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■新国立劇場演劇公演「ヘッダ・ガーブレル」
2010年9月19日(日)13時開演 新国立劇場小劇場

 新国立劇場の演劇部門の新シーズン。演出家の宮田慶子さんが芸術監督に就任して、「JAPAN MEETS――現代劇の系譜をひもとく」というシリーズをおこなうことになった。宮田さんは「近代以降、日本の演劇は世界の優れた演劇と出会うことで進化を続け、今や縦横無尽に枝を張り巡らせた大木となっています。今こそ、その太い幹をたどり、大きな枝分かれを確認することによって、現在の立ち位置を検証し、未来への財産としたいというのが、このシリーズの趣旨です」と語っている。そのオープニングに取り上げられたのは、近代劇の父とも呼ばれるノルウェーのヘンリック・イプセン(1828〜1906)の「ヘッダ・ガーブレル」。イプセンの作品としては「人形の家」が有名だが、それよりも後の1890年、62歳の時に書かれている。あらすじは以下のとおり。

 亡きガーブレル将軍の娘ヘッダと夫である文化史の研究者ヨルゲン・テスマンが、半年におよぶ新婚旅行から帰ってくる。新居での朝をおばユリアーネ・テスマンやお手伝いのベルテに迎えられたヘッダの表情は暗い。旅行中、テスマンは研究に夢中で、ヘッダは退屈に過ごしていた。そのこと、エルヴステード夫人が夫を捨て、レーヴボルグを追ってこの町にやってきた。テスマンの長年のライバルであるレーヴボルグは、新しい本を出版し、先に帰って来ていたのだ。テスマンはレーヴボルグを家に招き、ブラック将軍が催すパーティーに一緒に出かける。そこでレーヴボルグは酔っぱらい、大事な未発表原稿を落としてしまう。愛と憎しみ、凡庸と非凡、夢と野望――。原稿をめぐるヘッダとテスマン、友人たちそれぞれの想いは、思いがけない結末へと渦巻いていく。(公演パンフレットより)

 日本の近代演劇は、イプセンとともに始まったと言ってよいだろう。1909年に「ジョン・ガブルエル・ボルクマン」が上演されたのに続いて、1911年には島村抱月訳・演出による「人形の家」が上演された。主人公ノラを演じたのは松井須磨子。このあたりの話はもはや演劇史の域をこえて、高校日本史の教科書などにも出てくる。この年の9月、平塚雷鳥が『青鞜』を創刊しており、翌10月号で「ヘッダ・ガーブレル(ガブラー)」の特集が組まれている。まさしく「新しい女」の時代の到来を象徴していた。

 この作品の主人公ヘッダは、おそらくきわめて優れた知性の持ち主だが、当時の社会のなかでは、真面目だが凡庸な学者の妻=専業主婦になるしかなかったという設定。しかも長い新婚旅行のなかで、実は愛情をほとんど感じていない夫の子どもを身ごもったが、夫はそのことに気づいておらず、ますます苛立ちを募らせている。これにたいして、ヘッダと昔恋愛関係にあったと思われるレーヴボルグを追って、ずいぶん年上の男性の後添いになったがそのことに不満を募らせているエルヴステード夫人が訪ねてくる。このエルヴステード夫人こそ「人形の家」のノラに近いと言えようか。終演後のシアタートークで、演出家の宮田慶子さんも語っていたが、ノラの苦悩よりも、むしろヘッダの苦悩のほうが、現代の女性には共感しやすいかもしれない。他方、同じ文化史の学者でありながら、中世手工業にかんする手堅い研究をこつこつ続けるしか能がなく、人間関係の機微についても鈍感な夫ヨルゲンにたいして、レーヴボルクは時代の先端の感覚を嗅ぎ取ることができる天才肌の研究者のようだが、女性関係にはだらしなくアルコール依存症になったようだった。しかし、そのレーヴボルクがエルヴステード夫人の助けを借りて「再起」を果たし、彼の研究が話題になることで、ヨルゲンは手に入れるはずだった大学教員の口が脅かされていることに気づく。また、エルヴステード夫人の登場と、彼女の助力によってレーヴボルグが研究を仕上げたという事実を前に、ヘッダはおそらくエルヴステード夫人に激しい嫉妬に似た感情を抱くようになっていく。イプセンの感情の描き方は実に周到で、その細やかさに息をのむ。さらに、ブラック判事が、レーヴボルクの死に至る経過にヘッダがからんでいることを見抜き、彼女に対して支配的地位にたつようになる。自らの思いのままにふるまおうとしたヘッダが、逆に自らの「自由」な行動によって、次第にがんじがらめに束縛されつつあることを直視せざるをえなくなるというパラドックスが露わになる。その意味で、人間への洞察の深さとスリリングな展開にひきつけられた舞台となった。

