楽興の時・音の絵

相変わらず猛烈に忙しくて、なかなか更新できません。orz

映画

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 前のページ | 次のページ ]

■映画「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」
2008年5月3日(土)日比谷シャンテ・シネ

 ダニエル・デイ=ルイスが今年の米アカデミー賞主演男優賞を受賞した作品。20世紀初頭のアメリカ西部を舞台に、アメリカン・ドリームを我が物にした主人公の野心と欲望を描いた大河ドラマ。実は観るかどうか迷っていたのだが、別の映画の上映館で観た予告編に、いきなりブラームスの「ヴァイオリン協奏曲」第3楽章が流れてきてビックリした。欲望にまみれ、富と権力を追い求めた野心家の「石油屋」を題材にした映画に、なぜこの音楽が流れるだろうか。そんな興味もあって観ることにした。あらすじは以下のとおり。(ネタバレ注意)

 一攫千金を夢見るダニエル・プレインヴューは、幼い1人息子を連れて石油の採掘を行っていた。ある青年から、「故郷の広大な土地に石油が眠っている」と聞いた彼は、パートーナーのフレッチャーと共に米西部の小さな町、リトル・ボストンに赴き、安い土地を買占め、油井を掘り当てる。しかし、油井やぐらが火事になり、幼い息子は聴力を失う。精神に混乱を来した息子を、プレインビューは彼方の土地へ追いやってしまう。(goo映画から)

 冒頭から「レディオヘッド」のジョニー・グリーンウッドによる、ひりつくような弦楽器の不協和音をバックにして、狭い坑道に発破をかけるダニエル・プレインビュー(ダニエル・デイ=ルイス)の姿が描かれる。それは、死と隣り合ったギャンブル的な仕事の性格を鮮やかに浮かび上がらせる。そういう一匹狼の鉱山労働者が、不毛の土地と思われたカリフォルニアの荒野に油床を見い出し、その採掘の成功から、やがて冷徹で独裁的な「石油王」になっていく様を、骨太なタッチで描いていく。ダニエル・デイ=ルイスの鬼気迫る演技は、アカデミー主演男優賞の受賞もむべなるかな。

 同時に、この作品で注目させられるのは、油井となるところの土地を所有する一家の息子で、キリスト教原理主義的なカルト集団の若き牧師となるイーライ・サンデーに扮したポール・ダノの演技。この男の気持ち悪さといったら…。ダニエルは徹底してこの人物を嫌っているが、油井からのパイプラインを最短ルートで通すために、教会への信仰をもつ土地所有者の信頼を得るべく、イーライの教会で彼に膝まずき、容赦ない平手打ちさえ浴びる。そうして教団の一員として認められたところで発する「パイプライン」という一言に、利益のためならどんな手段をもいとわないダニエルの人物像が凝縮されており、思わず唸らされる。ここは、資本家とは資本の論理が人格として顕現した存在であることを、端的な形で形象化していると言えるだろう。同時に、この二人の姿には、現在のアメリカにおけるエネルギー資本と宗教右翼の位置と役割も重なって見えてくるような気がした。

 原作は、米国の社会派作家で、アメリカ社会党、次いで民主党からカリフォルニア州知事選に出たこともあるアプトン・シンクレア(1878〜1968)が1927年に発表した『Oil!』(石油)という小説。主人公のモデルは、20世紀初頭の実在の石油王エドワード・ドヒニーだという。ドヒニーは、現在のドジャーズ・スタジアム付近で1892年に石油を掘り当て、巨万の富を築いた人物だそうだ。この原作本は、映画の公開を機に平凡社から再刊されたが、もともと戦前の1930年に同社で翻訳刊行されていたらしい。翻訳者の高津正道といえば、戦前からの社会運動家で、戦後社会党から衆議院議員になったことのある人物だ。当時、アメリカのプロレタリア文学というつもりで紹介したのだろうか。

