ドリアン長野のランニングな日々

海外旅行記並びにランニングについて発表していきます。
先日初めて義母と小学生の甥と三人で義母の生家があった岩国に行った。生家の久利家は地元では名士らしく、義母の父と高名な歴史学者奈良本辰也先生が中高生のときに同級生だったこともあり、久利家の調査にも加わっていたらしい。岩国徴古館に古文書を寄贈しており、貴重な資料なので東大の編纂室が調査したいとの由。その前に墓参を兼ねて拝見させてもらうことにした。
岩国出身の著名人と言えば真っ先に思い浮かぶのが元「週間プロレス」編集長であり、スポーツライターのターザン山本氏だ。このことを岩国の写真と共にフェイスブックにアップしたところ、御本人が見られ、すぐさまシェアしていただいた。
帰阪後、さっそくターザン氏の著書を読んでみるとこんな記述があり、思わず目を見張った。
「1946年、私は基地の街である山口県岩国市に生まれた。4人兄弟の長男である。父は帝国人絹(テイジン)の工場労働者で、家はお世辞にも裕福とは言えなかった。
毎日のごはんは瀬戸内で取れるアジなどの大衆魚に野菜はジャガイモが中心、そして味噌汁くらいのもの。味噌汁の鍋に1つ入る卵が自分のお椀にどれだけたくさん入るのかが私たち兄弟のいつもの楽しみだった。
尋常小学校しか出ていなかった父は、少しでも給料が上がるようにと家で昇進試験のための勉強をしていたが、しょせんは職工、せいぜい班長止まりでたいした出世はできなかった。いくら勉強したところで、都会から来る大学出の幹部社員にかなうわけがない。父は、せめて長男である私だけは大学に行かせようと、相当無理して働いたようだ。」
驚いたのは義母の父は岩国のテイジンの工場長をしていたと聞いていたからだ。義母に電話して確認してみると、かなりの確率でその時期が重なることがわかった。
不思議な縁である。興味に駆られて氏のブログを検索するとこんな文章を見つけた。
「夢の世界は孤独そのもの。ほとんど絶対的孤独な自分しか現れてこない。それから2時間後だった。10時過ぎか。家の電話が鳴った。誰かと思ったら故郷(山口県岩国市)の姉からである。
 そばには妹もいた。姉は私より11歳上。妹は二つした。姉は急に「おじいちゃん(私の父のこと)はねえ・・・」と話し始めた。
 父はテイジン(帝国人絹)に職工として働いていた。戦後、そのテイジンに九州の宮崎や鹿児島から中学を卒業した人たちが、岩国の工場に就職してきた。
 その連中は会社の寮に住んでいたのだが、その食堂の料理が物足りないというと、父は彼らを家に招いて腹いっぱい御飯を食べさせていたというのだ。
 へえ〜、初めて聞いたよ。さらにお金がないといったらお金も貸していた。その中には返さないものもいた。
 すると父は仕方がないよとそのままにした。また正月、クニ(故郷)に事情があって帰れないものがいると、その人間を家に招いて正月料理を御馳走した。
 結局、若いものの面倒見がすごくよかったのだ。だから父が定年退職する時は下の者(若い人)から盛大なパーティーをやってもらったそうだ。
 だからさあ、あんた(私)もおじいちゃんと同じように、人に何かを施す側にまわりなさいと注意してきたのだ。
 そうか私は父とは反対に“もらう”側になっている。しかしよく姉もわざわざそんなことを妹といっしょになって、朝から電話してくるよな。
 750円しか手持ちのお金がないのにそれは無理だよ。でも父は偉いよ。私にそのマネをしろといってもねえ。
 またこうも言った。父が亡くなったのは平成9年11月6日。母は平成14年7月8日。共に91歳だった。
 だから8日と6日には必ず花を買ってきて仏壇にそれを供えろというのだ。ハイ、わかったよ。
 あれ、今日がその8日ではないか? 父と母が私を守ってくれているのかもしれない。ありがとうである。」
ターザン氏と父君のことがよくわかる文章ではないか。これをコピペして義母に送った。翌日義母からいかにも感激した口調で電話があった。
彼女の父も面倒見が良く、遠方から赴任してきたテイジンの部下をよく自宅に招いてご馳走していたそうだ。友だちは大切にしなさい、というのが口癖で彼女の友人を招くときも決して偉そうにしてはいけないと言い含めていたらしい。義母は氏の父君と自分の父親のことを封建的だが情の厚い岩国人として、また工場長と工場労働者としての立場は違えど、人を慮る人間としての大きさを感じ取って感激したらしい。もちろん私も全く同じ気持ちだった。この二人は果たしてどこかで邂逅したのだろうか。
いや、そんなことよりも私は会ったこともないこの二人を既に深い尊敬を持って感じているのだ。

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タイランド

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#11 バンコクの魅力 (リターンズ) 
 「なぜタイがそんなに好きなのか?」 とよく尋ねられる。そのたびに考えるのだが、自分でもよく分からん。タイに移住している日本人にインタビューするというテレビ番組を観たことがあるが、そのインタビュアーが元モー娘の中澤ねえさんだった。中澤ねえさんが 「なぜタイが好きなんですか?」 と私も何度ともなく聞かれた質問をある日本人にぶつけた。その人は「ここでは戦わなくてもいいですから」と答えていた。う〜ん、そうかもしれんな。何かにしゃかりきになってるタイ人なんて見たことがないぞ、私は。タイ人に限らず東南アジア人というのは(日本人から見て)物事を深刻に受けとめる能力が欠けている人が多い。バーツが大暴落しようが、エ○ズが蔓延しようが社会全体が重苦しくなったりはしない。
私はスコールの時に、傘を持つ習慣のないタイ人と一つの軒下で雨宿りしたり、中華街でトラックから荷物の積みおろしをしている半裸の労働者を眺めたり、屋台引きのフルーツ屋からスイカかパイナップルを10バーツで買って歩きながら食べたり、夜、通りを歩いていてふいに後ろを見ると象がいるのに気づき、象使いから20バーツで買ったエサをやったり、朝、セントラル・デパートの一階にある「スタバ」でホット・チョコレートを飲みながら通りを眺めたり、たまには豪華にインドラ・リージェントホテルでバイキングの朝食をとったり、ディスコの帰り、深夜2時にロビンソンで飲み物を買ったりするのが好きだが、中でも一番好きなのがドンムアン空港からバスで市内に向かう時間だ。これだけのためにもバンコクへ行く価値があると私は思う。市内までの交通手段としては空港の前に鉄道駅があるし、エアポート・バスやもちろんタクシーでも行ける。以前、タクシーに乗ったらドライバーがホテルの所在地を知らなかったので、50メートルも走らないうちに降りた。すぐ別のタクシーに乗ると、そのホテルまで遠いから1150バーツだとぬかしやがった。高いと文句を言うと、今度は500だと言う。怒ってタクシーを止めさせて降りた。相場はだいたい、250から300バーツだ。3台目でやっと目的地までたどり着くことができた。私は一度お金の節約のために市バスに乗ってみて大いに気に入り、それからは必ずこれに乗ることにしている。
空港を出て、大通りの前のバス亭で24時間運行のファランポーン駅行きの29番バスを待つ。なかなか来ねえなと少しやきもきするのも趣がある。やっと来たバスに乗り込むと、すでに車内は学生や労働者や主婦といった風体の人で一杯で、旅行者は私一人だ。安い航空券で日本を発てば、バンコクには深夜に到着する。深夜なのになぜいろんな階層の人がバスに乗っているのか、日本からやって来た旅行者には不思議でしかたがない。どんなに混んでいても女性車掌は新しく乗り込んできた人を見逃さない。運賃を徴収し(普通バスは深夜料金で5バーツ。エアコン・バスなら16バーツ)、ブリキ製の筒をパカパカいわせ、ロール状のチケットに切り込みを入れ、ちぎって渡してくれる。なんで車掌は太った人が多いんだ? バスがかなり揺れるから重心が安定するためにそういった女性を優先的に採用するのか? 等と考えているうちにバスは停留所を五つ、六つ通過し、ようやく座れるようになる。車内は窓を開けていても、むっとするほど暑い。汗がにじみ出るのを感じながら車内灯をじっと見つめていると、ボーッとなってくる。アセチレン灯のようなそれが縁日を思い起こさせ、幼い頃の記憶があれやこれやと浮かんでくるのだ?信号でバスが停まる。車窓から古びたアパートやコンビニが見え、ソイからひょいっと人が出てくる。何でもない光景だが、ひどく懐かしい。ああ、またこの街に戻ってきた、と心の中でつぶやく。スカイトレインの駅が見えてくるとバスはやがてパヤタイ通りを南下する。アジア・ホテルの前を通るともうすぐだ。ラーマ一世通りを左折すれば左に終点のファランポーン駅が現われる。運河の側の停留所に降りると、私にとってもうここは外国だという意識はない。故郷に帰ってきた、そんな感じだ。
到着第一日目はカオサンに泊まるのもずっと変わらない。ここはタイらしくないと敬遠する人もいるようだが、私は商店街で生まれ育ったせいか、いろんな人たちがうろうろしているのは好きだ。遅くまでやっている屋台でカオ・トム(おかゆ)を食べ、コンビニで雑誌や飲み物を買う。バンコクに来た時の儀式のようなものだ。これも私の楽しみのひとつである。
ある国や地域が好きになるということは言うまでもなく、その人自身が何に反応するかという内面の問題だ。私のように瑣事に喜びを感じる人間は 「なぜタイが好きなのか?」 という質問には 「行ってみれば分かるよ」 としか答えられない。