 イプセンの原作自体は、岩波文庫版(原千代海訳)で以前に読んだことがあった。今回の上演では新訳を使用した。これは、ノルウェー人女性のペータスにかなり直訳的に訳してもらったうえで、演出家とドラマトゥルグの長嶋氏とが共同で日本語を選びなおしていくという、相当に周到な作業をおこなったそうだ。宮田氏の考えるそれぞれの人物像を、訳語の選択にも生かしていこうという試みだったようで、こういう入念な作業は大いに注目されてよいだろう(台本は『悲劇喜劇』9月号に掲載)。

 大きな額縁のような枠の中に、テスマン夫妻の新居をこしらえた装置のなかでは、手前の部屋と奥の部屋との間に下がっているガーブレル将軍の巨大な肖像画が威圧的な空気を醸しだす。役者はいずれも的確な演技だったのではないか。主人公ヘッダは、あたかもその父親の亡霊の圧迫から逃れようとして、結局果たせずにいるようにも見えてくる。気位が高く奔放なようで、実は強いストレスを感じながら生きているヘッダの人物像を、大地真央は凛とした演技で表現している。彼女の生の舞台はあまり見たことがなかったのだが、さすが宝塚のトップをはってきた人に共通する独特のオーラがあるし、口跡が実にきれいなのもよい。夫ヨルゲンに扮した益岡徹と、天才肌のレーヴボルグに扮した山口馬木也も好対照。さらに、ブラック判事役の羽場裕一は、一見紳士的だが奸知に長けた男を巧みに造型している。七瀬なつみは、以前新国立劇場で観た「屋上庭園/動員挿話」の時を思い出させるややエキセントリックな演技で、エルヴステード夫人の世間知らずの雰囲気が伝わってくる。管理人にとって嬉しかったのは、「バイオニック・ジェミー」の声で昔懐かしい田島令子が、敬虔なクリスチャンで保守的な生活感覚をもつ叔母ユリアーネに扮していたこと。また、お手伝い役には俳優座のベテラン青山眉子が配され、抑制のきいた演技で舞台を引き締めた。

【データ】
 作:ヘンリック・イプセン
 翻訳:アンネ・ランデ・ペータス
    長嶋確
 演出:宮田慶子

 ヨルゲン・テスマン(文化史の研究者):益岡徹
 ヘッダ・テスマン夫人(彼の妻):大地真央
 ユリアーネ・テスマン夫人(彼のおば):田島令子
 エルヴステード夫人:七瀬なつみ
 ブラック判事:羽場裕一
 アイレルト・レーヴボルグ:山口馬木也
 ベルテ(テスマン家のお手伝い):青山眉子

■こまつ座&ホリプロ公演――井上ひさし追悼公演「黙阿彌オペラ」
2010年9月5日(日)13時開演 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ

 今年4月に亡くなった劇作家の井上ひさしさんは、沖縄戦を題材にした「木の上の軍隊」という新作を書く予定だったが、その志はついに果たせなかった。この新作のために、藤原竜也、吉田鋼太郎、北村有起哉という面々が結集する予定になっていたが、井上さんが新作の執筆を断念する代わりに、本人自ら強く上演を望んだのが、1995年にこまつ座で初演された「黙阿彌オペラ」だったという。なかでも五郎蔵役を藤原竜也くんにやってほしいというのは、作者自身の強い希望だったそうだ。あらすじは以下のとおり。

 江戸末期、後の黙阿弥こと河竹新七(吉田鋼太郎)は、しがないざる売りの五郎蔵(藤原竜也)と互いに川に身投げしようとしたところを、引き止め合う。蕎麦屋で、お互いの境遇を語り合う。店主のとら(熊谷真実)に身の上話を聞いてもらったふたりは、翌年同日に同じ場所で会おうと約束する。
 1年たった約束の日、蕎麦屋に、おせんという少女が置き去りにされていた。とらはお店の切り盛りと、おせんの世話に追われ、忙しくしている。売れない噺家の三遊亭円八(大鷹明良)が隙を見て食い逃げをしようとするが、ちょうどやってきた新七に止められる。新七は、最近書いた新作芝居が大当たりしていた。五郎蔵を待っていると、若旦那風の久次(松田洋治)がやってくる。五郎蔵から金を預かってきたという。そこに流れ込んできた怪しい貧乏浪人、及川孝之進(北村有起哉)は、久次が川に身投げして同情を誘い、人から金をせしめていた、と暴きだす。久次は、五郎蔵は島送りになり、弟分だったと語る。騙したのは五郎蔵に罪を着せた者で、つまり仇討なのだ…と明かす。全員の素性が明らかになったところで、とらは「おせん株仲間」の結成を言い出す。みんなで少しずつお金を出し合い、そのお金でおせんを育て、全員の子供として育てようという提案であった…。
 時代が明治に変わり、おせん(内田慈)は成長しフランスに行くことになる。株仲間もそれぞれ成功をつかんでゆく。とらが亡くなり、出戻りの娘おみつ(熊谷真実)が、店をひきつぐ。株仲間は銀行を創め、新しい時勢に乗っかろうとする。しかし新七だけはその変化に違和感を感じ、ついていけない。そんな折、新七にオペラを書いてみないかという依頼が舞い込む。果たして新七はオペラを書くのか…。(ホリプロ・ホームページより)