 さて、ブラームスのヴァイオリン協奏曲は、ダニエルが掘り当てた油井から石油が噴き出すシーンに一度登場した後、エンドロールで第3楽章がまるごと使われている。但し、誰の演奏かまではチェックできなったので、ご存知の方があればご教示いただきたい。なぜこの「石油屋」を描いた映画にブラームスか、結局よく分からなかったが、ふと思い当たったのは、「あ、ブラームスか」(油・息子)…。

【データ】
 監督・脚本:ポール・トーマス・アンダーソン
 原作:アプトン・シンクレア
 製作:ジョアン・セラー、ポール・トーマス・アンダーソン、ダニエル・ルピ
 音楽:ジョニー・グリーンウッド

 ダニエル・プレインヴュー:ダニエル・デイ=ルイス
 ポール・サンデー/イーライ・サンデー:ポール・ダノ
 ヘンリー:ケヴィン・J・オコナー
 フレッチャー:キアラン・ハインズ
 H.W.:ディロン・フレイジャー

映画「つぐない」

■映画「つぐない」
2008年5月2日(金)新宿・テアトルタイムズスクエア

 原作は現代イギリスを代表する作家イアン・マキューアンの『贖罪』。新潮文庫から上下2冊で刊行されている長編だが、その小説を映像化して、実に見ごたえのある作品だった。GW中に文芸大作的な映画を楽しむならイチオシ。あらすじは以下のとおり。

 1935年の英国。広大な邸宅で恵まれた生活を送る13歳のブライオニー(シアーシャ・ローナン)は、ある週末の日、姉のセシーリア(キーラ・ナイトレイ)が、噴水に飛び込む姿を見る。庭師の息子のロビー(ジェームズ・マカヴォイ)と口論になり、彼が花瓶を噴水に落としたのだった。セシーリアに惹かれていたロビーは反省し、彼女への謝罪文を作成する。そしてその手紙をブライオニーに託すが、しかしそれは思わず書いてしまった、卑猥な内容の手紙だった。その手紙を読んでしまい、ひとり動揺するブライオニー。渡すつもりのなかった手紙を託したことに気づいたロビーは、セシーリアのもとに駆けつけ無事に誤解を解くが、2人が結ばれた光景を偶然目にしたブライオニーにとっては、ロビーがセシーリアを襲っているように見えたのだった。やがて、屋外で女性が何者かに襲われる事件が発生。現場に居合わせたブライオニーは、ロビーが事件の犯人だと証言する。こうしていくつかの誤解の末、ロビーは性的犯罪者として収監され、2人の運命は悲劇へと導かれてしまう…。 (cinemacafe.netから)

 映画は3つの部分からなる。第1部は、上記のように、1935年の上流階級タリス家の大邸宅のなかの出来事。その主人の娘である姉セシーリアと妹ブライオニー、そして聡明で医者をめざしているという使用人の息子ロビーの3人を軸に、物語は進んでゆく。セシリア・ブライオニー姉妹とロビーとの間には、厳然とした階級的断絶がある。それゆえセシーリアとロビーの恋愛は、周囲に許されない関係でしかない。10歳か11歳の少女ブライオニーは、戯曲を書くのに夢中というおマセで、ややエキセントリックな妄想癖があるという設定だが、そのことが作品全体の鍵になる。彼女はロビーに対して、憧れに近いほのかな恋心を抱いているが、姉とロビーとの関係におそらく嫉妬に近い感情を抱いてしまったのだろう。その嘘の証言によって、セシーリアとロビーは引き裂かれてしまう。

 第2部は、それから5年後、第2次世界大戦の真っ只中のフランス戦線と、ドイツ軍の空襲におびえるロンドン。冤罪によって収監されたロビーは、獄中生活を続けるか兵役かの選択を迫られ、後者を選んで最前線に送られている。セシーリアは家を出た後、ロンドンで看護師として働いている。さらに自分の犯した偽証の罪の大きさに気づき「つぐない」をしようとするブライオニー。それぞれが人間の生死の境に直面する。

