楽興の時・音の絵

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■映画「僕のピアノコンチェルト」
2007年12月2日(日)銀座テアトルシネマ

 結論から言うと身もフタもないが、この映画には共感できなかった。

 物語は、IQ180という驚異的な知能のうえ、ピアノの才能も天才的というヴィトス少年(テオ・ゲオルギュー)が主人公。両親とりわけ母親(ジュリカ・ジェンキンス)は、その神童を世界的なピアニストにしよう英才教育に励む。頭は天才だが、心は少年のままの彼が、自分自身でいられるのは、木工職人の祖父(ブルーノ・ガンツ)と一緒に過ごす時間だけ。ベビーシッターとしてやってきた親戚の少女イザベルに幼い恋心を抱く。だが、母親によって祖父からは遠ざけられ、イザベルも解任されるなかで、ヴィトス少年はベランダから飛び降りて「普通の子ども」になる大芝居を打つといった筋書きで展開する。

 途中までは、英才教育のなかで、かえって孤立感を募らせる主人公の気持ちがある程度は伝わるし、また、CDショップで再会したイザベルに恋心を抱き、歓心を買おうとするが、人の心は頭脳やお金では買えないことを知るあたりは、少年の挫折をそれなりにうまく表現している。だが、会社を解雇されそうになる父親を救うために天才的な頭脳を使ってマネーゲームで大もうけし、また、シューマンのピアノ協奏曲を見事に演奏し、そのことによって家族を再生させるという結末は、あまりにご都合主義的。それに最後の場面で、イザベルがコンサート会場に花束をもって駆けつけているのに、それを受けとるヴィトス少年の表情が読み取れない映像というのは、いったい何なのか。結局、この作品は、天才少年をめぐる数奇なエピソードにすぎず、人間ドラマとしての深まりがない。こういう映画をみて、子どもを周囲から切り離し鼻持ちならぬ「神童」に育てたり、幼少時から株取引を教えたりしようとする輩が出てきても、「どうぞご勝手に」というしかないのだが…。

 主演のテオ・ゲオルギュー君自身、1992年生まれで、2004年サンマリノ国際ピアノコンクールやフランツ・リストコンクールで優勝した天才少年だそうだが、いい恋愛をたくさんして、人間的な広がりをもったピアニストに成長してほしいと願うばかりだ。

【データ】
 監督:フレディ・M・ムーラー
 脚本:ペーター・ルイジ、フレディ・M・ムーラー、ルカス・B・スッター
 製作:クリスチャン・ダヴィ、クリストフ・ネーラッハー、フレディ・M・ムーラー

 祖父:ブルーノ・ガンツ
 ヴィトス・フォン・ホルツェン(6歳):ファブリツィオ・ボルツァーニ
 ヴィトス・フォン・ホルツェン(12歳):テオ・ゲオルギュー
 ヘレン・フォン・ホルツェン(母):ジュリカ・ジェンキンス
 レオ・フォン・ホルツェン(父):ウルス・ユッカー

原題:Vitus
2006年スイス映画、121分

■映画「エディット・ピアフ―愛の讃歌」
2007年12月2日(日)新宿武蔵野館3

 シャンソンはあまり聴かないが、「愛の讃歌」や「バラ色の人生」を歌うエディット・ピアフの歌声くらいは知っている。その半生を描いた作品は見ごたえがあった。

 第一次世界大戦下の1915年、エディット・ジョヴァンナ・ガション(マリオン・コティヤール)は、大道芸人の父親(ジャン=ポール・ルーヴ)と路上で歌を歌って日銭を稼ぐ母親(クロチルド・クロー)の間に生まれる。幼い時に両親と生き別れになり、娼館を営む祖母ルイーズ(カトリーヌ・アレグレ)のもとで育てられる。角膜炎を患い失明寸前になったり、後に父親に引き取られるが極貧生活にあえいだりという生い立ちが描かれる。20歳の時、街角で歌っていた彼女の歌声が、パリの名門クラブのオーナー、ルイ・ルプレ(ジェラール・ドパルデュー)に見出され、ピアフ(雀)と命名される。その後、ルプレが殺される事件に巻き込まれるといった場面もあるがレイモン・アッソ(マルク・バルベ)の厳しい歌唱指導をうけ、劇的な表現力を開花させる。さらに1947年、ニューヨークでボクシング世界チャンピオン、マルセル・アルダン(ジャン=ピエール・アルダンス)と出会い、恋に落ちる。だが2年後、彼を乗せた飛行機が墜落。その悲しみを胸に歌ったのが「愛の讃歌」だった。酒におぼれ、麻薬中毒になり、1963年10月、47年の生涯を閉じるまでの、歌に生き、恋に生きた波乱の人生が丹念に描かれる。