#12 大都会バンコク (リターンズ) 
友人をバンコクに連れていくと、必ずこう言う。 「バンコクがこんなに都会だとは知らなかった。」
(次にくる言葉は「タイ人がこんなにオシャレだとは思わなかった」だ)
そんな時、私は内心思うのである。どうだっ、驚いたかっ。なめんじゃねーぞって、なにも私がムキになることはないんだけどさ。スカイトレインから景色を眺めていると、マンハッタンのセントラル・パークかと思っちゃうような場所もあるし、この前なんか世界一高いホテル、バイヨーク・スカイの展望台から夜景を見たら、さすがの私もびっくりしちゃったよ。
「おおっ、すごい。私はこんな大都会をあっちに行ったり、こっちに来たり、うろうろしてたのか」
バンコクの人口はスラムの住人や地方からの労働者を合わせると、1千万人を超えるといわれる。日本人は不法滞在者を入れると3万人が住んでいるそうだ。ある意味ではバンコクは東京やシンガポール(行ったことないけど)以上の大都市であり、欧米型の都市とはあきらかに違う。
第一に、あの厳しい気候だ。ニューヨークや最近の日本の夏もかなり暑いが、タイの季節は雨期と乾期しかない。バンコクに限って言えば、ほとんど毎日が暑い。関西人がアホなのは小さい頃からお好み焼きやうどんやたこ焼きといった小麦粉食品を大量摂取しているので、全身のみならず、脳も炭水化物化しているからだという説があるが、東南アジア人がボーッとしているのも毎日暑いからである。昼過ぎになるとあちこちの店先では店員がだら〜っと犬のように眠りこけている。シエスタなどというかわいいもんではないな、あれは。スコールになると、降水量が多いのか、水はけが悪いのか、街中が水浸しになる。そんな時、ここは東南アジアにできた都市であるということを実感するのである。
第二に、なんといってもあのタイ人だ。バンコクにも、もちろん悪人はうじゃうじゃいる。コンビニで売られている「クライム・ニュース」という雑誌には殺人事件の被害者の惨殺死体がばんばん載っていて、これが微笑みの国の人間のやることか〜っと思うのだが、大抵のタイ人というのは人がいいというのか、細かいことは気にしないというのか、早い話がぬけている人が多い。ファランポーン駅構内にコンビニがあるのだが、そこに野良犬が入り込み、奥で涼んでいた。警備員がやって来て、追い出すのかなと思っていたら、しゃがみこんで犬の頭をなでてやっていた。(日本では想像しにくい光景じゃありませんか、皆さん)
発展途上国や中進国の警官は国民から賄賂を要求するのが公然となっているが(タイでも、もちろんそれは日常茶飯事だ)、バンコクで軽犯罪を犯した三人の大学生が罰金を持っていなかったので、その代わりに警官が彼らに腕立て伏せをやらせたという様子が新聞記事になったことがあった。(そういうことが記事になって、話題になるということ自体が中進国らしいね)
先進国で同様な処置をしたら前近代的だとか、人権問題だとか姦しいだろう。私は西欧民主主義から観た、前近代的といわれることが間違っているとかは思わないけどね。
先日、関空に行くためにタクシーに乗っていたら、運転手の奥さんと娘さん(名門タマサート大学を次席で卒業した才媛。日本人としては始めての快挙らしい)はバンコクに住んでいるという話になった。若い頃、建築作業員として海外を転々としていたが、タイが気に入り、住みついてしまったらしい。日本にはお金を稼ぐために単身帰国して、1日も休まずに働いているそうだ。
「来年には仕事をやめて、タイに戻るつもりです。日本は嫌です。やっぱり私にはタイの水が合ってるんでしょうなあ。でもたった一つだけ、タイには悪い所があるんですよ。実は私、ドンムアン空港の近くに家を持っとたんですが、空港を拡張するっていうんで土地ごと没収されてしまったんですわ。弁護士を雇って国と争ったんですが、一銭の補償もなしです。あの時は参りました。それだけです、嫌な所は。タイ人はいい人間なんですけどね」
今はバンコク市内にアパートを三軒持っているそうだ。タイ人はぬけている奴らばかりだが、国はぬけていなかったらしい。それよりも、そんな目に会ってもタイが好きだという彼の気持ちが私にはよ〜く分かって、ちょっぴり感動しちゃったぞ。

 管理人マーキュリーマークの感想文と皆様への伝達事項

 紹介した幾つかの動画はドリアン長野並びに私(マーキュリーマーク)が撮影したものではなく、参考の為の転載です。
 今回、過去において二回連続でバンコクについてのエッセイをドリアン長野は執筆したので一元化すると同時にドリアン長野が執筆した他のタイランド旅行記並びに関連する動画についても紹介します。