 そして短い第3部。ここでは老年を迎え、作家として功なり名遂げたブライオニーが登場し、驚くべき展開を迎えるが、その話はやめておこう。

 映画のなかではカットバックの手法が多用され、一瞬分かりにくいところがあるが、そこをのみこめば、実に上手いつくりの作品と言えるだろう。画面の色調も、第1部の緑豊かで風光明媚な大邸宅の豪奢な暮らしぶりを自然光たっぷりに取りこんだ画面に対して、第2部では第二次世界大戦中の暗い時代を象徴して、くすんだ色調で表現するというように、そのコントラストが巧みだ。そして、3人の心情を丹念に追っていて、人間ドラマとして深みがある。同時に、第1部の事件の真相についてミステリーの謎解きのような展開もあり、2時間まったく弛緩しない。そこから静かに伝わってくるのは、厳然とした階級社会のもたらした悲劇であり、戦争のもたらした悲劇だろう。「戦争成金」にたいする冷ややかな視線もほの見える。

 出演者がそれぞれ好演。こういう映画では、主役に魅力がないとどうしようもないが、「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズでスターダムを上ったキーラ・ナイトレイが、セシーリアのひたむきさと、伸びやかな肢体で瑞々しいエロティシズムを感じさせる。それにしても、なんと背中のきれいな女優だろう…。対するジェームス・マカヴォイも端正なイケメンで、聡明かつ気品のあるロビーの人物像にうまくはまっている。セシーリア役は3人が演じ分けているが、容姿を含め配役に無理がなく、それぞれ個性的で上手い。なかでも第3部で登場する大女優ヴァネッサ・レッドグレイヴの凛としたたたずまいが素晴らしい。ラスト15分は涙をおさえることができなかった。

 個人的には大好きなテイストの映画で、3月に亡くなったアンソニー・ミンゲラ監督の「イングリッシュ・ペイシェント」と似た雰囲気があるなと思っていたら、最後にインタビュアー役で出演するのがミンゲラ本人だったことをエンドロールで知って、心底驚いた。それから、ジャン=イヴ・ティボーデの独奏によるドビュッシー「月の光」の名演が効果的に使われていることも、印象深かった。

【データ】
 監督:ジョー・ライト
 製作:ティム・ビーヴァン、エリック・フェルナー、ポール・ウェブスター
 脚本:クリストファー・ハンプトン
 原作:イアン・マキューアン
 音楽:ダリオ・マリオネッリ
 ピアノ:ジャン=イヴ・ティボーデ

 セシーリア・タリス:キーラ・ナイトレイ
 ロビー・ターナー:ジェームス・マカヴォイ
 ブライオニー・タリス13歳:シアーシャ・ローナン
 ブライオニー・タリス18歳:ロモーラ・ガライ
 ブライオニー・タリス老年:ヴァネッサ・レッドグレイヴ
 グレイス・ターナー:ブレンダ・ブレッシン
 リーオン・タリス:パトリック・ケネディ
 ポール・マーシャル:ベネディクト・カンバーバッチ
 ローラ・クインシー:ジュノー・テンプル
 警官:ピーター・ワイト
 エミリー・タリス:ハリエット・ウォルター
 フィオナ・マグワイア:ミシェル・ダンカン
 シスター・ドラモンド:ジーナ・マッキー
 トミー・ネットル:ダニエル・メイズ
 フランク・メイズ:ノンソー・アノジー
 インタビュアー:アンソニー・ミンゲラ

 2007年・イギリス映画・123分

■映画「ランジェ公爵夫人」
2008年5月2日(金)神保町・岩波ホール

 バルザックの『人間喜劇』のなかの一編を映像化した作品。いかにもフランスの文芸大作らしい雰囲気を伝えるように、美術や衣装のたいへん凝った映画となっている。あらすじは以下のとおり。(以下ネタバレ注意)

