楽興の時・音の絵

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映画「歓喜の歌」

■映画「歓喜の歌」
2008年2月11日(月) 新宿ガーデンシネマ1

 「パッチギ!」「フラガール」のプロデューサー・李鳳宇が、歌うことの素晴らしさを織りこんだ笑いあり・涙ありの人情喜劇。これは面白かった。あらすじは以下のとおり。

 大晦日の前日、みたま文化会館に一本の電話がかかってきた。それはママさんコーラス「みたまレディースコーラス」からの明日行われるコンサートの予約の確認だった。役人らしく杓子定規な受け答えを済ました飯塚主任(小林薫)だったが、その横で部下の加藤青年(伊藤淳史)が真っ青になっている。なぜなら、明日は別のコーラス団体「みたま町コーラスガールズ」の予約も入っていたからだ。大晦日にダブルブッキングというミスを犯しながら、「どうせオバサンたちの暇つぶしだから」と平然と構える主任だったが、ママさんたちの歌への情熱はただならぬもので、五十嵐純子(安田成美)率いる“庶民派”ガールズも、“本格派”を謳うレディースも一歩も譲らないまま。そしていよいよ大晦日の幕が開ける――。落語家・立川志の輔の同名作品の映画化。(cinemacafe.netから)

 メガホンは「バタアシ金魚」「きらきらひかる」「東京タワー〜オカンと僕と、時々、オトン」の松岡錠司監督。「みたま市」というありふれた郊外の住宅都市が舞台。画面にチラッと「多摩都市モノレール」が映ったりする。だから「みたま」は三多摩の連想か、とガッテン…。「レディースコーラス」と「コーラスガールズ」という二つの似た名前の団体のコンサートを、文化会館の担当者がダブルブッキングしてしまうところからドタバタ劇が始まる。市役所の土木課の中間管理職だったが、安スナックのロシア人ホステスに入れ込んだあげく文化会館に飛ばされてきたために、やる気のなさが漂い、自らの責任で生じた事件についてもその場しのぎの対応で取り繕おうとする小林薫の主任。これにたいして、まじめだが、あまり要領のよくない伊藤淳史扮する若手職員というコンビが、なんともコミカルだ。

 さらに秀逸なのが、市長夫人をはじめセレブ系のオバさまたちが集まり、技術的に洗練されている結成20年の「レディースコーラス」と、日々の暮らしに汲々としているワーキングマザーたちが何とか練習をつんできた結成1年半の「コーラスガールズ」という、二つの団体の対照的な描き分け。今日の「格差社会」の現実をさらりと表現しており、なかなか巧みな設定だ。

 なかでも「ガールズ」に属するワーキングマザー一人ひとりのキャラが立っていて、彼女たちを描く目線が温かいのが、この映画の後味の良いところだ。元中学校の男子生徒憧れの的だった音楽の先生で、人のいいタクシー運転手の夫、小学生の男の子と暮らし、いまは介護ヘルパーという合唱のリーダーに安田成美。30歳になる引きこもり息子を抱え、かなり無理して短いミニスカートの制服を身に付けて中華ファミレスのウェイトレスで働く副代表に根岸季衣。姑とのビミョーな空気を漂わせつつ、小さな美容室をきりもりする団員に猫背椿(某カード会社CMとは印象がガラリと違う…笑)。レディースコーラスのリーダー・由紀さおりが経営するスーパーでタイムサービスの販売に声を張り上げる歌の巧い店員に平澤由美。夫が病気入院したため、くたくたになりながら中華料理屋とリフォームの店の両方の仕事をこなす女将さんに藤田弓子…。この女将さんが注文を間違えたお詫びに、娘が文化会館に餃子を届けにくるシーンの科白が泣かせる。いわく「朝夕はお父さんの見舞いに行って、昼はチャーハンやラーメン作って、夜はリフォーム。でも毎週、コーラスの練習は欠かさず行くんです。休みなよって言っても、忙しいから行くんだって。みんなと会うと、大変なのは自分だけじゃないのがわかるから、って」と――。これこそ「うたごえは生きる力」を地でゆくものと言えるだろう。

