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【オーボエ奏者 渡辺克也のベルリン音楽旅行】 


名指揮者 音楽以外でも聴衆を魅了
 今年1月、ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートの最中に、客席で携帯電話が鳴り響き、指揮のアラン・ギルバートが演奏を中断する、という事件がありましたね。
 マーラー交響曲第9番最終楽章の弦楽器だけが奏でる静謐(せいひつ)な場面に2千人が集中している、まさにその時でしたから、居合わせた誰にとりましても、不幸で残念な出来事でした。
 年に何十回とコンサートをこなす私たちにとりましては、このようなことは実はそう珍しくはありません。
 2千人も集まると、人間どんなに気を付けていても、過ちが起こってしまうものなのでしょう。
 ベルリンドイツオペラでは、開始5分前の一ベルの代わりに、一瞬びっくりするような携帯電話の呼び出し音を流します。お客さまに、「おっと、スイッチ切ったかな」とご確認いただくためです。
 何年か前、クリスティアン・ティーレマン指揮ベルリンドイツオペラのアテネ公演にて、ワーグナーのリエンツィ序曲を演奏致しました。
 この作品を国外演奏旅行に持っていくこと自体大問題だと思うのですが、その話はまた別の機会に…。
 冒頭の非常に静かに遠くから聞こえるファンファーレを演奏中に、客席で携帯電話が鳴りだしました。
 大指揮者の多くがそうでありますように、ティーレマンはかなり難しい人物と言わざるを得ません。表情も全く変えずに、即座に演奏を止めました。
 「まずい! この男、お客さんを罵倒する」−。楽員の脳裏を最悪の事態がかすめ、オーケストラのあちらこちらから「マインゴット…」のつぶやきが漏れ聞こえます。
 くるりと客席の方を向いたティーレマンは、ポケットから何か取り出しました。
 いつになくにこやかに「皆さん、私も自分の携帯かと思いドキッとしましたが、見てください、このように、ステージに上がる前にスイッチを切ってあるのです。
 お願いですから、コンサート中は忘れずにスイッチを切ってくださいね!」とやったものですから、客席はもちろん、ステージ上の私たちも大爆笑。
 この出来事を、ニューヨークのように不幸な事件にしてしまわずに、コンサート会場を笑いの渦に巻き込んだティーレマンの機転は、実に秀逸です。
 先程難しい人物と表現してしまいましたが、彼と一緒に演奏したことがある演奏家のうち、指揮者としてのティーレマンを絶賛しない者は、皆無です。

2012.7.22 07:30
産経新聞


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