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■新国立劇場公演「ヘンリー6世・第2部――敗北と混乱」
2009年10月28日(水)18時30分開演 新国立劇場中劇場

 「ヘンリー6世」3部作の第2部。あらすじは以下のとおり。

 ロンドン、王宮。フランスから、王ヘンリー(浦井健治)の名代としてマーガレット(中嶋朋子)との婚儀を済ませたサフォーク(村井国夫)が帰国する。屈辱的な和議の条件を嘆くグロスター(中嶋しゅう)はサフォークの忠誠を疑うが、今や枢機卿となったボーフォート(勝部演之)はサマセット(水野龍司)らとともにグロスター失墜を企む。一方ヨーク(渡辺 徹)と彼を支持するソールズベリー(菅野菜保之)、ウォリック(上杉祥三)親子はグロスター側に立つ。権力闘争の幕が切って落とされるなか、ヨークは一人残り王位への野望を口にする。グロスターの妻エリナー(久野綾希子)はマーガレットへの競争心と夫を王位へとの野心から呪術師を呼び祈祷を行うが、ヨークに反逆罪で捕らえられ流刑に処される。グロスターも摂政職を追われ、さらにサフォークが送った刺客により暗殺される。しかし徳高い人柄が愛されていたグロスターの死を憤る民衆とともに、ソールズベリー、ウォリックが王のもとに押し寄せ、王はマーガレットの懇願にもかかわらずサフォーク追放を言い渡す。サフォークはフランスへ渡る途上、海賊たちに惨殺される。一方、王位を狙うヨークはアイルランド遠征に赴くが、不在の間にジャック・ケード(立川三貴)という暴徒に反乱を起こさせ、ロンドンに向かって進撃させる。しかし、クリフォード卿(鈴木慎平)らの説得により反逆は未然に防がれ、ケードも敗走し殺害される。そこへヨークが大軍を率いて帰国、武力を背景にサマセット追放を要求するが、聞き入れられないため王一派を非難し、公然と王位を要求する。ここでヘンリー王らランカスター家とヨーク家との対立が決定的となり、セント・オールバンズでの戦いの火蓋が切って落とされ、薔薇戦争が始まる。(新国立劇場ホームページから)

 英仏「百年戦争」が終わって「薔薇戦争」へ移行していく時期が「ヘンリー6世・第2部」の描く時代である。第1部の感想のなかで、時代背景の状況説明に一定の分量が割かれている前半は「骨が折れる」と書いた。これにたいして第2部は、第1部を前提としつつ、第3部「薔薇戦争」への橋渡しという位置にあるため、物語が大きく動き出し、ドラマとしては一段と面白くなってくる。第2部前半の中心人物は、王ヘンリー6世の摂政・グロスター公だろう。学問に明け暮れ、権力者としては力量に欠けるヘンリー王にたいして(おそらく性的にも)強い不満を抱く王妃マーガレットと、彼女にとりいって深い仲になるサフォーク公。このどす黒い関係の男女は、グロスターの存在を疎んじ、追い落としを企てる。さらに、当初グロスターにくみする立場をとったヨーク公らも、彼の存在が自らの権勢拡大に役立たないと気づくや、追い落とす側にまわる。このあたりの駆け引きが切実だ。妻が罠にかけられ「四面楚歌」の状況に陥りながら、最期まで職責をまっとうしようと矜持を保ち続けるグロスター公。彼には民衆の支持があったこともわかりやすく描かれている。この場面では、変なたとえで恐縮だが、かつて自民党でおこなわれた「三木おろし」を思い出してしまった。

 もう一人、第2部で興味深い登場人物は、民衆の支持を背景に叛乱的な暴動をおこすジャック・ケードだろう。彼の主張はアナーキーで、平等主義的だ。実はヨーク公が背後で糸を引いているという経過はあるにせよ、こういう人物が民衆の支持を獲得している時代だったという15世紀の一断面が浮かび上がる。考えてみれば、ヨーロッパ中世社会を動揺させたジャックリーの叛乱(1358年)やワット=タイラーの叛乱(1381年)はそれ以前の14世紀のことだった。シェイクスピア自身は、公演パンフレット所収の狩野良規氏(青山学院大学教授)の論文「シェイクスピアの見たヘンリー6世」によると「共和制」という発想は持っておらず、「強力な王権を背景に安定した国家を築くことを希求していた」とされる。だが、最近彼の40作目と目されるようになってきた「サー・トーマス・モア」で、あの「ユートピア」の著者を好意的に描いたように、ある種のユートピア思想への共感をもっていたこともうかがえる。そのことが、ジャック・ケードの描き方に反映しているのかもしれない。