 この夏、どうしても観たかったのが「黙阿彌オペラ」の舞台だった。しかし、東京公演を応募したものの、抽選で外れてしまった。試しに大阪公演を応募してみたら当たったので、ついでに帰省の用事をつくり、前日の夜に青年劇場公演「島」を観た後、交通費を安くあげようとJRバスの「ドリーム号」で帰阪した。我ながら物好きなことだ。別に藤原竜也君の「追っかけ」ではないので念のため。

 作品は、見事なまでのヒューマンドラマと言ってよいだろう。ここに登場する人物は、おそらくは天才的な劇作家である河竹黙阿彌を除いて、どこか1本抜けている市井の庶民たちだ。それが、幕末から維新にかけての時代の大激動のなかで翻弄され、もがいたり、壁に頭をぶつけたりしながら生きている。とりわけ、妻に先立たれ、残された娘を養女に出したが、奉公人同然の扱いで幼くして死んでしまったため、一旦は自殺を試み、さらに恐喝犯にでっちあげられて人足寄場送りにされる五郎蔵をはじめ、蕎麦屋に偶然集まってくる人々の結びつき、心の通いあいのネットワークが、実にハートフルだ。そのなかで、捨て子だったおせんの成長のために「株仲間」を結成して一肌脱ごうという、いわば「足長おじさん」的なエピソードも人間味にあふれている。そして、市井の人間の生きざまをリアルに描くことの発見を契機に、劇作家として飛翔していく存在として、河竹新七(のちの黙阿彌)の人物像をつくりあげているところも面白い。

 ところが第2幕では、明治維新を境にして、金禄公債証書をもとにした国立銀行開設の話に、黙阿彌以外の人々が乗っていくところから、彼・彼女らのネットワークにはすきま風が吹き始める。そして、銀行のもくろみは脆くも崩れ去り、五郎蔵、円八、久次、孝之進の4人は世をはかなんで身投げを試みる。この作品の初演は1995年で、ちょうど80年代後半から90年代初頭にかけてのバブルが崩壊し、住専問題をはじめ金融界の不祥事がさまざまな形で噴出した時期だった。同時に、商店街の小さな商店は、阿漕なデベロッパーによる地上げや、大型ショッピングモール進出などのあおりで転廃業を余儀なくされ、共同体の崩壊に拍車がかかった時期でもあった。そして今日、グローバリゼーションへの対応に名を借りて、経済のしくみは、いっそうマネーゲーム中心に変容しつつある。作者は、明治維新期の激動にこと寄せて、現代日本の拝金主義が横行する状況に鋭い風刺をおこなったと見ることができよう。

 「この作品には、大きくて力強くて深い根っこがいくつもあります」――演出家の栗山民也氏は、公演パンフレットに寄せた一文にこう書いている。栗山氏によれば、その「根っこ」はこうだ。
 一、江戸から明治へという大きな時代の転換。一、黙阿彌が創作のモチーフとした金。一、株仲間という小さな共同体が銀行という大きな階級社会に変わってゆく経済のしくみ。一、日本独自の文化が西洋のオペラに強要されるという国家主義による残酷な切り捨て。
 さらに、栗山氏は「それらが評伝劇という幹に沿っていくつもの枝葉をのばしてゆく。しかも黙阿彌は狂言役者ですから、他の作家の評伝以上に井上さん自身の自己投影が強い」と述べているが、きわめて的確な論評だろう。

 栗山民也の演出は、全体としては速めのテンポの科白まわしで、気風のいい江戸の庶民の心意気を印象づける。ポンポンと威勢のいいやりとりが、黙阿彌流の七五調も時折交えながらくりひろげられる。しかし、登場人物の思いを語らせるところでは、ぐっとテンポを落とさせる。この緩急のつけ方が見事で、笑いあり、涙ありの井上ワールドに客席を引き込み、3時間半まったく退屈させない。

