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高校3年生の時に、パーティコンパニオンをやっていて、
「割に合わない」
と、前のバイトで知り合った友人に話したところ、
「やっぱ”店”の方がいいよ」
と言ってきた。
彼女の紹介で、上野にオープンしたばかりのスナックで働くようになったのは、そのすぐ後。
新しいお店だったので、どっちかというとパブって感じだった。
女の子も若いが、ママも若い。
確か27歳。
もちろんスポンサー付き。
今だと、27歳って若いなーって思う。
その頃はすごーく大人に思えたけどね。
そこでは1ヶ月働いたかどうか。
なぜなら、警察の調査(検査?)が入ってしまったから。
ちょうどその頃、風俗法が厳しくなったか、新しくなったかしたんだよね。
高校生だった私と、その友人は別の店に移された。
「調査が終わったら戻ってこれるから」
というマネージャーの言葉を信じて、
いかにも下町のスナックといった感じのその店に
私たちは通うようになった。
マスター、雇われママ、フィリピン人の女の子が4人、
日本人は私を合わせて4人。
日本人の女の子の中には、ママの娘もいた。
私の友人は1ヶ月くらいで辞めてしまった。
いつまでたっても、前の店からのお迎えがなかったから。
要は、厄介払いをされたってわけだ、私たち。
マスターは私たちが入って、2週間くらいで亡くなった。
突然亡くなったので、3日間くらい、誰にも気づかれなかった。
私はこのマスターと口げんかをした。
仲直りはしないまま、亡くなってしまった。
しばらくは、嫌な気分で過ごさなくちゃならなかった。
私は、この古びたお店で1年半、働くことになり、
ママの娘とは親友と呼べるほど仲良くなった。
不思議な縁だよね。
この店はとても居心地が良かった。
適度に古くて、お客さんもほどほどお行儀よくって。
確か、週に3日くらい働いてたかな。
若かったから、いつも酔っ払って、
仕事の後は、カラオケパブ。
カラオケボックスなんて、まだなかった。
そのまま高校を卒業し、
専門校に通っている頃、親にバレて、
(それまでバレなかったのが不思議?)
無理やりやめさせられそうになったので、家出した。
ママの家に転がりこんだが、すぐに見つかった。
お店は結局辞めさせられた。
あてつけのように、私は専門校をやめた。
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