 そのこともあってか、俳優陣では、第2部の場合、グロスター役のヴェテラン中嶋しゅうの抑制の効いた演技と、ジャック・ケード役の立川三貴(←昔テレビで怪人二十面相をやっていた人)のハイ・テンションの怪演が目をひいた。フランスから王家に嫁いだ王妃マーガレットに扮した中嶋朋子は、正直に言うと「北の国から」の蛍のころから苦手な女優なのだが、権勢欲にとりつかれた嫌味たっぷりの王妃にはうまくはまっていた気がする。グロスターの妻で野心家のエリナー・コバムを演じた久野綾希子は、年増の色気を存分に発揮しつつ、なかでもモノローグでの心情の吐露にはひきつけられた。チョイ役で面白いのは、偽不具者シンコックスに扮した吉村直と、その妻・那須佐代子(←ファンです)のいかにも怪しい演技。また、いかがわしい祈祷をおこなう巫女に扮したソニンも、第1部のジャンヌ・ダルクに続いて、エキセントリックでイッテしまっている感じがよく出ている。

 第3部は29日に見られないので、31日夜に見る予定。いよいよ楽しみだ。

【データ】
 作:ウィリアム・シェイクスピア
 翻訳:小田島雄志
 演出:鵜山仁

 王ヘンリー6世:浦井健治
 グロスター公:中嶋しゅう
 枢機卿ボーフォート・ウィンチェスター司教:勝部演之
 ヨーク公:渡辺徹
 エドワード:今井朋彦
 ジョージ:前田一世
 リチャード:岡本健一
 サマセット公:水野龍司
 サフォーク公:村井国夫
 バッキンガム公:関戸将志
 クリフォード卿:鈴木慎平
 クリフォード卿の息子:浅野雅博
 ソールズベリー伯:菅野菜保之
 ウォリック伯:上杉祥三
 セイ卿:鈴木瑞穂
 騎士ハンフリー・スタフォード:篠原正志
 騎士ウィリアム・スタフォード:清原達之
 騎士ジョン・スタンレー:木下浩之
 ヴォクス:小田悟
 ウォーター・フィットモア:木場勝己
 艦隊長:石橋徹郎
 船長:松角洋平
 ジョン・ヒューム:小長谷勝彦
 ロジャー・ボリングブルック:金内喜久夫
 トマス・ホーナー:石橋徹郎
 ピーター:前田一世
 チャタムの書記:古河耕史
 シンコックス:吉村直
 ジャック・ケード:立川三貴
 ジョージ・ベヴィス:小長谷勝彦
 肉屋ディック:青木和宣
 織物屋スミス:渕野俊太
 マイケル:松角洋平
 アレグザンダー・アイデン:城全能成
 二人の殺し屋:川辺邦弘、津村雅之
 王妃マーガレット:中嶋朋子
 エリナー・コバム:久野綾希子
 マージャリー・ジャーデーン:ソニン
 シンコックスの妻:那須佐代子

■新国立劇場公演「ヘンリー6世・第1部――百年戦争」
2009年10月27日(火)18時30分開演 新国立劇場中劇場

 沙翁の出世作「ヘンリー6世」全3部を、鵜山仁芸術監督のもと、新国立劇場が一挙に上演することになった。その初日を観た。新国立劇場のホームページでは「シェイクスピアの実質的デビュー作となった20代の作品で、彼の全作品中、唯一、三部に渡る壮大な歴史劇です。この作品により、シェイクスピアは一躍、人気作家へと駆け上りました。時は15世紀、英仏間の『百年戦争』から、イギリス国内の王位継承問題に端を発した『薔薇戦争』まで、西ヨーロッパの激動を背景に、生後9ヵ月で王位につき、生涯を有力諸侯や権力闘争に翻弄されたヘンリー六世と、彼を巡る権力と愛憎を生き抜いた人間たちの『戦い』のドラマです。ここにはイギリスとフランス、一般庶民と王侯貴族、親と子、男と女、赤いバラと白いバラ、実に様々な衝突が、コントラストが満ちあふれています。……ジャンルを超えた人気、実力を兼ね備えた総勢37名のキャストが集結、200役以上の登場人物を演じ分けます。イギリスのみならず世界的にも『ヘンリー六世』の三部作一挙上演の機会は少なく、日本では1981年以来、新制作での上演になります。三部構成とは言え、そのいずれも、完結した作品としてお楽しみいただけるよう、各部日替わりで上演。週末には三部作を通し公演として1日で一挙上演します…」と紹介されている。