 役者もそれぞれ堂にいっている。五郎蔵役の藤原竜也は、以前から単なる人気先行でない天才的なところを感じていた俳優だが、やや低めのトーンの声で、初めて演じたという時代劇の庶民の役をしっかりこなした。河竹新七役の吉田鋼太郎は、科白まわしに独特の「吉田節」が出る役者だが、それが歌舞伎台本作家の雰囲気を出すことに奏功している。祖母とらと孫娘おみつの二役を演じた熊谷真実が、実にいい味をだしていているが、ややノドを傷めていたように思われたのは気のせいか。後の出演者もそれぞれ個性を発揮し、東京公演以来1カ月ほどたって、科白の間合いも絶妙になっている。

【データ】
 作:井上ひさし
 演出:栗山民也

 とら/おみつ:熊谷真実
 河竹新七:吉田鋼太郎
 五郎蔵:藤原竜也
 円八:大鷹明良
 久次:松田洋治
 及川孝之進:北村有起哉
 おせん:内田慈
 陳青年:朴勝哲

青年劇場公演「島」

■青年劇場第102回公演「島」
2010年9月4日(土)18時30分開演 紀伊国屋サザンシアター

 青年劇場が堀田清美の「島」を上演した、その初日を観た。この「島」という作品は、1957年劇団民藝によって初演され、被爆者の実相を初めて描いた戯曲として反響を呼んだ作品ということで、同年第4回岸田國士戯曲賞を受賞している。あらすじは以下のとおり。

 広島県呉市に近い瀬戸内海の島。栗原ゆうは次男の勉を戦争で亡くした後、長男の学と長女の史と共に暮らしている。1951年の3月下旬のある日、ゆうの家では川下きんや中学教師の毛利が集まり、村の清盛祭の話をしている。そこへ東京で働いている清水徳一が十何年ぶりに顔をみせる。徳一は、同級生だった学が広島で被爆した悲惨な体験をゆうやきんから聞かされる。彼らは地獄絵のような広島の光景を未だに細かく記憶し、忘れられずにいる。学は村の中学教師をしており、教え子の玲子、きんの息子の邦夫らに慕われている。自然が豊かでのどかな村の生活の背後には古い家の因習が厳然と存在し、玲子の家が裕福な旧家である一方、邦夫の家では海辺の魚雷を解体する仕事を請け負ってはお金を手にしている。戦争中の朝鮮で需要があるからであり、その斡旋をしているのが、ゆうの弟の大浦である。翌日、瀬戸内海を見下ろす禿げ山の上で、徳一と学は再会する。12年前は学の優秀さにかなわないと感じていた徳一だったが、今では学の方が東京で働く徳一をうらやましく思っている。島の暮らしを問題視する徳一と、被爆体験によって人間が生きようとする意志の力を知った学の考え方はことごとく対立する。2ヶ月後、学は造船会社への就職と玲子との結婚とを考え始めている。だが、家の格差があることや学が被爆者であることを知っている親達は二人の結婚を現実的に無理だろうと思っている。そんな中、魚雷の爆発で夫を亡くしたきんは大浦への恨みをぶつけ、父の死後不良になってしまった邦夫は包丁で刺そうとする事件が起きる。そして翌年の3月、事件の後、邦夫は失踪し、きんは白血病でふせっている。未だに症状が出る被爆の恐怖を誰もが感じ、清盛祭の賑やかさの中きんは息を引き取る。学もまた、自分の身体の変調に不安を覚えており、原爆の不幸を玲子にも一緒に背負わせたくないため、彼女を愛しているにもかかわらず結婚を断念するのだった。(国際交流基金「Perfoming Arts Network Japan」の「日本の現代演劇データベース」より)

 作者の堀田清美(1922〜2009)は、1945年日立製作所亀有工場に入社し、「自立演劇運動」と呼ばれる職場の労働者たちによる演劇運動にかかわった後、いわゆるレッド・パージで解雇され、1954年12月に劇団民藝に入団、その後同劇団からも離れた。この作品は、堀田氏の生まれ故郷である広島県倉橋島(現・呉市)を舞台にしている。主人公の栗原学は、広島高等工業専門学校の学生だった当時、広島で被爆した後、出身地の島に帰って中学校教師をしているという設定。この主人公にはモデルがいて、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)代表委員の坪井直さん。実際のところ、堀田氏の弟と坪井さんとが幼なじみだったという。

