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江戸の女の底力 (4)

江戸の女の底力 (4)

2004/02/24 氏家幹人 MSN JOURNAL

▼ 殿様にラブレターを出した女 

 江戸城大奥にしろ、大名屋敷の「奥」にしろ、そこは殿様や若殿が女性と子作りに励む空間であり、将軍や大名など特権的な男が女に手を出すことはあっても、奥女中として奉公する女の方から色を仕掛けることなど、ありえない―。不覚にも、私はつい最近までそう信じきっていた。

 殿様がお好みの女中にこっそり文を渡す例は平戸藩の史料で承知していたが、まさか女中の側から、殿様や若殿に恋文を渡したり、秋波を投げたりするなんて…。

 よしんば小説や時代劇でそんな場面が描かれていたとしても、それはあくまでフィクションで、実際には大奥や奥の規律は厳しく、だからこそ、満たされない「性」を癒すために、自慰や同性愛的接触そして陰湿なイジメが絶えなかった。私はそう解釈していたのである。

▼ 目を覚まさせてくれたのは、またしても只野真葛の『むかしばなし』だった

 恋多き女の秘密が発覚したのは、思わぬきっかけからだったと真葛は記している。仙台藩主伊達宗村の代(在職期間は1743〜56)に、11歳で奥奉公に上がった少女は、四書五経を読み、和歌や絵にも長じた才女だった。

 のちに尼になり真珠と名乗った彼女は、しかし問題の女性ではない。ヒロインは、奥女中時代に真珠と相部屋(同室)だった女性。さて、『むかしばなし』には彼女のことがどのように書かれているのだろうか。

 真珠の手紙を受け取った昔の同僚が、それを「墨色を見る人」(文字の墨の色で、書き手の性格や運勢を占う人)に見せたところ、性格や特技、容貌までことごとく当てた。

 この話が奥女中の間に広がると、若くて軽薄な女中たちが、われもわれもと文字を書いて送り運勢を占ってもらおうとした。やがてそれぞれに回答が返ってきたが、中にひとつだけ厳重に封印されたものがある。

 これは絶対人には見せられない内容が書いてあるにちがいない。そう推理するとますます見たくなるのが女心(?)。女中たちは、同室の真珠にこっそり中をのぞいてくるよう迫った。

 そんなのプライバシーの侵害よ!とはねつけるほど真珠はかたくなな女ではなく(というか自分も見たくてしょうがなかったので)、当番で部屋を留守にしていた折に、彼女の小箪笥を開けて、人相見ならぬ墨相見からの回答を盗み見てしまった。そこには次のような所見が記されていたという。

 ―「その方様のを、かように封じたるは外のことならず、至って好色深し、誰とても好まぬ人はなけれども、慎しまずば身をあやまつことあらん」―。

 すなわち、「貴女は人一倍色情が旺盛です。人は誰でも色事が好きなものですが、貴女の場合は、気をつけないと大きな誤りを犯してしまうでしょう」、というのが、墨相見が占った彼女の運勢だったのである。

 さすがにこれは同僚たちには漏らせない。真珠は仲間にはどうしても見つからなかったと弁解して、事実を心の奥に秘しておいたのだが…。

 問題の女性は、その後、美男の誉れ高い宗村公に恋慕し、あろうことか「つけ文」、ラブレターを差し上げた事実が明るみに出て、解雇されてしまったのである。&

 真葛は宗村公より45も年下だから、このロマンスを実際に知っていたとは思えない。真葛が仙台藩邸の奥に奉公していたとき、真珠は70歳をこえて存命だったというから、この話は、あるいは真珠の昔語りを書きとめたのかもしれない。

 真葛個人は、とんでもない大それた行動と思っていたようだが、いずれにせよ大名家の奥でこのような「事件」が起きた事実は事実。男子禁制の領域で生活するから異性への想いが萎えたと考えるのは間違っている。

 むしろ娑婆のように身の回りに疲れたつまらぬ男たちがウロウロしていない分だけ、奥女中たち(忘れないでほしい。彼女たちは容貌教養ともに偏差値の高い生身の女なのだ)の心の中では異性の理想が膨らみ、ひいては男を見る眼がじっくり研ぎ澄まされていたのではないだろうか。

 殿様に恋文を投げた奥女中はたしかに非常識な女にはちがいない。しかし、そんな女の大胆な行動を生んだ奥女中の世界は、存外、恋や性愛の面でも、(新吉原の遊女たちとは別の意味で)女の最先端だったのかもしれないのである。

 では、奥女中たちは奉公を終えたのち、どのような妻になっていくのか。彼女たちのその後については、また機会を改めて。(おわり)         

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