 演劇部門の新シーズン初日だったためか、会場入口には、新国立劇場芸術財団の遠山敦子理事長もお出ましになり、観客を出迎えていた。この劇場は昨年来、鵜山芸術監督の交代にいたる生臭い「権力闘争」がくりひろげられた「舞台」でもある。最近「鵜山外し」にかかわったとされる天下り官僚出身の常務理事の一人が退任したが、その後任もまたもや天下り官僚のようだ。遠山さんもいったい、いつまでお勤めになり、いくら退職金をもらうおつもりなのやら…。おっと余談が過ぎた。

 第1部「百年戦争」のあらすじは以下のとおり――。

 ロンドン、ウェストミンスター寺院。偉大な先王ヘンリー五世の葬儀が執り行われている。そこへフランスからの使者が相次ぎ、百年戦争で獲得した領地を喪失し、勇猛果敢な武将トールボット(木場勝己)が捕虜となった報告が届けられると、貴族間の不和が明るみに出る。中でも摂政グロスター(中嶋しゅう)とウィンチェスター司教(勝部演之)の対立は激しさを増す。一方フランスでは聖母マリアのお告げによって神通力を得たという乙女ジャンヌ(ソニン)が皇太子シャルル(木下浩之)を加勢し、その勢いにのったフランス軍はイギリス軍を翻弄し続け、両者の間に一進一退の激しい攻防戦が繰り広げられる。同じ頃イギリス国内では、リチャード・プランタジネット(後のヨーク公、渡辺 徹)とサマセット公(水野龍司)との争いに端を発し、貴族が二派に分かれて論争を繰り広げ、ウォリック伯(上杉祥三)とリチャードらヨーク方は白薔薇を、サフォーク伯(村井国夫)とサマセットらは赤薔薇を手にしたことから、のちの薔薇戦争への萌芽が芽生える。リチャードは伯父モーティマー(鈴木瑞穂)を訪ね、自らの血統の由緒を聞き、自分こそ王家の正統な後継者、現王家ランカスター家こそ王位簒奪者だと思いいたるが、王位への野望を胸に秘め、慎重に行動することを決意する。グロスターとウィンチェスターとの確執はさらに激しくなる。王ヘンリー(浦井健治)が両者を取りなし、二人は表面的には和解する。その後ウォリックの仲介によってリチャードの復権が認められ、晴れてヨーク公に叙される。その後、一同は王の戴冠式を挙行するためフランスへと出発する。フランスでの戦線は激しさを加え、トールボットは戦死、ジャンヌもヨークに捕らえられ火刑に処される。王ヘンリーはグロスターの勧めもあり、ローマ法王からの和平勧告に従い、シャルルの近親者アルマニャック伯の娘との婚儀をもって和議を結ぼうとする。しかし、フランスではサフォークが捕虜の、ナポリ王の娘マーガレット(中嶋朋子)の美しさに魅かれ、彼女をイギリス王妃に迎えようと画策、ヘンリーもそれに従い、グロスターはじめ諸卿の反対を押し切ってマーガレットを妃とする決意を固める。(新国立劇場ホームページより)

 なかなか骨の折れる芝居だ。「百年戦争」とか「薔薇戦争」といえば、世界史の授業などでその昔さらりと学んだといえ、日本人にとってはなじみの薄いが、15世紀英国史の激動の物語だから、英国の人々にとっては常識の範囲に入ることなのだろう。われわれにとって「平家物語」の源平合戦の世界や「太平記」の南北朝争乱の世界が、大河ドラマのかっこうの材料であるように。全3部の原作(といっても翻訳だが)は9月の「シルバーウィーク」の最中に、JRの大廻りをやりながら、白水社Uブックス版の小田島雄志訳で読んだが、登場人物が錯綜しているので、理解するのはいささか難儀する。芝居を観ても、前半は原作自体が登場人物の設定に追われているようなところもあるため、出演している俳優と役名とを頭の中で一致させるのにひと苦労するが、それが頭に入ってくると、後半では俄然面白さが増してくる。もともとこの3部作では、標題役のヘンリー6世が優柔不断で歴史上の人物としても魅力に乏しいため、むしろその周辺で権力闘争をくりひろげる貴族、廷臣たちの葛藤のほうが面白いのだが、なかでも第1部では、イングランドの勇将トールボットと、フランス軍に加勢するジャンヌ・ダルクの2人が魅力を放っている。