(以下は#11 バンコクの魅力についての感想文です) 
 この海外旅行記は、例のごとく1990年代から平成10年代にかけてのお話しだと言う点については、ご理解ください。 
タイランドも、諸外国と同様に国境紛争は抱えています。 北部のカレン族(その中のパダウン族は首が長い女性達で有名)の難民や南部のマレー系の独立運動等深刻な社会問題は、存在しています。 バンコクに限っては、のんびり出来るようです。 
バスとタクシーの料金に格差があるのは日本もタイランドも同様のようです。 但し、日本の場合法律が存在しているから不正請求は無いかもしれませんが、遠回りはさせられるかもしれない。 
また、通貨価値は暴落した場合には輸出競争力が強まるから完全否定はし難いと思われます。 実際にタイランドからたくさんの食料品を日本は輸入しています。
無論、「どこの会社が日本へ輸出するのか?」の競争は少なからず存在していますから、国境紛争だけではなくて経営上の戦いも存在しています。
平成20年代になって発生し激化している、タイランド国内の騒乱は2010年代に終結するか否かは誰にも分かりません。
実際に机上の空論を支持するよりも、実行に移すのも肝要と感じさせる海外旅行記ですね。 可能であれば、タイランドに旅行されても構いませんが前述したばかりか半ば周知の事実ですが将来的に再度タイランド国内で混乱が発生しないとは言い切れないので自己責任でご決断ください。 今のところ、私自身の勝手な考えですが推奨は難しいです。 冒頭で述べたように、1990年代から平成10年代にかけてのタイランド旅行記なんです。 その時期は、最近と比較して、まだ平和でした。
 日本にいる時にある程度の情報を得て実際に訪問してみて良かったかどうかでその国の印象が変わると私は思います。「千の言葉よりも一の実行」で私も実際に平成27年10月にカナダに行ってブリティッシュコロンビア州が好きになったしその理由を質問されると「実際に行ったら、分かる。」といった返答だけでは不十分かもしれませんが、日本と同じような生活が維持出来たという部分がございました。深く考えずに日本と同じようにも思えてしまう共通点が多いばかりか、賛同する部分が多いか否かの部分は重要ではないでしょうか?世界には、日本からの渡航が禁止に至る迄に悪い状態に至った外国は存在してますし、その点は理解が必要です。渡航が行える国だから、旅行が行えるのです。
価格は変更されてるかもしれませんがインドラ リージェント ホテルの朝食ビュッフェの価格は380バーツだそうで、私が宿泊してきたバンクーバーのホテルの朝食ビュッフェの料金はC$28でした。C$はカナダドルの略称です。


(以下は#12 大都会バンコクについての感想文です)
 一応、関東が世界で最も多くの人が住む一帯らしいです。
治安はやはり良くないでしょうね。 案外、バンコクだけではなくて南部の紛争を取り上げているかもしれません。
やはり、カントリーリスクは存在していますね。 成田空港の時と同じような出来事がタイランドでも発生していたようです。 
世界各国は色々な変化がありますね。日本人でも普通に住めるようになってきてるようです。
 平成11年(1999年)から運行されてるバンコク(タイランド)のスカイトレインは、昭和60年(1985年)から運行されてるブリティッシュコロンビア州(カナダ)のスカイトレインと同じ位に世界的に有名です。バンコクのスカイトレインは、カナダのスカイトレインの技術を導入し、建設する予定であったそうですが結果的にはドイツ企業の技術が導入され建設されました。馬鹿げた重言のようなジョークに思えた人が多いかもしれませんが実際には真面目なお話しだと考えてもらえると幸いです。「世界の車窓から」でも両者は紹介されたのかな?
理解しないといけないのは踏切を否定した鉄道という点です。高架もしくは地下に限っておけば事故が発生する可能性は低下します。
 一日乗車券を買っておくと(確かに金額的には損をする可能性はあるが)不条理に高値を請求されることは無いから、私はブリティッシュコロンビア州を旅行してる時には一日乗車券ばかり買ってました。それに、不正乗車の罰金が高額なのは周知されてるし支払い責任を果たしたから罰金を請求されなくて良かったです。
 私の知る限りですが、世界各地にスカイトレインは存在するが町の為に役立ってる公共交通機関はカナダとタイランドのみのようです。他は空港内部のみで運行してる電車もしくは航空機の名称です。この点についての詳細は各自でお調べください。
 タイランドのバンコクにはスコール(大雨)が多いようです。一方でカナダのバンクーバーでは一般的な降雨もあったが小雨も多かったです。バンクーバーはレインクーバーという俗称も存在してます。
 そういや、過去に大阪市内のタイランドフード販売店に行った時に、バンコクから来た従業員がタイランド北部から来た従業員に対して日本語で「田舎。」といって冷やかしてた事がございました。大阪の場合は「田舎。」という言葉は皆が平等だからそういった言葉で人を批判するのは良くないという考えがあるが逆にこだわるのは「たかじんの歌の東京は好きだが、町の東京が嫌い。」という部分かな?
 次回の、ドリアン長野の海外旅行記(リターンズ)もお楽しみに。

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選考委員の浅田次郎も絶賛した桜庭一樹の「私の男」、138回直木賞を受賞し、2014年に映画化された。
私は桜庭氏のファンで、彼女がお気に入りの神楽坂にある「中華 五十番」の炒飯をわざわざテイクアウトして前の公園で食べたという逸話を持つ(笑)。
彼女は新宿の紀伊国屋書店に足繁く通うために、その近くに居を構えたほどの読書好きである。引きこもりのような生活を改善するために始めた極真空手は有段者であり、交流試合にも何度か出た。
小学四年生から小説の習作を始め、米子東高校を卒業後、大学進学を機に上京。
彼女のエッセイを読むと、地元にいた当時は商店街にある書店の二階でよく漫画の立ち読みをし、隣の文房具店で原稿用紙を買っていたそうだ。
私の実家は商店街でプラモデルや文房具を商っている。隣には現在は建て替えられているが、当時は地元で一番大きな今井書店があり、私も幼い頃から毎日のように立ち読みをしていた。彼女が実家で買い物をしていたことは間違いない。本当に感慨深い。FBで知り合いになった何人かの人が小さい時に父や母からプラモデルを買いましたよ、と言ってくださる。地元の人に喜んでいただいた、小さいながらも貢献できた、と知って望外の喜びであり、ちょっぴり誇らしく思う。

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三兄弟が海で遭難した。 
やっとの思いで無人島に辿り着いた。 
三人は食料や道具になるものを探した。 
しばらすると、長男が古ぼけたランプを見つけてきた。
これはまさか!?と擦ってみると、中から魔神が出てきた。
魔神は「おまえらの願いを一つづつ叶えてやろう。しかし同じ願いはだめだ」 
長男は考えて「家に帰りたい!」 
びゅぅ〜ん。飛んでいった!
次男も帰りたかったが、長男が言ってしまったので「家の風呂に入りたい!」 
びゅぅ〜ん。飛んでいった!
三男は困って「兄さん二人に会いたい!」 
びゅぅ〜ん。二人が飛んできた。

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マーブンクロンセンター バンコク Bangkok MBK



