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こんばんわ。
みなさんいかがお過ごしですか?
シフゾウを見に行く後半戦の記事の前に、今日は、たなばたですね。
なので七夕といえば織姫・彦星の話ですが・・・・いやいや今日はたぬあひるにとって大事な一日。
数少ないずーっとブログを読んでくださっている方はご存知だと思いますが、
七夕はたぬあひるにとって手術した日なので、この日に毎年いろいろ思うことを
述べさせていただいております。
もう3年になりました。
早いですね。
3年前は一時的な専業主婦でございました。
あのとき結構なピッチで縫ったおなかも、すっかりきれいとまでいきませんが、
まあ目立たなくなりましたね。
今でもたまに、変な気がしますが、幸い術後問題はなく、日々極めてふつーの生活を送っております。
さすがにあれだけ痛くてつらくてわぁぎゃー泣いたのですが(笑)だんだんその記憶も薄れてきました。
それでも、 時々夢に見たりもします。
今年も無事にこの日を迎えることが出来てとてもうれしく思っています。
特に今年は母が入院中のため、健康のありがたみがよりいっそう感じられます。
まだまだ大変な日々は続いておりますが、私自身も少し気分転換をしてすごすようにしております。
3年前の今日はいろいろなことがどん底のように思えてめそめそする日もありましたが、
このころより、今のほうがこれでも前向きに生きているはずだと信じてます。
今じゃこの手術の翌日にたぬきだんなが四国に出張にいってしまい、たぬあひるが
苦しんでいる間、食べたかつおのたたきが非常においしかったという思い出を笑って
だんなと話すことが出来るようになりました。当時は本気でむかっときましたからね。
その後食べに行こうと思いながらも実行できずに今に至りますが。
あのあと、一時的に、へこんだおなかでしたが、そこは一度膨らんだ実績ありなわけですから、
気をぬいてむしゃむしゃたべたら、ふつーにもどりました(笑)
いまもその姿変わらず(笑)その姿は中たぬきそのもの。
さて、3周年を迎えて、また新たにいろいろ思うことはあっても前をみていっぽいっぽ
進んでいこうとおもってます。
1周年・2周年は正直しめっぽくなりましたが、もう3周年。
私はおかげさまで元気ですし、いろいろな人に出会えたり、日々新しい発見、経験があって
それなりの充実した日々をすごしていると思います。
決意新たに、これからもよろしくお願いします。
3年目のたぬあひる、今日も元気です
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health
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詳細
2008年7月7日七夕に手術をしました。
振り返って思ったこと、実際考えたことをつづってます。
コメント(2)
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手術してから、もうすぐ5ヶ月たちます。 8月の検査で通院は不要ということで、その後の体調といえば、すっかり回復しました。 ただ、寒い時期がやってきて、よく人がいう『傷む』というような『痛む』というか。 中が痛いのではなく、外側が痛いような気がします。 こればっかりは仕方ないことなのだと思います。 縫い目もじょじょに薄くなったような気が・・・・・。ただ 入浴するたびに自分の傷と向き合わなければならないのが、正直つらいとこです。 世の中には、多くの人がきったり縫ったり当然しているわけで、 こんなものですまない人もいるのはわかっているのですが、それでも 切らない人もたくさんいるわけですから。 あの術後の痛みは多分忘れないと思います。 それに健康の大事さがより理解できました。 つらいことがあっても、とりあえず健康なら、という意味がよくわかりました。 不健康な身体と精神は時により、自分を失いそうになるので。 大丈夫。大丈夫。 そう自分に言い聞かせています。 当然、病気になってから、落ち込みまくり、時にはいけないことも考えるときがあります。 でも、それも自分だから、受け止めるつもりです。 幸い元気になったことですし、立ち止まっている時間はもうおわりにして、 かたつむりレヴェルでいいから進まなきゃ。 幸いというか、それまで腫瘍が入っていたおなか、一時的にへこみましたが、 もとの形状になろうとするのか、膨らんできました(笑) いろいろ健康のために考えて行こうとおもいます。