 演技陣では、イングランドの勇将トールボットに扮する木場勝己が、いつもながら口跡も美しく、せりふに説得力があって抜群にうまい。他方、ジャンヌ・ダルク役のソニンは、初めて舞台で見たが、かなりエキセントリックなこの女性像にぴったりあっていて、予想をはるかに上回る好演。リチャード(ヨーク公)役の渡辺徹も直情的な役どころに合致している。勝部演之、村井国夫、中嶋しゅう、金内喜久夫といったヴェテラン勢が渋い演技で脇を固め、権謀術数をこらす人々の権力闘争劇にリアリティを与える。シェイクスピア劇初挑戦という浦井健治は、そのピュアで中性的な感じが、ヘンリー6世という役ににあっているようだ。ウォリックの上杉祥三は、その独特のアクの強さが権力闘争の陰の立役者ともいうべき人物にあっているのだろうが、第1部ではまだ控えめなので、2部・3部が楽しみ。久野綾希子も短い登場場面ながら、オーヴェルニュ伯爵夫人と言うクセのある人物で存在感を示したが、彼女もむしろ第2部でのエリナー・コバム(グロスター伯爵夫人)のほうが見どころになろう。清原達之がトールボットの息子ジョンという良い役をもらったのにこたえ、戦場で父親ともども死を迎える場面は見せ場となっていた。

 鵜山仁の演出は、新国立劇場中劇場の広い舞台をいっぱいに使って、動きの大きいスピーディーな舞台をしつらえ、戦闘シーンも多い歴史劇をスケール大きく見せる。暗転が一切ないので、舞台の流れが弛緩せず、めまぐるしい歴史の転変に観客を一気にまきこむ。きわめて細かいことで興味深かったのは、イングランドの人々が策を巡らす場面で照明が舞台を五角形に照らしだしていたことだが、これはペンタゴンを意識したのだろうか。

【データ】
 作:ウィリアム・シェイクスピア
 翻訳:小田島雄志
 演出:鵜山仁

 王ヘンリー6世:浦井健治
 グロスター公:中嶋しゅう
 ベッドフォード公:金内喜久夫
 エクセター公:菅野菜保之
 ウィンチェスター司教:勝部演之
 サマセット公:水野龍司
 リチャード・プランタジネット:渡辺徹
 ウォリック伯:上杉祥三
 ソールズベリー伯:渕野俊太
 サフォーク伯:村井国夫
 トールボット卿:木場勝己
 ジョン・トールボット:清原達之
 エドマンド・モーティマー:鈴木瑞穂
 騎士ジョン・フォールスタッフ:青木和宣
 騎士ウィリアム・ルーシー:浅野雅博
 騎士・ウィリアム・グランズデール:篠原正志
 騎士トマス・ガーグレーヴ:石橋徹郎
 ロンドン市長:関戸将志
 ウッドヴィル:青木和宣
 ヴァーノン:吉村直
 バセット:石橋徹郎
 弁護士:今井朋彦
 モーティマーに付き添う看守:岡本健一
 法王の使節:篠原正志
 二人の大使:小田悟、古河耕史
 シャルル:木下浩之
 レニエ:立川三貴
 バーガンディー公:鈴木慎平
 アランソン公:前田一世
 オルレアンの私生児:城全能成
 パリ市長:鈴木瑞穂
 ボルドーのフランス軍指揮官:篠原正志
 門番:松角洋平
 老羊飼い:青木和宣
 マーガレット:中嶋明子
 オーヴェルニュ伯爵夫人:久野綾希子
 乙女ジャンヌ:ソニン

■劇団民藝公演「らくだ」
2009年10月7日(水)19時開演 紀伊国屋サザンシアター

 アップする順番が完全に逆転しているが、実は10月に入ってもう一本芝居を観ている。別役実が古典落語の大ネタ「らくだ」を素材に、劇団民藝のために書き下ろした作品の初日の公演である。作品のコンセプトは以下のとおり。

 日常のなかの微妙なズレ。そこはかとなく湧きあがる笑いのなかに、別役戯曲の詩的空間がひろがります。別役実×大滝秀治による新しい喜劇!現代演劇の第一線を駆け抜けるふたりが、このたび取り組む話題の舞台は、何と古典落語「らくだ」を材に新しく書き下ろされた意欲作です。登場したときはすでに死人というらくだの馬さん。やくざな兄貴分に、何の因果かくず屋が脅されて…。真打の大ネタといわれる「らくだ」が初めて新劇の舞台に登場します。抱腹絶倒、大滝秀治主演による別役ワールドをお楽しみに。(劇団ホームページより)