 人は非日常的な体験を求めて旅に出る。海外ならなおさらだ。しかし、それが食文化になると頑なに自国の食生活に固執する人がいる。たとえば、欧米人なんかがそうだ。彼らは外国においても朝はトーストとハムエッグ、昼はマクド(関東地方だったらマックよね。おされだわ)というスタイルを崩そうとしない。マーブンクロンのクーポン券式大食堂には欧米人の姿も見かけるけどな。大半は一、ニ度料理を食べてみて後はコーラとハンバーガーってとこだろう。君たち、それで満足なのか? 私はイギリスではフィッシュ・アンド・チップス、アメリカではステーキとハンバーガーを食い続けたぞ。まずかったけど、それでも我慢して食ったわい。(我慢して食うなよ)
自国以外の食生活に興味を持たんから、鯨を食う日本人は野蛮だなんてぬかすんじゃい! 「美味しんぼ」の海原雄山も食はその国の文化だとゆうておろーが。私はある国に行ったら、その国の人間が食べている物を食い倒すぞ。フィリピンやベトナムでおやつがわりに食べてる、孵化寸前の鶏の卵は塩をかけて食うとうまいんだよっ! 海外番組のTVリポーター(女優)は「いや〜ん、気持ちわるう〜い」とか「やっだあ〜、ざんこくう〜」とかぬかしてんじゃねー! アラブ人街に行ったら、羊の脳みそのカレー煮込みが安く食えるぞ。ベトナムでは時間があれば、センザンコウでも犬でも食いたかったわい。イサーン地方では虫も食べる。カオサンやラーチャダムヌーン・スタジアムの前やナナ・エンターテイメント前の路上に行けば、屋台でいつでも売ってるぞ。メーンダーは黒くて一見するとゴキブリに似ているがタガメだ。羽と足を取り、歯で身をしごいて食べる。その他にはバッタのフライとかコオロギとかカイコのさなぎとか赤アリとか、全部スナック感覚だ。もちろん、私の口に合う物もあるし、合わん物もある。だが、口に入れてみなければ味は絶対にわから〜ん! 食わず嫌いはいろんな事を損してると思うぞ。
日曜日の夜の「世界ウルルン紀行」はタレントがいろんな国へ行って、一週間ホームステイするという番組だ。お世話になった家族と別れるシーンで私はいつも号泣してしまう。下條アトムのナレーションが泣かせるんだ、これがまた。ある日の番組では某男優がアフリカの某国に行った。その国では牛がとても重要な役割を担っているわけだよ。畑を耕したり、牛乳を飲んだりはもちろん、牛糞を燃料にしたり、家の壁にしたりな。それどころか、尿をシャンプーにもするし、飲んで胃に収めてから吐き出して胃腸を整えたりするのだ。その男優がそれに挑戦した。牛の泌尿器の下に容器を構え、おしっこを受ける。男優は容器になみなみとつがれたおしっこを眺めた。さあ、どうするんだ? 本当に飲むのか? 私は手に汗握って見つめたね。彼は一瞬ためらったが、ついにうぐうぐと飲み干し、そして吐いた。司会者に「どんな味でした?」と聞かれ、彼は苦いような、しょっぱいような、とにかくすごい味でした。その味が今でも口に残っています、と答えた。私は猛烈に感動したね。これが感動せずにおられよかってんだい。世の中には健康飲料だと称して己のおしっこを飲むやからがいるが、自分のでも躊躇すんのに、ましてや牛のおしっこだぜ。サムライだね。えらいもんだ。郷に入っては、リーに従えとはこのことだっ!(離婚したけど)さすがの私でもおしっこまでは飲めん。そこでドリアンだ。フリが長かったな。ドリアンを屁のにおいだとかウンコくさいとか言うやつは、牛のおしっこも飲めんくせにグタグタぬかすんじゃねー!(無茶苦茶)
ドリアンは確かに強烈なにおいがする。バンコクの「ロビンソン」で買ったドリアンをリュックに隠し、日本に持って帰った。(見つかると税関で没収だからな)機内でもリュックを開けるとガスのにおいが漂うので、冷や汗もんだったさ。その密輸入したドリアンを会社の同僚が食べてみたいって言うので、親指大をアルミ箔で包み、ビニール袋に入れて会社に持って行った。ロッカー室で包みを開け、食べさせてやった。その後、会社の人が「ガスくさいぞ。ガス漏れしてるんちゃうか」と騒ぎ始めたのだ。本当のことを言うに言われず黙っていたら、誰かが電話したんだろうな。大阪ガスの車がやって来てガス漏れの点検をやり始めた。しばらく調べていたが、もちろん異常なしで帰っていった。恐るべし、ドリアン! 今でも会社の人には真実を伝えていない。でもさ、ドリアンアイスとかドリアンスナックとかドリアンキャンディーとかドリアン羊羹(がバンコクの伊勢丹で売っとるのだが、これはさすがに食したことはない)はうまいとは思わん。ドリアンの身上はにおいではなく、カスタードクリームを濃厚にしたような 、あのねっとりとした果実だ。これぞ、キング・オブ・フルーツ。ドリアンを食べるためだけに、タイに行く人の気持ちが私はよく分かるぞ。ドリアンを食べていると私は幸せになる。納豆やくさやの干物を好んで食べる日本人が、においだけで毛嫌いするのはどういうわけだ。
マレーシアに行った時、屋台にドリアンを食べに行った。買ったその場で食べていると、「ドリアン、むっちゃ、うまいわ〜」 「ほんま、最高やね〜」という大阪弁が聞こえてきた。見ると、屋台のテーブルで女の子が二人、必死の形相でドリアンにむしゃぶりついていた。クアラルンプールは退屈な街だったが、その時の光景だけはよく覚えている。