 こう書くと「ガールズ」のほうに肩入れしたくなるが、「レディース」の描き方も決して悪くない。「追い出したみたいになると後味悪いよね」という科白は、セレブの感覚をリアルに表しているのではなかろうか。そして「ガールズ」の歌を聴いて納得し、合同公演にいたる経過では「レディース」のリーダーが気風の良さを示す。ここが人情話たるゆえんだが、由紀さおりの演技がさらりとしているので、ベタな印象になっていない。とくに「レディース」の逸話で、ある団員の重病の娘のために、病室で「竹田の子守唄」を歌うというシーンに注目。セレブな女性たちなら、普通に考えれば、同じ子守唄でも、シューベルトの子守唄やブラームスの子守唄、あるいは「ねむの木の子守唄」(皇后作詞)などがレパートリーとなるだろう。「竹田の子守唄」といえば、子守奉公にだされた娘の恨み節と言うべき悲しい労働歌だ。はっきり言って、病室で子どもを慰めるには似つかわしくない。しかも、もともと京都の被差別部落で歌い継がれた歴史があり、そのために長く「放送禁止歌」とされてきた経緯もある(おかしな話だが、この経緯については森達也著『放送禁止歌』<光文社知恵の森文庫>を参照されたい)。その歌を「レディース」の女性たちが歌うというのは、かなり度肝をぬく設定であり、思わず唸ってしまった。それが実にハマっているのだ。製作者・李鳳宇のこだわりではないかと推測するが、どうだろうか。

 もう一つ、主役に安田成美を起用して、6年ぶりのスクリーン登場を果たさせたのも、製作者・李鳳宇のこだわりではないか。とても四十路とは思えない(?)ピュアな感じが、この役に合っている。映画「マリリンに逢いたい」で日本アカデミー賞主演女優賞を受賞してから、もう20年になるのだから、こちらも歳をとるはずだ。これまで特に好きな女優というわけではなかったが、これは彼女の代表作になる予感がする。

 その他のキャスティングもふるっていて、安田にたこ焼きでコロリと言いくるめられる警備員の笹野高史とか、「ガールズ」の面々から一人100円ずつとってお堂を練習場に提供する住職の立川談志師匠とか、なんともいえぬ味がある。個人的には、年増の色気をもった根岸季衣のがんばり母ちゃんぶりと、「釣りバカ」シリーズでおなじみ浅田美代子のシレっとした妻の演技が良い。それと「ダニー・ボーイ」でソロを歌う平澤由美の歌唱力は、たいしたものだ。

 もっとも、この映画はハッピーエンドだが、現実にはダブルブッキングがとんだ事件に発展している。東京文化会館による、ウィーン国立歌劇場「コシ・ファン・トゥッテ」公演と、東京都交響楽団定期演奏会とのダブルブッキングだ。その結果、先日、10月23日の都響定期が中止に追い込まれるという事態が発表されたばかり。2月2日の封切日の舞台あいさつで、小林薫は「私なら合同公演をやってます」と言って笑いをとったそうだが、現実の話は決して笑えない。評者はこの事件にかなり怒っているが、その批判は他日を期したい。