 中心となっているのは落語の「らくだ」だが、それ以外にも「粗忽長屋」などが混然としている。最初は、大滝秀治演じる長屋の大家さんが店子に落語を聴かせようとするところから始まる。これは落語の「寝床」を元にしているらしい。そこに、まず別役作品ではおなじみの電柱が1本建てられ、さらに大家の息子がばくちでこしらえた借金のカタだとして、そこの家財道具が次々と持ちだされていき、ついには大家自身が追い出されてしまう。大家はくず屋に身をやつし、寒風吹きすさぶ年の瀬のうらさびた路上に放り出されてしまう。そこで行き倒れた死体がいったい誰なのかということをめぐって、珍妙なやり取りが展開されるところから、話は「粗忽長屋」になっていく。さらに、話は長屋に住んでいた「らくだ」と呼ばれるならず者の兄貴が、フグにあたって死んでしまうところから、今度は「らくだ」ワールドへと展開していく。元の大家は死者に「カンカン踊り」を踊らせて、息子の借金のかたに長屋を取り上げたあこぎなやくざの親分夫婦に復讐を試みる。別役流の人間関係のずれやきしみがだんだん肥大化していき、位相が逆転していくというパターンだ。それと並行して「おかげ参り」の列が江戸の街を席巻していく。古典落語の奇想天外な世界と、別役流の不条理劇の世界が、意外にも親和性があることを気づかされる舞台だった。

 時代設定もいささか不可思議だ。「おかげ参り」が広がるわけだから、本来なら19世紀前半(1820〜30年ごろ?)の江戸ということになるのだろうか。人々は菅笠をかぶり、腰に柄杓をさし、鉦や太鼓を鳴らして「なかのりさんのお陰でさ、抜けたとさ」などと言いながら狂喜乱舞したのは、文政年間のことだった。だが、この舞台では、登場人物はだれも髷を結っておらず、先に述べたように裸電球の電柱も立っているので、明治時代のように見える。「60年前のおかげ参り」といった趣旨の科白も出てくるから、明治中期なのかもしれない。と同時に、そこに現出するのは、一夜にして住む場所を奪われ、年の瀬の街で路頭に迷う人々の群れだ。その光景は、第2次世界大戦で敗北した直後の日本のようにも見えるし、さらにいえば、昨年から今年にかけて東京で、そして日本各地にも広がった「派遣村」などのような形で、いまも現に見られる光景ではないか。

 こうして3つの落語を材料にしながら、拝金主義の亡者のような人物への意趣返しをする物語が構成されているところが、ニヤリとさせられる。大家からくず屋に身をやつした人物を大滝秀治が独特のとぼけた間合いで見せてくれたのはうれしい。特に、酒が入ってくだを巻きはじめるところは絶品。これにたいして、敵役の強欲なやくざ夫妻を演じる内藤安彦と塩屋洋子の演技も達者。正直なところ、別役の作品はなかなか笑えないことが多いのだが、今回は意外に笑える作品となっていた。

【データ】
 作:別役実
 演出:山下悟
 出演:大滝秀治
    内藤安彦
    松田史朗
    大場泉
    山本哲也
    角谷栄次
    齊藤尊史
    和田啓作
    塩屋洋子
    戸谷友
    有安多佳子
    大越弥生
    藤巻るも

■劇団青年座第197回公演「千里眼の女」
2009年10月17日(土)13時30分開演 紀伊国屋ホール

 1910年といえば、韓国併合で日本が「植民地帝国」としての新たな段階を画した年であり、幸徳秋水が逮捕された「大逆事件」が起きた年でもある。この年、ハレー彗星が地球に接近し、日本国内では「空気がなくなる」という流言が広がって「不安の時代」を迎え、後世の歴史家が「暗い谷間」と呼ぶ時代の幕開けともなった。その時代に世間を騒がせた「千里眼事件」を素材にした、劇団青年座の創作劇。劇団新派に属する劇作家・齋藤雅文の書き下ろし作品だ。あらすじは以下のとおり。

 今から99年前、明治43年熊本県、有明海に臨む小さな町の医家に生まれた御船千鶴子は幼いころより不思議な透視能力があり「千里眼」と言われていた。実際、石炭鉱脈を発見するに及び千鶴子の噂は広まり、東京帝国大学で心理学の研究をしていた福来友吉にもこの話がもたらされた。科学という全能の力による千里眼の解明。新聞各社は競い合ってこの話題をスキャンダラスに取り上げ、大衆を熱狂へと導いていった。彼女の特殊な能力を解明し、その成果を世界へ発表するのが科学者としての使命であり義務と確信する福来。ひたすら二人を追い続ける万朝報社記者・橘四郎。気難しく人見知りの千鶴子も、福来の誠実な情熱に心を動かされ、東京での実験に同意した。鉛の管に封印した文字を透視するという実験は大成功。しかし、事態は意外な展開を見せ始めた。(劇団ホームページより)