 作品は、第1幕で、日本の敗戦から6年しか経っておらず、島には封建的な上下関係が色濃く残る一方で、朝鮮戦争による「特需」がにわか景気をもたらしているという状況のなかで、被爆者への差別や原爆症の恐怖に苦しむ青年教師を中心にしつつ、彼を取り巻く青春群像を丹念に描いている。ドラマは第1幕の最後、魚雷の解体作業に失敗した爆発音が轟き、主人公の一家の近くに住む川下家の当主と長男が事故死するところから大きく展開する。第2幕では、主人公と元教え子のお嬢さんとの不器用といってもいいくらい純情な恋模様を縦軸に、そして、広島原爆投下の翌日に入市したため残留放射能の影響をうけた貧しい漁民の妻・川下きんの白血病発病とその死を横軸にして、被爆者たちの置かれた状況がリアルに形象化されている。幾多の困難や悲しみを乗りこえつつ、主人公は最後に、被爆者として生きぬく意欲をはっきりと口にする。

 きわめて重厚な作品だ。上演時間も休憩をはさんで3時間半近くに及んだ。日本の戦後演劇史に残る戯曲であり、もとは劇団民藝のレパートリーだったが、堀田清美と劇団民藝との対立があって以降、アマチュア劇団の場合を除き、上演は事実上封印されてきた。青年劇場のアプローチに応えて、最晩年の堀田が上演を許可したため、今回の上演に至ったという。まずはこういう作品を再演したこと自体、高く評価されてよいだろう。初日は結構若い観客が多かったことが目を引いた。

 藤井ごうの演出は、青春群像の部分をテンポ良く描き、この重厚な作品を決して暗くしてしまうことなく、まとめあげている。そのため、3時間半という上演時間の長さを忘れさせる求心力を、特に第2幕で発揮している。前半では、若い男優陣がいささか肩に力の入り過ぎている印象もあったが、ベテラン勢が舞台を引き締め、第2幕では高い集中力の発揮された舞台となった。

【データ】
 作:堀田清美
 演出:藤井ごう

 栗原ゆう:上甲まち子
 栗原学(ゆうの息子):清原達之
 栗原史(ゆうの娘):崎山直子
 大浦(ゆうの弟):吉村直
 川下きん:藤木久美子
 川下菊夫(きんの長男):鈴木匡史
 川下邦夫(きんの次男):真喜志康壮
 新谷正:岡山豊明
 清水徳一:北直樹
 毛利(中学図工教師):矢野貴大
 山岡先生:渡辺尚彦
 木戸玲子:伊藤めぐみ

■ホリプロ公演――トム・ストッパード「ロックンロール」
2010年8月21日(土)18時開演 世田谷パブリックシアター

 午後まで仕事だったが、早めに切り上げて銀座ニコンサロンで「桑原史成写真展――激動の韓国<その四半世紀の記録>」を見てから三軒茶屋に向かい、英国の劇作家トム・ストッパードの「ロックンロール」を観た。2006年、ロンドンのロイヤルコート劇場で初演された作品。大学時代の先輩にあたる演劇研究者が新聞の劇評で評価していたのにくわえて、某劇団のベテラン俳優が台本は難しいが面白いと語っていたのに触発された。

 トム・ストッパード(1937〜)といえば、もともとチェコ出身で、幼少期にドイツの侵攻を逃れ、シンガポールに亡命し、さらに日本の侵攻によってインドに疎開したという経験をもっているそうだ(シンガポールに留まった父親は殺されている)。昨年は大作「コースト・オブ・ユートピア」(蜷川幸雄演出)の上演が日本の演劇界で話題になった。あの作品は19世紀のヨーロッパを舞台に、ロシア出身の思想家ゲルツェンと無政府主義者バクーニンの交友を軸にして、社会変革を志す人びとの姿を描いていた。バクーニンへの入れ込み具合については率直に言って違和感を抱いたことを含め、観劇記は以前書いたことがある。
 http://blogs.yahoo.co.jp/dsch1963/34154632.html
 今回は、1968年の「プラハの春」から1990年の「ビロード革命」に至る時期のケンブリッジとプラハを舞台に、マルキストの老教授マックスと、彼の弟子で「プラハの春」を契機に祖国チェコスロヴァキア(当時)に帰国したヤンとの葛藤と和解を軸にしている。一見「ロックンロール」というタイトルから、ロック・ミュージカルのような舞台を想像してしまうが、内容はいたって硬派のストレート・プレイだ。あらすじは以下のとおり。