【データ】
 製作:李鳳宇、河合洋、井上泰一
 原作:立川志の輔
 脚本:真辺克彦、松岡錠司
 音楽:岩代太郎
 監督:松岡錠司

 飯塚正(みたま文化会館主任):小林薫
 加藤俊輔(若手職員):伊藤淳史
 松尾みすず(みたまレディースコーラスリーダー):由紀さおり
 北澤直樹(副主任):田中哲司
 大田登紀子:藤田弓子
 塚田真由美(中華ファミレス店員):根岸季衣
 五十嵐恒夫:光石研
 宗方清(みたま市長):斎藤洋介
 宗方まりこ(みたま市長の妻):片桐はいり
 葛飾太郎:でんでん
 妹尾浩子(美容院経営):猫背椿
 相崎陽子(スーパー「みすず屋」店員)平澤由美
 岩瀬理恵(パート主婦):江本純子
 亀田紀子:吉本菜穂子
 森永瞳:土屋久美子
 佐久間礼子:峯村リエ
 飯塚千夏:於保佐代子
 田所美代子:宮本裕子
 売店の女性:吉井有子
 塚田尚人:浪岡一喜
 北京飯店アルバイト:山本浩司
 大田綾香:朝倉あき
 事務員:野嵜好美
 シャラポワ(外国人ホステス):アンナ・カネキ
 みたまレディースコーラスメンバー:安田祥子
 タクシーに乗車した落語家:立川志の輔
 小野寺住職:立川談志
 スナックの常連客:リリー・フランキー
 飯塚さえ子:浅田美代子
 「リフォーム大田」の客:筒井道隆
 伊藤茂(市役所の警備員):笹野高史
 大河原勇(スマイル建設社長):塩見三省
 大河原フク:渡辺美佐子
 五十嵐純子(みたまコーラスガールスリーダー兼指揮者):安田成美

 企画・製作・配給:シネカノン(カラー・112分)

映画「母べえ」

■映画「母べえ」
2008年2月5日(火) 新宿ジョイシネマ2

 山田洋次監督が、長年黒澤明監督のスクリプターをつとめた野上照代さんのノンフィクション「父へのレクイエム」を映画化した作品。「国体」という存在が絶対的権威をもち、「思想の自由」「表現の自由」がじゅうりんされた時代のなかで、それに抗して生き抜こうとする一家の情愛が、抑制された筆致で描かれている。あらすじは以下のとおり。

 昭和15年2月のある夜、東京に暮らす野上家では、夫の滋(坂東三津五郎)と妻の佳代(吉永小百合)、しっかり者の長女・初子(志田未来)と天真爛漫な次女・照美(佐藤未来)が笑いの絶えない楽しい夕食を囲んでいた。まさかそれが、家族揃った最後の晩餐になるとも知らずに。翌朝、ドイツ文学者である滋が治安維持法違反で検挙されてしまう。目の前で縄をかけられる父を呆然と見つめる娘たち。黙って見送るしかない佳代。そして昭和16年、野上家は初めて滋のいない正月を迎える。太平洋戦争の波に巻き込まれながら、それでも佳代は希望を捨てず、ひたすら滋の帰りを待っていた…。昭和を生き抜いた一人の母を通して描く、家族愛の物語。(cinemacafe.netより)

 家族同士それぞれ「父べえ」「母べえ」「初べえ」「照べえ」と呼びあうユーモラスな一家。家父長的な権威主義とは正反対の、リベラルであたたかい野上家の雰囲気が伝わる。「父べえ」こと滋(坂東三津五郎)は、いわゆる社会運動家ではなく、ドイツ文学の市井の研究者だが、日中戦争(映画では「支那事変」の用語が使われる)に対して批判的な考えをもっていた。ところが1940年の冬の早朝、特高警察が踏みこんできて、滋を逮捕・連行していき、一家のだんらんは突如として引き裂かれる。残された妻・佳代(吉永小百合)は、どうにか近くの小学校の代用教員の職を得て、女手ひとつで二人の娘、初子(志田未来)と照美(佐藤未来)を育てていく。その野上一家に、滋のかつての教え子で、出版社に勤務する山崎(浅野忠信)が訪ねてくる。どこか頼りなげな山崎だが、野上家に残された母娘をささえる役回りを演じる。滋の妹の画学生・久子(檀れい)も野上家に出入りし、一家を助ける。他方、佳代の父(中村梅之介)は、山口県下の元警察署長という立場上、思想犯である夫をあくまで守ろうとする娘を許すことができない。滋は自らの信念を曲げないまま、長期の獄中生活をよぎなくされ、劣悪な環境のなかで健康を害し、次第にやせ衰えていく。