 この芝居は実話をもとにしており、登場人物も橘四郎という新聞記者以外、多くは実在の人物である。19世紀末から20世紀初頭にかけての時期は、エックス線やベクレル線、ラジウムの発見などもあって物理学が大きく発展したが、その一方で、科学者のあいだでも物質の実在性について懐疑的な見方が広がり、世界的に「物理学の危機」とよばれる状況が現われた。日本でも科学者が「千里眼」を信じて解明に傾注したというのは、そういう時代背景と無縁ではなかっただろう。「千里眼」など今でいえば「トンデモ科学」「ニセ科学」とされて、大槻義彦や安斎育郎といった学者にツッコミを入れられるだろうが、当時は学界や新聞も巻き込んでかなり社会的関心を集めたようだ。

 そういう「トンデモ科学」に足をとられ、東京帝国大学助教授の座から追われることになり、その後は一層オカルト的傾向を強めていった心理学者・福来友吉(1869〜1952)。その福来によって「透視能力」を見出され、彼を心のよりどころとするが、真贋論争での毀誉褒貶に傷ついたあげく自殺した女性・御船千鶴子(1886〜1911)。この2人が作品の主人公ということになろう。閉塞し、神秘主義的傾向が強まった時代の荒波にのまれたことに同情は禁じえないが、率直に言ってこの2人の行動には共感をもてないため、作品世界に没入できなかったことは隠さず告白しておく。

 だが、作品のつきつける問題はきわめて重い。芝居の終わりの方で作者は、「迷信、誤謬という偏見の基は断じてこれをゆるしてはならない」と述べる物理学者の山川健次郎(元東京帝国大学総長)に対して、「萬朝報」記者という設定の橘という人物に、次のような科白を吐かせている――。「千里眼という目に見えない未知の力の解明は、科学の責務でしょう。大学を放り出された千里眼は、野放しのまま、やがて巨大な迷信の化け物に変化しますよ。それこそ、無知と偏見の温床となって、五十年先、百年先の国民を蝕みますよ。数学や工学ばかり達者でも、科学と迷信の区別もつかない片輪のような若者が育ちますよ!」――。言うまでもなく、これは「オウム真理教」のようなカルト集団の出現への警鐘だろう。にもかかわらず、研究はえてして「木乃伊とりが木乃伊になる」という事態もうむ。「千里眼事件」の福来友吉がまさにそうだった。「オウム真理教」の場合も、新宗教研究の名であの集団をまともな宗教団体扱いした宗教学者がいたことが想起される。これは決して過去のことではなく、今も「スピリチュアル」が世間をにぎわしているだけに、深く考えるべき問題だろう。

 この芝居でむしろ興味深かったのは、あくまで中立的立場から「千里眼」研究に立ちあおうとする山川健次郎(1854〜1931)の役割だ。山川といえば、この事件より前の1905年、日露戦争の時期に対外強硬論を唱えて学外活動を展開した戸水寛人・東京帝国大学教授らの休職処分問題にかかわる、いわゆる「戸水事件」で総長を辞職している。この事件は、文部省と東大との全面対立をひきおこし、のちに1913年、久保田文相の辞職、山川と戸水の復職という形で決着した(天野郁夫『大学の誕生・下』中公新書、2009年)。会津白虎隊の生き残りという山川の硬骨漢ぶりは、この「千里眼事件」においても発揮されていて、学問的良心から真実を見極めようとする姿勢となっている。もっとも山川は、日露戦争開戦時には東大総長の職にありながら、自ら従軍を願うほどの熱狂的な「愛国者」でもあったらしく、晩年には中央教化団体連合会や「国本社」に関係し、国家主義的教化運動に奔走している。この作品にも描かれているが、蒙昧主義への批判と「一等国」づくりの志向は、山川にとって表裏一体だったということか。

 演技陣では、福来友吉役の檀臣幸が抑制のきいた演技で、苦境に立つ学者の姿を表現している。御船千鶴子を演じた勝島乙江は、ことし青年座に入団した新人のようだが、大抜擢にこたえエキセントリックな女性像を好演。山川健次郎役の山野史人も渋い演技で舞台を引き締める。橘四郎役の蟹江一平は、あざとい新聞記者をアクの強い科白回しで演じているが、好悪が分かれるかもしれない。千鶴子の義兄・清原役の五十嵐明が、いかにも山師的で面白かった。

【データ】
 作:齋藤雅文
 演出:宮田慶子

 福来友吉:檀臣幸
 橘四郎:蟹江一平
 山川健次郎:山野史人
 今村新吉:小豆畑雅一
 御船秀益:堀部隆一
 清原猛雄:五十嵐明
 藤教篤:桜木信介
 御船千鶴子:勝島乙江
 長尾郁子:松熊つる松
 松乃:片岡富枝
 田中館愛橘/長尾与吉:佐藤祐四
 呉秀三:井上智之
 姉崎正治:青木鉄仁
 丘浅次郎:植村喜八郎
 新聞記者A:相原嵩明
 新聞記者B:嶋田翔平

