した大杉を、大杉の愛人だった神近が刃物で刺す「葉山日陰茶屋事件」を起こしている。ちなみに、神近は戦後、社会党選出の衆議院議員にもなっていた。こうして「大正デモクラシー」の時代は「左翼」の分化が起こっていた時代であり、それは1960年代の日本社会党や日本共産党など議会活動を重視したいわゆる「既成左翼」と、直接行動主義を採用していく「新左翼」との対立ともオーバーラップしてくる(なお「既成左翼」「新左翼」という用語は、どちらかといえば後者へのシンパシーを含む感があるため、議論の余地があるが、ここの説明には便利なのでさしあたり採用しておく)。

 他方、演劇の分野では、島村抱月(1871〜1918)や松井須磨子(1886〜1918)らの「芸術座」が芸術性と商業性とを融合させて「復活」で好評を博し、島村と相馬御風による歌詞に中山晋平(1887〜1952)が作曲した劇中歌「カチューシャの歌」は一大ブームとなる(その経緯は、永嶺重敏著『流行歌の誕生―「カチューシャの歌」とその時代』吉川弘文館、2010年、にくわしい)。これにたいして、小山内薫(1881〜1928)は、モスクワ芸術座のスタニスラフスキーらの影響をうけてリアリズム演劇を導入しようとし、関東大震災の翌1924年には築地小劇場を開設する。これが、その後の紆余曲折をへながらも、戦後の新劇運動の源流になる。小山内に師事した久保栄(1900〜58)は、その後プロレタリア演劇運動を経て、戦後は「劇団民藝」の指導者となり、新劇運動の中心的担い手となっていく(「民藝」はもともと「民衆藝術劇場」である)。また、当初は島村抱月に師事していた沢田正二郎(1892〜1929)は、松井須磨子と対立して芸術座を退団し、より大衆的な演劇をめざして「新国劇」を結成し、剣劇ものなどで独自の世界をつくっていく。しかし、きわめて大雑把な言い方になるが、こうした新劇や商業演劇の流れを否定するような形で、先述のように1960年代以降「新左翼」運動とも共鳴する面も含みながら、アングラ演劇、小劇場運動が盛り上がっていた。この作品の第2幕の前、いわば「幕間狂言」の形で、神楽の衣裳をつけた男女がシャウトするような言葉づかいでオスカー・ワイルドの「サロメ」を上演する場面があるが、これはそうしたアングラ演劇のパロディーとも言えるだろう。

 この作品のいわく言い難い感じは、以上のような歴史をふまえて書かれていることと、深く結びついているのだろう。すなわち、既成の社会運動への対抗的な動き、作品中でいえば大杉栄・伊藤野枝らのアナキズム、サンジカリズムに心情的にシンパシーを表しているように見えながら、それが文学座というれっきとした既成の新劇劇団のために書き下ろされたということだ。43年前の初演時、この作品が当時の観客にどのような見方をされたのだろうかということを想像しながら、それを「追体験」することを意識して舞台を注視していた。同時に、冒頭で石川啄木の「時代閉塞の現状」が引用され、2011年の日本の政治・経済・社会状況との重なりも感じさせられる。「閉塞感」はおそらく、高度成長期のさなかにあり、同時に立場の違いを超えて「演劇で世界を変える」といった言葉が影響をもっていた1968年当時より、43年後の今のほうがはるかに深いのではなかろうか。

 今回の舞台は、大半が20〜30代の若いキャストによって演じられている。役柄で得をしている面があるが、クロポトキン(大杉栄)に扮した城全能成がかっこよく存在感を放っている。これにたいして、四分六(堺利彦)の松角洋平は、ぬけぬけとした老練な食えないオヤジという感じを強調する。先生(島村抱月)の得丸伸二は、その尊大な雰囲気を滑稽に演じる。野枝を演じたのは、以前「女の一生」の布引けいに抜擢された荘田由紀で、屈託のない奔放な女性像を衒わずにつくるが、もう少し“影のある女”でもよいように思われた。

 ところで、あらためて気づいたことだが、この作品の初演当時、荒畑寒村、平塚らいてう、神近市子の3人は存命だったわけだ。作品のなかの世代間対立は、1968年当時もリアリティをもって受けとめられていたということだろうか。