管理人マーキュリーマークの感想文と皆様への伝達事項
  紹介した動画はドリアン長野並びに私(マーキュリーマーク)が撮影したものではなく、参考の為の転載です。
 今回は、一応は半ば唯一のマレーシアのクアラルンプール旅行記であるばかりか、複数の国々を旅行してきた思い出と食文化を混在させたお笑いエッセイの領域になるかもしれませんね。
 私はカナダでおいしい食事とそうでない食事を食べてきたから複雑な思いです。
人が何を食べるか食べないかについては強要をしてはいけないと思います。
食品アレルギーや宗教上の理由で食べないようにしてる食品があるからです。
 海外旅行に行ってもあまり、普段と変わらない生活をしようと思っていてもそうではなかったです。
端的には、白米を食べる機会は私はカナダに旅行したのみなので少なかったです。お水に限ってはミネラルウオーター(ボトルドウォーター)を買って飲みました。
海外旅行に行って日本では一般的とは言えない食事が売られていて食べるのに躊躇するお話しはテレビ時々放映されてます。
海外では一般的な食事をまるでお笑い番組の罰ゲームのような扱いをしてることに複雑な思いを抱く人は多いかもしれません。
人によって取捨選択はして当然だと思います。個人的な意見ですが、バンクーバーで食べてきたティムホートンのドーナッツや七面鳥のソーセージやシーフードはおいしかったです。ドリアン長野は否定的ですが、私はフィッシュアンドチップスをブリティッシュコロンビア州で食べてきておいしいと思いました。
フィッシュバーガーのパンを抜いて代替としてフライドポテトが使用されてるから日本人でも好きな人は多いと思います。価値観は人によって違います。恣意的な意見は否定しても実際に食べた人の感想の意見が分かれるのは仕方ないと思います。もしかしたら、英国とカナダは味付けが違うかもしれませんけども。
意外に思われるかもしれませんが、日本では一般的なマーガリンが入った食品は心臓病の原因になる疑いがあることから一部の国では法律で禁じられてます。
従って食品についての考え方は色々です。まさに、「ここがヘンだよ日本人?」食品に関する考え方は人それぞれです。
 鯨の一件に限っては、かなり奇抜な情報が一部の識者によって発表されています。著作者の立場を尊重しますからあえて関与をいたしません。 
言い換えると、有名なお話でもありますし、すでに公表されている事柄でもございますので、あえて割愛させていただきたます。 詳細は各自でお調べください。
 世界ウルルン滞在記は1995年から(番組名が変わったとは言え一応)2008年9月14日迄放映されてました。
BS-TBSで放映されてた(再編集をした)世界ウルルン滞在記リターンズも、平成25年3月29日で放映が終わりました。
今となっては、地上波で放映されていなくても、BSデジタル放送で幾つものテレビ番組が全国的に視聴しやすくなりました。
皆さんの記憶には未だに新しいかもしれないし将来的に特番が放映されるかもしれませんが簡単に伝えると今の所は世界ウルルン滞在記は放映されてません。
平成27年に同窓会的な番組の新作が放映されましたが今後放映されるか否かといった詳細については各自でお調べください。約一名、有力議員になったから再出演は難しくなったかな?
 牛は、色々ありますね。牛肉がおいしいだけではなく鶏や豚と比較して水を大量に用いる必要があるといったお話しもございます。 
個人的な見解ですが、長野県民は昆虫食が一般的らしいですが鶏が昆虫を食べたら良いと考えています。 ドリアン長野は、兵庫の隣県である鳥取県出身です。
 そういえば、ある島根県の主張で鳥取県の左隣といった主張があったが、個人的には「島根県は、兵庫の隣の隣。」と考えた方が近畿では理解されやすいと思います。
左って「どこから鑑みてか?」で方角が変わってきますからね。
 ドリアンに限っては、少なくとも平成10年代以降、果物店やタイ料理店やタイランド食品専門店等で普通に販売されている果物だと思います。 
無論、過去にインターネットショッピング等でご購入された人々も多いでしょうね。実際の所、お笑いエッセイなのでドリアンをどこで買ってきたかは不明です。
昨今、日本でも多くのお店でドリアンは売られてます。
私の場合、「臭いから外で食べろ。」と家族に言われ本当にそうしました。
味はおいしかったです。 ガス会社はやってきませんでしたけどもね。
以前(2010年以前の平成20年代)だが本当にガス漏れがほぼ隣接しているアパートで発生していた。 お風呂掃除をしている時に、地味におかしな匂いがしたのと少し息苦しさを感じた。 結局の所、ガス会社の従業員さん達がそれなりの工事をしていただいたから、何とかなった。
 実際の所、ドリアンとガス漏れは区別しやすいが両者を知らないと難しいかもしれない。
我が家の隣のアパートは、時々、洗濯機が壊れて漏水を発生させたりと問題が時々発生する。空室があっても募集をしない老朽化したアパートは怖いですね。
そのアパートだが平成29年からは誰一人して住まなくなりました。
近日中に解体工事が行われるようです。海外旅行記で紹介された建築物も経年劣化等の影響で解体工事をする事があるようです。
 皆さんも海外旅行の時においしい食事をされた経験があったと思います。良き思い出になりますよね?

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三か月ぶりの10キロラン。
寒くて走る気がしなかったというのは言い訳で、モチベーションが上がらないというのが一番の理由。
苦しいランになると思いきや、ほとんど汗もかかない、息も上がらず、という今までに一番楽勝のランになった。
不思議だ。
というわけで大阪城公園は宴のあと。
「この肉は
じゅうよんだなと
ぼけかます
それジューシーやろと
誰も突っ込まず」
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バンコク ふくちゃん回想『北京飯店』




 君はスワニーを知っているか? もちろん、知っておろう。チャイナタウンにある、なぜか日本人パッカーに人気があって140バーツで泊れるが麻薬及び娼婦関係等のトラブルが多いので日本大使館の悩みの種の楽宮ホテルの一階にある日本料理が食べられる安食堂の北京飯店のことだ。なぜスワニーというかというと、切り盛りしているのがスワニーという女主人だからなのだ。そうだったらそうなのだ。なぜ日本料理なのに北京飯店なのかは、永遠の謎だ。
私はチャイナタウンに行くたびに楽宮ホテルを探すのだが、なぜかいまだに見つけたことがない。公園を中心にして、7月22日ロータリーが6本の道となって放射線状に伸びているのだが、歩いているとこれも安宿である台北旅社にいつも行き着いてしまうのだ。もう一つの伝説のジュライ・ホテルは私がチャイナタウンに足を踏み入れた頃は閉鎖していたと思う。楽宮を一躍有名にした、谷恒生の「バンコク楽宮ホテル」は日本では絶版になっていて、私はバンコクの紀伊国屋書店で買った。文庫本が314バーツもしたので、買う時に迷ったぞ。バンコクの物価を考えると3日は食えるもんな。北京飯店のことはいろいろな本に書かれていて、私はスワニーさんに会って、カツ丼や焼そばを食ってみたい! と長らく熱望していたのだ。なにもバンコクまで行ってカツ丼食うこたあねえだろうとは思うが、それはほれ、気は心ってやつよ。(意味不明)
ロータリー付近に行くといつも方向感覚が無くなって、記憶が途切れたような気がするのは、毎晩立っている娼婦の怨念か、ビンボー旅行者の呻吟する霊のせいに違いない。これは腰をすえてかからねばならない。というわけで、ファランポーン駅前のクルンカセム・シークルン・ホテル(京華大旅社)に泊まることにした。(*1)
このホテルは名前は厳めしいが、一泊500バーツの中級ホテルだ。部屋は清潔で、何よりも駅まで3分で行けるのが嬉しい。駅はチケットがなくてもホームには自由に出入りできるので、夜になると長い長いホームを虫の鳴き声を聞きながらうろついたり、かまぼこ型の高い天井を見上げながらベンチに寝転んだりするのは気分がいい。
ホテルの裏の通りには「旅社」とだけ書かれた看板が掛かっている、怪しい館がいくつかある。二階へ続く木造の階段の入口にはおねいさんがたむろしていて、前を通ると獲物を狙う猛獣のような眼でじろじろ見られたり、時には声をかけられたりするというナイスな環境だ。ラーマ4世通りを左に折れると、そこはもう、暑いバンコクの中でもさらに暑苦しいチャイナタウンだ。
フカヒレスープやツバメの巣が安いので、私はここに来るたび、ここぞとばかりにガツガツと意地汚くむさぼり喰う。ヤワラー通りにあるホワイト・オーキッド・ホテルの前にはうなぎの寝床のようなラーメン屋があるのだが、ここの麺がうまい! クイッティオ(米麺)やバーミー(小麦粉麺)はコシがあるし、ルークチン(魚のつみれ)はコクがある。いつ行っても人でいっぱいだ。私なんか朝から3杯も喰っちゃったもんね。えっと、何の話だったっけ? そうだ、スワニーだ。その日の夕方、私は地図をぐっと睨み、ロータリーの右から2本目の通りに入って行った。少し歩くと、あれはまさしく北京飯店だ。やっと見つけたぞ。食堂に入ると客はおらず、女の人が一人でメシを喰っていた。空腹ではなかったので、お粥を注文した。食べながら聞いてみる。 「あの、スワニーさんは?.....」 「はい、わたしです」 
そうか、あなたがあのスワニーか。私は本を読んで想像を膨らませていたので、やせこけて、引っ詰め髪でこめかみに梅干しを絆創膏で張り付けたようなおばちゃんだと思っていたのだ。(今どき、そんなおばちゃん、いるかーっ。しかもバンコクに)
スワニーはにこやかで、美人といっても決して過言ではないような(微妙な言い方やな)人だった。私は街で、テレビに出ている有名人に出会うことよりも嬉しかった。たとえば、V6の森田剛に会うことよりも、嬉しい.....と思う。
彼女は「あさりの味噌汁飲む?」と聞いてきた。必ず客にあさりの味噌汁か冬瓜のスープを薦めるようだ。これも本で読んだ通りだぜ。お粥も味噌汁もとてもうまかった。最後に食べた焼そばはちょっと塩辛かったけどな。(食べ過ぎやっ!)
メニューに書いてある「豚丼」というのは、カツ丼のことだろーか? 今度来た時に試してみよう。自分が少食なのが悔やまれる。(一日、何回喰えば気が済むんだ、お前はっ!)
メシを喰ってる時に入ってきた中年の男に、スワニーはお金を渡していたが、あれが旦那さんか? まさか悪い男に騙されてるんじゃないだろーな(とすっかり身内気分)。スワニー、バンコクに来た時はまた寄るよ。私は長い間たまっていたウ〇コを排泄したような清々しい気分で食堂を出た。
その夜、ファランポーン駅前でソムタム売りのねーちゃんに声をかけられた。彼女たちはイサーン地方出身で、天秤棒を担ぎながらイサーン料理を売っているのだ。客はゴザに座って、彼女たちが石臼で作ったソムタム(パパイヤやトマト等を加えた辛いサラダ)を食しながら故郷に想いを馳せるのである。そうだな、日本でいえば京成上野線の日暮里駅界隈の安キャバレーで東北出身のおっちゃんが同じ東北出身のホステスにうだうだと愚痴をたれるようなもんだな。
ソムタムを喰い終わると、おねいさんはもっと食べない? と言って、別の料理をもう一品作ってくれた。それも食べた。さすがに満腹だ。しかし、彼女はそれで許してはくれなかった。豚の絵が書かれた黄緑色のソーセージを取り出して、「これで作った料理はおいしいわよ」と私に迫るのである。こうなったら、イサーン料理を喰い尽くしてやろうじゃないかっ。私は苦しさに涙をこらえつつ、異国の星空を見上げながら食べた。ぜいぜい、もう勘弁しておくんなせえ。幸運にも料理はそれで終わりだった。
「うえっぷ、もう帰りますう。おいくらですかあ〜」 「一品50バーツだから、全部で150バーツね」 なにお〜、ひゃくごじゅうばあつだとぉ〜、げっぷ。私は久々にボラれたよ。最初に値段を聞いてなかった私も悪いんだけどな。気をつけろよ、夜のファランポーン駅前でおねいさんに声をかけられて、鼻の下を伸ばしているとボッタくられるぞ、この私のようになっ!(いばってんじゃねーっ!)