 19世紀パリ。ナポレオン軍の英雄・モンリヴォー将軍(ギョーム・ドパルデュー)は、パリの社交界の花、ランジェ公爵夫人(ジャンヌ・バリバール)への激しい恋の衝動に駆られる。公爵夫人はそんな彼に対し、思わせぶりにふるまい、彼の心を翻弄した。そして追い詰められたモンリヴォーは一転、恋に目覚めた彼女を、徹底的に無視するようになる。拒絶されたと思い込んだ夫人は、失意のうちに世俗社会から離れていく…。文豪バルザックの名作を基に描かれる、不可能の愛に生きる男女の物語。(cinemacafe.netより)

 物語は、モンリヴォー将軍が、地中海に浮かぶコルシカ島のカルメル会修道院の修道女になっている公爵夫人を見つけ出すところから始まっている。真っ青な空の下、島の中央に城砦のような修道院が屹立する姿が印象深い。教会の奥から聴こえる「タホ川の流れ」の歌声は、紛れもなく公爵夫人のものだった。二人の再会から、映画は一転して5年前のパリにさかのぼり、二人の恋の駆け引きの様子を淡々と描き出している。はじめは公爵夫人に主導権があったが、モンリヴォーが秘密結社の友人たちの協力を得て公爵夫人を誘拐するところから、主導権はモンリヴォーの側に移る。しかし、二人の心の行き違いから、公爵夫人はパリの社交界を離れる決意をし、悲しい別れにゆきつく。それから5年経って、モンリヴォーはようやく彼女を探し当て、修道院からの誘拐を企てるが、結末はさらに悲しい別れが待つことになる。

 そもそもヨーロッパ貴族社会にあっては、男女の真の恋愛関係が「不倫」においてしか成立せず、中世のロマンスは「アーサー王物語」にみられるように、騎士物語を典型としており、多くは騎士が貴婦人に恋をする悲恋物語という形をとった。そのことは、エンゲルスの古典的著作『家族・私有財産・国家の起源』をはじめとして、女性史・家族史の研究が教えるところだ。リアリズム文学の旗手ともいうべきバルザックの物語も、1810年代後半から20年代にかけてのブルボン王朝の王政復古期を舞台にしており、そうした爛熟した貴族文化を色濃く反映している。

 評者は原作を読んでいないが、映画はそういう時代の雰囲気を重厚な画面で丹念に描き出しているように思われる。だが、作品自体は、セレブな二人の間の恋の駆け引きが淡々と描かれるところが大半なので、起伏に乏しくいささか退屈する。出演者では、モンリヴォー将軍に扮するギヨーム・ドパルデューは、バイク事故の結果、右脚を切断して義足となっているそうだが、戦乱を潜り抜けて心に影を宿しているナポレオン軍の英雄という役どころの雰囲気を見事に伝える。公爵夫人のおばにあたる大公妃を演じるビュル・オジエや、おじにあたるヴィダム・ド・パミエに扮するミシェル・ピコリといった仏映画界のベテランが要所を締めているのも嬉しい。これに対して、ランジェ公爵夫人を演じるジャンヌ・バリバールが、いかにも公爵夫人という地位に飽きて、倦怠期のくたびれたところが前面に出ている感じで、パリ社交界の華というべき雰囲気に欠けている。そのこともあって、主人公たちの「恋愛ゲーム」にも感情移入しづらく、物語の世界に没入できなかった。

 作品の本筋と関係ない話で言えば、標題役のジャンヌ・バリバールが、フランスの著名な哲学者エティエンヌ・バリバールの娘だということを知り驚いた。父親の本は昔読んでよくわからなかったが…。それから、舞踏会の場面で楽隊に女性奏者が3人いたことが目をひいたが、19世紀初頭で楽隊に女性がいるという状況があったのだろうか。映画の中ではランナーの作品が演奏されている。エンドロールでボッケリーニの弦楽五重奏曲(?)が流れるのが印象に残った。