【データ】
 作:宮本研
 演出:西川信廣

 松井須磨子:……
 先生(島村抱月):得丸伸二
 ルパシカ(小山内薫):星智也
 早稲田(沢田正二郎):鍛治直人
 音楽学校(中山晋平):岸槌隆至
 学生(久保栄):佐川和正
 クロポトキン(大杉栄):城全能成
 暖村(荒畑寒村):石橋徹郎
 四分六(堺利彦):松角洋平
 野枝(伊藤野枝):荘田由紀
 モナリザ(平塚らいてう):松岡依都美
 サロメ(神近市子):鈴木亜希子
 幽然坊(辻潤):神野崇
 尾行:関輝雄
 突然坊:清水馨
 女給:石川ひとみ
 男優:山森大輔、高塚慎太郎、永尾斎
 女優:牧野紗也子、木下三枝子、石川ひとみ

■新国立劇場演劇公演・日韓合同公演「焼肉ドラゴン」
2011年2月12日(土)18時30分開演 新国立劇場小劇場

 2008年に初演され、その年の演劇界の賞を総なめにしていった「焼肉ドラゴン」の再演。初演当時チケットを入手できず観そびれたので、今回はどうしても観ておきたいと思っていた。舞台は「関西地方都市。I空港そばの朝鮮人集落N地区」となっており、1969年春から1971年春までの2年間という設定だ。あらすじは以下のとおり。

 万国博覧会が催された1970年、関西地方都市。高度成長に浮かれる時代の片隅で、焼肉屋「焼肉ドラゴン」の赤提灯が今夜も灯る。店主・金龍吉は太平洋戦争で左腕を失ったが、それを苦にすることもなく淡々と生きている。家族は、先妻との間にもうけた2人の娘、後妻・英順とその連れ子、そして英順との間に授かった一人息子……ちょっとちぐはぐな家族と、滑稽な客たちで、今夜も「焼肉ドラゴン」は賑々しい。ささいなことで泣いたり、いがみあったり、笑ったり……。そんななか、「焼肉ドラゴン」にも、しだいに時代の波が押し寄せる……。(公演パンフレットより)

 作品のモデルとなったのは、公演パンフレットの大笹吉雄氏の一文によると「大阪国際空港の北西に接し、滑走路と猪名川との間に挟まれた在日コリアン集落の伊丹市中村地区」ということだ。この集落自体は、高度成長期の立ち退きによって、今はなくなってしまっている。ただし、作品のなかでは、その具体的な場所を示す言葉は出てこず、大阪国際空港(伊丹空港)の間近にあることだけが示される。作中に唯一出てくる地名は、集落から歩いて(リヤカーで)2〜3時間かかるところにあるという「豊中」だけだ。空港をはさんだ反対側の豊中市で、ちょうど作品に描かれている時期に小学生時代を過ごした管理人としては、時代と地域の空気が皮膚感覚として伝わってくる。豊中市の東隣にある吹田市の丘陵地帯では1970年、大阪万博が開催される。三波春夫の「世界の国からこんにちは」がしじゅう聴こえ、岡本太郎の「太陽の塔」が燦然と聳え立つ。神崎川は工場排水と生活排水で臭い泡がぼこぼこと音を立てる。70年の日米安保条約自動延長の時期とも重なり、学生運動やベトナム反戦運動が盛り上がって騒然としている。他方、万博開催を機に、町の雰囲気が大きく変化していく。駅のまわりから闇市の名残のようなバラックが姿を消し、大阪駅前の地下街から傷痍軍人の乞食(鄭義信脚本の映画「愛を乞うひと」に印象深く描かれる)が一掃され、市バスの回数券をもぎってバラ売りするおばちゃんが姿を消したのも、大阪万博がきっかけだったろう。

 作者の鄭義信は、そうした時代の大阪周辺の在日コリアン集落の2年間を、彼らの「喜怒哀楽」をこめて描き出している。そして、そこから在日コリアンのたどった戦前・戦中・戦後の歴史が、見事に浮かび上がってくる。太平洋戦争で日本軍に組み込まれたこと、戦後の1948年の済州島4・3事件での弾圧で多数の同胞を殺されたこと、50〜60年代には炭鉱労働者として働く者が少なくなかったこと、それが「エネルギー革命」による石炭産業の斜陽化で万博特需に湧く大阪周辺の建設現場に日雇い労働者として流入してきたこと。だが、一般の企業にはなかなか就職できず、ましてや公務員にもなれず、劇中のせりふでいえば「パチンコ、焼肉、ヘップ、屑鉄」で暮らしを立てるしかなかったこと(「ヘップ・サンダル」は死語だが…)。そうした境遇から抜け出すには、芸能界をめざすか、猛勉強し日本国籍をとってエリートコースをめざすという選択肢しかなかったこと(1998年に自殺した新井将敬衆議院議員は後者の典型例)、等々。