 カットバックを多用し、時代をめまぐるしく交錯させた演出だが、説明過剰にならず、しかも決してわかりにくいところがない。物語の組み立てがしっかりしているからだろう。脚本も担当したオリヴィエ・ダアン監督の技量はたいしたものだ。演技ではなによりピアフを演じた1975年生まれの女優マリオン・コティヤールが迫真の名演。久々に観たドパルデューをはじめ、脇役陣もそれぞれ渋い演技を見せる。おとなのフランス映画を堪能した。

 原題は「愛の讃歌」ではなく「ラ・ヴィアン・ローズ」(バラ色の人生)。因縁話を記しておくと、エディットの祖母ルイーズに扮するカトリーヌ・アレグレの実母はシモーヌ・シニョレ。カトリーヌ5歳の時、その母が再婚した相手は、後のピアフの恋人でもあるイヴ・モンタンなのだ。その彼との関係が「ラ・ヴィアン・ローズ」に込められているという。こういうキャスティングも実にフランスらしいのではないか。

【データ】
 監督・脚本:オリヴィエ・ダアン
 脚色:オリヴィエ・ダアン、イザベル・ソベルマン
 音楽監督:エドワール・デュボワ
 製作:アラン・ゴールドマン

 エディット・ピアフ:マリオン・コティヤール
 モモーヌ:シルヴィ・テステュー
 ルイ・バリエ:パスカル・グレゴリー
 ティティーヌ:エマニュエル・エルセ
 ルイ・ガション:ジャン=ポール・ルーヴ
 アネッタ:クロチルド・クロー
 マルセル・セルダン:ジェン=ピエール・マルタンス
 ルイ・ルプレ:ジェラール・ドパルデュー
 ルイーズ:カトリーヌ・アレグレ
 レイモン・アッソ:マルク・バルベ
 マレーネ・ディートリッヒ:カロリーヌ・シロル
 5歳までのエディット・ピアフ:マノン・シュヴァリエ
 10歳までのエディット・ピアフ:ポリーヌ・ビュルレ

 原題:LA VIE EN ROSE
 2007年フランス・チェコ・イギリス合作、140分
 翻訳:古田由紀子
 配給:ムービーアイ

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■映画「君の涙ドナウに流れ――ハンガリー1956」
2007年11月23日(金・祝) シネカノン有楽町2丁目

 この作品は、1956年10月以降の「ハンガリー事件」と、同年12月のメルボルン五輪の水球試合で終了間際にソ連選手がハンガリー選手の顔面を殴打して試合中止になった「メルボルンの流血戦」という二つの史実を巧みに織り合わせている。その史実をふまえつつ、民主化運動に身を投じた女子学生ヴィキ(カタ・ドボー)と水球選手カルチ(イヴァーン・フェニェー)との高まる愛情と、その悲劇的な結末をドラマティックに描き出す。

 「ハンガリー事件」といえば、1956年の「スターリン批判」をうけて、ソ連の傀儡政権となっていた勤労者党政府に抗して市民たちが立ち上がった民主化運動に対し、ソ連が武力鎮圧した結果、流血の大惨事となった事件であり、改革派のナジ・イムレ首相が放逐され、ソ連と通じたカーダール第一書記らの新政府が市民を徹底した弾圧した経過は、文献などで知っていた。しかし、この作品を見て、ブダペストで学生たち開始した平和的なデモに対し、国営放送局を警備していた兵士の銃撃をきっかけに「内戦」に突入したことなど、その詳細で複雑な経過について認識を新たにできた。とりわけブダペストの「市街戦」の描写は手間をかけてつくられ、まさしく「戦争映画」の大迫力だ。そのことによって、覇権主義大国ソ連の凄まじい暴力性や、市民の中にも内通者をつくりだすハンガリー権力機関の卑劣さが見事に浮かび上がる。

