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F-1

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公式予選結果
順位 No. ドライバー チーム ベストタイム 周回
1 15 セバスチャン・ベッテル RBRルノー 1'19.509 21
2 23 ルーベンス・バリチェッロ ブラウン・メルセデス 1'19.856 23
3 14 マーク・ウェーバー RBRルノー 1'19.868 18
4 9 ヤルノ・トゥルーリ トヨタ 1'20.091 21
5 17 中嶋一貴 ウィリアムズ・トヨタ 1'20.216 27
6 22 ジェンソン・バトン ブラウン・メルセデス 1'20.289 25
7 16 ニコ・ロズベルグ ウィリアムズ・トヨタ 1'20.361 21
8 10 ティモ・グロック トヨタ 1'20.490 25
9 4 キミ・ライッコネン フェラーリ 1'20.715 24
10 7 フェルナンド・アロンソ ルノー 1'20.741 22
11 3 フェリペ・マッサ フェラーリ 1'18.927 19
12 5 ロバート・クビサ BMWザウバー 1'19.308 21
13 2 ヘイッキ・コバライネン マクラーレン・メルセデス 1'19.353 19
14 8 ネルソン・ピケJr. ルノー 1'19.392 18
15 6 ニック・ハイドフェルド BMWザウバー 1'19.448 19
16 21 ジャンカルロ・フィジケラ フォース・インディア・メルセデス 1'19.802 11
17 11 セバスチャン・ブルデー STRフェラーリ 1'19.898 10
18 20 エイドリアン・スーティル フォース・インディア・メルセデス 1'19.909 10
19 1 ルイス・ハミルトン マクラーレン・メルセデス 1'19.917 7
20 12 セバスチャン・ブエミ STRフェラーリ 1'20.236 12

これは面白くなりそうです。
私が押しているバトン何か秘策があるのでしょうか?
明日の夜眠れそうにありません。

ブラウンGP危うし!

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F1=英国GPフリー走行、レッドブル勢が好発進
2009/6/20 10:51


 [シルバーストーン(英国) 19日 ロイター] 自動車レースF1の今季第8戦、英国グランプリ(GP)は19日、当地で2度のフリー走行を行い、レッドブル勢が好発進した。
 1回目と2回目ともに、セバスチャン・ベッテル(ドイツ、RBRルノー)がトップタイム。マーク・ウェバー(オーストラリア、RBRルノー)が2位の好タイムを出した。
 また、中嶋一貴(ウィリアムズ・トヨタ)は1回目で17位、2回目で4位。今季7勝目を目指す総合首位のジェンソン・バトン(英国、ブラウンGP)は1回目で3位、2回目は14位だった。

まだフリー走行の段階なんですがどうやらグリップのなさが原因のようです。空力のパッケージを見直して早さを取り戻してほしいものです。

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元祖イケメンドライバー、アレサンドロナニーニ
1986年ミナルディからF1デビュー。
 2年間で完走は3回だけ。
88年にベネトンに移籍。
90年ナニーニが操縦するヘリコプター事故により右腕切断。
 奇跡的に縫合手術に成功するが、ステアリングを握ることができずF1を引退。
93年からアルファロメオ155に乗りDTMに参戦。
 この年アルファは、DTM初参戦でコンストラクチャーとドライバーズチャンピオンを獲得。
 ドライバーズチャンピオンはニコラ・ラリーニ。
 ナニーニは8位だった。
 アルファがDTM初参戦でチャンピオンになれたのは、
 93年から改定されたレギュレーションに100%対応したマシンを投入したため。
 メルセデスのマシンは前年のモデルをモディファイした急造したもので、
 アルファより戦闘力が低かったし、BMWはレギュレーション改定を機に
 DTMから撤退していたのでアルファにとってかなり有利な状況だった。
94年以降はメルセデスが本気を出したためファルファは苦戦を強いられた。
詳しく知りたい方はこちらの本を見てください。


96年を最後にレースから引退。
実業家に転身して各地にカフェを展開している。

しかし衝撃的だったのがF-1で好調を維持しているときのこの事故!お父さんが切断された息子の腕を氷ずめにして病院まで運んだというエピソードは今でも記憶しています。
ルマンでベンツを駆る姿を見たときには涙が出ました。

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ブラバム時代に優勝をしたり、アロウズでPPを獲得したりしたものの1989年のウィリアムズルノーというマシンに出会うまでは特にそれほど注目される事もないドライバーだった。

 89年から91年の3年間で見せた速さというものが彼のイメージを一新させたに違いない。 30代半ばから開花した才能...それが256戦という偉大な記録に結びついた。