【データ】
 監督・脚本:ジェック・リヴェット
 原作:オノレ・ド・バルザック
 共同脚本:パスカル・ボニゼール、クリスティーヌ・ローラン

 アントワネット・ド・ランジェ公爵夫人:ジャンヌ・バリバール
 アルマン・ド・モンリヴォー将軍:ギヨーム・ドパルデュー
 ブラモン=ショーヴリ妃(大公妃):ビュル・オジエ
 ヴィダム・ド・パミエ:ミシェル・ピコリ
 クララ・ド・セリジー伯爵夫人:アンヌ・キャンティノー
 ロンクロール:マルク・バルベ
 マルセー:トマ・デュラン
 トライユ:ニコラ・ブショー

 2006年・フランス=イタリア合作・137分

映画「譜めくりの女」

■映画「譜めくりの女」
2008年4月27日(日)渋谷シネ・アミューズ

 何気ない行為が人を傷つけ、恨みを買うことになってしまう…。人気のある女流ピアニストにたいして、ピアニストを志望しながらその夢を絶たれた女性が復讐をくわだて、じわじわと怖さが迫ってくる心理サスペンス。あらすじは以下のとおり。(ネタバレ注意)

 少女メラニー(ジュリー・リシャレ)の夢は、コンセルヴァトワールに入学してピアニストになることだった。だが、入学試験の日、人気ピアニストして活躍する審査員長アリアーヌ(カトリーヌ・フロ)が見せた無神経な態度にメラニーは激しく動揺し、演奏を中断して、メラニーはピアニストになる夢を封印した。十数年後、美しく成長したメラニー(デボラ・フランソワ)は、名高い弁護士であるジャン・フシェクール(パスカル・グレゴリー)の事務所で実習生として働き始める。やがて、ジャンが息子トリスタン(アントワーヌ・マルティンシウ)の世話係を探していると知ったメラニーは自ら子守を申し出る。ジャンの妻は、メラニーがピアニストになる夢を絶ったアリアーヌだった。アリアーヌは、メラニーにピアノの経験があると分かると演奏会での“譜めくり”役を依頼する。最近のアリアーヌは、交通事故で受けた心の傷からか、明らかに演奏に自信を失っていた。練習を重ねるうち、アリアーヌはメラニーに信頼と好意を寄せていく。演奏会で彼女の三重奏団は、難曲をもろともせず成功させる。観客の賞賛を浴びて輝くアリアーヌを、憧れのまなざしで見つめるメラニー。と同時に、アリアーヌの成功も幸せも、いまや支配するのは自分であることを確信し、ひそかに「ある計画」を進めるのだった――。

 この作品の監督ドゥニ・デルクールの経歴が実に興味深い。1964年生まれで、パリ第銃大学(ナンテール校)で哲学を修め、名門のパリ政治学院(シアンスポ)を卒業した一方で、パリ国立音楽院で学びヴィオラ奏者として高い評価をうけ、現在はストラスブール国立音楽院教授として活動するかたわら、映画監督をしているというのだから、とてつもない才人であることは疑いない。この作品はまさしく演奏家としての音楽への深い造詣と、映画づくりの手腕が融合した作品と言えるだろう。

 とにかく怖い作品だ。だが、その怖さは、狂気的な行為が連続して出てくるというようなハリウッド映画的やり方ではなく、登場人物の微妙な心理の動きの表現と、暗示的な手法によって醸しだされてくる。何か起こりそうで起こらない、何も起こらないのかと思えば突然起きる…。登場人物が大声で泣いたり叫んだりする場面はほとんどない。展開のある種の分かりにくさも、なおさら観客の想像力を喚起し、胸をかきむしる。アリアーヌの置かれる状況は、もしかすると日常的にだれの身にも起こりそうなことだというのが、なおさら怖さを増幅させる。結末はいかようにも解釈できるが、見終わってかなり暗い気分になる作品なので、けっして万人むけではない。いかにもフランス映画らしい、おとなの心理劇と言えるだろう。個人的には相当好きな映画だ。ただし、冒頭の試験会場の場面は、普通それはあり得ないだろうという気がしなくもないが…。