 作品中の野上滋のモデルは、1901年生まれのドイツ文学者・野上巌である。新島繁の筆名で、戦前の三笠書房から刊行された「唯物論全書」の一冊として『社会運動思想史』を執筆したことでも知られている。現実の野上は、プロレタリア文化運動にくわわり、勤務先の日本大学を追われた後、1938年に唯物論研究会にたいする治安維持法での弾圧によって検挙投獄され、1940年に保釈出獄している。戦火のなかを生き抜き、戦後早くから民主主義科学者協会や新日本文学会で活動し、1957年に56歳で亡くなっている。だが、映画のなかの野上は、1942年初めに獄死したという設定になっている。戦前の唯研にかかわって検挙された研究者には、『日本イデオロギー論』の戸坂潤や『人生論ノート』の三木清のように獄死した人もいるから、こういう創造上の改変は当然あってよいことだろう。

 主人公「母べえ」を演じるのは吉永小百合。素敵な女優だとは思うのだが、率直にいって、かつてのNHKテレビ「夢千代日記」を除いて、映画での主演作品には必ずしも恵まれない印象が強かった。今回はその清楚で凛としたたたずまいが、この役柄に見事に合致している。坂東三津五郎の「父べえ」は、時流に抗した誠実な人柄と、獄中でやせ衰えていくさまを、抑制のきいた演技で見せる。「武士の一分」での部下の妻を篭絡する役柄とは対照的だ。そして、山崎に扮する浅野忠信が、ピュアな心の持ち主で「母べえ」をひそかに慕う青年をユーモラスに演じ、黒木和雄監督「父と暮せば」の青年に続いて印象深い。その山崎にほのかな想いを寄せる、都会的でしゃきっとした画学生・久子役の檀れいも、山田監督の「武士の一分」に続いて好演する(「金麦」CMに続いてますますファンになってしまう…笑)。さらに二人の娘役、志田未来と佐藤未来が抜群に上手い。当時の「ぜいたくは敵だ」の時流に背を向ける叔父に扮する笑福亭鶴瓶のとぼけた味が、重くなりがちな作品に笑いを添える。また、「母べえ」の厳格で融通のきかぬ父親役の中村梅之介や、特高刑事役の笹野高史、思想検事役の吹越満が、それぞれ珍しく憎まれ役を演じ、物語全体を引き締めている。但し、ラストの「母べえ」が戦後かなり経ってからの病院で息をひきとろうとする場面は、なくてもよかったと思うのだが、どうだろうか。

 山田洋次監督の作品といえば、高度成長期のひずみを描いた「家族」「故郷」や、高齢化時代の父子の絆を映しだした「息子」など、家族のあり方を問うた秀作が多い。その監督が、なぜ今の時期に、あえて十五年戦争の展開する暗い時代の家族の姿にスポットを当てたのだろうか――。過去の戦争への反省に背を向ける風潮も根強くあるなかで、そこに込められたメッセージをしっかり噛みしめたいと思う。

【データ】
 監督:山田洋次
 原作:野上照代
 脚本:山田洋次、平松恵美子
 撮影:長沼六男
 美術:出川三男
 音楽:冨田勲

 野上佳代:吉永小百合
 山崎徹:浅野忠信
 野上久子:檀れい
 野上初子:志田未来
 野上照美:佐藤未来
 小菅:笹野高史
 隣組組長・福田:でんでん
 福田健一:神戸浩
 小宮山:近藤公園
 渡辺夫人:茅島成美
 藤岡久太郎:中村梅之助
 ?:小林稔侍
 島崎:松田洋治
 交番の巡査:赤塚真人
 杉本検事:吹越満
 藤岡ふみ:左時枝
 二階堂肇:鈴木瑞穂
 野上照美(大人):戸田恵子
 野上初子(大人):倍賞千恵子(特別出演)
 野村医師:大滝秀治
 藤岡仙吉:笑福亭鶴瓶
 野上滋:坂東三津五郎