 同時に、パンフレットで国際政治学者の浅井信雄氏も解説するように、大国の裏切りがソ連だけのものでないこともさらりと描かれる。ハンガリーの市民は米軍の介入を期待するが、アメリカは「スエズ動乱」との見合いで手出しを控える。そのことはキッシンジャー・元米国務長官も後年、著書『外交』のなかで認めている。映画では抵抗した学生たちの「(米国は)ハンガリーの犠牲者が増えるほどソ連非難が強まって好都合」といった台詞も登場する。もっとも、米軍が介入すれば「第3次世界大戦」になりかねない面もあっただろうから、事は単純でないはずだが…。

 プロデューサーは「ランボー」「ダイ・ハード3」「ターミネーター3」などを送り出したアンドリュー・G・ヴァイナだが、彼は「メルボルンの流血戦」の日に12歳で故国を後にした亡命ハンガリー人だそうだから、まさに執念の一作と言えるだろう。監督はクリスティナ・ゴダという女性。戦闘シーンと水球試合のシーンをいずれも迫力満点の映像で描きだす手腕は見事。ハリウッドでも活躍する若手女優のカタ・ドボーが、最後まで抵抗の意志を貫き通すジャンヌ・ダルクさながらの女性活動家をひたむきに演じている。

*なお、この映画館は完全指定席だが、チケット売り場の手際がよくないので、上映時間よりかなり早めにいくことがおすすめ。

【データ】
 制作:アンドリュー・G・ヴァイナ
 監督:クリスティナ・コダ
 脚本:ジョー・エスターハス、エーヴァ・ガールドシュ、ゲーザ・ベレメーニ、レーカ・ディヴィニ
 作曲:ニック・グレニー=スミス
 アクション班監督:ヴィク・アームストロング

 カルチ:イヴァーン・フェニェー
 ヴィキ:カタ・ドボー
 ティビ:シャーンドル・チャーニ
 水球チーム監督:カーロイ・ゲステシ
 カルチの母:イルディコー・バーンシャーギ
 カルチの祖父:タマーシュ・ヨルダーン
 フェリおじさん:ペーテル・ホウマン
 エステル:ヴィクトーリア・サーヴァイ
 ヤンチ:ツェルト・フサール
 イミ:タマーシュ・ケレステシュ
 カルチの弟ヨージ:ダーニエル・ガーボリ
 水球選手バーロー:コルネール・シモン
 水球選手フランク:クリスティアーン・コロヴラトニク
 水球選手ペターク:ブルチュー・セーケイ

 原題:Szabadsag,szerelem(愛、自由)
 2006年ハンガリー映画、120分、配給:シネカノン

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■映画「4分間のピアニスト」
2007年11月18日(土)渋谷・シネマGAGA

 「囚われた天才ピアニストに、残された人生を賭ける女性教師/2つの魂の美しき共鳴から生まれた衝撃の感動作」――こんな触れ込みから癒し系かと思ったら、硬派で咀嚼力の要る作品であり、感想をアップする順序が逆になった。(以下ネタバレ注意)

 殺人犯として収監されている少女ジェニー(ハンナー・ヘルツシュプルング)は、看守のミュッツェ(スヴェン・ピッピッヒ)に重傷を負わせ、刑務所内で問題児扱いされている。この刑務所にピアノを教えにくるクリューガー(モニカ・ブライブトロイ)はジェニーが類まれなピアノの才能の持ち主と見抜く。彼女は幼い頃、養父から「モーツァルトになれ」と英才教育を施されていた。クリューガーは刑務所長を説得し、彼女をレッスンして、コンクール優勝をめざす。

