きょうの手記
<死不侮改>人を貶めることばかりし、人の肩を踏んづけて、自らが上へ上へ昇ることばかりを夢見て、上の周辺に腰巾着になるが、死ぬるまでの棲々。人を人と観ることなく、迺ち人を知らぬものが悪罵を偽作して貶める自らの名を挙げんとするは私欲の狂熱病なり。漢字の宗家のことば用いうるなら、<死不侮改的走欲派>。死んでも改めぬ欲の一派となる。死んでも改めぬのだから死んで貰わねばなるまいが手を下さずとも、その終焉の兆候これ存り。嘗て1970年代の砌、その世態の加速度的なアピーヴァルが、マス・コミュニケーションによるものだという分析が提出され、まさしく今日より振り返らんときその旨精確だった㕝を識る。世態の問題の解決を困難にしてしまっている最大の原因はその過剰なまでの情報洪水が引き起こしている……と。しかし批注すれば、こんにちまで来た世の中を見れば、その加速度とは進展の加速度だったことが分かる。それがどうであろう───。こんにちの日本のそれの一方では逆効果示威とでも喚び得る、退行的な、逆方向へのそれだ。その加速度が早まればその終焉が早いということだ。 |








