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最近、日本がどこかおかしい。そのモラルを疑われるような出来事が続いています。元々はとてもモラルが高かった国民であったのに、何をどこでどう間違えたのでしょうか?日本人は。
私はそこで、まだ壊れていなかったであろう頃の日本人像を史料を通して紹介して行こうかと思います。
まずは、フランシスコ・ディアス・コバルビアスの『ディアス・コバルビアス 日本旅行記』より
「日本の家屋は紙と華奢な木で造られているのに、泥棒が少ない。われわれが住んでいた野毛山は人里離れた場所で、住んでいる人が外国人であれば、盗人が侵入しても仕方がなかったのだが、いろいろな物を置いていたにもかかわらず、実際には、機械も書籍も衣類もお金も一番無意味なものまでも盗まれることはなかった。
幾度か単身で、武器も持たず、見ず知らずの人力車夫に案内されて、夜間、それもどこかに祝祭があったので遠く人里離れたところまで、その習慣を観察するために、市内を駆け回った。しかし、暴力沙汰に遭遇したこともなければ、侮辱を受けたこともなかった。何の被害も受けずに、このような振舞いができる国など世界のどこにあろうか」
次に、イザベラ・バードの『日本奥地紀行』より
「ヨーロッパの多くの国々や、わがイギリスでも地方によっては、外国の服装をした女性の一人旅は、実際の危害を受けるまではゆかなくとも、無礼や侮辱の仕打ちにあったり、お金をゆすりとられるのであるが、ここでは私は、一度も失礼な目にあったこともなければ、真に過当な料金をとられた例もない。群集にとり囲まれても、失礼なことをされることはない。馬子は、私が雨に濡れたり、びっくり驚くことのないように絶えず気をつかい、革帯や結んでいない品物が旅の終わるまで無事であるように、細心の注意を払う。旅が終わると、心づけを欲しがってうろうろしていたり、仕事をほうり出して酒を飲んだり雑談をしたりすることもなく、彼らは直ちに馬から荷物を下し、駅馬係から伝票をもらって、家へ帰るのである。
ほんの昨日のことであったが、革帯が一つ紛失していた。もう暗くなっていたが、その馬子はそれを探しに一里も戻った。彼にその骨折賃として何銭かをあげようとしたが、彼は、旅の終わりまで無事届けるのが当然の責任だ、と言って、どうしてもお金を受け取らなかった。彼らはお互いに親切であり、礼儀正しい。それは見ていてもたいへん気持ちがよい」
続いて、エドワード・シルベスター・モースの『日本その日その日』より
「外国人は日本に数ヶ月いた上で、徐々に次のようなことに気がつき始める。即ち彼は日本人にすべてを教える気でいたのであるが、驚くことには、また残念ながら、自分の国で人道の名に於て道徳的教訓の重荷になっている善徳や品性を、日本人は生まれながらに持っているらしいことである。衣服の簡素、家庭の整理、周囲の清潔、自然及びすべての自然物に対する愛、あっさりして魅力に富む芸術、挙動の礼儀正しさ、他人の感情に就いての思いやり・・・これ等は恵まれた階級の人々ばかりでなく、最も貧しい人々も持っている特質である」
最後に、エドワード・ワーレン・クラークの『日本滞在記』より
「子供たちは、学校でも家庭でも、長上に対する礼儀と尊敬を第一の絶対必要条件として躾けられる。若い人たちの上品な挙止には全く驚かされる。日本人はおそらく世界一の礼儀正しい国民である。跣で歩き、アメリカ人ほど衣類は身につけないが、文明人と自称する多くの国民よりも、たしかに礼儀正しく親切である。殊に子供たちは決して喧嘩腰になったり、手に負えないようなことがなく、両親や教師には従順で忠実であり、それだからかえって幸福なのだ。学校でも無秩序な状態に近づくようなことは起らず、ごくつまらぬ服装の子供でも態度に上品な所があった」
以上、来日外国人の記録を紹介しましたが、今こそ、私たちのご先祖様たちがいかにして生きてきたのかを見直す時期に来ているのではないでしょうか。欧米人の価値観に頼るのも、もはや限界です。私たち日本人自身の価値観を取り戻すべきです。ただ、それは昔の良き日本にすべて戻せば良いとの単純な話ではありませんが、良き時代を知ることはその糸口にはなると思います。少なくても、そこには世界に誇るべき日本人がいたのですから。
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