 管理人マーキュリーマークの感想文と皆様への伝達事項
 個人的に、平成10年代には幾つかの出来事で驚きました。ドリアン長野の海外旅行記の中で驚いたのは、7月22日ロータリーですね。 やはり、日本では一般的には「7月22日にロータリーに赴いた。」と考えられるかもしれません。正式名称が7月22日ロータリーで、俗称は、ジュライロータリーと言われているそうです。「ジュライロータリー。」だと納得するような?タイランド国内で第一次世界大戦の参戦を記念して命名されたそうです。
繰り返し、強調しておきますが、タイランド国内には、「7月22日ロータリー。」が実在しているとお考えください。
実際の所、幾つかのホームページで7月22日ロータリーは紹介されているので詳細は各自でお調べください。
地名に日付が含まれてるのは驚きでした。
 
 最近の日本は、安くておいしい飲食店が増えてきましたね。 景品表示法が存在しているから、価格面で安心して食事がとれるようになっています。 法治国家万歳。
ブリティッシュコロンビア州のピザ屋(フレッシュスライス)では日本みたいな景品表示法が無いからピザが陳列されていても商品名が書かれていないから注文毎に「What is this ?(何これ?)」と質問してました。そのピザ屋のホームページを閲覧し前もって確認する方法も無くはないけども。
そういえば、日本国内であっても時価の御寿司屋が存在しているな・・・
 谷恒生先生は、2003年(平成15年)に亡くなられています。 昭和50年代と1980年代を兼ねた時期に、バンコク楽宮ホテル(1981年)を出版されました。最近では電子書籍として販売されてます。人によったら事実上の平成版(2002年こと平成14年に発売された)もお持ちかな? 




 北海道帯広市近辺では、豚丼が有名です。 実際に私は、スワニーさんに会って豚丼を注文していないので不明なのですが、もしかすると、スワニーさんは北海道料理を調理されるかもしれません。
私は平成10年代に北海道帯広市に赴いた時に実際に食したから、お伝えできますが、おいしかったです。
他にも色々とグルメリポート(?)というか、暴飲暴食のお話をドリアン長野は平成10年代に発表されました。
目的を持って、どこかに赴くのも海外旅行の楽しみでもあるし、海外の町と地元(日本国内)を比較するのも幾つか存在する海外旅行の楽しみでもある。
買物、食事、観光施設への立ち寄り、友人との再会は旅の楽しみですね。
私が海外(ブリティッシュコロンビア州)に行った時は意図的に和食のお店には行きませんでした。理由は、海外の和食料理店は、「名店は存在するが高値である。」と言われてるばかりか「安値であってもおいしくないお店が多い。」とされてるからです。それに、カナダ料理も食べたかったですから。
 曲解をする人は少ないとは思うし、今回の海外旅行記を読まれた男性に対しては特に注目してもらいたいが、海外において女性が男性に対して何等かの提案をしても全て是認するようなことはしないようにしましょう。
私はブリティッシュコロンビア州で全然知らない女性から不条理な提案があったので否定的な観点から逃走(闘争に非ず)しました。ロブソン通りで化粧品を売ってる女性の話は聞きましたけども。
 今回の海外旅行記に関連する動画を幾つか紹介しました。過去のように良い意味でブログは文章だけでは無くなってきました。 紹介した幾つかの動画はドリアン長野並びに私(マーキュリーマーク)が撮影したものではなく、参考の為の転載です。



*1 現地の発音は不明ですがクルンカセム・シークルン・ホテルは、クルンカセーム・シークルン・ホテルと紹介されてるホームページがございました。脱字ではなくて発音の観点からそのように表明したかもしれません。

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 私は市場やスーパーやコンビニやデパートに行くのが好きだ。行って何をするのかというと、生鮮食品や加工品や日用品を見るのである。見るだけで楽しいので、買い物はあまりしない。日本人が集まる「伊勢丹」や「フジ・スーパー」もいいが、私のお気に入りはスクンビット、ソイ5にある「フードランド」(ここにはカウンター方式のダイナーがあるが、午前2時、3時でもアラブ人や白人や黒人がメシを食っている。余計なお世話だが、体に悪いぞっ、とひとこと言いたくなる)、シーロム通りとラーマ4世通りの交差点にある「ロビンソン」、チャクラポン通りの「タンフアセン・デパート」やその近くのワット・チャナソンクラムというお寺の向かいにある小さなコンビニ(店員は二人か三人の若い女性。いつもおしゃべりしている。あまりやる気なし)等だ。
バンコク市内には多くの市場がある。中華街のサンペーンレーンやアラブ人、インド人、黒人が多いプラトゥーナーム市場、インド人街のパフラット市場(ここにあるハンバーガーショップに入り、椅子に座ったら店員がヒンズー語のメニューを持ってきた。どうせ私はインド人並みに顔が濃いわよっ!キィーッ!)なんかが有名なのだが、私が一番好きでバンコク滞在中は必ず行くのがクロントゥーイ市場だ。