 ケンブリッジ大学の教授マックス・モロー(市村正親)はマルクス主義を唱える学者。彼の教え子であり、時代に翻弄されながらも生き抜くチェコ人ヤン(武田真治)。ときは1968年ケンブリッジ。フラワーチルドレンのエズミ(前田亜季)は、パイパー(実はシド・バレット)の吹く笛を聴いていた。そこに、ヤンが現れる。ロックンロールを愛する彼は、ロックと家族を守るため「プラハの春」が起こったチェコへ帰国することを決意したのだった。エズミはヤンに密かな恋心を抱いていた。そんなヤンを快く見送ることがマックスにはできない。マックスの妻、エレナ(秋山菜津子)は癌を病んでいた。チェコに帰国したヤンを待っていたのは、秘密警察の取調べだった。ヤンの友人ファーディナンド(山内圭哉)はドプチェク解放の署名を求めるがヤンは断る。そんな彼のもとにマックスがたずねてくるが、ヤンはマックスの言葉を聞かない。一方、イギリスではエレナが、レンカ(ヤンと同じチェコ人)に古典を教えていた。エレナが席を外した束の間、レンカはマックスに、ヤンが逮捕されたことを告げる。チェコのロックグループの権利を守ろうという嘆願書に署名をしたせいだった。エレナの病状は進んでいた。マックスはエレナを抱きしめることしかできない。1976年冬、プラハ。部屋に戻ってきたヤンの前に、砕かれたレコードが散らばっていた。それから20年以上たった1990年のイギリス、ケンブリッジ。マックスのもとにヤンがやってきた。ヤンとの突然の再会に驚くエズミ(秋山菜津子)。人々の想いは、静かに絡みあいながら、進んでいく。(ホリプロ公式ホームページより=役者名追加)

 舞台は1968年初夏のケンブリッジで、いわゆる「プラハの春」を機に祖国に帰ろうとするヤンが教授のマックスに別れの挨拶にくるところから始まる。「プラハの春」といえば、民主化運動の高まりを背景に、アレクサンデル・ドプチェク第一書記(1921〜1992)らチェコスロヴァキア共産党指導部が複数政党制の導入など「民主化」を図ったところ、ソ連を中心とするワルシャワ条約機構5カ国軍がチェコスロヴァキア国内に侵攻し、ドプチェクが放逐され、ソ連に追従するグスターフ・フサーク(1913〜1991)が後釜に据えられて、思想統制が一段と強まった。以下、舞台はクロノロジカルに進行し、第1幕は1977年の「憲章77」が盛り上がり抑え込まれた時期までを描いている。後半の第2幕は、それから10年経った1987年から、共産党政権が崩壊した1990年までを描いている。栗山民也演出の舞台は、ケンブリッジの大学教授マックスの家と、プラハに帰ったヤンのアパートとを、回り舞台にして手際よく転換していく。

 きわめて歯ごたえのある作品だ。チェコスロヴァキアの現代史――68年の「プラハの春」とソ連等による弾圧の過程、そのなかで反体制抵抗運動の中心的役割を担ったヴァーツラフ・ハヴェルの存在、文化人243人が署名した「憲章77」運動、さらに80年代後半のソ連・ゴルバチョフによる「ペレストロイカ」の影響、等々は最低限知っておかないと理解しにくい。また、劇中でマックスが所属していることになっているイギリス共産党のソ連とのつながりの深さと、その後のソ連離れ=「ユーロ・コミュニズム路線」の採用といった動きも承知しておかなくてはなるまい(イギリス共産党は、ソ連共産党崩壊と相前後して解党している)。さらに、ヴァーツラフ・ハヴェルと、『存在の耐えられない軽さ』で知られる作家ミラン・クンデラとの論争といった事柄も作品に織り込まれる。

 そうしたなかで、ロシア10月革命が起きた1917年に生まれたという設定で、マルキストと言いつつ、かなり硬直したスターリン主義的・公式主義的な革命観を墨守しているマックスの存在と、ロック音楽マニアで政治的な問題意識はさほど深くないヤンの存在、そして両者の確執・葛藤が印象深く描かれる。ことに、ロックグループに迫害が及ぶに至って反体制的な署名運動に参加するが、そのことによって当局につかまり職を追われるヤンの存在は、現代日本の若者にとっても、等身大の存在と感じられるのではないか。他方、英国のマルキスト学者と言えば、歴史学者のエリック・ホブズボウムを思い出すが、彼は1917年生まれのポーランド系移民なので、もしかするとマックスの人物造型に影響を及ぼしているかもしれない。ラスト近くで、二人にとってはそれぞれ苦い事実が明らかになりながらも和解に至る。ソ連の「衛星国」だった時代のチェコスロヴァキア旧政権の秘密警察の陰湿な姿が浮かび上がり、胸をつかれる場面だ。

