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つぎに使ったのがこれ17φ
これもタッチが硬かった人の好みで硬いのがいい人と、柔らか好みの人がいる自分は柔らかタッチ。、
ブレーキスイッチスイッチ自作、ブレーキラインのバンジョウが8φなので接続作業に苦労した。
                              
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今使っているのが16φ?これ。
使い勝手はいいが別体式であまり似合っていない、考えよう。
 
実用本位で行くか。
                               終わり

750SS

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>つづき
   次の日から落ち着いていられない。
  頭から離れないあの鼓動、音色、型、実に美しかった。
 
   どうして捜そう!(今ほど情報が無い)
  ”75年の秋くらいからだったかな、毎日毎日本屋へ通って月刊誌の読み漁り。
   無い!無い! 出ていない今月もダメか・・・そうだよなー、ありっこない、
   村山へも問い合わせてみたがダメ、先が見えない。
   
   ”76年2月号の<モトチャンプ>だったかな、小さな売買欄にひっそりと輝いて   自分を待っていたかのように掲載されていた。
 
   「”74年型 DUCATI750SS 走行距離3400Km 車検77年1月29日          価格OOO万円」 名古屋市 OOモータース 
 
   あった、これだ! 何度も読み返した。
   よかった、でもまだ勝負はついていない。
 
   待てよ”74年型で車検77年ということは・・・?
 
   そうか入荷したのが遅く登録が翌年になったんだ。(EgNo.075の下は3ケタだ   った) わかった、よし。
   すぐ電話で問い合わせした、自分が最初だった。
 
   750Sの下取りの値段交渉やそのほか問い合わせ、購入の約束を取り付け    取りに行く日を決めた。 
 
   手元の記録では”76年2月15日(土)に自走でとりに行くことになったいた、こ   の日は自分の誕生日だった、会社に休暇届けを出した。
 
  当日、その日は朝から冬の冷たい雨の日だった、どうしても引き取りに行きた   かった。
  皮のツナギに雨合羽を着て金を用意して、自宅を出て東名で名古屋に向か
  った。
 
  途中食事をして昼頃着いた、店に入って自分の物になるSSを見た時には、生唾  を飲んだ、見とれた。
 
  あれ?Fブレーキマスターに包帯がしてある?
  オイル漏れしていた、直せばいいと思い気にしなかった。
 
       しかし後で重大な欠陥であることがわかった。
 
  売主はSSについてなにも言わなかったが、ハンドルはきれない、始動は良くな   い、プラグは燻ぶる(かぶる)、乗りにくい(右チェンジ)、ブレーキマスターからは  オイル漏れなどいやになったのかもしれない。
 
  受け渡しを済ませエンジン始動して見た・・・感動した!手に伝わるあの鼓動、あ  のかん高い音これだと感じた。
 
  そのまま慎重に乗って帰った、途中また雨、Fバンクキャブから水分が入りパン   パン異常爆発がする、何とか家に着いてガレージに納めほっとした。
 
   ここからが楽しみと苦労の始まりであった。
 
>つづく
 

750SからSSに

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モーターサイクル誌に掲載された750SS 保安部品がありません、どうして車検
通したのか?ハンドルなど.....次回に
私の記憶では日産スカイラインGTが99万円、クラウンデラックスが100万円だっと思う。(記憶違いかもしれません)
 
暫く750Sで遊んだ後、750SSに乗るきっかけは1974年か75年の何月だったかあまり記憶が無い、友達の用事で村山モータースに行った。
玄関先にSSが止まっていた、うっ........なんだこれはすごい!暫く見とれているとオーナーが出てきた。
難なくエンジン始動、はじけるような乾いたかん高いすごい排気音、いままでに聞いたことのない音あっけにとられた。
一速に入れ凄い爆音で空気を切り裂いて走り去って行った、と・・・今でも記憶している。
 Sとはあきらかに違う!脳の前頭葉がめまぐるしく活動を始めた。
帰りの車の中ではすでにウイルスが増殖を始めていた、止められない。
その後、判ったことだがデーラーには74年に何回かに分けて18台が輸入され国内にデリバリーされたのみ。
 あるわけのないSSの中古車を探しまわった、といっても今のように情報はなくバイク雑誌くらいしかない、随分捜した気がする。
<つづく>
 
 
 
 
 
 
 
 
 

750Sの時代

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当時の写真があまりない。
 
嬉しくて、ベルヘルメット、OOたにのつなぎ、ブーツそろえて走りまくり。
同じDUCATIを見かけることはなかった。
ときはクリップオン(セパハン)は取り締まりの対象、ひやひや物だった。
検問にあった時、外車なのでと言ったこともあった。
今思えば情報のない時代、自身もメカのことについては知識が無かったのによく買ったものだ、若かったんだろう。
ハンドルは切れなく、始動も良くないプラグ何本使った事やら、でも毎日が楽しく面白かった。
GSタンクはFRPだった、単独ツーリングの時右側中央タンクがから燃料がしみ出てきたクラック?・・・・・あり得ない事があった、出来が悪すぎる。
そんなこともあってメーカーでもスチールタンクがすでに用意してあった、即交換。
 
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友人宅へ
うしろのポルシェは自分のではない、欲しかったがそれ以降現在まで縁が無かった。
 
 
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国産車にはない何かがあった、イタリアの芸術に魅せられた。
750Sを買ったときになぜかGTの取説がついてきた、Sと共通だったのだろう。
 
 

DUCATIの始まり

 
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すべてはここから始まった。
1973年某月アサヒグラフにDUCATI750Sの記事が掲載された(画像はGTの取説)のを偶然見つけた。
それを見た私は激震というか身体中をイナズマが走り写真に目が釘付けになってしまった。
それからというもの、アサヒグラフのDUCATI750Sの写真を毎日毎日見続けた。
こんなデザインのバイクがあるのか、乗りたい欲しい買わなければ、新車は買えない中古車をやっと探し横浜に買いに行った。
点火系が不調だったが、嬉しくてたまらなかった。
ここから長い明りのみえないトンネルにハマリこんでいった。
 

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