イメージ 1

(平成29年4月撮影)
この市場の周辺にはバンコク最大のスラムがあり、そこを通って市場に足を踏み入れると、初めて訪れた人は気分が悪くなるに違いない。なにせ、生臭さと汚物のにおいが入り混じっているし、鶏や魚の内臓が山と捨てられてるし、道はそういった汚物と泥とでぐちゃぐちゃになってるし、かつ、ゴミがあちこちに散乱しているからだ。神経質な人は行かんほうがいいだろう。ここには鶏や豚の頭や足や内臓、野菜、果物、魚、カエル、なまず、カブトガニ、虫等、いろんな物が売られているが、私がこの市場に来るのはニワトリの屠殺を見るためだ。まず、ニワトリを釜で焚いた熱湯に放り込んで殺してから、分離器にかけて羽をむしり取る。それを半裸になった男たちが次々と包丁で解体していくのだ。私にとっては興味深い光景で、何時間見ていても飽きない。熱気と悪臭が充満するその解体場の傍らには市場の子供だろう、5歳くらいの女の子がすやすやと寝ているのだが、人間はどんな環境にも順応するんだなあと妙に納得する。
話は唐突に変わるが、モンゴルの遊牧民の生活をテレビで観たことがあった。ご承知のように、彼らにとって羊はなくてはならぬものである。何歳かになると、羊の解体を覚えなければならない。馬に乗ることと羊を捌くことができないとモンゴルでは生きていけないのだ。何人かの子供が羊を持った大人の周りを取り囲む。大人は神に祈りを捧げ、羊が苦しまないようにナイフで頸動脈を一気に掻き、大地に血を一滴も流さぬように捌いてゆく。子供たちは真剣な面持ちで眺めていて、私も神聖な儀式を観ているような気持ちになったな。で、思うんだが先進国では肉も魚も切り身になってスーパーで売られとるが、元の形を実際に見る機会は金輪際ない。うんこでも出した形状を観察すれば、それが今朝食べたものか前の晩に食べたもんかくらいは判別できるだろう。うんこなおもちて往生をとぐ、いわんや切り身をや。自分でも言ってることが全く分からんが、口にする動物の解体現場も観たことがないから食べ物を粗末にするんだっ! と私は言いたいのだ。反省しろっ、先進国の人間どもっ! なんてね、当のタイ人が食べ物を粗末にするんだもん。もう、ちょっと満腹になれば残す、残す。そんなもんすね、う〜、脱力。
おまけにクロントゥーイ市場の脇に流れとる川は解体処理の水を汚物と一緒にそのまま流すもんだから、はっきり言ってヘドロ。川底からはブクブクとメタンガスが発生しとるよ。飛び込んだりしちゃったら即死だね、きっと。その上にプラスチックの弁当箱やビニール袋を平気で捨てるもんだから、環境保護団体なんかが見たら卒倒しちゃうね。地球に優しくないタイ人。でも私なんかそれを見たら何だか安心しちゃうんだけど、なぜだ?
でも、行ってみて損はしないと思うよ、クロントゥーイ市場。旅行代理店の人、ワット・ポーの寝釈迦像や水上マーケットもいいけど、ここもツアーに組み込んでみたらどうすかねえ。 



 管理人マーキュリーマークの感想文と皆様への伝達事項
 クロントゥーイ市場は旅行代理店が紹介する場所になってるので動画を転載しました。
 やっぱり、ドリアン長野はインド人と同じ位に濃い顔をしていますかね? 皆様には、文章を読んでもらってから即時確認してもらいました。(笑)
90年代から平成10年代のお気楽な時期のお話です。 従って平成20年代のようにインフルエンザウイルスが猛威を振るった時期ではありませんしタイランド国内での騒乱が深刻化発生した時期でもありません。
具体的には平成22年(2010年)五月19日に大規模なデモが発生しました。 


この火災の83日後にバンコク伊勢丹は営業再開を果たしました。ちょっと違うかもしれませんが、三越伊勢丹が関わってる梅田のルクアとルクア1100を連想される人も多いと思われます。両店共に良いお店です。過当競争で入れ替わりが多いがそれでも人によっては好きな商品が売られてるから選ぶ人は多いと思います。
 タイランドでは軍事クーデターが頻発してます。やはり、暴力とは無縁の法治国家を形成し平和な社会の維持継続は重要です。 従って、選挙が重要であって理不尽な占拠は不必要なのです。
 ご存知の方々も多いでしょうが何らかの海外旅行と言っても、その国の行きたい町へ行く為にフリープラン(往復の乗車券と宿泊費)を選ぶ人は多いです。添乗員が企画した観光名所へ赴くのも悪く無いですが海外旅行案内書で紹介されてる所へお気楽に行けるばかりか自由ですから利点は大きいです。そればかりか、時差ボケで他の人に迷惑をかけたくないという考えもございます。フリープランの問題については後述します。
 海外旅行記を参考にされるのは自由ですが海外での行動は日本以上に責任が問われる可能性があるのでお気をつけて下さい。 端的にお伝えすると日本では合法であっても海外では違法な行いがございます。
ちなみに海外旅行につきものといえば、時差や外貨(現地通貨)です。日本円を瞬時に両替してくれるクレジットカード払いはともかくとしても時差が存在しているから海外の現地時間で深夜においても食事をしている人々が多いのかもしれませんね。
 私がブリティッシュコロンビア州に赴いた時には、24時間営業のティムホートンで何度も食品を購入しました。24時間営業のティムホートンは多いが全てのティムホートンが24時間営業ではないようのでその点はご理解下さい。時差ボケの影響を和らげるのは24時間営業の飲食店であろうか?
 紹介した動画はドリアン長野並びに私(マーキュリーマーク)が撮影したものではなく、参考の為の転載です。


 
 以下は興味のある人だけお読みください。
 フリープランを選ぶとどういった問題が発生するか?平成20年代になって悪質かつ狡猾なストーカーがフリープランを選択した人に対してインターネットを通じて詰問する恐れがございます。その点についての警戒は必要ですので皆様、お気を付けください。フェイスブックのタイムライン上で質問してきたのでそれなりの返答はしました。もしも、相手にしないで放置すると私が時差ボケで疲れてる事を知らないで返答する前に再び詰問される恐れがございました。私が気分を害したばかりか、苦しむので対応が出来ない異常者がいました。悪い質問ばかりで数量も多かったです。あれは強要だったのかな?日本に帰国後、激怒は控えつつも冷静にダメ出しをしてブロック(遮断)しました。海外に行った人に迷惑をかけてはいけないのです。それに海外は日本と違って安全に関わる恐れが高いから頻繁に質問はしてはいけないのが暗黙の了解です。質問してきた人が二種類以上の団体に所属してる恐れもございますしね。問題がありすぎて相手にされてないから暇なストーカーは目的の中の一つに何等かの弱みを握って脅そうとしたかもしれない。狂ってるばかりか馬鹿げた猜疑心を持つ人は世の中にはいるのでこれからフリープランを選んだ人にはそういった警戒も必要です。関わると損害ばかりか不利益を作り出すだけで得るものが無い慇懃無礼なストーカーはいます。表面的には礼儀正しいが結局は迷惑な人だと考えて下さい。


