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			<title>楽興の時・音の絵</title>
			<description>クラシック音楽のコンサートの訪問記をはじめ、観た演劇・映画・展覧会などについて、あれこれ感想・論評を書き連ねていきます。我ながらなんとも理屈っぽいブログだと思いますが、どうぞお気軽にご記帳・コメントください。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/dsch1963</link>
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			<title>楽興の時・音の絵</title>
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			<description>クラシック音楽のコンサートの訪問記をはじめ、観た演劇・映画・展覧会などについて、あれこれ感想・論評を書き連ねていきます。我ながらなんとも理屈っぽいブログだと思いますが、どうぞお気軽にご記帳・コメントください。</description>
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		<item>
			<title>エミリー・バイノン・フルート・リサイタル</title>
			<description>■エミリー・バイノン・フルート・リサイタル&lt;br /&gt;
2011年8月11日（木）19時開演　東京オペラシティ・リサイタルホール&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　約３カ月ぶりにブログを更新。この間、コンサートやオペラ鑑賞、演劇鑑賞をしていなかったわけではないのだが、仕事が超多忙で、持ち帰り残業も多かったので、記事をアップする気になれなかった。この夏、節電は結構なのだが、さすがに35度を記録すると、ちょっと外出するだけで汗だくになってしまう。８月７日が出勤日だったので代休をとり、横浜に美術展などを観に行ったが、あまりの暑さに蒸発してしまいそうになる。こういうときは、涼しげなお姐さんの奏でる涼しげな音楽を聴くのが吉。というわけで、アムステルダムのロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席フルート奏者としても活躍しているエミリー・バイノン嬢のリサイタルを聴きにいく。20世紀作品ばかりの凝ったプログラムだが、演奏会場にはフルートを学んでいると思われる若い人の姿が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　筆者はこれまで、プロコフィエフのソナタくらいしか聴いたことがなかった（ヴァイオリン・ソナタ第２番としての方が有名）が、当夜のバイノンの演奏は、超絶技巧的なところでもほとんどミスがなく、デュナーミクに富んでおり、ただただ驚嘆するばかり。演奏が終わると、客席からもどよめきが起きた。最後のプーランクのソナタもお洒落な風合いを上品に醸し出して、素晴らしい演奏だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　カール・フリューリング（1868～1937年）という作曲家はよく知らなかったが、オーストリアの作曲家だそうだ。バイノン自身のプログラム・ノートによると、同性愛者だったそうだが、そういう事情からおそらくナチスのオーストリア支配のもとで忌避され、忘れ去られてしまったのかもしれない。当夜の作品を聴く限り、たいへんロマンティックな美しい曲をつくる人で、こういう作曲家に新たな光をあてるところに、バイノンの高い見識が感じられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　バイノンは「親日家」のようで、アンコールでは「ありがとうございました」と挨拶していたし、「浜辺の歌」のアナウンスも日本語でおこなわれた。よい雰囲気の演奏会だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【データ】&lt;br /&gt;
　フルート：エミリー・バイノン&lt;br /&gt;
　ピアノ：鈴木華重子&lt;br /&gt;
　&amp;lt;曲目&amp;gt;&lt;br /&gt;
　Ｓ．プロコフィエフ（バイノン編）：５つのメロディー&lt;br /&gt;
　　（2&amp;#039;35&amp;quot; 2&amp;#039;50&amp;quot; 3&amp;#039;20&amp;quot; 1&amp;#039;30&amp;quot; 3&amp;#039;10&amp;quot;）&lt;br /&gt;
　Ｓ．プロコフィエフ：フルートとピアノのためのソナタニ長調Op.94&lt;br /&gt;
　　（8&amp;#039;45&amp;quot; 5&amp;#039;00&amp;quot; 3&amp;#039;35&amp;quot; 9&amp;#039;10&amp;quot;）&lt;br /&gt;
　Ａ．コープランド：フルートとピアノのための二重奏曲（5&amp;#039;55&amp;quot; 5&amp;#039;30&amp;quot; 3&amp;#039;25&amp;quot;）&lt;br /&gt;
　Ｃ．フリューリング（バイノン編）：フルートとピアノのためのファンタジーOp.55（14&amp;#039;35&amp;quot;）&lt;br /&gt;