 同時に、マックスの妻でギリシャ古典研究の第一人者だが乳がんを病み苦悩する女性エレナと、その娘で60年代末にヒッピーのコミューンに入って子どもをもうけた奔放な女性エズミには、立場の違いを超えてそれぞれ深いリアリティがある。

 場面転換のところで、その時代のロック音楽が流れてくる。登場するのは、第1幕では、シド・バレット(ピンク・フロイドの元メンバー)、ボブ・ディラン、ローリング・ストーンズ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ピンク・フロイド、グレイトフル・デッド、そしてビーチ・ボーイズ。第2幕では、U2、ジョン・レノン、ガンズ・アンド・ローゼズ、そしてビートルズ。とりわけ、チェコスロヴァキアに実在した地下活動中のバンドPPOU(プラスチック・ピープル・オブ・ザ・ユニバース)の音楽が出てきて、作品の中でも重要な役割を果たす。実際の歴史では、1990年8月18日、ローリング・ストーンズがプラハで初めてライブで演奏し、チェコ民主化の象徴的出来事として今でも語り継がれているという。暗転の際にスクリーンをおろし、曲を流しながらレコードジャケットを映し出すという演出は分かりやすい。

 出演者では、第1幕で母エレナ、第2幕で娘エズミを演じ分けた秋山菜津子の存在感が圧倒的。役への没入の仕方がいつもながら凄まじいが、にもかかわらず感情過多にならず、口跡も美しくきちんと表現する技量は抜群だと思う。マックスを演じる市村正親は、コミュニストでありながら頑固な家父長的人物像をつくりだしているが、科白の聴き取りにくいところが見られた。ヤン役の武田真治は、ロック好きのナイーヴな青年の雰囲気をよく出している。チェコ出身でマックスを挑発する女性レンカを演じた黒谷友香は、舞台で初めて見た。足が長くてプロポーション抜群なのは吉。他の脇役は、御贔屓のキャンディダ役の森尾舞さんをはじめ、それぞれ達者だ。ただ、難しい哲学用語や社会運動用語が盛り込まれた科白に振り回された感のある役者が多かったことは否めない。また、劇場内で周囲の声をそれとなく聞いていると、作品が「よく分からない」という感想も結構あったようだ。

 小田島恒志氏の訳語について1カ所疑問。第1幕のレンカとマックスのやりとりのなかで、こういう科白がある(ハヤカワ演劇文庫『ロックンロール』114頁)
 レンカ:実は、私、先生のご本読みました、モロー教授。
 マックス:『階級と意識』かな。それとも『大衆と物質主義』かな?
 ここに出てくる「物質主義」はおそらくmaterialismだろうから、むしろ『大衆と唯物論』という方が適切のように思われるのだが、どうだろう?

 終演後、三軒茶屋の「来来来」で「皿うどん(太麺)」を食べてから家路につく。野菜たっぷりで、いつもながら美味い。

【データ】
 作:トム・ストッパード
 翻訳:小田島恒志
 演出:栗山民也

 マックス・モロー:市村正親
 エレナ/エズミ:秋山菜津子
 ヤン:武田真治
 エズミ/アリス:前田亜季
 スティーブン/パイパー/警官:上山竜司
 ナイジェル/審問官:西川浩幸
 ジリアン/マグダ:月船さらら
 キャンディダ:森尾舞
 ミラン/ウェイター:檀臣幸
 フェルディナンド:山内圭哉
 レンカ:黒谷友香
 学生:熊坂理恵

■劇団民藝公演「峯の雪」
2010年6月22日(火)18時30分開演 紀伊国屋サザンシアター

 劇作家の三好十郎(1902〜1958)といえば、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホを描いた「炎の人」で知られる。「炎の人」は、最近では市村正親の舞台が有名だが、かつて劇団民藝の故・滝沢修の当たり役だった作品で、管理人はその晩年に観たことがある。三好は、1925年早稲田大学英文科を卒業、28年に処女戯曲「首を切るのは誰だ」を発表、全日本無産者芸術連盟(ナップ)に参加してプロレタリア演劇運動に参加するが、その後離脱し、PCL文芸部を経て、劇作家として活躍した。

 今回民藝が上演したのは、三好が「太平洋戦争」の最中の1944年に執筆した「峯の雪」という作品。44年9月に脱稿し、出版社に渡していた原稿が空襲によって焼失し、三好家にあった朱筆入りのゲラをもとに、三好氏の没後に出版されている。実は、戦後になって三好は、戦争協力のためのボタンを押したとして猛省し、この作品を事実上封印していたとされる。今回の劇団民藝による蘇演まで、小さなグループが一度上演したことがあるだけという、いわくつきの問題作だ。あらすじは以下のとおり。

