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■映画「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」
2008年5月3日(土)日比谷シャンテ・シネ
ダニエル・デイ=ルイスが今年の米アカデミー賞主演男優賞を受賞した作品。20世紀初頭のアメリカ西部を舞台に、アメリカン・ドリームを我が物にした主人公の野心と欲望を描いた大河ドラマ。実は観るかどうか迷っていたのだが、別の映画の上映館で観た予告編に、いきなりブラームスの「ヴァイオリン協奏曲」第3楽章が流れてきてビックリした。欲望にまみれ、富と権力を追い求めた野心家の「石油屋」を題材にした映画に、なぜこの音楽が流れるだろうか。そんな興味もあって観ることにした。あらすじは以下のとおり。(ネタバレ注意)
一攫千金を夢見るダニエル・プレインヴューは、幼い1人息子を連れて石油の採掘を行っていた。ある青年から、「故郷の広大な土地に石油が眠っている」と聞いた彼は、パートーナーのフレッチャーと共に米西部の小さな町、リトル・ボストンに赴き、安い土地を買占め、油井を掘り当てる。しかし、油井やぐらが火事になり、幼い息子は聴力を失う。精神に混乱を来した息子を、プレインビューは彼方の土地へ追いやってしまう。(goo映画から)
冒頭から「レディオヘッド」のジョニー・グリーンウッドによる、ひりつくような弦楽器の不協和音をバックにして、狭い坑道に発破をかけるダニエル・プレインビュー(ダニエル・デイ=ルイス)の姿が描かれる。それは、死と隣り合ったギャンブル的な仕事の性格を鮮やかに浮かび上がらせる。そういう一匹狼の鉱山労働者が、不毛の土地と思われたカリフォルニアの荒野に油床を見い出し、その採掘の成功から、やがて冷徹で独裁的な「石油王」になっていく様を、骨太なタッチで描いていく。ダニエル・デイ=ルイスの鬼気迫る演技は、アカデミー主演男優賞の受賞もむべなるかな。
同時に、この作品で注目させられるのは、油井となるところの土地を所有する一家の息子で、キリスト教原理主義的なカルト集団の若き牧師となるイーライ・サンデーに扮したポール・ダノの演技。この男の気持ち悪さといったら…。ダニエルは徹底してこの人物を嫌っているが、油井からのパイプラインを最短ルートで通すために、教会への信仰をもつ土地所有者の信頼を得るべく、イーライの教会で彼に膝まずき、容赦ない平手打ちさえ浴びる。そうして教団の一員として認められたところで発する「パイプライン」という一言に、利益のためならどんな手段をもいとわないダニエルの人物像が凝縮されており、思わず唸らされる。ここは、資本家とは資本の論理が人格として顕現した存在であることを、端的な形で形象化していると言えるだろう。同時に、この二人の姿には、現在のアメリカにおけるエネルギー資本と宗教右翼の位置と役割も重なって見えてくるような気がした。
原作は、米国の社会派作家で、アメリカ社会党、次いで民主党からカリフォルニア州知事選に出たこともあるアプトン・シンクレア(1878〜1968)が1927年に発表した『Oil!』(石油)という小説。主人公のモデルは、20世紀初頭の実在の石油王エドワード・ドヒニーだという。ドヒニーは、現在のドジャーズ・スタジアム付近で1892年に石油を掘り当て、巨万の富を築いた人物だそうだ。この原作本は、映画の公開を機に平凡社から再刊されたが、もともと戦前の1930年に同社で翻訳刊行されていたらしい。翻訳者の高津正道といえば、戦前からの社会運動家で、戦後社会党から衆議院議員になったことのある人物だ。当時、アメリカのプロレタリア文学というつもりで紹介したのだろうか。
さて、ブラームスのヴァイオリン協奏曲は、ダニエルが掘り当てた油井から石油が噴き出すシーンに一度登場した後、エンドロールで第3楽章がまるごと使われている。但し、誰の演奏かまではチェックできなったので、ご存知の方があればご教示いただきたい。なぜこの「石油屋」を描いた映画にブラームスか、結局よく分からなかったが、ふと思い当たったのは、「あ、ブラームスか」(油・息子)…。
【データ】
監督・脚本:ポール・トーマス・アンダーソン
原作:アプトン・シンクレア
製作:ジョアン・セラー、ポール・トーマス・アンダーソン、ダニエル・ルピ
音楽:ジョニー・グリーンウッド
ダニエル・プレインヴュー:ダニエル・デイ=ルイス
ポール・サンデー/イーライ・サンデー:ポール・ダノ
ヘンリー:ケヴィン・J・オコナー
フレッチャー:キアラン・ハインズ
H.W.:ディロン・フレイジャー
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