　Ｆ．プーランク：フルートとピアノのためのソナタ（4&amp;#039;40&amp;quot; 4&amp;#039;55&amp;quot; 2&amp;#039;40&amp;quot;）&lt;br /&gt;
　[アンコール]&lt;br /&gt;
　　プーランク：？（1&amp;#039;35&amp;quot;）&lt;br /&gt;
　　浜辺の歌（2&amp;#039;35&amp;quot;）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/dsch1963/38771987.html</link>
			<pubDate>Sun, 14 Aug 2011 01:10:33 +0900</pubDate>
			<category>音楽レビュー</category>
		</item>
		<item>
			<title>飯守泰次郎指揮　東京フィルハーモニー交響楽団</title>
			<description>■東京フィルハーモニー交響楽団第802回オーチャード定期演奏会&lt;br /&gt;
2011年5月15日（日）15時開演　Bunkamuraオーチャードホール&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　今年の東京フィルは、創立100周年「響―悠久の約束」と題して、日本人の指揮者や演奏家による日本人作品の演奏へのこだわりが見える。3.11以降、外国人アーティストの来日中止が相次ぐなか、結果的に日本人中心の出演者という選択は奏功している。この日の演奏会もそうだった。実は、5月12日、最初と最後の曲目が同じで、真ん中の協奏曲が同じ矢代秋雄のチェロ協奏曲（独奏は長谷川陽子さん）というプログラムもあり、そちらも聴きたかったのだが、あいにく仕事のため都合がつかず、ピアノ協奏曲の方をとりあげた演奏会を聴くことにした。マエストロ飯守の悠揚迫らぬワーグナーやドヴォルザークを聴いてみたかったということもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　１曲目のワーグナーは、飯守さんらしく、低弦をしっかり鳴らしてどっしりと重厚な響きがつくりだされ、まずは期待通りの演奏。つづく２曲目は、矢代秋雄の代表作の一つであるピアノ協奏曲。1967年に作曲され「尾高賞」を受賞した楽曲で、中村紘子さんが初演したことで知られる。今回は、この日本の現代音楽の名曲の独奏者を、2007年のロン・ティボー国際コンクールで第１位を獲得した田村響さんが担当した。この曲のピアニストにとってなかなか難曲だと思うが、田村響さんは全体をしっかり掌にのせて、堂々たる演奏。とくに、第１楽章の第２主題、ヴィブラフォンとシンバルだけの伴奏でピアノがカンタービレで演奏されるところなど、じつに夢幻的で美しく弾いていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　後半のドヴォルザークの第８番。冒頭のチェロとホルンがユニゾンで第１主題を奏でるところで、ヨーロッパのオーケストラのようなあたたかく落ち着いた響きが浮かび上がり、ホッとした気分にさせられる。飯守さんの指揮は、全体にデュナーミクに富み、中低音域をしっかり響かせるので、音楽にふくらみが出てくる。とくにチェロの音色が素晴らしい。第２楽章は、遅めのテンポでじっくりと憂愁をたたえている。第３楽章の滑らかな美しさ、終楽章での力強さも印象的で、引き締まった好演だったのではないだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【データ】&lt;br /&gt;
　指揮：飯守泰次郎&lt;br /&gt;
　ピアノ：田村響&lt;br /&gt;
　コンサートマスター：荒井英治&lt;br /&gt;
　&amp;lt;曲目&amp;gt;&lt;br /&gt;
　ワーグナー：楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」より第１幕への前奏曲（10&amp;#039;20&amp;quot;）&lt;br /&gt;
　矢代秋雄：ピアノ協奏曲（12&amp;#039;45&amp;quot; 9&amp;#039;30&amp;quot; 6&amp;#039;20&amp;quot;）&lt;br /&gt;
　ドヴォルザーク：交響曲第８番ト長調Op.88（10&amp;#039;05&amp;quot; 11&amp;#039;15&amp;quot; 6&amp;#039;05&amp;quot; 10&amp;#039;30&amp;quot;）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/dsch1963/38373154.html</link>
			<pubDate>Tue, 17 May 2011 00:36:51 +0900</pubDate>
			<category>音楽レビュー</category>
		</item>
		<item>
			<title>ユベール・スダーン指揮　東京交響楽団</title>
			<description>■東京交響楽団第589回定期演奏会&lt;br /&gt;
