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カダフィ大佐:撃たないでくれ。わが息子よ 最期詳細に

 拘束が伝えられた、リビアの最高指導者だったカダフィ大佐は20日、死亡が確認された。北中部シルトで反カダフィ派に殺害された。

 シルトは大佐に残された最後の抵抗拠点で、反カダフィ派の包囲網が狭まる中、大佐は車列で脱出を画策。北大西洋条約機構(NATO)主導の空爆に阻まれ、近くの排水溝トンネルに潜んでいるところを発見された。

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リビアのテレビが流した映像で、拘束当初は生存していたカダフィ大佐(中央)=2011年10月20日、AP

 拘束時は生きていたが、一部兵士に撃ち殺されたとみられる。AP通信など現地からの報道を総合すると、大佐は20日未明、ユニス元国防相(今回の戦闘で死亡)やボディーガード数十人と車列を組み、リビア西方へ脱出を試みた。
 
 反カダフィ派はここ数日間、シルト陥落をかけ包囲を強めており、大佐は町の一角(約640平方メートル程度)に追い込まれていたという。反カダフィ派が地上から追跡する一方、NATO軍は同日午前8時半に車列を空爆して逃走を阻止。

 米軍の無人機も参加した。シルトの西3キロ付近には約50人の遺体があった。

 その後、この周辺で大佐の側近と反カダフィ派が約3時間にわたり交戦し、大佐は車を捨てて逃走。高速道路下にあった排水溝トンネルに身を隠したが、反カダフィ派に見つかった。大佐は「どうしたいんだ」「撃たないでくれ。我が息子よ」と懇願したという。

 インターネットなどに流れた映像では、大佐は拘束時、負傷していたものの生きていた。反カダフィ派の兵士が大佐をトラックの荷台に押し込み、見せびらかそうともしていた。

 「生かしておけ」との声が聞こえ、髪をつかまれて引きずり下ろされた大佐が救急車に連れて行かれるような様子もあったが、その後銃声が響いた。映像に「射殺」の瞬間はないが、次に映ったのは大佐の「遺体」だった。

 一方、大佐を北西部ミスラタへ運ぶ際に同行した医師は、大佐が搬送途中に死亡し、頭と胸の2発の銃弾が致命傷という見方を示している。
【エルサレム花岡洋二】

毎日新聞 2011年10月21日 21時56分
(最終更新 10月21日 23時05分)


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