 ブラバム時代はピケ、ウィリアムズではマンセルのチームメートとしてタイトル獲得に貢献、それが彼を最強のセカンドドライバーと言わせたのだろう。 ただハイテク武装した92年は自己最高のランキング2位を獲得しながらもアクティブサスに対しての適応性という点でマンセルに大きく差をつけられてしまった。

 チームに貢献していながらもマンセル・プロスト・セナの3人が激しくシートを争う中ではじき出される立場となり92年にベネトンの移籍を早々と決めた事が結果的には彼のキャリアに終わりを告げたかもしれなかった。 93年はシューマッハにまったく歯が立たなかった。
 特にイギリスGPの予選でパトレーゼのクルマでタイムアタックしたシューマッハに1秒離された時には周りに「こいつは今年で終わりだな」という感じが強かった。

目立つことが少なかったが現在では見られない玄人好みのドライバーでした。

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「窓拭きバイトで資金調達」
ナイジェル・アーネスト・ジェームズ・マンセル(Nigel Arnーest James Mansell)は、1954年8月8日、イギリスのアプトン・オン・セバーンに生まれた。
父親は大のカート好きで、ナイジェルもその影響を強く受けて育った。
14歳で、カートのジュニア選手権に、そして1976年にはフォーミュラ・フォード1600に駒を進めた。
この辺は、アイルトン・セナの進みかたと実に良く似ている。
それはともかく、マンセルは、この年、ホークDL2マシンでいくつかの勝利を納め、翌77年には50レースに出場し、うち20回も優勝しているのだ。
「不屈の男」マンセルの、逸話の始まりとして、こんなのがある。
イギリスは、ブランハッチのレースでクラッシュ・骨折し、ドクターから全治6ヶ月の宣告を受けたにもかかわらず、数週間後のレースに首にギブスをはめて、平然と出場してきたのである。
1978年、彼はフォーミュラ3に進む資金を作るため、売れる物はすべて売り払い、さらに窓拭きなどのアルバイトをして、マーチ783でこれに挑戦。
シルバーストーンのレースでは、なんとネルソン・ピケやデレック・ワーウィツク等をうち破って2位入賞を果たしている。
1979年、ユニパートF3チームから参戦、第2戦のスラクストンで2位、第3戦のシルバーストーンではアンドレア・デ・チェザリスを破って勝利を挙げているのだ。

ガソリン漏れのコクピットのなかで......
マンセルの走りに惹かれていた男がいた。チーム・ロータスの総帥コーリン・チャップマンである。
チャップマンは、まずマンセルにロータスのインスペクターの仕事を世話した。元々マンセルは、流体力学を専攻するエンジニアだったからである(23歳当時)。
翌1980年、ロータス・タイプ81のマシン開発中、ついこのクルマに乗れるチャンスが訪れた。それは第10戦オーストリア・グランプリ(オステルライヒリンク)であった。
ロータス81/DFVは、しかし彼にやさしくはなかった。
スタートを待つマンセルのマシンのコクピットに、信じられない話だが、燃料が漏れて進入してきていたのだ。
チーム・クルーの制止にもかかわらず、マンセルはスタートを切ってしまった。
だが、容赦なく進入してくるガソリンは、彼の身体に浸透し、かゆみが、そして痛みが走った。
そんな状況の中でもマンセルは走りに走り、13位まで順位を上げたが、41周め、人間より先にエンジンが悲鳴を上げてストップ。リタイアに終わった。
念願のF1初ポイントは、ベルギーのゾルダー・サーキットで挙げた。
ジル・ビルニューブと激しいつばぜり合いを演じての3位入賞であった。マンセルにとって、生涯忘れることができない一戦であったに違いない。ロータス・チーム2年めのことである。
また、アメリカ・グランプリ(デトロイト)で、マンセルはブルーノ・ジャコメリのアルファロメオに追突してしまった。後輪に乗り上げ、左腕をステアリングに挟むという大事故であった。
マンセルはこの後、1レースは欠場したものの、イギリス・グランプリには腕に炎症を起こしながらも復帰。地元のファンや関係者に大いに感銘を与えたという。いかにもマンセルらしい話である。