 2007年松竹作品、2時間12分

■映画「バレエ・リュス―踊る歓び、生きる歓び」
2008年1月13日(日) 渋谷・ライズX

 半分は期待外れ。にもかかわらず、実に面白いドキュメンタリー映画だった。

 なぜ期待外れかといえば、あのディアギレフのバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)を扱った映画ではなかったからだ。バレエ・リュスといえば、1909年にパリで旗揚げされ、ストラヴィンスキー「火の鳥」「ペトルーシュカ」やドビュッシー「牧神の午後」などの舞台で知られる。とりわけ1913年の「春の祭典」初演でセンセーションを巻きおこしたのは名高い。いわば今日のモダンバレエの基礎を築いた団体。だが、ディアギレフの死去によって1929年に解散。2年経った1931年、ロシア歌劇団の経営者ワシーリィ・ド・バジル大佐と、モンテカルロ歌劇場のルネ・ブリュムによって「再建」されたのが「バレエ・リュス・ド・モンテカルロ」だった。映画は、このバレエ団の歴史を扱ったドキュメンタリーなのだ。1931年の再建から1962年に最後の舞台を迎えるまでの同バレエ団の貴重な映像記録と、2000年に米ニューオリンズで開かれた同バレエ団の同窓会や、その前後にインタビューした昔のバレエ・ダンサーたちの回想談とが、巧みに編集されている。

 1917年のロシア革命の後、パリには亡命ロシア人の家族が多数いた。1931年のバレエ団再建後に芸術監督となったジョージ・バランシンは、こうしたロシア系の子どものダンサーをスカウトし新しい人材として起用。ディアギレフ時代の3人の振付師――フォーキン、ニジンスカ、それにレオニード・マシーンが競いあい、優れた舞台をつくる。特に自らもダンサーだったマシーンは、斬新な振付が話題をよび、次の芸術監督に。33年のロンドン・デビュー公演では「シンフォニック・バレエ」と称して、チャイコフスキーの交響曲第5番などのバレエ化にとりくむ。ここで興味深いのは、当時批評家から酷評が相次いだのに対し、観客は圧倒的に支持し、以後「シンフォニック・バレエ」が定番になったという事実だ。ベルリオーズ「幻想」やベートーヴェン「第7」などもレパートリーになる。ふだんバレエを見ない評者も、これらの舞台の映像は面白かった。さらに、バレエ・リュスは同年暮れに渡米し、それまでバレエをほとんど知らなかった米国の観客を熱狂させる。

 だが、こうした成功と並行するように、内部に確執がおきる。ド・バジル大佐と、芸術監督マシーンとの軋轢の結果、バレエ団は分裂。マシーンは銀行家デナムと組んで「バレエ・リュス・ド・モンテカルロ」の名称を継承。これにたいしてド・バジルらの側は「オリジナル・バレエ・リュス」を名乗る。二つのバレエ団はロンドンで競いあい「バレエ戦争」とよばれる。その後、第2次世界大戦の開始に伴い、二つのバレエ団はいずれも大西洋を渡る。マシーンのバレエ団は米国を中心に活動。他方、米国の大物興行主ソル・ヒューロックと対立したド・バジル大佐のバレエ団は、オーストラリアや中南米で成功をおさめる。だが、中南米の経済的困窮のなかで巡業は続かず、ド・バジル大佐のバレエ団は戦後の1948年、幕を閉じることになる。

 マシーンのバレエ・リュスは米国で評判をとり、ダンサーたちはハリウッド映画にも出演する。1940年に初演された「バッカナール」(ワーグナー「タンホイザー」第1幕、ヴェーヌスベルクの場面)は、マシーンの振付、サルヴァトーレ・ダリの美術という斬新な舞台で話題になったが、これなどは一度でいいから実演を観てみたいものだ。

 ところが、マシーンは贅沢な生活におぼれる一方で、新制作の舞台はふるわなくなり、42年にデナムによって解雇される。その後、ブロードウェイで活躍していたもと芸術監督バランシンが団体に戻るが、47年には妻のバレリーナ、マリーア・トールチーフとともに退団し、バレエ・ソサエティ(後のニューヨーク・シティ・バレエ)を結成する。マシーンやバランシンといった芸術的支柱を失ったバレエ・リュスは低迷し、デナムがニーナ・ノヴァクに入れ込んだため、他のスターたちが次々に退団。財政難に陥り、ついに1962年4月14日、ブルックリンの音楽アカデミーでの公演が最後になった。