 メラニーに扮するデボラ・フランソワは、いわゆる美形とは思わないが、この役にふさわしいクール・ビューティで、かつ若々しい肢体が魅力的。長編出演2作目というが、演技力はたいしたもので、ときに見せる冷たいまなざしが、ある種の尊敬の念をもちつつも、嫉妬や憎悪を心の奥底深く抱き、アリアーヌの破滅を計画的にくわだてる暗い想念を見事にあらわしている。アリアーヌ役のカトリーヌ・フロの抑制のきいた演技も良い。

 個人的には、バッハのピアノ曲とともに作品の鍵をにぎるのが、ショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲第2番だというところが、ツボにはまった。

【データ】
 監督・脚本:ドゥニ・デルクール
 製作:ミシェル・サンジャン
 音楽:ジェローム・ルモニエ

 アリアーヌ・フシェクール:カトリーヌ・フロ
 メラニー・プルヴォスト:デボラ・フランソワ
 ジェン・フシェクール:パスカル・グレゴリー
 トリスタン・フシェクール:アントワーヌ・マルティンシウ
 ヴィルジニー:クロティルド・モレ
 ローラン:グザヴィエ・ドゥ・ギルボン
 メラニーの父:ジャック・ボナフェ
 メラニーの母:クリスティーヌ・シティ
 メラニー(少女時代):ジュリー・リシャレ

 2006年・フランス、85分

開く トラックバック(2)

■映画「ラフマニノフ―ある愛の調べ」
2008年4月23日(水) 渋谷ル・シネマ1

 ラフマニノフの作品から「楽興の時」と「音の絵」という二つをブログのタイトルに拝借している以上、敬意を表してこの映画は観ておかなくてはと思っていた。あらすじ・内容は以下のとおり。(以下ネタバレ注意)

 1920年代のアメリカ。ロシア革命を機に亡命した天才音楽家セルゲイ・ラフマニノフは演奏旅行で全米を回り各地で成功を収めるが、その心は鬱々としていた。幼くして一家離散の憂き目に遭いながらもピアノと作曲の才能を開花させた彼は今、望郷の念と多忙さから作曲に集中できずに苦しんだ挙げ句、これまで支え続けてくれた妻ナターシャにすら背を向けてしまう。そんなある日、郷愁を誘うライラックの花束が届く。超絶技巧を要する名曲の数々を遺したラフマニノフは、『シャイン』や「のだめカンタービレ」でもお馴染みの天才作曲家。『タクシー・ブルース』でカンヌ国際映画祭最優秀監督賞を受賞したパーヴェル・ルンギンが、年上の女性との激しい恋、「交響曲第1番」初演の失敗、革命によって変貌してしまった祖国への複雑な思いや、演奏会には必ず届いたというライラックの花束の伝説などのエピソードを盛り込んで、芸術家の孤独に苦しむ反面、三人の女に愛された魅力的な男の姿を詩情豊かに描く。(goo映画より)

 ロシア映画なので全編ロシア語。作品の一つの柱は、セルゲイ・ラフマニノフと、道ならぬ恋の相手だった年上の人妻アンナ、ピアノ教師をつとめた女子校で学ぶマルキストの生徒マリアンナ、それに従妹で彼の生涯を支える糟糠の妻となるナターシャ――という3人の女性との関係を描くことにある。同時に、ラフマニノフの生涯の有名なエピソードが散りばめられる。アンナに捧げた「交響曲第1番」の初演は大失敗に終わるが、これは演奏会の指揮者をつとめたグラズノフがアルコールに溺れていたからだとも言われており、そのためスコアを散らかしてしまって指揮がぐじゃぐじゃになり、オケもぐじゃぐじゃになる様子が再現(?)されている。この演奏会の客席に現われたリムスキー=コルサコフは顔もそっくりだが、ちゃんと海軍の軍服を着ているところが笑える。ロシア「五人組」の作曲家の一人キュイが、この作品を酷評したエピソードも挿入される。この初演の大失敗の結果、ノイローゼになったラフマニノフを診察する精神科医ダールが、時計を振り子のようにふって「催眠療法」を施す場面も描かれる(「のだめ」で千秋真一に対する同様の場面はこの話がヒントか)。また、作品の前半、ロシア革命を嫌ってアメリカに亡命した後、ピアノ会社の経営者フレッド・スタインウェイと組んで全米を演奏旅行する話も出てくる。このくだりではやたらスタインウェイの商標ばかりが映るので、2時間ドラマで突然ホテルの看板がアップになるのと同じように見えてきて、苦笑させられる。スタインウェイって、こんな商売もやっていたのか…。

