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よく自称進歩的文化人やら左翼系の怪しげな市民団体、新聞社などは「国民」ではなく「市民」という言葉、又は「地球市民」という言葉を好んで使いたがります。
しかし、その地球市民とやらが「国家」や「民族」を超越することが果たして出来るでしょうか?私は地球規模の緊急事態でも起きない限り無理だと思います。このような国家を超えるような人類愛を説く考え方は、カルト教の様な宗教団体に特有なもので“まともな人”の考えではありません。
そもそも人には考え(その個人の思想)の源泉となるバックグラウンド(背景)が必ずあり、それに拠り具体的・場所的な足場を保ち生きていると思います。
しかし、その地球市民とやらは、どこにも具体的・場所的な足場を持たずに中空に浮いたようなところから世界や地域を眺めていて、それを彼らは進歩的で客観的なものだと勘違いしている愚かな人たちです。地球という足場を持っていると彼らは反論するかもしれませんが、その拠り所としての地球はあまりも漠然で大きく、足場には不適切です。
私は逆にこの地球市民的な考えは危険だと思いますね。これは地球全体の利益のためにはある地域の利益などは無視しても構わないというような全体主義的な思想に結びつきやすく、また、共産主義や社会主義的な思想とも迎合する危険なものです。旧ソ連は、階級を持って民族や宗教を否定しようとして崩壊したことからも明らかです。
戦後の日本の大きな特徴の一つに、伝統的な価値観や文化を否定し国家や国民という考え方まで否定したことにあります。自称進歩的な文化人とやらは国民主義ではなく市民主義の時代だ、これからは国民ではなく市民なのだと、地球市民なのだと盛んに囃し立てました。
しかし、これらの主張は完全に間違ってると思います。経済や環境問題などはすでにグローバル化しています。であるからこそ、自国の国民の利益を守るために、逆にこれまで以上に国家の役割が大切になるのです。彼らにはそのことがまるでわかっていません。
そもそも、具体的・場所的な足場を持たない地球市民が果たして存在できるのかという根本的な疑問があります。数学者の藤原正彦氏は産経新聞の正論(http://home.catv.ne.jp/ff/juliamn/seironfujiwara01042004.html)で次のように言っています。「本質ではない形質を拠り所とする国家は累卵の危うきにある。本質とは祖国の文化、伝統、情緒、自然などである。繁栄とか軍事力は本質を守るための手段にすぎない。本質に対する深い理解と愛着こそが祖国愛であり、国民の誇りや自信の源泉となる。祖国愛は自国の国益のみをひたすら追求するナショナリズムと峻別されるものである。これなくして国家は、挫折や危機のたびに狼狽を重ね、また平常時には時流に乗り遅れまいと汲々とし、寄らば大樹と右顧左眄することになる。
この祖国愛がいま、日本人にきわめて希薄となっている。終戦後アメリカの持ち込んだ教義が、自由と民主主義だけならよかったが、祖国否定を含んでいたためである。
アメリカは、歴史、文化、思想を否定しなければ民主化できないと、大掛かりな洗脳に取り組んだのである。」、と。私も氏の言葉に異存はなく、全文を通して読み取れることは、「高度な情緒を宿した“日本の良さ”を大事にして、これをもっと多くの人が再認識すれば、きしみを見せている合理主義的な欧米中心の考えに確かな風穴を開け、新しい文明の展開に向けて、日本の活躍する場が得られる。そして、自国の良さを語ることは、必ずしもナショナリスティックな主張を意味しない。人は誰でも、自分に身近な事物に格別の親近感を抱くものであり、それが家族愛、郷土愛そして祖国愛へと発展していく。この心情の発露がペイトリオティズム。これは万国に共通の価値であり、イデオロギー性はない。」であると思います。
私は、私の足場は基盤は、当然日本であり、ふるさとの埼玉です。だから、その基盤の上に立った自分であり続けたいです。そこには地球市民などという言葉は微塵もなく、自分の基盤を日本に置いてそこから世界を見ていける自分になりたいです。そう思っています。
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ナオミさん、賛同いただけて嬉しい限りです、転載もどうぞ。
2007/10/20(土) 午前 11:09
nipponndannshiさん、国家を取っ払い地球連邦でも作りたいのかサヨクは。これではガンダムの世界ですね。
2007/10/20(土) 午前 11:13
れおんさん、そう思いますね。これは彼らの特異な考えから来ている絵空事であると言えますね。国家を取り払うことはまずはむりでしょうね。でも、日本だけですね、このような戯言を言っているのは。