2011年5月14日（土）18時開演　サントリーホール&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　３月の東響定期には「渡航自粛勧告」で来日できなかったユベール・スダーンが、５月定期のために来演した。今期のテーマはアーノルド・シェーンベルクだ。その昔、大田黒元雄先生が「シェーンベルヒ」と呼んだ、あの「12音技法」の創始者だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　１曲目は、シェーンベルクの室内交響曲第２番。12-12-10-8-6という小ぶりの編成。シェーンベルクが1906年から作曲に着手しながら長く放置され、最終的には米国亡命後の1939年に完成をみたという作品。聴きやすい作品だが、演奏自体は割に淡々と運んでいった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　２曲目のメンデルスゾーンの「ヴァイオリンとピアノのための協奏曲」がきわめて面白かった。1823年、作曲者14歳という若書きの作品で、未熟な感じは多々あるが、バッハの音楽のようでもあり、イタリアの作曲家の音楽のようでもあり、同時に歌心にあふれているところはメンデルスゾーンならではと言ってよいだろう。1823年の２回の公演のあと忘れ去られていたが、第２次世界大戦後に弦楽オーケストラとの楽譜が発見され、57年に復活演奏され、さらに後年、管楽器とティンパニのパート譜が発見されて、この形での復活演奏が99年におこなわれたという。３楽章からなる古典派のスタイルの作品になっている。何といっても素晴らしいのは、クリスティアン・テツラフのヴァイオリン独奏だ。音が艶やかで美しく、技術的にも完璧と言ってよい伸びやかな演奏。児玉桃のピアノもそれに合わせて、クリアで粒立ちのよい音で寄り添う。オケは8-6-6-5-3という編成、ノンヴィブラートできびきびとしている。なかなか演奏される機会のない秘曲だが、面白く聴くことができた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　休憩をはさんで後半はベートーヴェンの「英雄」。16型で、対向配置ではないが、ピリオド奏法を意識してノンヴィブラートに近く、フレージングの短いきびきびした演奏。速めのテンポで引き締まっている。特に素晴らしかったのが、第２楽章の葬送行進曲。感情過多になることなく、速めのスキッとした演奏で、そのことが逆に響きの純度を高め、内に秘めた悲しみを表現するかのように格調高く、粛然とさせられる。後半のフーガの部分は見事というほかない。第３楽章以降も、ミスがなかったとは言わないが、みずみずしく勢いのよい演奏となっていた。東響としては３月も演奏した「英雄」だが、今回はここ数年のスダーンとの演奏の蓄積が見事に表現されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　東響は、ミューザ川崎の修理が２年ほどかかるため、練習場の確保にも苦労しているそうだが、そうした条件の厳しさを感じさせない完成度の高い演奏を聴かせたことはうれしい限りだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【データ】&lt;br /&gt;
　指揮：ユベール・スダーン&lt;br /&gt;
　ヴァイオリン：クリスティアン・テツラフ&lt;br /&gt;
　ピアノ：児玉桃（アレクサンダー・ロンクィヒの代演）&lt;br /&gt;
　コンサートマスター：グレブ・ニキティン&lt;br /&gt;
　&amp;lt;曲目&amp;gt;&lt;br /&gt;
　シェーンベルク：室内交響曲第２番変ホ短調Op.38（5&amp;#039;25&amp;quot; 15&amp;#039;15&amp;quot;）&lt;br /&gt;
　メンデルスゾーン：ヴァイオリンとピアノのための協奏曲ニ短調（16&amp;#039;10&amp;quot; 7&amp;#039;10&amp;quot; 8&amp;#039;50&amp;quot;）&lt;br /&gt;
　ベートーヴェン：交響曲第３番変ホ長調Op.55「英雄」（14&amp;#039;40&amp;quot; 13&amp;#039;05&amp;quot; 5&amp;#039;30&amp;quot; 10&amp;#039;50&amp;quot;）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/dsch1963/38368423.html</link>
			<pubDate>Mon, 16 May 2011 05:18:12 +0900</pubDate>
			<category>音楽レビュー</category>
		</item>
		<item>
			<title>新国立劇場演劇公演「ゴドーを待ちながら」</title>
			<description>■新国立劇場演劇公演「ゴドーを待ちながら」&lt;br /&gt;
2011年4月26日（火）18時30分開演　新国立劇場小劇場&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　アップする順番が変わってしまったが、４月末に１本演劇を見ている。新国立劇場小劇場で上演されたサミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」だ。あまりにも有名な作品だが、それを今回は新訳で上演するというので、見に出かけた。あらすじは以下のとおり。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
田舎道、一本の木がある。&lt;br /&gt;
夕方。&lt;br /&gt;
エストラゴンが道端に座っている。靴を脱ごうとするのだが、なかなか脱げない。そこへヴラジミールがやってきて他愛のない会話が始まる。やがて、エストラゴンが立ち去ろうとするのをヴラジミールが留める。&lt;br /&gt;