どこまでも「つきのない」マンセル
1985年、マンセルはウイリアムズ・チームに移籍した。
そして10月6日、ブランズハッチのヨーロッパ・グランプリでF1初優勝(FW10/ホンダ)を遂げている。
ロータス97T/ルノーに乗るセナ、ブラバムBT54/BMWのピケと激しいバトルを繰り広げ、ダートに車輪を落としながらもトップを守り切ったのである。
ブランズハッチは8年ぶりのイギリス人勝利に沸きに沸いた。
このレースを皮切りに快勝をつづけたマンセルは、得点31で世界選手権ランキング6位に着けている。
1986年は、マクラーレンのアラン・プロストとワールド・チャンピオンの座を賭けて、壮烈な戦いを繰り広げた。
ところが、最終戦オーストラリア・グランプリで、しかも51周めに左リヤタイヤ・バーストでリタイア。悔し涙にくれたのである(プロスト72点、マンセル70点)。
翌87年も、マンセルはつかみかけた王者の地位を寸前のところで逃がしてしまう。
チャンピオン争いは、同僚のネルソン・ピケを相手に行なわれた。
勝敗を分けたのは第15戦の日本グランプリ。
公式予選で、縁石に乗り上げスピン、マシン(ウイリアムズ11B・ホンダ)は宙を舞って、地面に叩きつけられたのだ。
マンセルは脊髄を激しく痛め、決勝レース出場は医師団に禁止されてしまった。けっきょくチャンピオンの座は、宿敵ピケの手に落ちた(ピケ73点、マンセル61点)。どこまでもツキがない、と言ってしまえばそれまでなのだが......  (写真下につづく)


ウイリアムズFW14/ルノーをドライブするマンセル。 
1991 FUJI TV 日本グランプリ プログラムより


ランキング4位、5位、2位、そして王者に!
1989年、フェラーリ・チームに移籍。が、「タイプ640」の調子が全体的に良くなく(特にミッション系のトラブルに泣かされた)、期待ほどの成果は上がらなかった(38点/ランキング4位)。翌年も5位に終わる。
91年、古巣ウイリアムズにカムバック。相棒リカルド・パトレーゼと共に大活躍、一時は破竹の勢いに乗るセナ(マクラーレン・ホンダ)を止めるかと思われたが、またしても勝利の女神は彼に微笑まなかった(ランキング2位)。
そして1992年、マンセルはウイリアムズFW15/ルノーを駆ってついにF1の頂点に立った(決定:ハンガリー・グランプリ/ハンガロリンク)。それは念願の、というより悲願の達成、という言葉のほうがピッタリの形容であった。
チャンプになる前のイギリス・グランプリでこんな光景が見られた。
超満員に膨れ上がったシルバーストン・サーキット(イギリス・グランプリ)で、このレースを完全に席巻したマンセルが、熱狂するファンの前に表彰台で男泣きに泣いたのである。初めて見せるマンセルの涙であった。
もちろん、この涙にはマンセルにしか分からない、それこそいろんな要素を含んでいたに違いない。

一転,CARTに出場、チャンプに
そのひとつの結果であろうか、ナイジェル・マンセルは1993年、つまりチャンプになった翌年、アメリカのCARTに出場しているのである。そしてチャンピオンに。
94年シーズンも途中までCARTで戦い、セナ亡き後ウイリアムズ・チームで4戦、翌95年はマクラーレン・チームのマシンにも乗っている。
そしてシーズン途中のスペイン・グランプリを最後に、16年間のF1(CARTも含む)生活にピリオドを打ったのである。
マンセルの一見不可解とも思われる行動は、巷間いわれたプロスト、そしてセナとの確執。各チームの待遇を巡っての相違。etc....それらもあったかも知れない。
いずれにしろ、レース界を引退したマンセルは、プロドライバーにならなかったらプロゴルファーになっていただろう、というほど好きなゴルフの道を選んだ。
現在は、イギリス・ウッドベリーにある広大なゴルフ場のオーナーで、世界一のゴルフ場にするため頑張っている。
***
ロータス、ウイリアムズ、フェラーリ、マクラーレンの名門F1チームで、「荒法師」の異名を頂戴するほどの激しい走りで、存在感をアピールしつづけ、世界にファンを数多く作ったマンセル。マンセルの前にマンセルなく、マンセルの後にマンセルなし。この言葉がピッタリとする名ドライバーのひとりである。
F1とCART両方のチャンピオンになったのはマリオ・アンドレッティ、エマーソン・フィッティパルディ、ジャック・ビルニューブ、そしてナイジェル・マンセルの4人であることを付け加えておこう。  
彼は時々不可解な行動にでたことを記憶してます。ピットレーンでバックギアを使用(私が知る限りでは彼が初めて使用したのでは)してみたり、一番度肝を抜かれたのがピットアウト直後そのままセナに突撃!さながら神風特攻隊でした。
今後は彼のような個性的なドライバーは現れないでしょうね。

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