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■映画「歓喜の歌」
2008年2月11日(月) 新宿ガーデンシネマ1
「パッチギ!」「フラガール」のプロデューサー・李鳳宇が、歌うことの素晴らしさを織りこんだ笑いあり・涙ありの人情喜劇。これは面白かった。あらすじは以下のとおり。
大晦日の前日、みたま文化会館に一本の電話がかかってきた。それはママさんコーラス「みたまレディースコーラス」からの明日行われるコンサートの予約の確認だった。役人らしく杓子定規な受け答えを済ました飯塚主任(小林薫)だったが、その横で部下の加藤青年(伊藤淳史)が真っ青になっている。なぜなら、明日は別のコーラス団体「みたま町コーラスガールズ」の予約も入っていたからだ。大晦日にダブルブッキングというミスを犯しながら、「どうせオバサンたちの暇つぶしだから」と平然と構える主任だったが、ママさんたちの歌への情熱はただならぬもので、五十嵐純子(安田成美)率いる“庶民派”ガールズも、“本格派”を謳うレディースも一歩も譲らないまま。そしていよいよ大晦日の幕が開ける――。落語家・立川志の輔の同名作品の映画化。(cinemacafe.netから)
メガホンは「バタアシ金魚」「きらきらひかる」「東京タワー〜オカンと僕と、時々、オトン」の松岡錠司監督。「みたま市」というありふれた郊外の住宅都市が舞台。画面にチラッと「多摩都市モノレール」が映ったりする。だから「みたま」は三多摩の連想か、とガッテン…。「レディースコーラス」と「コーラスガールズ」という二つの似た名前の団体のコンサートを、文化会館の担当者がダブルブッキングしてしまうところからドタバタ劇が始まる。市役所の土木課の中間管理職だったが、安スナックのロシア人ホステスに入れ込んだあげく文化会館に飛ばされてきたために、やる気のなさが漂い、自らの責任で生じた事件についてもその場しのぎの対応で取り繕おうとする小林薫の主任。これにたいして、まじめだが、あまり要領のよくない伊藤淳史扮する若手職員というコンビが、なんともコミカルだ。
さらに秀逸なのが、市長夫人をはじめセレブ系のオバさまたちが集まり、技術的に洗練されている結成20年の「レディースコーラス」と、日々の暮らしに汲々としているワーキングマザーたちが何とか練習をつんできた結成1年半の「コーラスガールズ」という、二つの団体の対照的な描き分け。今日の「格差社会」の現実をさらりと表現しており、なかなか巧みな設定だ。
なかでも「ガールズ」に属するワーキングマザー一人ひとりのキャラが立っていて、彼女たちを描く目線が温かいのが、この映画の後味の良いところだ。元中学校の男子生徒憧れの的だった音楽の先生で、人のいいタクシー運転手の夫、小学生の男の子と暮らし、いまは介護ヘルパーという合唱のリーダーに安田成美。30歳になる引きこもり息子を抱え、かなり無理して短いミニスカートの制服を身に付けて中華ファミレスのウェイトレスで働く副代表に根岸季衣。姑とのビミョーな空気を漂わせつつ、小さな美容室をきりもりする団員に猫背椿(某カード会社CMとは印象がガラリと違う…笑)。レディースコーラスのリーダー・由紀さおりが経営するスーパーでタイムサービスの販売に声を張り上げる歌の巧い店員に平澤由美。夫が病気入院したため、くたくたになりながら中華料理屋とリフォームの店の両方の仕事をこなす女将さんに藤田弓子…。この女将さんが注文を間違えたお詫びに、娘が文化会館に餃子を届けにくるシーンの科白が泣かせる。いわく「朝夕はお父さんの見舞いに行って、昼はチャーハンやラーメン作って、夜はリフォーム。でも毎週、コーラスの練習は欠かさず行くんです。休みなよって言っても、忙しいから行くんだって。みんなと会うと、大変なのは自分だけじゃないのがわかるから、って」と――。これこそ「うたごえは生きる力」を地でゆくものと言えるだろう。