エストラゴン　　　　　どうして。&lt;br /&gt;
ヴラジミール　　　　　ゴドーを待ってる。&lt;br /&gt;
エストラゴン　　　　　そうだね。&lt;br /&gt;
二人はゴドーに会ったことはなく、いつまでも待ち続ける。そこにポッゾとラッキーがやってくる。やがてラッキーは哲学的な演説を始める。&lt;br /&gt;
二人が去った後、少年が現れゴドーの伝言を伝える。今夜は来られないが、明日は必ず来ると。&lt;br /&gt;
そして翌日、同じ時刻、同じ場所。&lt;br /&gt;
エストラゴンとヴラジミールはまたゴドーを待ち続ける。&lt;br /&gt;
（新国立劇場ホームページより）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　新国立劇場のピットの中央につくられた、ほとんど装置のない舞台のうえに、たった１本だけ木が立っている。それも最初は葉っぱも何もない木。3.11の後、映像でくり返し見ている光景――瓦礫の山と化した街に１本だけ残った「希望の松」を想起せずにはおれず、胸を突かれた。現れないゴドーを待ち続ける２人の男たちの会話という「不条理」が、東日本大震災をへて、なんともリアルな光景に見えてくるというのが、今回の上演を見ての最も強烈な印象だった。そして、ポッゾとラッキーの関係に端的に表れている支配・被支配の関係性も、リアルな触感をもって立ち現われてくる。実は、これは記事のアップが遅れた言いわけに過ぎないが、そうした「不条理のリアリズム」とでもいうべき空気をどう受けとめるのか、いまだに整理がついていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　橋爪功と石倉三郎のコンビは、いかにも男くさいがどこかすっとぼけた味があって面白い。青年座の山野史人と、東京ヴォードビルショーの石井愃一の２人は「怪演」というほかないだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　なお、岩切正一郎訳による戯曲そのものは『悲劇喜劇』2011年5月号に掲載されている。国内で上演された外国作品の戯曲の翻訳を入手するのは意外に苦労することが多いので、著作権問題をクリアして活字媒体で読めることはありがたい。新国立劇場がこういう役割を担うことは大いに歓迎したい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【データ】&lt;br /&gt;
　作：サミュエル・ベケット&lt;br /&gt;
　翻訳：岩切正一郎&lt;br /&gt;
　演出：森新太郎&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ヴラジミール：橋爪功&lt;br /&gt;
　エストラゴン：石倉三郎&lt;br /&gt;
　ポッゾ：山野史人&lt;br /&gt;
　ラッキー：石井愃一&lt;br /&gt;
　少年：柄本時生</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/dsch1963/38359571.html</link>
			<pubDate>Fri, 13 May 2011 22:58:17 +0900</pubDate>
			<category>観劇</category>
		</item>
		<item>
			<title>エリアフ・インバル指揮　東京都交響楽団</title>
			<description>■東京都交響楽団第716回定期演奏会Bシリーズ&lt;br /&gt;
2011年5月11日（水）19時開演　サントリーホール&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　東日本大震災の影響で都響の３月公演に客演できなくなったエリアフ・インバルが、ようやく５月公演で戻ってきた。メインの曲目は、くしくも先週末のＮ響の定期公演と同じくＲ．シュトラウスの「英雄の生涯」（いわゆる「ヒデオの生きがい」）で、結果的に聴き比べをすることになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　前半は、シューベルト18歳の時に作曲された佳品の交響曲第５番。最近つい間違えて「シーベルト」と言ってしまうので、気をつけなくてはいけない。弦楽器は12-10-8-5-3という編成で、低弦を小ぶりにしているのが目につく。最近よく聴かれるピリオド系の演奏とは違い、フレージングを長くとった懐かしい感じの演奏。都響の透明感のある明るい響きとマッチして、すっきりとした仕上がりになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　後半の「英雄の生涯」は、舞台いっぱいに楽器が配置された16型。Ｎ響のたっぷりした重厚さと対比すると、やはり都響らしく抜けのよいクリアーなサウンドが特長だろうか。インバルの指揮は、全体としては起伏に富んでいるが、意外にも粘っこくならず、やや速めのテンポ設定で、かちっとまとまった演奏という印象が強い。強奏になっても音がごちゃつかず、各パートが明快に聴こえてくるが、けっして響きが薄いわけではなく、内声部もしっかり鳴っていることに感心する。第４部「英雄の戦場」の豪快でスペクタキュラーな演奏、一転して第５部「英雄の業績」でのたっぷりと歌わせるところなどが、とりわけ印象に残った。特に興味深かったのは、先週のＮ響でのライナー・キュッヒルの独奏が変幻自在で、いわば熟女の色香を感じさせたのに対して、「やべっち」こと矢部達哉の独奏は若々しく端正で、さわやか系のイメージを浮かび上がらせていたことだ。変なたとえでまことに恐縮だが、昔見たマイク・ニコルズ監督の映画「卒業」に登場する、ミセス・ロビンソン（アン・バンクロフト）と娘エレン（キャサリン・ロス）とのコントラストを思い出してしまった。演奏全体のまとまりは優れていたし、ホルンの西條さん、トランペットの岡崎さんらの安定感もあったが、第６部でのヴァイオリンとホルンの掛け合いなどは、もっとねっとりした方が面白かったかもしれない。こんな感想を抱くのも、ひとえに筆者がミセス・ロビンソンの方に惹かれる年齢になってきたせいだろうか（←意味不明のコメントですみません）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【データ】&lt;br /&gt;
