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ワルツ・カプリース第6番イ長調「ウィーンの夜会」
(リスト,シューベルト)



1987年3月にウィーンのムジークフェラインザールで行われた、
ウラディーミル・ホロヴィッツのピアノコンサート


1945(昭和20)年8月30日の昼下がり・・・・・

  1945(昭和20)年8月30日の昼下がり、神奈川県の厚木飛行場。銀色の輸送機から軍服姿の米国人が降り立った。サングラスにコーンパイプと書けばもうお分かりか。連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥(1880〜1964年)である

▼この日「空は青く輝き、羊毛のようなちぎれ雲が点々と浮かんでいた」と、「マッカーサー回想記」(朝日新聞社)は記す。撮影を意識してか、元帥が化粧をしていたとの証言もある。カメラはつま先が大地に触れる瞬間をとらえた。見覚えのある方も多かろう。日本戦後史の第一歩でもあった

▼その日のうちに設置された連合国軍総司令部(GHQ)は民主化政策を推進。新憲法制定にも影響力を及ぼした。後年、これらの施策に対する評価はさまざまだが、日本が生まれ変わる重要な契機となったことは間違いない

▼あれからちょうど64年。戦後政治の節目として記憶されることになりそうなきょうの衆院選投開票日が、あの日と重なるのは因縁か。世論調査は長年政権の座にある自民党の下野と民主党中心の政権誕生を見通す

▼本当にそうなるのか。1票の使い方にもよるだろう。明確なのは細川連立政権が導入を決めた今の小選挙区比例代表並立制が、政権交代可能な二大政党制の確立を大義名分とした選挙制度である点だ

▼この制度による衆院選は96年以降、5回目。仕組みの上では目標に近づき先輩である米英に肩を並べつつある。ただし真に競うべきは民主政治の中身。選ぶ側も問われる。 

新生面 熊本日日新聞
2009年08月30日

繰り返し襲ってくる余震.....

 繰り返し襲ってくる余震に身構えながら、この原稿を書いている。2011年3月11日。地震国日本の私たちの記憶に、また深く刻みつけられた痛恨の日だ。三陸沖が震源の激烈な揺れは大津波を伴い、悪夢のような光景を見せている。

▼マグニチュード(M)8.8。関東大震災をはるかに上回るエネルギーである。東京都心のビル28階にあるわが職場も、嵐のなかの小舟のようにしたたかに揺れた。ゴーッという異様なうなり。とても立ってはいられない。棚の上の本や書類がバタバタと崩れ落ちる。そのとき人間はなすすべもないのを思い知る。

▼東北各地の惨状に言葉を失う。家々が倒れ、火の手が上がり、7メートルもの津波にのまれて町が、村が消えた。人々はどうしているだろう。子どもたちは、お年寄りは……。早春とはいえまだまだ厳しい寒さが続く東北だ。間断なく被害を伝えるテレビを前に、一刻も早い救援の手を、と祈るしかないのがもどかしい。

▼古くは地震を「なゐ」と言った。大昔からその災厄に苦しんできた列島だが、M8.8とはなんと凄まじい規模か。鴨長明は方丈記に「恐れのなかに恐るべかりけるは、ただなゐなりけり」と書いている。この「なゐ」の国がたどってきた苦難の歴史を思う。備えを固め、知恵を集めて、宿命にどう立ち向かおう。

春秋
2011/3/12付
日本経済新聞


米国の作家ビアスは.....

 米国の作家ビアスは天性の皮肉屋だ。「悪魔の辞典」は100年前の作品だが、風刺の妙は今も生きる。例えば「外国語通」は、「自国語以外の諸外国語には造詣が深いものの、自国語にはあまり通じていない奴」(西川正身訳)とか。

▼この人も日本語通というが、学生相手の自国語での講義の内容はあまりにお粗末だった。米国務省のケビン・メア日本部長だ。沖縄の人々は「ごまかしとゆすりの名人」「怠惰でゴーヤーも栽培できない」などと発言したという。事実とすればなんという偏見か。沖縄総領事も務めた外交官だけに、事態は深刻だ。

▼外交官たるもの、口が裂けても言ってはならないことがある。沖縄県議会などは、発言の撤回と謝罪を求める決議を全会一致で採択した。当然だろう。米側は「報道は正確ではない」と弁明するが、沖縄県民の心情、日米の信頼を著しく傷つけたことは疑いない。米軍普天間基地の移設問題への影響も気掛かりだ。

▼沖縄をめぐる日米のぎくしゃくした関係が偏見発言を招いたのか。日本も普天間対応で右往左往し、外交を担う外相もまた交代した。ビアスの辞典からもうひとつ。「政治」とは。「主義主張の争いという美名のかげに正体を隠している利害関係の衝突」。統一地方選まで1カ月。日本政治もどうなっていくのか。

春秋
2011/3/10付
日本経済新聞


ちょうど50年前.....

ちょうど50年前.....

 ちょうど50年前、1961年のケネディ米大統領の就任演説を思い出している。「国があなたのため何をしてくれるかを問うのではない。あなたが国のため何ができるか、問うてほしい」。米国民に向け、彼はこう呼びかけたのだった。

▼有名な一節がこれほど身に迫ったことはない。際限の知れぬ地震の爪痕が同じ国に残る。誰もが何とかせねばと思うだろう。大混乱のうちにバタバタ始まった東京電力の計画停電でさえ、受け入れる覚悟が人々にはあったようにみえた。一部にみえる不急の買いだめを除けば、「私のため」は二の次になっている。

▼それでも気になることがある。人の心を束ねる政治の意思がはっきり見えない。戦後最も厳しい難路を行く舵(かじ)は菅直人首相、あなたが当面握る。だから、国民に何を求め国をどこに導いていくのか、決意を自らの言葉で訴え続けなければならない。残念だが、これまでの呼びかけの中に強いメッセージはなかった。

▼震災後、外国からは驚きを込めて日本を評する言葉が伝わってくる。不屈、自制心、連帯、そして勇気。改めて国の財産と強さを教えられた気がする。「政府への信頼はこの国の伝統だ」という解説もあった。当たっているとは思わないが、信頼するしか選択肢がないのが今である。その重さは何度でも力説する。

春秋
2011/3/15付
日本経済新聞


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