 このように、映画は「バレエ・リュス・ド・モンテカルロ」結成後の30余年の歴史を、そのときどきの世界史的事件と関わらせながら、数多くの公演の貴重なフィルムや写真などを織り交ぜてたどっており、完成度の高いドキュメンタリーになっている。

 エピローグが感動的だ。当時のダンサーたちは70〜80歳代になっても、米国内をはじめ欧州や南米などで後進の指導の第一線に立ち、ディアギレフ以来の伝統ある技術や表現方法を伝えている。そうした解散後のダンサーたちの歩みが「火の鳥」のフィナーレをバックに一人ずつ説明される。そのエピローグを含め、スクリーンに映し出される元ダンサーたちの夕映えの姿は、いずれも生き生きとして若々しい。なかでも90歳を超えるフレデリック・フランクリンのしなやかな身のこなしは驚異的。世界トップクラスのダンサーだけに、鍛え方が違っていたのだろうが、こんな歳の取り方はとても真似できまい。


【データ】
 監督・製作・編集・脚本:ダニエル・ゲラー、デイナ・ゴールドファイン
 ナレーター:マリアン・セルデス

 出演:アリシア・マルコワ(1910〜2004)
    ミア・スラヴェンスカ(1914〜2002)
    ニニ・テイラード(1916〜)
    ターニャ・リャブシンスカ(1917〜2000)
    ナタリア・クラソフスカ(1918〜2005)
    イリナ・バロノワ(1919〜)
    タマラ・チネロバ・フィンチ(1919〜)
    タチアナ・ステパノワ(1924〜)
    マリーア・トールチーフ(1925〜)
    ニーナ・ノヴァク(1927〜)
    イヴォンヌ・シュートウ(1929〜)
    レイヴン・ウィルキンソン(1936〜)
    イヴォンヌ・クレイグ(1937〜)
    ロシェル・ザイド(1938〜)

    フレデリック・フランクリン(1914〜)
    マーク・プラット(1915〜)
    ジョージ・ゾリッチ(1917〜)
    ミゲール・テレホフ(1928〜)
    アラン・ハワード(1931〜2003)
    ウェイクフィールド・プール(1936〜)

 原題:Ballets Russes
 2005年・アメリカ作品、118分

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映画「椿三十郎」

■映画「椿三十郎」
2008年1月6日(日)吉祥寺プラザ

 あらためて紹介するまでもなく、黒澤明監督・三船敏郎主演の1962年作品「椿三十郎」のリメイク。黒澤の作品は、戦争中の「姿三四郎」や「一番美しく」も含めてたぶん全部一度は見ているが、正直なところ「椿三十郎」は学生時代に一回見たきり。とくに好きでも嫌いでもなく、これといった思い入れもない。三船の豪快な野太さと「踊る大捜査線」(というより最近は「世界陸上」か)のイメージが強い織田クンの熱っぽい軽さとでは、ずいぶん味わいが違うだろうとは思うが、黒澤作品と比べても野暮なので、まったくの新作を楽しむつもりで観る。今回メガホンをとったのは森田芳光。あまりこの人の作品は観ていない。「それから」とか「失楽園」とか「間宮兄弟」とか、あの悪評サクサクだった「模倣犯」は観たが…。高望みしないことにしよう。

 若侍9人が、次席家老黒藤(小林稔侍)と国許用人竹林(風間杜夫)の汚職を告発しようと、森の中の社殿で密議をこらしていた。若侍の一人井坂伊織(松山ケンイチ)は、伯父の城代家老睦田(藤田まこと)に意見書を提出したが、受け入れてもらえない。しかし大目付菊井(西岡徳馬)に話すと同意が得られたという。ところがその話を耳にした浪人(織田裕二)は「城代家老は本物、大目付が黒幕だ」と喝破する――。