 九州のさる窯業地、太平洋戦争が始まる直前の1941年初秋、壺や茶碗を作らせたら名人と誉れ高い老陶工・花巻治平は、軍から奇妙な磁器製品を作るよう強制される。自分の作品を創れなくなっている治平はとまどう。出奔していた次女が3年ぶりに帰ってくる。満州での身にまとうよからぬ噂。やがて真相が明らかになるのだが…。(劇団民藝ホームページから)

 国家総動員体制が確立し、陶工たちも、自分の創りたい作品をつくれず、碍子のようなものか、便器のようなものしか注文が来ないというなかで、そうした物をつくることには手を染めず、苦悩している名人・治平が主人公である。物語には二つの「謎」がこめられている。一つは、家出してしまっていた次女みきが中国大陸から数年ぶりに帰ってくるが、彼女には「からゆきさん」をしていたのではないかという噂があり、父親の治平や姉の弓子は真相を確かめられないでいるという話。彼女はいったいどうして暮していたのかという謎だ。もう一つは、治平にたいして、軍関係の若い研究員・外記(とき)が碍子づくりを発注し、その際に「継ぎ目なしの一轆轤で作れ」「気温に対する抵抗力の幅を拡げろ」などの注文をつけているが、これにたいして治平は当初応じることができないでいるという話で、治平が協力を求められているのは、いったいどのような軍需物資かという謎だ。そこに、太平洋戦線に出動しようとしている海軍士官の若者を送る話がからんでくる。舞台の設定は1941年秋だから、これは対米英開戦準備のために出動しようとしている軍人であることは明らかだ。最後になって治平は、拒み続けてきた特殊な碍子の製作を決意するという流れになっている。標題の「峯の雪」とは、さざんかの花のことらしい。

 なかなか評価の難しい作品だが、演出を担当した兒玉庸策氏がどう説明しようとも、これはやはり「国策的演劇」と言わざるをえない、というのが率直な感想。おそらく作者の三好十郎は、治平の姿に自らを重ね合わせていたと見るのが、当然の見方というべきだろう。すなわち、「御国のために」前線に行こうとする有為の若者の出発を目の当たりにしながら、質の高い軍需物資をつくるために自ら協力していくことを決然と選びとる陶工の姿を描くことによって、三好は自らの覚悟を明らかにしようとしたのではあるまいか。三好が戦後、以下のような言葉を残していることからも、それは裏づけられよう。

 「戦前も戦争中も私の思想は戦争に賛成せず、私の理性は日本の敗北を見とおしていたのに、自分の目の前で無数の同胞が殺されていくのを見ているうちに、私の目はくらみ、負けてはたまらぬと思い、敵をにくいと思い、そして気がついたときには、片隅のところではあるが、日本戦力増強のためのボタンの一つを握っていたのです……」(「抵抗のよりどころ」1952年6月)

 そうであればこそ三好は、この作品を事実上封印したのだろう。そういう問題作を劇団民藝が蘇演したことについては、議論もいろいろあるようだが、戦時下の三好の立ち位置を考える機会がつくられたのだから、観客の一人としては、上演自体の意義は評価しておきたい。そして、作品自体は、戦意高揚を前面にかかげた凡百の芝居とは明確に一線を画した静謐なたたずまいをたたえ、治平の人間的苦悩を丹念に追っていることも事実だろう。しかしながら、なお、この作品が「国策」に意識的にそった作品であることは疑問の余地がない。問題は、たとえば藤田嗣治の戦争画をどう見るかといった問題とも共通するのだが、この作品の時局迎合的な側面を捨象するなら、それは評価のベクトルを違えるものではないだろうか。

 なお、演技についていえば、治平を演じた内藤安彦、長女・弓子を演じた中地美佐子をはじめ、落ち着いた演技で引き締まった舞台をつくっているが、若手の俳優たちにはいま一歩掘り下げがほしい。

【データ】
 作:三好十郎
 演出:兒玉庸策
 装置:内田喜三男
 照明:前田照夫
 衣裳:前田文子
 効果:岩田直行
 舞台監督:中島裕一郎

 花巻治平(陶工):内藤安彦
  弓子(治平の長女):中地美佐子
  みき(治平の次女):新澤泉
  治六(治平の弟子):千葉茂則
 お杉(運搬婦):大黒谷まい
 志水卯七(陶工):安田正利
 宇多宗久(美術商):伊藤孝雄
 塩沢勝彦(陶磁器会社専務):山本哲也
 外記定男(軍需会社研究員):神敏将
 寄山新吾(海軍士官):塩田泰久


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