　指揮：エリアフ・インバル&lt;br /&gt;
　コンサートマスター：矢部達哉&lt;br /&gt;
　&amp;lt;曲目&amp;gt;&lt;br /&gt;
　シューベルト：交響曲第５番変ロ長調D485（7&amp;#039;00&amp;quot; 9&amp;#039;10&amp;quot; 5&amp;#039;00&amp;quot; 5&amp;#039;25&amp;quot;）&lt;br /&gt;
　Ｒ．シュトラウス：交響詩「英雄の生涯」Op.40（44&amp;#039;50&amp;quot;）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/dsch1963/38355425.html</link>
			<pubDate>Fri, 13 May 2011 01:04:03 +0900</pubDate>
			<category>音楽レビュー</category>
		</item>
		<item>
			<title>文学座公演「思い出のブライトン・ビーチ」</title>
			<description>■文学座公演「思い出のブライトン・ビーチ」&lt;br /&gt;
2011年5月8日（日）14時開演　全労済ホール・スペースゼロ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　米国の劇作家ニール・サイモン（1927～）の芝居は、これまで「第二章」「おかしな二人」「サンシャイン・ボーイズ」くらいしか見ていないのだが、文学座によるストレートプレイ「思い出のブライトン・ビーチ」東京公演の楽日のチケットが取れたので、新宿まで出かけた。あらすじは以下のとおり。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　舞台は1937年のニューヨーク、ブルックリン地区の南端にある下層中流階級の住宅地ブライトン・ビーチ。その一角に暮らすユダヤ系アメリカ人家族の物語。４人家族のジェローム家に、母ケート（金沢映子）の妹であるブランチ（八十川真由野）と二人の娘ノーラ（渋谷はるか）とロリー（福田絵里）が同居し、一つ屋根の下に７人が暮らしている。折しもアメリカは大不況の真只中。世の中はヨーロッパからの戦争の波が押し寄せつつあり、暗い雰囲気ばかりが渦巻いている。しかし、ジェローム家の次男坊、ユジーン少年（宮内克也）にはそんな事などお構いなし。野球や小説、そして一つ屋根の下で暮らしている従姉妹のノーラに夢中になっている。このユジーンが解説役となり、兄スタンリー（細貝光司）の職場で起こる給料消失事件やノーラのミュージカル出演騒動、働き者の父ジャック（大滝寛）が過労で倒れるといった事件が巻き起こる。「世界も家族があってこそ」が口癖のケートはこの騒動を治めることが出来るのか？（文学座ホームページより）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この作品は、ニール・サイモン（1927～）の自伝的要素が強い作品とも言われている。思春期を迎え、年上の従妹ノーラにあこがれるユジーン少年が、自画像ということになるのだろう。ニューヨーク市のブライトン・ビーチは当時、ユダヤ系、アイルランド系、ドイツ系などの豊かとは言い難い移民が多く住む住宅街だった。そこに２人の息子とともに住むジャック・ジェロームとケートの夫妻の一家に、夫に６年前先立たれてしまったケートの妹ブランチが２人の娘とともに間借りしている。一つ屋根の下でいろいろと助け合って暮らしている２つの家族だが、そこに次々と起こる「事件」によってきしみが生じてくる。そうしたなかで、ブランチが向かいの家に住むアイルランド系の男から食事に誘われた件をきっかけに、ケートとブランチの姉妹がそれまでお互いに胸の内に抱えていた相手への不満をぶつけだす。他方、ノーラがミュージカル出演騒動をきっかけに、ブランチとノーラという母娘の複雑な思いも露わになってくる。家族という存在のどうしようもない鬱陶しさと、にもかかわらずそれなしには生きていけない関係の中で育まれる愛おしさの両面だ、テンポのよい会話の中から浮かび上がってきて、笑いながらも、ほろりとさせられるところの多い好舞台だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　同時に、この作品の巧さは、1929年の大恐慌をへて、ニューディール政策はとられていたが停滞状況が色濃い1930年代のアメリカの経済社会動向や、ナチスがドイツからヨーロッパ一円に支配の手を広げつつあり、ユダヤ系の人々の置かれた状況が日々厳しさを増していた国際的な時代状況が、説明的でなく、さらりと、しかし印象深く描き込まれていることだ。しかし、ニール・サイモンの筆は、ユダヤ人の境遇についても単に民族差別の被害者として描いているだけではない。向かいに住むアイルランド人親子にたいして差別的な偏見を抱き続けているケートのあり方を見せることによって、ある種の相対化をおこなっている。