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「日本沈没」の予言は

「日本沈没」の予言はあたるか

 政界の黒幕とされる老人が住む箱根の山荘に、京都から来た社会学者の福原ら3人の男が滞在している。昼間は散歩したり、ぶらぶらしているだけだが、夜は寝る間も惜しんで、日本の「未来」について話し合う。時折首相が突然訪ねて来て、話に加わることもある。

 ▼4月に政府が、東日本大震災の復旧・復興計画の青写真を描く「復興構想会議」を設置すると聞いたとき、冒頭の光景を思い浮かべた。小松左京さんが、38年前に発表したベストセラー小説『日本沈没』の一場面だ。

 ▼もっとも復興構想会議は、五百旗頭(いおきべ)真議長以下、メンバー15人の大所帯だ。政治学者、ジャーナリスト、被災県の知事らの顔ぶれをみると、議論は盛り上がっても、意見の集約は難しいのではないか。当初からささやかれていた懸念が当たったようだ。

 ▼現時点での目立った合意といえば、被災地での規制見直しや税制で優遇する「復興特区」の創設ぐらいだ。財源問題では相変わらず、「増税を検討」と「慎重に」の両論併記のままだった。6月末にまとめる予定の第1次提言にも、大きな期待は持てそうにない。

 ▼「日本人は、海底に沈む国土と運命を共にするしかない」。一度は極端な意見に落ち着きかけた福原らは、生き残った日本人の海外移住計画をまとめ上げ、精根尽き果てて倒れる。首相はそれをもとに、各国首脳と粘り強い交渉を重ねて、日本民族の存続を実現する。

 ▼平時には凡庸な人物と思われていた首相が、空前の危機に直面してリーダーシップを発揮する。想定外の規模の自然災害に襲われたとき、日本人はどのように対処するのか。『日本沈没』は優れた「予言の書」だが、現実との違いは大きい。

2011.5.31 03:22
産経抄 産經新聞


昭和11年の二・二六事件に.....

 昭和11年の二・二六事件に一兵士として巻き込まれた経験を持ち、剣道の達人で、高座を降りれば、無愛想この上なし。平成14年に87歳で世を去った五代目柳家小さんは、いわゆる芸人らしくない落語家だった。

 ▼といっても、落語通の作家、江國滋によれば、けっして石頭の持ち主ではない。「バクチもいい、酒もいい、女もいい、ただいやしい心の人間になってはいけない」。これが信条だった。

 ▼たとえば弟子の一人が、「明治神宮の初詣で、着飾った娘さんのお尻をなでてきました」と報告するのをニコニコ聞いている。ところが、「ついでにお賽銭(さいせん)を拾ってきました」などと言おうものなら、烈火のごとく怒ったという(『落語無学』)。

 ▼政治家にも当てはまる。「政治家に徳目を求めるのは、八百屋で魚をくれと言うのに等しい」という“名言”もあった。重要なのは、国の一大事に際しての身の処し方である。今、まさにその時が来た。

 ▼きのう自民党と公明党等が提出した内閣不信任決議案に対して、決断を迫られている。特に民主党の衆院議員のみなさんに申し上げたい。東日本大震災の発生からまだ3カ月足らず、福島第1原発事故の収拾のめども立たない。そんな時期に首相を代えるべきではない。確かに、俗耳に入りやすい「大義」ではある。

 ▼しかし、菅直人政権によるこれまでの不手際の数々を振り返ってほしい。会議の乱立、原発事故をめぐる情報の錯綜(さくそう)、思いつきとしか思えない政策発表など、首相の存在こそが、復興への最大の障害ではないか。もし、それに目をつぶり、政権党に安住するためだけに反対票を投ずるというなら、そんな「いやしい心の人間」に、国政を語る資格はない。

2011.6.2 03:02
産経抄 産經新聞


最初は、飛行機が.....

最初は、飛行機が.....