 作品は、黒沢らのオリジナル脚本をほぼそのまま使ったという。だが、白黒がカラーになっただけでなく、監督や俳優が変わるとテイストはまったく変わる。織田クンの三十郎は、全身から「いい人オーラ」が出まくっている。対する敵方の達人・室戸半兵衛(豊川悦司)は悪者三人組に与しつつ、彼らを冷ややかに見ているアウトサイダー的な雰囲気を醸しだして悪くないが、鉄分不足かもしれない。悪役三人では、西岡徳馬、小林稔侍はよいが、風間杜夫の演技はちょっとオーバーではないか。いい味をだしているのは、三十郎らに捕らえられた押入れ侍・木村役の佐々木蔵之助。敵側に監禁されるなかで相手に同調してしまう、いわゆる「ストックホルム症候群」の様子を飄々とコミカルに表現する。松山ら若侍たちはいかにもバカっぽい雰囲気が出ている。残念なのは女優陣で、大ボケキャラの中村玉緒が睦田夫人、でこっぱち鈴木杏が娘では、バラエティ番組のコントにしか見えない。黒藤家の腰元に森下千里や、すほうれいこもでてくるし…。あえて野暮をいうが、黒澤作品の入江たか子・団令子の母娘が懐かしい。

 もともと台本がしっかりしているから、作品全体は退屈せずに楽しめるが、映像が平板で画面に陰翳や奥行きがあまり感じられないのが残念。それに、カラー作品なので血しぶきを飛ばさない配慮をしたのは理解できなくもないが、そのせいもあってか、ラストの三十郎と半兵衛の対決がいまひとつ凄みに欠ける。今年は「隠し砦の三悪人」もリメイクされるそうだが、一体どうなるのだろうか。

【データ】
 監督:森田芳光
 製作総指揮:角川春樹
 原作:山本周五郎
 脚本:菊島隆三、小国英雄、黒澤明
 音楽:大島ミチル
 
 椿三十郎:織田裕二
 室戸半兵衛:豊川悦司
 井坂伊織:松山ケンイチ
 千鳥:鈴木杏
 腰元こいそ:村川絵梨
 木村:佐々木蔵之助
 寺田文治:林剛史
 保川邦衛:一太郎
 河原晋:粕谷吉洋
 守島隼人:富川一人
 守島広之進:戸谷公人
 関口信吾:鈴木亮平
 八田覚蔵:小林裕吉
 広瀬俊平:中山卓也
 竹林:風間杜夫
 菊井:西岡徳馬
 黒藤:小林稔侍
 睦田夫人:中村玉緒
 睦田:藤田まこと

 2007年東宝・119分

■映画「北辰斜にさすところ」
2007年12月23日(日) シネマスクエアとうきゅう

 戦後60年、85歳を迎えようとしている上田勝弥(三國連太郎)のもとに、「五高七高対抗戦百周年記念試合」の案内状が届く。かつて第七高等学校の野球部のエースとして活躍し、その後軍医として出兵、戦後は開業医を営み、今は悠々自適に老後生活を過ごす勝弥。せっかく野球部の仲間たちが、勝弥の故郷・熊本県人吉市の球場で開催することに決めたその試合だったが、勝弥は「ワシは行かんよ」と断ってしまう。実は、彼には最も尊敬し、慕った同郷の先輩・草野正吾(緒形直人)を、なす術なく戦場に遺して帰ったという辛い過去を抱えており、いまだにその懺悔の思いを断ち切れずにいたのだ。そして記念試合の日が刻々と迫ってきた――。(cinemacafe.netから)

(以下、ネタバレ注意)
 「北辰斜にさすところ」という標題は、鹿児島の旧制第七高等学校の寮歌に由来する。作品は冒頭、ファイアーストームで七高生たちが寮歌を放歌高吟し踊り狂うところから始まる。さらに1926(大正15)年、熊本で七高と五高との野球試合がおこなわれ、七高応援団が五高の寮歌をばかにしたため、熊本市民を巻き込んだ騒動になる逸話も紹介される。