それが逆に、ヨーロッパからアメリカに渡ってきた移民たちの実情について、陰影に富んだリアリティを与えている。そして、それは「アメリカ合州国」の歴史のもつ平等と差別の表裏一体性への鋭い批評ともなっているのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　さらには、思春期男子の「性」への関心など、おとなの観客も昔を思い出して笑えるようなエピソードも巧みに盛り込まれているが、これも単に喜劇の材料というにとどまらず、ニール・サイモンの「人間通」を示すものと言ってよいのではないだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　文学座の７人の面々のアンサンブルはよくまとまっており、なによりテンポ感がいい。とくに、金沢映子の演じるケートと、八十川真由野の演じるブランチの口論の場面、そしてそこに大滝寛のジャックが割って入ろうとする場面で、３人の役者が見せるパワーに引き込まれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【データ】&lt;br /&gt;
　作：ニール・サイモン&lt;br /&gt;
　訳：鳴海四郎&lt;br /&gt;
　演出：望月純吉&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　父ジャック・ジェローム：大滝寛&lt;br /&gt;
　母ケート：金沢映子&lt;br /&gt;
　兄スタンリー：細貝光司&lt;br /&gt;
　僕（弟）ユジーン：宮内克也&lt;br /&gt;
　叔母ブランチ・モートン：八十川真由野&lt;br /&gt;
　従姉ノーラ：渋谷はるか&lt;br /&gt;
　従妹ロリー：福田絵里</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/dsch1963/38333892.html</link>
			<pubDate>Sun, 08 May 2011 22:49:17 +0900</pubDate>
			<category>観劇</category>
		</item>
		<item>
			<title>尾高忠明指揮　ＮＨＫ交響楽団</title>
			<description>■ＮＨＫ交響楽団第1700回定期公演&lt;br /&gt;
2011年5月7日（土）18時開演　ＮＨＫホール&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　午後から「反原発デモ」で賑やかだった渋谷の街を抜けて、ＮＨＫホールへ向かう。お目当ては、尾高忠明さんが、1951年に39歳の若さで亡くなった父・尾高尚忠の戦後の代表作である交響曲第１番を指揮することだった。公演プログラムの片山杜秀氏の解説によれば、尾高尚忠はＲ．シュトラウスを敬愛していたというから、後半に「英雄の生涯」を組み合わせたこの日のプログラムは、息子の父に対するリスペクトの気持ちが表れたものと言えるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　尾高尚忠の交響曲第１番は、２つの楽章のみが残されている。このうち、第１楽章は1948年に作曲され、同年11月25日、作曲者自身の指揮で初演されている。しかし、続きが発表されないまま作曲者がなくなったので、第２楽章以降は完成されなかったものと思われてきたが、尾高忠明氏の長兄にあたる作曲家の尾高惇忠氏が2006年、父の遺品を整理していて第２楽章のスコアを発見したという。『フィルハーモニー』５月号所載の尾高惇忠氏の一文によると、「２楽章の終わりにはアタッカ（attacca）の記載もあり、４楽章から成る交響曲の構想を持っていたことが窺える。もし完成していれば、ブルックナーではないが、50分を超える大作になっていたかもしれない」という。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この作品は、「平和の鐘楼建立会」なる団体が公募した「平和のために世界に贈る交響曲懸賞」で第１位を獲得したそうで、片山杜秀氏は、第１楽章の冒頭以降何度か繰り返される太鼓やシンバルを伴う大音響を「戦争の惨禍」の表現とも聞こえるという解釈を示している。全編つうじて、Ｒ．シュトラウスやワーグナーといった後期ドイツ・ロマン派の影響が強く感じられる。尾高＆Ｎ響はなかなかの熱演だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　後半の「英雄の生涯」（俗に言う「ヒデオの生きがい」）。Ｎ響は、今公演のゲスト・コンサートマスターに、ウィーン・フィルのコンマスで名を馳せたライナー・キュッヒルを迎えており、第３部「英雄の伴侶」のテーマを奏でるヴァイオリン・ソロはキュッヒルが担当する。この日は、率直にいって、冒頭の弦楽器と管楽器とがややバラけた感じだったり、第２部の「英雄の敵」を表現する木管群の音があまりきれいでなかったり、前半はやや不満をもって聴いていた。だが、第３部でキュッヒルの艶やかなソロが始まると、場内の空気ががらりと変わる。キュッヒルはおそらく、このソロを何百回と演奏しているのではないだろうか。実に自然なかたちで変幻自在な音楽がつくりだされるのは、流石というほかない。Ｎ響の演奏も一気に引き締まり、端正ながらも起伏に富んだ演奏となった。特に、弦楽陣の緊密かつ芳醇で艶やかな響きが耳に残った。今回の公演では、ホルンのトップに日本フィル首席の福川伸陽さんが客演し、伸びやかな演奏を披露したことも特筆しておきたい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【データ】&lt;br /&gt;