 ラフマニノフの生涯を要領よくまとめている作品だが、率直に言ってエピソードの羅列に終わっている印象がぬぐえなかった。年上のアブナイ人妻アンナとの関係や、教え子の「革命戦士」マリアンナとの「赤い恋」がうまくゆくはずがないことは目に見えているが、結局は幼い頃からラフマニノフを近くで見守ってきた従妹ナターシャが、家族を形成するにふさわしい女性だったことをあえて強調しているようにも見えた。そういう切り口が、いまのロシアでは受けるのかもしれない。彼女はダールの婚約者だったから「略奪愛」なのだが…。にもかかわらず全体として、ラフマニノフや女性たちの心理的葛藤と苦悩が必ずしも深く描かれていないのではないか。音楽は美しいし、エピソードはそれなりに興味深いので退屈はしないが、ドラマとしてはあまり深みのない作品と言わざるをえない。

〔追記〕
 もう一つ細かいことを挙げつらうようだが、映画の冒頭、1920年頃のカーネギー・ホール(パンフレットの「物語」の項にそう書いてある)でラフマニノフが演奏を始めようとした際、彼が客席にいるソ連の駐米大使を見とがめて「あなたのためには弾かない」と言いだし、他の聴衆からも大使ら一行に紙つぶてが投げつけられる場面が出てくるのは、フィクションとしてもいただけない。こんな「事件」があれば重大な外交問題になる。そもそもアメリカは1920年代にはソ連を承認しておらず、国交が成立するのは1933年であり、それによって駐米大使が着任したというのが国際政治史の事実のはずだ。ロシアの映画人に旧ソ連を貶めて表現したい気分があり、かつラフマニノフのボルシェヴィズム嫌いを強調する意図だとしても、こういうリアリティに欠ける設定はいかがなものか。

〔主な使用曲〕
 ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ハ短調Op.18
        前奏曲嬰ハ短調Op.3-2
        前奏曲嬰ト短調Op.32-12
        交響曲第1番ニ短調Op.13
        幻想小品集Op.3-1
        ヴォカリーズOp.34-14
        パガニーニの主題による狂詩曲Op.43
 スクリャービン:練習曲Op.8-12
 ショパン:練習曲Op.25-9

【データ】
 監督:パーヴェル・ルンギン
 脚本:ミハエル・ドゥナエフ、ルシンダ・コクソン、パーヴェル・フィン
 音楽:ダン・ジョーンズ
 オーケストラ:スロヴァキア放送ブラティスラヴァ交響楽団
 コンサート・マスター:ヴィクトール・シンチスコ
 指揮:アラン・ウィルソン、レニエド・ヤーノシュ
 ピアノ・ソロ:トマス・ネメク、ラディスラフ・サンゾウィッツ
 ヴァイオリン・ソロ:ステファン・フィラス

 セルゲイ・ラフマニノフ:エフゲニー・ツィガノフ
 ナターシャ:ヴィクトリア・トルストガノヴァ
 スタインウェイ(フレッド):アレクセイ・コルトネフ
 ダール医師:イーゴリ・チェルニェヴィチ
 シャリャービン(フェージャ):オレグ・アンドレーエフ
 マリアンナ:ミリアム・セホン
 アンナ:ヴィクトリア・イサコヴァ
 ナターシャの母:エヴドキア・ゲマルノヴァ
 ズヴェレフ:アレクセイ・ペトレンコ

 2007年ロシア作品、96分

開く トラックバック(2)

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
dsch1963
dsch1963
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

標準グループ

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事