 前半は、それから後、日本が中国との戦争に突入しようとした時代に、七高で学生生活を送った三國連太郎扮する上田勝弥を中心に、バンカラながら文武両道にいそしみ、女性には純情な旧制高校生たちの学生生活を表現。後半は、その旧制高校生の多くが戦争で命を散らしていく様を描く。勝弥の弟の勝雄は沖縄戦で戦死してしまう。勝弥は九州帝大に進み、軍医として南方に派遣される。そこで野戦病院の部隊に命令が下り、瀕死の草野を戦場に置き去りにして転戦せざるをえなかったことが、心の傷になっていることが浮き彫りにされる。神山監督の演出は、さすがに「月光の夏」「ひめゆりの塔」「三たびの海峡」などの作品を残してきた監督らしく、戦争の悲劇を声高でなく丹念に告発する。

 指宿の海岸で孫・勝男(林征生)にたいして、勝弥が「帰ってこられない者がいっぱいいるんだ」と語る場面がとりわけ印象深い。三國連太郎の重厚で抑制のきいた演技が光る。神山作品でおなじみの緒方直人が旧制高校生役というのは年齢的にもちょっと無理ではないかと思っていたが、それなりにはまっている。また、勝弥とバッテリーを組んだ相手で「記念試合」を前に亡くなってしまうキャッチャー西崎(織本順吉)をはじめ、七高OBを演じる神山繁、滝田裕介、土屋嘉男、犬塚弘、高橋長英、五高OBを演じる樋浦勉、鈴木瑞穂らが渋い。特に神山の「暴走老人」ぶりにびっくり。西崎の妻に扮する佐々木すみ江、勝弥の子息を演じる林隆三が脇を締めている。個人的には「若い広場」以来のファンであり、最近は原爆小頭症問題の研究でも注目している斉藤とも子さんの健気な母親姿がよかった。犬塚の演じる「天本」は、あの仮面ライダー・死神博士でおなじみ天本英世氏がモデルというのも驚きだ。

 バンカラな寮歌の世界というのは苦手だし、女子禁制の寮生活のなかで「デカンショ(デカルト・カント・ショーペンハウエル)、デカンショで半年暮らす」とうたわれた旧制高校のエリート教育が、日本の進路を正しくリードする力になり得なかったことを、われわれは知っている。そういう意味で作品世界にのめりこめない面があることを告白せざるをえない。また、部分的に鹿児島や人吉の名所案内的場面が挿入されるところは、ご当地映画独特のゆるい感じもある。最後の「記念試合」の場面は賛否が分かれるかもしれない。しかし、当時の若者が多く戦場で命を散らしたことへの悲しみを受けとめたい。

 余談だが、プログラムの巻末の協力者一覧のなかに、鹿児島大学に進んだ高校時代の同級生の名前を見つけた。こういうかたちで文化を支援する友人がいるのは実に嬉しい。

【データ】
 監督・脚本・製作:神山征二郎
 製作:廣田稔
 原作・脚本:室積光『記念試合』(小学館刊)
 プロデューサー:鈴木トシ子

 上田勝弥(七高伝説のエース、開業医):三國連太郎
 草野正吾(ミスター七高生):緒形直人
 上田勝弘(勝弥の息子、開業医):林隆三
 橋本富子(勝弥の長女):佐々木愛
 上田勝弥(青年時代):和田光司
 上田勝男(勝弥の孫、高校三年生):林征生
 上田勝雄(勝弥の弟):笹村浩介(特別出演)
 西崎京子(七高生のマドンナ、西崎浩一の妻):清水美那
 露崎真知子(エレベーターガール):大西麻恵
 本田一(七高OB、東京七高会の幹事長):神山繁
 海路政夫(七高OB、同窓会委員):北村和夫
 西崎浩一(勝弥の女房役だったキャッチャー):織本順吉
 村田聡(七高OB):滝田裕介
 赤木吾郎(七高OB):土屋嘉男
 真田喜信(七高OB、鹿児島七高会の事務局長):坂上二郎

 2007年・日本映画 111分

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