　指揮：尾高忠明&lt;br /&gt;
　ゲスト・コンサートマスター：ライナー・キュッヒル&lt;br /&gt;
　&amp;lt;曲目&amp;gt;&lt;br /&gt;
　尾高尚忠：交響曲第１番Op.35（20&amp;#039;25&amp;quot; 8&amp;#039;35&amp;quot;）&lt;br /&gt;
　Ｒ．シュトラウス：交響詩「英雄の生涯」（46&amp;#039;15&amp;quot;）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/dsch1963/38329811.html</link>
			<pubDate>Sun, 08 May 2011 05:21:17 +0900</pubDate>
			<category>音楽レビュー</category>
		</item>
		<item>
			<title>アンリ・ドマルケット＆ミシェル・ダルベルト――熱狂の日音楽祭2011⑥</title>
			<description>■アンリ・ドマルケット（チェロ）、ミシェル・ダルベルト（ピアノ）――「熱狂の日」音楽祭2011&lt;br /&gt;
2011年5月5日（木・祝）16時開演　よみうりホール&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　今年の「熱狂の日」音楽祭＝ＬＦＪで筆者が聴いた公演は、全部で６つだった。その最後のなったのは、当初の予定通りに開催された、フランスの1970年生まれのチェロ奏者アンリ・ドマルケットと、ＬＦＪでは常連のベテラン・ピアニスト、ミシェル・ダルベルトのコンビによる、チェロ・ソナタ２曲の演奏会。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ドマルケットのつくる音楽は、全体としてかなり大づくりと言えるだろう。そのため、率直な感想を言うと、ブラームスではやや粗さを感じてしまったが、逆に、Ｒ．シュトラウスの若い時の作品では、ロマンティシズムが前面に出て、ふさわしいものだったように思われる。後者の作品は、筆者はこれまであまり聴いたことがなかったのだが、葬送行進曲のような第２楽章をドマルケットのチェロが切々と歌い上げ、胸に迫るものがあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　東日本大震災の影響で、開催にいろいろと困難のあった今年のＬＦＪだが、何とか開催にこぎつけた主催者や、海外から日本にかけつけた演奏家たちの努力に、あらためて思いをはせた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【データ】&lt;br /&gt;
　チェロ：アンリ・ドマルケット&lt;br /&gt;
　ピアノ：ミシェル・ダルベルト&lt;br /&gt;
　&amp;lt;曲目&amp;gt;&lt;br /&gt;
　ブラームス：チェロ・ソナタ第２番ヘ長調Op.99（機銑30&amp;#039;20&amp;quot;）&lt;br /&gt;
　Ｒ．シュトラウス：チェロ・ソナタヘ長調Op.6（機銑31&amp;#039;05&amp;quot;）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/dsch1963/38320308.html</link>
			<pubDate>Fri, 06 May 2011 05:51:38 +0900</pubDate>
			<category>音楽レビュー</category>
		</item>
		<item>
			<title>ロマン・ギュイヨ、エマニュエル・シュトロッセ、ブラジャーク弦楽四重奏団――熱狂の日音楽祭2011⑤</title>
			<description>■ロマン・ギュイヨ（クラリネット）、エマニュエル・シュトロッセ（ピアノ）、ブラジャーク弦楽四重奏団――「熱狂の日」音楽祭2011&lt;br /&gt;
2011年5月5日（木・祝）11時30分開演　よみうりホール&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　若手のクラリネット奏者ロマン・ギュイヨを中心にしたコンサート。ブラームスによるクラリネットの名作２曲の前に、なぜか前座として日本の女性作曲家・望月京への委嘱作品が演奏されるという構成になっていた。ブラームスの２作品の演奏は良かったのだが、最初に毒を吐いておくと、２つ不満が残った。一つは、望月京作品のつまらなさ。もう一つは、もともとブラームスの２作品だけで１時間かかることは初めから分かっているのに、なぜか主催者が演奏会の時間を12時15分までの45分間に設定しており、当日になって終演予定時間を12時40分としていたことだ。そのため、ブラームスのクラリネット五重奏曲の演奏途中に客席をたっていく聴衆が散見された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　望月京という作曲家は最近売れっ子で、よくオーケストラの演奏会でも委嘱作が披露されるが、筆者は良いと思ったことがない。いろんな技法をもった器用な人だとは思うが、この人ならではの世界観が伝わってこないからだ。今回の作品でますますその印象を強くせざるをえなかった。演奏前に本人が登場して「料理で言う『お通し』のようなもの」「ブラームスが民謡を引用した作品を引用してみた」「過去の記憶がふと蘇えるようなことを感じてもらえたら」云々といった作品解説をした。