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無事に退院して、毎日の生活が始まりました。 しばらくは自転車にのれないので、徒歩での生活です。 車も、まだすぐは運転できそうもないので、おとなしい日々です。 幸いスーパーも近くにありますし、そんなに困ることがありませんでした。 友達も、私があまり歩けないから、家に様子をみにきてくれたりしたし。 私は駅まで20分くらい徒歩でかかるのですが、術後歩いたら、なんと、1時間かかって しまいました。 なぜなら歩くスピードプラス休みながらでないと、進めないのです。 歩くのも大変だったので、朝はだんなさんを送り出すと、 隣の公園をさんぽ。なんとか早く回復したいとおもっていました。 バスは揺れるから、座れないと怖いので、乗れず。その生活がしばらく続き、 車→自転車→バス→電車と徐々に慣らしていきました。 そして、術後、組織検査の結果の出る日。 私は知らなかったのですが、 術後、母とだんなさんは『悪性の可能性もあります、検査してみないとですけど。』 といわれていたようです。ただ、2人の間で、私には黙っていようという考えだったようです。 ですから、母が『一緒に付き添ってあげるよ。』という申し出をのんきに断ってしまったのです。 私は午後から病院にいき、3時台の予約で待ってました。 この日母の誕生日だったので、夜一緒に食事をする約束をしていたのですが、 まだまだ余裕あるし、家も近いしのんびり構えていたのですが、 私この日携帯を家に忘れ、誰とも連絡を取れない状況だったのです。 しかも、病院がものすごく混んでいて、信じられないのですが、私の診察午後6時過ぎになって しまったのです。待っている人も少なくなり、センターはもう本来なら、終わっている時間なのに なかなか娘から連絡が来ないと思った母は心配し、携帯に連絡を何度もいれるも、 返信なし。おかしいと思ったので、まず、タクシーで私のうちにいき、 その後歩いて、病院へやってきたそうです。 そんななか、まだ診察が受けられない私は、暇な時間にも飽きて、DSでずーっと どうぶつの森をプレイしながら、待ってました。 母が、警備員さんと一緒にきてびっくりしました。 母は、私がよくない結果がでておちこみ、どこかへ逃亡(大げさだ)したのじゃないか?と 本当に不安だったようです。 そんなことも知らず、本当に親不孝な娘です。 結局、診察で、良性で問題なく、もし、今後何かあったらと、近くの産婦人科の紹介状をいただき ました。 私の腫瘍は、ぎっちり詰まっているものだったようで、すごく重かったそうです。 ですから、おなかの中で、ごろごろ重く感じたのでしょう。 母の心配は杞憂に終わりました。 私ははなから悪性と思ってなかったので、本当に心配掛けた母には申し訳なかったです。 家に帰って携帯見ると、仕事中の父からも、何度も電話が入っていて、本当に 申し訳なかったです・・・・・。 でも、もう子供じゃないし。 何かあっても、逃げ出して姿くらますようなことはしないですよ。 もちろん、だんなさんはこんな私にためいきついてました。 晴れて問題なくなった私は、またこれから新しい生活が始まるなとおもいました。 早く元に戻るために、体力つけたり、食事もきちんと食べないととおもったのでした。 |
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ついに退院する日がやってきました。 うれしー。 でも、たった一週間の間に、スラムダンク31巻を含む荷物が多くなりすぎて、 移動に時間もかかるし、大変でした。 退院した日、すっかり夏の空になっていて、久し振りに夏を感じました。 それより、予想通り。 縫い目がいたーーーーーーい。 まず、車の座席に座るだけで死ぬほどいたいのです。 さらに、バンピーなところでおなかに響きすごい痛い。 私は一体いつよくなるのだろう??? 10時ころ帰宅して、両親にちゃんと帰ってきたことを報告して、 のんびりして、お昼に私の希望で回転すしへ行きました。 でも、たべられないのですよね・・・・。いつもみたいに。 