 最初は、飛行機が操縦を誤ったらしいと伝えられた。やがて2機目が突っ込むのを、テレビの生中継で目の当たりにした。2001年9月11日。米同時テロの記憶は今でも鮮明だ。まして、米国民に与えた衝撃は大きかったことだろう。

▼第2次世界大戦でもなかった、米本土への直接攻撃。「歴史上、米国が受けた最悪の攻撃」ともいわれた。米政府は間もなく、ウサマ・ビンラディン容疑者を首謀者と断定した。彼が率いる国際テロ組織、アルカイダを最大の敵と位置付けて、世界的な規模で「テロとの戦い」を始めた。そして10年近くがたった。

▼米軍はついにビンラディン容疑者を殺害した。日曜の深夜にもかかわらず、オバマ大統領はホワイトハウスで緊急声明を発表し「正義がおこなわれた」と語った。全米の各地で米国民が「歴史的な勝利」を祝った。同時テロが生んだ悲劇を思えば、米国の人々が高揚感に包まれるのもわかるような気がするが……。

▼米政府は同容疑者殺害を発表すると同時に世界中でテロへの警戒を強めた。海外に渡航・在住している国民には反米暴力への注意を促した。米国が唱える「正義」に反発を覚える人も少なくないと、米政府もわきまえているようだ。いかなる法の下でも、テロは許されるはずがない。世界の現実は何とも気が重い。

春秋
2011/5/3付
日本経済新聞


関西とくれば.....

関西とくれば.....

 関西とくればふつうなら関東だろう。ほかは地域の名が付いたのに、関東は「東京」に。東京電力のことだ。まだ米国の統治下にあった沖縄をのぞき、地域別に9つの民営の電力会社が発足したのは1951年。60年前のきょうである。

▼戦後、電力再編が紛糾するなか、9電力体制に導いた人物がいる。松永安左エ門。「電力王」と呼ばれた業界の長老だ。「関東電力」のはずだった社名を「東京電力」にしたのも松永。戦前、松永は東邦電力を率いて九州から関西、関東へと攻め上がったことがある。東京で使った会社の名が「東京電力」だった。

▼自らの夢を、ちゃっかりと新会社に託すしたたかさ。それにしても、松永にどうしてこれほどの影響力があったのか。戦前、電力の国営化や軍需利用の流れに真っ向から反対した。軍部になびく経済人を戒め、大蔵大臣の就任要請もすげなく断ったという。そうした一貫した態度が戦後に生きた。気骨の人である。

▼戦後の民営化の後には電力投資が必要と、料金を7割も値上げ
させた。わが道をゆく姿は、「電力の鬼」ともいわれた。その松永は本紙の「私の履歴書」で、自らを「常に反対の側の面が目につく男」と評した。「順調のようでも波乱が潜んでいる」と。松永が存命だったら、東電にどんなカツを入れただろうか。

春秋
2011/5/1付
日本経済新聞

スーちゃんはもう.....

スーちゃんはもう.....

 スーちゃんはもう55歳になっていたのか。女優の田中好子さん、というより元キャンディーズのスーちゃんが亡くなったとの深夜の一報には驚かされた。しかも笑顔の陰で20年近くがんと闘っていたとは。
 
 ▼キャンディーズは、後発のピンク・レディーとはちょっとファン層が違う。今では死語となった国民的アイドルという言葉がぴったりの存在だった。若い読者には、50人近くいるAKB48の人気を3人で背負っていた、といえばわかってもらえるだろうか。
 
 ▼いや、ファンも時代ももっと熱かった。彼女たちの全盛期は昭和50年から3年間だったが、ロッキード事件で田中角栄元首相が逮捕され、王貞治選手はメジャーリーグの本塁打記録を抜く756号を放った。オイルショックを脱して景気も再び右肩上がりとなり、デフレという言葉も知らなかった。
 
 ▼何よりも彼女たちを記憶に残る存在にしたのは、「普通の女の子に戻りたい」と突然、引退を宣言し、言葉通り実行した引き際の鮮やかさだ。「年下の男の子」だった抄子は、そのうち「普通の女の子」に飽きるさ、とにらんでいたが、芸能界に復帰しても再結成しなかったのは立派だった。
 
 ▼それにひきかえ、と書くのもスーちゃんに失礼だろう。原発事故で、体育館暮らしを強いられている被災民から「もう帰るんですか!」と怒鳴られた菅直人首相の辞書には「引き際」という文字がない。
 
 ▼部下である財務副大臣に「辞任論は当然」とバカにされても我慢しているとは、気の毒で仕方がない。でも、菅さんには全盛期がないので「微笑がえし」を歌ってお別れはできないのだろう。被災民にも国民にも逆の意味で記憶に残る首相になるのは、間違いない。

4月23日
2011.4.23 02:59
産経新聞
 
 

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