話の最後に、彼女が「拍手は、大丈夫です…」という、日本語として意味不明のことを口走ったので、一体何を言いたいのかと思っていた。作品は、クラリネットに特殊奏法をさせながら、もやもやした世界で推移し、最後はクラリネット奏者が呼吸音をさせ、ピアノは内部奏法をやっているうちに何となく終わる。実は、５分強の作品の途中、３分半くらいたったところで、客席で子どもが「ハァー」とため息をついたのが場内に響いた。このため息がすべてを物語っていて、筆者は噴き出しそうになった。「裸の王様」を引くまでもなく、子どもは正直だ。どれくらいの作曲料をもらったのか知らないが、ぜひ大震災の被災地に全額寄付していただきたいと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　望月作品が何となく終わったまま、ブラームスのクラリネット・ソナタにすぐ入っていったので、「拍手は大丈夫」というのが「する間がない」という意味だとようやく分かった（苦笑）。ギュイヨの演奏は、クラリネット・ソナタでは、端正でありながら起伏もあり、なかなかの好演。クラリネット五重奏曲でも、やや小ぢんまりとした弦楽四重奏を、ギュイヨが力強くリードするという場面が見られ、ひきつけられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【データ】&lt;br /&gt;
　クラリネット：ロマン・ギュイヨ&lt;br /&gt;
　ピアノ：エマニュエル・シュトロッセ&lt;br /&gt;
　弦楽四重奏：ブラジャーク弦楽四重奏団&lt;br /&gt;
　&amp;lt;曲目&amp;gt;&lt;br /&gt;
　望月京：インテルメッツィ検福味藤憤兢酩福∪こ初演）（5&amp;#039;05&amp;quot;）&lt;br /&gt;
　ブラームス：クラリネット・ソナタ第１番ヘ短調Op.120-1（6&amp;#039;55&amp;quot; 4&amp;#039;50&amp;quot; 4&amp;#039;05&amp;quot; 5&amp;#039;00&amp;quot;）&lt;br /&gt;
　ブラームス：クラリネット五重奏曲ロ短調Op.115（12&amp;#039;40&amp;quot; 10&amp;#039;35&amp;quot; 4&amp;#039;30&amp;quot; 8&amp;#039;40&amp;quot;）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/dsch1963/38320275.html</link>
			<pubDate>Fri, 06 May 2011 05:32:08 +0900</pubDate>
			<category>音楽レビュー</category>
		</item>
		<item>
			<title>ボリス・ベレゾフスキー――熱狂の日音楽祭2011④</title>
			<description>■ボリス・ベレゾフスキー（ピアノ）――「熱狂の日」音楽祭2011&lt;br /&gt;
2011年5月4日（水・祝）18時30分開演　よみうりホール&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　1990年のチャイコフスキー・コンクール優勝者であるボリス・ベレゾフスキーも40歳を過ぎて、見た目はずいぶん恰幅がよくなった（メタボになった）が、そのパワーとテクニックは変わらない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　リストの「超絶技巧練習曲集」は、ベレゾフスキーの十八番とも言える作品で、ＣＤも発表しているほか、Youtube上の映像でも有名になっている。管理人はリストの作品に詳しくないため、今回は「抜粋」ということだが、12曲中何曲弾いたのか、恥ずかしながらきちんとチェックできていない。しかし、１時間近くだから、有名な「マゼッパ」や「鬼火」はもちろん、ほとんどの曲を演奏したのではないだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ともかく「超絶技巧」というしかない凄まじいテクニックと、エネルギッシュな演奏に圧倒され、ただただ息をのんで聴いた。このホールでは、当日最後の公演だったので、後ろを気にしなくてもよかったからか、アンコールに２曲、アメリカの作曲家の音楽ということで、ミニマル・ミュージック風の作品と、モートン・グールド（？）の「ブギ・ウギ」という作品を弾いた。１時間10分のあいだ、圧倒された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【データ】&lt;br /&gt;
　ピアノ：ボリス・ベレゾフスキー&lt;br /&gt;
　&amp;lt;曲目&amp;gt;&lt;br /&gt;
　リスト：超絶技巧練習曲集～抜粋（52&amp;#039;45&amp;quot;）&lt;br /&gt;
　リスト：メフィスト・ワルツ第１番（8&amp;#039;10&amp;quot;）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/dsch1963/38319083.html</link>
			<pubDate>Thu, 05 May 2011 22:05:36 +0900</pubDate>
			<category>音楽レビュー</category>
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