 心を病んでいるジェニーは、クリューガーに対して時に牙をむく。ジャズやロックとも融合した音楽を弾きたいジェニーに対し、クリューガーはクラシック以外「低俗」だとして認めない。途中、ジェニーの弾く「ワルトシュタイン」は、明らかに狂気の世界を映しだす。それでも二人は次第に心を通わせるが、ミュッツェの陰謀によってジェニーは暴力沙汰をおこし、ピアノ演奏を禁じられる。クリューガーは超法規的手段によって、ジェニーのコンクール出場を果たそうとする。ドイツ・オペラ座の会場に到着した二人。ジェニーは、シューマンのピアノ協奏曲をソロで弾き始めるが、やがてファジル・サイ真っ青の激烈な音楽に変容する。その音楽が「4分間」――。

 二人の女性の深い心の傷が作品の鍵を握る。ジェニーの場合、それは12歳の時に養父から受けた性的虐待だった。クリューガーの場合、ヒトラー政権下の第2次世界大戦当時、フルトヴェングラーからも将来を嘱望されたピアニストだったが、「同性愛」の相手が「共産主義者」(=ナチズム体制では二重に抑圧の対象)であり、当局の取り調べに屈して彼女を裏切り、そのために処刑されたという過去をもつ。そこに刑務所内の人権蹂躙問題もからみ、胃の痛くなるようなシーンが続く。ドイツの歴史と現状に理解の浅い情緒的な感動をはねつける厳しい作品と言えるだろう。

 2007年ドイツアカデミー賞作品賞・主演女優賞受賞作。

【データ】
 脚本・監督:クリス・クラウス
 製作:メイケ・コルデス、アレクサンドラ・コルデス
 音楽:アネッテ・フォックス

 トラウデ・クリューガー:モニカ・ブライブトロイ
 ジェニー・フォン・レーベン:ハンナー・ヘルツシュプルング
 ミュッツェ:スヴェン・ピッピッヒ
 アイゼ:ヤスミン・タバタバイ
 コワルスキー:リッキー・ミューラー
 レーベン:ヴァディム・グロウナ

 原題:4minutes
 2006年ドイツ作品

■映画「グレン・グールド 27歳からの記憶」
2007年11月20日 吉祥寺・バウスシアター

 最近になってグレン・グールドの録音を聴くようになったが、正直なところ長く敬して遠ざけてきた。ポストモダンが一世風靡した学生の頃、ファッション化した「知」のなかで、したり顔のグールド論が跋扈したことへの反発だったかもしれない。ファンには今さらの感もあろうが、この高名なドキュメンタリー・フィルムも、映画館で再上映されたのを機にようやく見た。E・サイード著『晩年のスタイル』(岩波書店)でグールドが論じられていたこともきっかけの一つだ(同書については別項予定)。

 グールドが1932年生まれである事実に改めて気づいたのが、一番の驚きだった。晩年まで繊細な青年のイメージがつきまとった孤高のピアニストが、亡父と同い年とは…。そういう世代のカリスマ音楽家が発信したものは何かを考えながら、映像を見た。このフィルムは、原題を“Glenn Gould Off the Record”と“Glenn Gould On the Record”という30分ずつの前・後編からなる。トロントの北150キロのシムコー湖畔での暮らしぶりと、ニューヨーク東30丁目にあるコロムビア・レコードのスタジオでのバッハ「イタリア協奏曲」の録音風景とが、対比的に映し出される。

 撮影の5年後、32歳の時からグールドは演奏会をおこなわなくなるが、そうした考え方の片鱗はうかがえる。人混みが苦手でカナダの片田舎を愛し、競争社会ニューヨークに暮らす意思をもたない。家でもスタジオでも、よく知られた極端に低い椅子に腰を掛け、足を組み、肘を落とした特異な姿勢でピアノに向かう。その演奏スタイルの独創性も語りつくされた感がある。さらに、和声法より対位法を重視するバッハ解釈――。それらを貫くのは「自由」のあくなき希求だろう。その「自由」の志向が、レコードという技術の発展段階によって初めて実現されたというのは、逆説的な気もしてくる。それにしても、孤高のピアニストはなぜ、マクベスに殺されるバンクォーの名を愛犬につけたのだろうか。

【データ】
 エグゼクティヴ・プロデューサー:トム・デイリー
 監督・製作:ロマン・クレイター/ウルフ・ケニッグ
 1959年 カナダ・カナダナショナルフィルムボード製作(58分)

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