こう書くと「ガールズ」のほうに肩入れしたくなるが、「レディース」の描き方も決して悪くない。「追い出したみたいになると後味悪いよね」という科白は、セレブの感覚をリアルに表しているのではなかろうか。そして「ガールズ」の歌を聴いて納得し、合同公演にいたる経過では「レディース」のリーダーが気風の良さを示す。ここが人情話たるゆえんだが、由紀さおりの演技がさらりとしているので、ベタな印象になっていない。とくに「レディース」の逸話で、ある団員の重病の娘のために、病室で「竹田の子守唄」を歌うというシーンに注目。セレブな女性たちなら、普通に考えれば、同じ子守唄でも、シューベルトの子守唄やブラームスの子守唄、あるいは「ねむの木の子守唄」(皇后作詞)などがレパートリーとなるだろう。「竹田の子守唄」といえば、子守奉公にだされた娘の恨み節と言うべき悲しい労働歌だ。はっきり言って、病室で子どもを慰めるには似つかわしくない。しかも、もともと京都の被差別部落で歌い継がれた歴史があり、そのために長く「放送禁止歌」とされてきた経緯もある(おかしな話だが、この経緯については森達也著『放送禁止歌』<光文社知恵の森文庫>を参照されたい)。その歌を「レディース」の女性たちが歌うというのは、かなり度肝をぬく設定であり、思わず唸ってしまった。それが実にハマっているのだ。製作者・李鳳宇のこだわりではないかと推測するが、どうだろうか。
もう一つ、主役に安田成美を起用して、6年ぶりのスクリーン登場を果たさせたのも、製作者・李鳳宇のこだわりではないか。とても四十路とは思えない(?)ピュアな感じが、この役に合っている。映画「マリリンに逢いたい」で日本アカデミー賞主演女優賞を受賞してから、もう20年になるのだから、こちらも歳をとるはずだ。これまで特に好きな女優というわけではなかったが、これは彼女の代表作になる予感がする。
その他のキャスティングもふるっていて、安田にたこ焼きでコロリと言いくるめられる警備員の笹野高史とか、「ガールズ」の面々から一人100円ずつとってお堂を練習場に提供する住職の立川談志師匠とか、なんともいえぬ味がある。個人的には、年増の色気をもった根岸季衣のがんばり母ちゃんぶりと、「釣りバカ」シリーズでおなじみ浅田美代子のシレっとした妻の演技が良い。それと「ダニー・ボーイ」でソロを歌う平澤由美の歌唱力は、たいしたものだ。
もっとも、この映画はハッピーエンドだが、現実にはダブルブッキングがとんだ事件に発展している。東京文化会館による、ウィーン国立歌劇場「コシ・ファン・トゥッテ」公演と、東京都交響楽団定期演奏会とのダブルブッキングだ。その結果、先日、10月23日の都響定期が中止に追い込まれるという事態が発表されたばかり。2月2日の封切日の舞台あいさつで、小林薫は「私なら合同公演をやってます」と言って笑いをとったそうだが、現実の話は決して笑えない。評者はこの事件にかなり怒っているが、その批判は他日を期したい。
【データ】
製作:李鳳宇、河合洋、井上泰一
原作:立川志の輔
脚本:真辺克彦、松岡錠司
音楽:岩代太郎
監督:松岡錠司
飯塚正(みたま文化会館主任):小林薫
加藤俊輔(若手職員):伊藤淳史
松尾みすず(みたまレディースコーラスリーダー):由紀さおり
北澤直樹(副主任):田中哲司
大田登紀子:藤田弓子
塚田真由美(中華ファミレス店員):根岸季衣
五十嵐恒夫:光石研
宗方清(みたま市長):斎藤洋介
宗方まりこ(みたま市長の妻):片桐はいり
葛飾太郎:でんでん
妹尾浩子(美容院経営):猫背椿
相崎陽子(スーパー「みすず屋」店員)平澤由美
岩瀬理恵(パート主婦):江本純子
亀田紀子:吉本菜穂子
森永瞳:土屋久美子
佐久間礼子:峯村リエ
飯塚千夏:於保佐代子
田所美代子:宮本裕子
売店の女性:吉井有子
塚田尚人:浪岡一喜
北京飯店アルバイト:山本浩司
大田綾香:朝倉あき
事務員:野嵜好美
シャラポワ(外国人ホステス):アンナ・カネキ
みたまレディースコーラスメンバー:安田祥子
タクシーに乗車した落語家:立川志の輔
小野寺住職:立川談志
スナックの常連客:リリー・フランキー
飯塚さえ子:浅田美代子
「リフォーム大田」の客:筒井道隆
伊藤茂(市役所の警備員):笹野高史
大河原勇(スマイル建設社長):塩見三省
大河原フク:渡辺美佐子
五十嵐純子(みたまコーラスガールスリーダー兼指揮者):安田成美
企画・製作・配給:シネカノン(カラー・112分)
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