■こまつ座公演「組曲虐殺」
2009年10月10日(土)17時30分開演 天王洲・銀河劇場

 先週末に見たもう1本の舞台は、こまつ座とホリプロの共同制作による「組曲虐殺」。今週忙しくて、記事をアップするのが遅れた。昨年大ブレークした小説『蟹工船』の作者でもあるプロレタリア文学作家・小林多喜二を、現代の戯作者・井上ひさしが約3時間の音楽劇に仕立てている。あらすじは以下のとおり。(以下ネタバレ注意)

 昭和5年5月。大阪道頓堀に近い島之内警察署取調室。特高刑事山本(山崎一)が一人の男に、カンパを渡した相手の名前を吐け、お前はあの小林多喜二だろう、と詰め寄っている。口を割らない男(多喜二・井上芳雄)。「神戸の組合みなごろし」の異名をとる鬼刑事古橋(山本龍二)はなぜか優しい口調で、伯父のこと、姉チマ(高畑淳子)、果ては恋人瀧子(石原さとみ)のことを話し出す。微妙に事実と食い違う話についに爆発する多喜二。検閲により表現の自由が抑圧されていたこの時代、多喜二の作品は伏せ字ばかり。伏せ字なしでものをいうにいい世の中になればと「伏せ字ソング」を歌いだす。1カ月後、杉並の多喜二の住まいに同志のふじ子(神野三鈴)がいる。そこへ小樽から姉のチマと恋人の瀧子がやってくる。……睨み合うふじ子と瀧子。そして翌6年、再び捕らえられた多喜二は、刑務所の独房の中にいた。多喜二は、自分の心を鏡に向かって独唱する。人生最後の2年9カ月、多喜二はどう生きたのか? そして彼を取り巻く人々の運命は? (公演パンフレットより)

 演出の栗山民也が、公演パンフレットに寄せた「多喜二という人間がいた」という一文の冒頭に「小林多喜二とその時代は、井上ひさしさんにとって絶対に書き残しておかなければならない人物と題材であったと思います」と記している。なにも「蟹工船」が改めて注目されたからではなく、樋口一葉、夏目漱石、石川啄木、宮澤賢治、太宰治、林芙美子といった文学者たちを、その生きた時代と重ねあわせながら描き続けてきた井上ひさしの歩みからいって、当然の流れだということなのだろう。井上作品の得意のパターンである登場人物6人の歌物語に仕立てられている。

 物語は、1930年(昭和5)5月下旬から、1933年(昭和8)2月下旬までの、2年9カ月という期間をとって描かれる。最初の場面は大阪府警島之内署の取調室。プロレタリア文学雑誌『戦旗』の講演会で大阪に来ていた小林多喜二が、当時は非合法結社だった共産党にカンパを渡した容疑で調べられている。多喜二の共産党加入は「満州事変」が開始された後の1931年10月だそうだから、その当時はまだ党員でなかった。その後、親交のあった作家・立野信之の東京都下の家に暮らすようになり、立野とは『プロレタリア文学論』という共著もある(ちなみに立野は1930年検挙され、31年に「転向」表明、戦後の1952年には2・26事件に題材をとった小説『叛乱』で直木賞を受賞)。作品はここで、多喜二の元恋人田口瀧子が、多喜二の姉チマとともに立野宅へやってきて、やがて多喜二の妻となる伊藤ふじ子と鉢合わせするという、史実を離れた設定をしつらえる。瀧子とふじ子とが恋のさや当てを始めるというのは全くのフィクションだが、井上版・小林多喜二物語のユニークな特徴の一つだろう。

 小林多喜二は1931年7月、皇室への献上品の蟹缶に「石ころでも入れておけ」という労働者の台詞がでてくる小説「蟹工船」の内容で「不敬罪」に問われ、豊多摩刑務所に収監される。この場面で多喜二役の井上芳雄が歌うブルース風の歌が素晴らしい。大阪で多喜二を取り調べた2人組の特高刑事(これは架空の人物)は、東京に配転となり執拗に多喜二を追い続ける。「組曲虐殺」というタイトルからも、暗くて怖い物語のように思われるかもしれない。だが、そこは井上ひさしのことだから、刑事が次第に多喜二と気持ちを通わせていくという、いささかあり得ない光景も織り込み、ユーモラスに、若干ドタバタ喜劇的な要素も交えながら、多喜二と周囲の人々の生き方を明るく描き出している。