2007/10/20(土) 午前 11:16
leftyさん、このような思想を持っているのはおそらく日本だけですね。他の国の人は国を取り払うことなど全く考えていません。むしろ積極的に自分の生まれた国の国民になろうとするでしょうし、それが当たり前のことです。
2007/10/20(土) 午前 11:19
chibanittaiさん、確かに地球市民なるものは全くの詭弁ですね。海外に出るには皆パスポートをもちその国を代表しますし、無国籍などありえません。まあ、サヨクの言うことなどはなから崩壊しているのですが、これもその一例ですね。
2007/10/20(土) 午前 11:30
カラカラ帝さん、私も誇りある日本国民でありたいですね。そして、このような危険思想がなくなって欲しいですね。
2007/10/20(土) 午前 11:32
TIDさん、地球市民というのは国家を否定したい連中の作り出した幻想のようなものですね。人にはそれぞれ拠り所があり、国があるのですから、それを無理に否定するサヨクの考え方は乱暴です。
2007/10/20(土) 午前 11:35
若狭さん、そうですね。地球人など宇宙人でも侵略してこない限り言わない名称でしょうね。私たちは日本人でありたいです。
2007/10/20(土) 午前 11:38
greenthubさん、そうですね。地球市民など絵空事の空想であり、流浪の民ほど惨めなものはありません。人は皆どこかの国で生まれ、育ってその国を構成していきます。それを全部なくして地球市民になるなどありえませんね。
2007/10/20(土) 午前 11:42
こんにちは!ご訪問ありがとうございました。
はー、地球市民ですかー・・・・実際こんなこと口に出して使ってる人見たら、ふつー引きますって。
「さあ、喧嘩をやめようよ。だって、ぼくらは地球市民じゃあないか!」・・・・いや、これは痛いですね。
馬鹿アメリカ人と同じ人種にされたくなーい!あいつら生理的にダメなんですー。
2007/10/20(土) 午後 0:19
誰の思いついた言葉か知りませんが、日本に生まれてある程度の年齢に達した者と、ナミビア砂漠の真ん中で生まれ育った者とは、
水一滴に関する価値観でさえ異なるのですから、「地球市民」などと壮大な名詞を使ったところで、何のまとまりもつかない空虚なものでしょう。それを堂々と言ってのける辻元清美などは、妄想をはるかに超えた手の付けられない馬鹿ですネ。
ポキッ
2007/10/20(土) 午後 1:07
日本という郷土を考えずに、「地球市民」ですからね。
お前はどこの人?
っていうアイデンティティが欠落してる。
それが、「自分の価値」って言う「現代病」の元なんだろうけど、「地球市民」達には理解できないんでしょうね。
2007/10/20(土) 午後 8:59 [ ぬくぬく ]
みあけさん、そうですね。普通の人はまともな人は地球市民などとは言いません。世界でこのように地球市民と言って胸を張っていうのは日本のサヨクの痛い人たちだけです。皆どこかに拠り所があり、宙に浮いたような地球市民などありえませんね。
2007/10/21(日) 午前 10:36
神無月さん、地球市民というのはまさに仰るとおり空虚で、反日サヨクの自己満足又は独善と言える代物でしょう。無防備運動を展開しているのもこういう連中が多いです。
2007/10/21(日) 午前 10:38
nukunukuさん、そうですね。日本を国家を飛ばしていきなり地球市民ですからね。国家を持たない民が必至に自分たちの国家を求めているのはなぜかを考えれば地球市民など出てこないと思いますね。
2007/10/21(日) 午前 10:41
「地球市民」・・寒気がします(笑)
左翼系の人たちって、よく問題を大げさな言葉で表現して、ごまかしたりしますよね(;^^)
サヨクのテキトーさを一番表している言葉なのでは。
ポチィ♪
2007/10/22(月) 午前 11:08
ちょい貧オヤジさん、仰るとおり胡散臭く、寒気を覚えますね。結局国家を廃したいだけですね、彼らは。確かに、大仰な言葉で騒ぎ立てるのが彼らのやり口ですね。
2007/10/24(水) 午後 0:39
ナオミさん、傑作ありがとうございます。
2007/10/24(水) 午後 0:40
「地球市民」・・・理想としては解らなくもないのですが、「キミ、何人?」と聞かれて「地球人!」と答えたら、アホかと思われますよね。
傑作!
2007/10/25(木) 午後 0:50
しんのすけさん、確かにそうですね。まずは日本人として己を律してから世界を見据える必要がありますね。
2007/10/25(木) 午後 2:26