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安倍前首相の頃から、日支間(日本と支那間)の関係を戦略的互恵関係であると称しています。ですが、果たしてそのような戦略的互恵関係などシナとの間で成り立つのでしょうか?
戦略的互恵関係とは、東アジアやグローバルな規模で日支が互いに協力(妥協と言っても良い)して相互的に利益を得る関係であると言えます。
ですが、東シナ海ガス田開発問題、毒餃子事件、シナ原潜による日本領海侵犯、日本の常任理事国入り、歴史捏造問題、反日教育、チベット・ウイグル・南モンゴルなどの民族弾圧問題等、懸案の問題は何一つ解決していません。日本は、戦略的互恵関係と言いつつも何一つ恩恵を得られていません。強いて言えば、経済だけが互恵になっているようにも見えますが、いわゆるチャイナリスク回避の思惑もあってか、シナへの投資額は年々減少しています。まさかとは思いますが、外務省やフクダ総理は、シナで反日運動さえ起こらなければ、それが日本の恩恵であると考えているのではありますまいな。
しかし、シナ共産党の存在意義は“反日”にあり、病的なナショナリズムに蝕まれたシナ国民(フランスのスーパーであるカルフール襲撃やフランス国旗に落書きした反仏デモは完全に逆ギレ)が日本への妥協を許すはずがありません。結局、日本側に南京大虐殺などの歴史カードを使い一方的に妥協させて多くの利益(シナ国益)を引き出そうとするのが目的でしょう。
フクダ総理は、靖国参拝に関して、「相手の嫌がることをしない」と語りましたが、外交では自国の国益追求のためには相手の嫌がることもしなければなりません。日本国の総理大臣の後ろには、1億3000万人の日本国民がいることを自覚してください。日本国の国益の追求こそが総理が果たす役割です。
そもそも、シナは信頼に足る存在でしょうか?約束は履行せず、歴史を捏造し、領海侵犯をしても悪びれません。戦後も、四方に侵略し、他国を侵しています。日本の国家主権に関わることを「相手の嫌がることはしない」と言って、安易な妥協を繰り返せば、それこそ大局的に見ても失うものが多くなるでしょう。
日本の議員の中には、シナの文化への尊敬が、シナへの無思慮な迎合に繫がっている例があります。中曽根元首相は、自ら漢詩を嗜むほどにシナ文化に傾倒しています。コキントウと総理経験者との朝食会でも安倍元首相以外(チベット問題、ウイグル問題に言及)は耳ざわりの良い事を言い、ゴマをすっていました。何とも呆れ果てた対応です、中曽根や海部は。ここでも、安倍元首相をKY呼ばわりしている人たちがいましたが、ここでいう“空気”とは、シナにとって都合の良い事を言いヨイショすることなら、KYで構いません。
江戸時代の儒学者・山崎闇斎は、弟子に「方今彼の邦孔子を以て大將となし、孟子を副將となし、騎數萬を率ゐ、來りて我邦を攻めば、吾黨孔孟の道を學ぶ者、之を如何せんと」と投げかけて、弟子が答えに窮していると「不幸にして若し此厄に逢はば、吾黨身に堅を被り、手に鋭を執り、之と一戰して孔孟を擒にし、以て國恩に報ず、此れ即ち孔孟の道なり」と述べ、シナ文化を尊敬することと、国益を守ることをきちんと峻別しています。
シナの最終的な目的は、この地域を覇権主義的に統治することです。常識を超えた不透明な軍事費の伸びや、日本の領海を侵犯してまでの地形調査など来るべき事態への布石であることは明らかでしょう。この地域でシナの暴走を止められるのは、紛れもなく日本だけです。東アジアが戦火に飲み込まれないためにも、日本はシナの暴走に対して、釘を刺し、牽制していかなければいけません。日本は毅然とシナの問題を糾すような国になるべきで、いたずらに迎合する愚を犯すべきではありません。シナとの戦略的互恵関係は幻であると言えるでしょう。早く、その間違った夢から覚めるべきでしょう。
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