 よく知られているように小林多喜二は、その後「党生活者」などの作品を世に送りながら、プロレタリア文学運動の中心幹部の一人として、俗に「地下活動」と呼ばれた戦前の共産党の非公然活動に入る。そして、1933年2月20日、警視庁特高課によって送り込まれた三船留吉というスパイの手引きにより、街頭連絡の場所で逮捕され、数時間後に虐殺死体となった。ちなみに、彼のデスマスクは、当時プロレタリア演劇運動に参加していた演出家・千田是也がとっている。舞台では、タイトルになっている「虐殺」にいたる拷問シーンはいっさい描かれず、空白にされている。多喜二の死の直後、姉と瀧子が事件を振り返り、そこに架空の2人の特高刑事――彼らは手を下していない――が現われ、「虐殺」の様子を語るという手法だ。そのことによって国家権力による拷問の凄惨さを観客に想像させる巧みな作劇と言えるだろう。同時に、映画好き、チャップリン好きだったといった多喜二のエピソードも巧みにとりこまれている。そこから、決して「聖人君子」の殉教者でなく、家族思いの優しい「等身大の青年」だったことが浮かび上がってくる。こういう等身大の描き方はすがすがしい。

 井上ひさし作品に初登場となる井上芳雄は、東京芸術大学で声楽を専攻し、その後ミュージカルの分野で活躍してきただけに、歌の巧さが光る。今回は音楽を担当したジャズピアニストの小曽根真に「いい声をださないで」と言われたそうで、あえてかすれたような声で荒々しく歌う場面なども多いが、感情の乗せ方が見事。そのピュアな演技が、純朴な人柄だったという小林多喜二に合っているのではないだろうか。女優3人のなかでは、伊藤ふじ子役の神野三鈴(実生活上の小曽根真のパートナー)が、はきはきした演技が印象的だし、歌も巧い。また、姉のチマに扮した高畑淳子は、弟を見守る温かい人柄をおおらかに見せる。この2人が演技巧者なので、田口瀧子役の石原さとみはやや声が小さいこともあって割を食ったかもしれないが、チャーミングではある。特高刑事役の山本龍二と山崎一も達者でユニーク。そして、小曽根真の音楽とピアノソロが、これまでの井上作品とは違ったジャジーな味を添えているのも面白かった。

 「遅筆堂」の異名をとる井上ひさしだけに、この新作の脚本が出来上がったのは初日(10月3日)の2日前だというが、それでもなんとか上演にこぎつけ、よどみなく面白い舞台に仕立て上げた点で、演出の栗山民也の功績が大きいことは言うまでもない。「栗山マジック」と呼ばれる所以だ。笑わせておいて、ジーンとさせる井上作品の魅力が息吹いている。このコンビの胸中にあるのは、作品に描かれたような暗い時代と社会を再現させてはならないという思いにほかならないだろう。

 ちなみに、クラシック音楽ファンの視点からいえば、立野信之宅の場面で蓄音機から流れるのがベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲というのも、ニヤリとさせられた。小林多喜二は1932年12月9日、作曲家の橋本国彦のもとでヴァイオリンを習っていた弟・三吾とともに、近衛秀麿指揮新交響楽団(N響の前身)の演奏会を日比谷公会堂に聴きに行って、来日中のヨーゼフ・シゲティがソリストをつとめたこの曲を一緒に聴いたというエピソードがあるからだ(小林三吾「兄の思い出」、新日本出版社版『小林多喜二全集第4巻』<1982年>月報所収)。それは「虐殺」の2か月余り前のことだった。「日比谷公会堂の前で待ち合わせたと思いますが、兄と会ったときの印象は明るい感じで、警察の追及から隠れているという風ではない」「演奏会が終わって別れるときになると、兄は『仕事だ、仕事だ』といいながら先に立っていった。階段をおりていく聴衆のなかに混じってぼくのほうを振りかえって手を振りながら帰っていった。ぼくは、階段の上に立ち止まって、兄の後ろ姿を見送ったのを覚えています。それが生前の兄を見た最後でした」――こう回想する小林三吾氏は戦後、東京交響楽団のヴァイオリン奏者となっている。

 公演は10月25日まで。

【データ】
 作:井上ひさし
 演出:栗山民也
 音楽:小曽根真

 小林多喜二(作家):井上芳雄
 佐藤チマ(多喜二の実姉):高畑淳子
 田口瀧子(多喜二の恋人):石原さとみ
 伊藤ふじ子(多喜二の妻):神野三鈴
 古橋鉄雄(特高刑事):山本龍二
 山本正(特高刑事):山崎一


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