ほんとしんどい。 でも、この日、実は兄と双子のおいっこたちが、我が家にお見舞いに来る予定だったので、 あわてて帰宅し、お部屋掃除しました。 でも、普段の私床に座ったり、ソファの上でだらだらするのが、痛くてできません。 仕方なくダイニングのいすに座ってました。 おいっこはちょうど幼稚園の年中さんなので、元気ざかり。 ソファでジャンプし、わがやのたぬきグッズを振り回し、ケーキを食べ、 嵐のように去っていきました・・・・・。 元気だったよかったのですが、とにかく動けず、階段登れず、 きてもらったのに申し訳なかったです。 帰ってきて、家事は問題なかったのですが、 歩くことと、 階段を登って2階にあがること、洗濯物を干すこと、ベットの上でねること、おきること。 こんな単純なことができなくなり、痛いしで泣きそうになりました。 結局腹筋以下体力がなくなっていたのですよね。 自転車はこわかったので、しばらく乗りませんでした。いとしの自転車・・・・。 どこにもでかけられないよなぁ。当然バスも電車も乗る勇気ありません。 歩く練習のため、公園を散歩しようとおもったのですが、 だんだん暑さがまし、体力のないところ、どんどん消耗するし、無理はいけないと思い、 徐々に慣らすように努力しました。 お酒も解禁になったけど、めっきり飲まなくなり、気がつけば、飲めなくなりました。 一体いつまでつづくのでしょう??? 月末に病院で組織検査の結果がでます。それまでに、自転車乗れたりするのかな?? まあ、だめなら、歩いてもいけるし、いいやぁとこのときまでのんきに構えてました。 これが、次回にとんでもないことになるのです・・・・。 |
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手術して、5日目を迎えました。 土曜も5時起床です。 だってみなさん早起きなんです。 いよいよ明日は退院です。 金曜に内診も行い、術後経過を確認し問題がないということで、とりあえず、 私はこの時点でほっとして。 木曜日以来 シャワーを使用しました。コンタクト入れておなかもよくみて洗いました。 医療用テープの貼られたおなかは自然にはがれるまでそのままでいいといわれました。 結構粘着力があって、はしっこがびろびろなってもまんなか(縫い目の上)は ぴったりとついてました。 もう、食事も普通に食べられますし、大分動けるようになりました。 でも、なんか縫い目がいたいし、(気のせいかもしれませんが)響く気がしました。 だんなさんがきてくれました、がずーっとPSPやってました。 普段から、テレビやビデオ見てないときは、PSPやってます。 みんごるとかやってます。 こちらも対抗して、DSでどうぶつの森やってたりして。 長いような短いような入院生活ですが、土曜日はお見舞いのかたもたくさん見えるし、 静かな病棟にも笑い声がありました。 今まで入院したことが何度かありますが、ここまで、自分がつらい入院は初めてだったので、 はたして家に帰ってどうなるかが少し心配でしたが、まだわからない心配しても しかたないですからね。 母には実家に帰ってきたら?とも言われましたが、母も仕事をしている身。 とにかく動いて慣れないと、いつまでも社会復帰(おおげさだけど)できないと思い 自宅でのんびり静養することにしました。 母の友人がお見舞いをくださって、その中にメロンが2玉あったのですが、 だんなはそれを自転車でもって帰りました。さぞ重かったでしょう。 なかなか上手に歩けなかったですが、病院内の喫茶店などに行くことができるようになり 明日退院したら、がんばってもっと普通に戻れるようにしなきゃならないと思うと、 どうやって慣れていけばいいか考えてました。 明日は、会計も終わっているので、10時までにさっさと帰ってくださいニュアンスの 説明がありました。 だんなさん明日寝坊しないできてくれるかな?? まだ、錠剤の痛み止めを飲んでいるのですが、痛いのは仕方ないですからね。 身体の構造を考えた時点で、おなか切っているわけですから、しばらくは 痛いのしかたありません。 痛い自慢したるとおもったのでした。 いよいよ退院。ぱじゃま生活も、早起き生活もおわりです。 見たい番組もたまってるだろうなぁ。
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