 それだけではない。作品では、最後に「焼肉ドラゴン」の店主夫妻の3人の娘たちが、長女は夫と一緒に「帰国事業」で北朝鮮にわたり、次女は再婚相手の韓国人と一緒に夫の郷里の韓国に渡り、三女は日本人と結婚・出産して日本にとどまるというように、バラバラになっていく。それぞれのカップルの前途への希望を描いているが、言うまでもなく、北朝鮮は金日成政権独裁体制を確立し、帰国事業で戻った人々は困難な境遇におかれることになったし、韓国は朴正煕政権とそれに続く全斗煥政権下にあり、87年の民政移行までは厳しい軍事的支配がおこなわれた。「一生会えなくなるわけではない」という趣旨のせりふが出てくるが、少なくとも北朝鮮に渡った長女夫妻が、他の人々と会うことはかなわなくなるだろうことを、観客は想像せずにいられない。このように、21世紀の日本と東アジアの歴史までを見通した巧みな仕立てのドラマとなっている。

 とはいえ、決して深刻な作品ではない。テンポの良い、軽快なタッチの作品で、全体はコメディータッチで描かれる。途中、吉本新喜劇・桑原和男の往年のギャグ「ごめんください、どなたですか、お入りください、ありがとう」まで引用される。当時の流行歌や「オー、モーレツ」「男は黙って…」などの流行語もふんだんに盛り込まれ、かなりドタバタ喜劇のようにも見える。だが、在日コリアンたちへの厳しい差別による悲劇、あるいは「総連」「民団」の対立のおとした影なども鋭く描きこまれる。出演者たちの練られたアンサンブルのもと、登場人物の悲喜こもごものやりとりに、観客もあちこちで笑いながら、あるいはホロリとさせられながら、日本と朝鮮半島の近現代史に思いをはせることになる。なかでも最後の「焼肉ドラゴン」の主人の抑制のきいたせりふに、集中して耳を傾けざるをえない。「喜怒哀楽」の縮図、作品の中のせりふを借りれば在日コリアンたちの「運命」「宿命」に、みずからを同化させずにはいられない。鄭義信の台本といえば、広く知られているのは、崔洋一監督の「月はどっちに出ている」「血と骨」など一連の映画だろうが、そうした作品にも通底する「歴史と現代への問い」で貫かれている。

 個人的には、見終わって、近所に住んでいた在日1世のクズ屋のおばあさんの孫娘がべっぴんのスケ番だったことや、日本名を名乗っていた同級生の女の子がホームルームで突然「コリアン宣言」をしたことなど、小中学生時代のいろんなことが思い出された。同時に、「日帝36年」の植民地支配と戦争によって、その後の「南北分断」を経た今日の状況にも直接・間接の責任を負っているという事実に、一日本人としてどう向きあうのかを、あらためて問いかけられるような舞台でもあった。

【データ】
 作・演出 鄭義信
 翻訳:川原賢柱
 美術:島次郎
 照明:勝柴次朗
 音楽:久米大作

 金龍吉(「焼肉ドラゴン」店主):申哲振
 高英順(龍吉の妻):高秀喜
 金静花(長女):粟田麗
 金梨花(次女):占部房子
 金美花(三女):朱仁英
 金時生(長男):若松力
 清本(李)哲男(梨花の夫):千葉哲也
 長谷川豊(クラブ支配人):笑福亭銀瓶
 尹大樹(静花の婚約者):朴帥泳
 呉信吉(常連客):佐藤誓
 呉日白(呉信吉の親戚):金文植
 高原美根子(長谷川の妻)、高原寿美子(美根子の妹・市役所職員):水野あや
 阿部良樹(アコーディオン奏者):朴勝哲
 佐々木健二(太鼓奏者):山田貴之

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