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バンコクのテーメーカフェ前へ

 予算の都合で、いつも泊まる「グレース・ホテル」ではなく、近くにあるソイ1の「ストリート1・ロッジ」に泊まった。それでもツインで550バーツだ。私の感覚では500バーツを超えると立派な高級ホテルだ。しばし、宿泊するかどうか迷う。それでもここはレセプションの兄ちゃんの愛想がいいのでお薦めだ。ホテルに戻ってきた時、「あけましておめでとうございます」と言われた。日本人の宿泊客に教わったらしい。「地球の歩き方」に載っているので日本人が多いらしい。まっ、私もそれを読んで泊まったんだけど。
ホテルの近くの歩道橋のたもとにゴミ捨て場があるんだけど、その隣にホームレスが座って、物乞いをしてるわけさ。もう、よく見ないとゴミだか人だか分からないって感じ。そこへアラブ人のオジさんが通りがかりに「ライス、ライス」と言いながら、紙袋を置いていった。私はちょっと感動したね。いいことをしてやる、って態度じゃなくて、ごく自然な感じだったもんね。なるほどっ、それがイスラム教のいう、喜捨ってやつだなっ!アラブ人にもいい人はいるんだなとシミジミ.....。言っとくけどな、これって偏見ちゃうぞ。グレースにいるアラブ人を見てると、みんな悪人に見えてくるんじゃ〜い。(顔も暑苦しいしな) それが偏見だと言われると返す言葉もないがな。とにかく心暖まる、いい話しだ。うん、うん.....。って、今回はそういう話じゃな〜いっ! 性懲りもなく、テーメーネタ第二弾だっ! 全然、心暖まらないぞ。当たり前だがな。
テーメーに入ると、私は空いている席を探してカウンターに座った。横を見ると、黒ずくめのおばあさんが座っている(注:バンコクでは、その方面の職業婦人の方の服装は黒です)。
う〜ん、この人はまさか.....。いぶかし気に見ていると、彼女が話しかけてきた。 「あんた、どこから来たんだい?」 「日本です」 「日本人かい。それなら、ほら、あそこに座っているスズキはもう何年も前からずっと、ここに通っているよ」 
我々のななめ後ろのソファーには、何人もの娼婦を侍らせた、スズキと呼ばれた男が座っていた。常連か。スズキ、エイズで死ぬなよ。 
「あたしはスージーだ」 すっ、すうじい〜? 「客はとらないよ。客のくれるチップで生活してるのさ」 なるほど、納得。で、失礼ながらお年を聞いてみたが、「あんた、そんなこと、こんな場所で聞くもんじゃないよ」と一蹴されてしまった。すんまそん。だが、おそらく70代であろう。スージーはテーメーの最長老であり、娼婦からはママと慕われ、頼りにされるボス的存在であった。スージー、あんたに出会えて光栄だ。私は思わず名刺を渡してしまったくらいだ。スージーは顔見知りの白人がやって来ると急いで駆け寄り、話しかけたり、ビールの注文を取ってきたりしていた。酔っぱらって大声でしゃべる客の相手もしていた。スージー、生きていくってのは大変だなぁ。やがて、女の子が隣に座り、笑いかけてきた。  
「私、クンっていうの。アユタヤから来たの」 すかさずスージーが口を挟む。 「その娘はグッドだよ。ベリー・グッドだ」 あんたは商品の売り込みまですんのか? これ以上、長居しているとむりやり売りつけられそうだったので、そそくさと退散した。それにしても、私もいつかスズキみたいに言われてみたいもんだ。 「あの日本人、常連だよ。テーメーじゃあ、知らない者はいないね。初めて会ったのはあたしが70の頃だったね」ってな。それまでスージー、長生きしろよっ。なんだかんだ言っても結局、最後は心暖まる話になっちゃったな。(なわけねーだろっ!)   テーメー・カフェにて

 管理人マーキュリーマークの感想文と皆様への伝達事項
 本当に適当にやっているような? もう少し、ホテルの特徴を知りたい所ですね。 平成20年代に、タイランドで発生している社会問題が表面化する以前のお話ですので、その辺りはご勘案下さい。タイランドでは軍事クーデターが平成26年五月22日にも発生しました。 この頃は、タイランド旅行は行えないと考えている人々は多いでしょうね。 やはり、内戦状態にあるようなものですし、在外邦人も辛い思いをされています。 
エイズだけが怖いのではなくてエイズと一緒に感染する病気が人を死去に至らしめるとお考えください。 血液製剤等での感染は別口で同情するとしても、エイズ感染に至る迄悪事を継続した後の治療は馬鹿げた希望が一切通用しない。 世の中には、発言と行動が一致しないばかりか、責められるのを恐れて情報を意図的に隠蔽する人がいる。 不誠実かつ不謹慎ですね。 だが、血液検査はウソをつかないばかりか巧妙な言い逃れは行えない。 陽性か陰性かは、明確です。
最後にお伝えするが、あまりにも危ない提案には、退散が正しい選択であったりもします。 厄介なのは、提案してきた人間が悪いと考えていない独善的な部分です。
しかし、金をケチったようで実はそうでない海外旅行記のようにも感じられます。
タイランドのアユタヤという町でカシオの時計が製造されて日本でも多数販売されてると言われてます。
地球の歩き方の存在は大きく、良書で私もブリティッシュコロンビア州へ赴いた時には参考にしました。ただ、可能であれば複数の海外旅行案内書を読んでおけば良かったとも考えてます。理由は地球の歩き方で紹介されていないお店が他社の海外旅行案内書では紹介されてることもあったし、実際にその町に赴くと海外旅行案内書では紹介されていないが、地元では有名な良いお店が営業してるからです。いわゆる予想外だったということです。
海外のホテルの料金は平成20年代になって過激な競争が始まった結果、過去よりも混乱し混在してます。どこかの誰かが宿泊したホテルの一泊の料金はあえて発表はしません。実際の所、往復の航空券と宿泊費と空港からホテルの間の送迎バス等を含めたフリープランの価格だったので一泊の宿泊費のみの計算が難しいのが理由です。
それにそのホテルの部屋の種類によって値段が違うんです。某ホテル予約サイトで紹介されてる私が宿泊してきたホテルの宿泊費ですが、部屋の内容によっては一泊9万円以上と提案されてます。だが、私が選んだ海外旅行代理店が契約をしてるそのホテルの部屋の宿泊費は一泊9万円ではなかったとだけは言えます。地元にいる時に国の内外を問わずホテルの予約をしておけばある程度は安心だと思います。現地に到着してからホテルを探すようなことを私は推奨しません。
 一説によると、一部の金持ちがホテル全体を借り切った前例はあるそうです。ホテルは選べてもホテルにやってくる他の人は基本的に選べませんから良いホテルと言われていても実際にはフザケタ日本人がやってきて困るかもしれません。抗議したけども寝る前に議論を私の部屋の扉の前でやらかしたり、冷やかしたがホテルの受付の前で私に対して罵る(あえてこの表現)じゅう信房子みたいな日本人の老女がいたりと大変でした。

冒頭の動画はドリアン長野並びに私(マーキュリーマーク)が撮影したものではなく、参考の為の転載です。




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